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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第三章 アンダーグラウンド

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3-10 接近

 母を煙のように消すことに成功したあと、たまに外出しながら家での暮らしを続けた。金には困ることがなかった。リスキーボックスは放っておいても金を生む。母の支配から逃れ、自由を得たはずなのに実感はなかった。

 葉月は女装を続けた。やめることのできない習慣に、自分は檻の中にいるのだと感じた。背が低く華奢な体。高い声。女装をした葉月は、女性にしか見えなかった。

 自分の身体を知ろうとしてネットで多くの情報を調べた。肉体的特徴は、単なる遺伝だと冷静になれば分かる。しかし想像せずにはいられない。他人よりも少ない男性ホルモン。化学物質により支配される心と体。服装だけでなく肉体も檻だと思った。自分は虜囚なのだと考えた。

 葉月の母は、過去の傷に囚われて男性を憎悪した。母は、心の檻から出ることができなかった。葉月も傷を負っていた。母の虐待により人生を狂わされていた。

 自分が自由を得るにはどうすればよいのか。母が消えたあとも、なにも変わらなかった。葉月は囚人のままだった。何物にも縛られない自由が欲しかった。暗闇で光を求めていると、一つの光景が頭に浮かんできた。

 途切れ途切れに一年だけ通った高校。二学期にあった文化祭。そこで葉月は、自由な人間を見た。体育館でおこなわれたバンドのライブ。三年生の舞台だった。ボーカルの人間はなにかを叫び、大量の花火に火を点けた。

 悲鳴が渦巻く中、男は絶唱した。彼は輝きを放っていた。そのまぶしさに心が激しく揺り動かされた。これほど自由な人間がいるのかと感動した。檻を破るとはこういうことなのだと知った。彼の音楽には人を変える力があった。

 彼についての情報を集めよう。葉月は、卒業生たちのSNSを調べた。文化祭、バンド、花火。こうした話題は、ネットに投稿するかっこうのネタだ。すぐにバンドのボーカルの名前が分かった。御堂善継。地元や学校の有名人で雑貨屋の息子。父親が家を出ており行方不明ということも知った。自分と同じ母子家庭。葉月は御堂に親近感を持った。

 御堂は高校を卒業したあと会社を作っていた。進学して就職するというレールに乗らない人生。他人とは違う生き方。御堂は自由を謳歌している。自分は過去や肉体という檻に囚われている。

 調査はそこでやめた。御堂は、自分にはまぶしすぎる存在だと思ったからだ。

 普段外出しない葉月は、御堂と接点がなかった。御堂が、すでにいくつかの事業を立ち上げて失敗しているのを知ったのは、まったくの偶然だった。

 食器が割れて、新しいものを通販で買おうとした。いろいろと食器のことを調べていると、MIDOUカンパニーという名前が出てきた。久し振りに御堂の会社の名前を見たなと思いながら、ネットで情報を調べる。以前は違う仕事をしていたはずだが、どうなっているのだと疑問を持った。

 ネットの情報を過去にさかのぼり理由を知った。御堂は事業が潰れるたびに新しい事業を立ち上げていた。彼は何度も挫折を味わっていた。高校時代の御堂は自由だった。しかし今の御堂は、不自由な人生を送っていた。

 葉月は御堂に興味を持つ。彼のことをもっと知りたいと思った。一週間ほど悩んだあと、近くに行こうと決めた。御堂の住む町の物件をネットで探して、新たなマンションを借りた。保証人には祖父になってもらった。マンションの処分も祖父に頼んだ。母の思い出が残っている家をあとにして葉月は新天地に移った。

 御堂の観察を始めた。望遠鏡で普段の行動を調べる。福原というパートナーがいると知った。彼は文化祭のステージで、キーボードを弾いていた男だ。

 葉月は、御堂の情報を積極的に集める。手に入れた内容をプリントして壁にピンで留めていく。小さな画面よりも見やすいという理由もある。それよりも、自分の気持ちを盛り上げる効果の方が大きかった。

 壁に貼るメモに一つのルールを設けた。メモには必ず丸印かバツ印を入れること。丸は御堂のビジネスの追い風となる要素。バツは逆風となる要素。壁は敗戦間近の司令部のようにバツ印で埋まった。思うまま進むことができない御堂は、檻に囚われた不自由な存在だった。

 今の御堂には学ぶべきことがない。あの頃のような自由な御堂を見たかった。

 観察を続けた。事業が頓挫して御堂と福原は暇になった。御堂に近づくチャンスだと思った。葉月は、二人がよく訪れる喫茶店に通い、店主と知り合いになる。店内に盗聴器を仕掛け、会話を家で聞けるようにした。

 御堂の家にも忍びこみ同じ装置を設置する。また、御堂のノートパソコンに侵入して、不正なプログラムをインストールした。葉月は徹底的に情報を集めた。そして御堂と福原の輪にどうやって入るか考えた。

 御堂は新しい事業の計画を練っていた。御堂が手掛ける新ビジネスにはプログラマーが必要だと分かる。葉月は、盗み見た計画書を元にサービスを開発した。

 リスキーボックスで培ったノウハウやコードが役立った。シェアリングエコノミーに必要なプログラムの部品は持っている。サービスを完成させた葉月は、喫茶店に行き、仕事を募集していることを店主に告げた。

 予定どおり御堂は食いつき、葉月がプロトタイプを作るという話になる。葉月は数日経ってから、すでに完成しているウェブサービスを見せた。御堂と福原は驚いて、葉月がCTOとして参加することを認めた。葉月は、御堂の会社の一員になる。葉月は御堂の身近な人間になり、常に観察できる立場を手に入れた。

 葉月は、さらに信頼を勝ち取る施策を打つ。事業の発展に合わせて、ダークウェブから人を拾い上げた。癖はあるが有能な人間たちだ。そうして葉月は、御堂と福原の小さな城に、自分の陣地を少しずつ作っていった。


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