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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第三章 アンダーグラウンド

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3-4 侵入

 葉月は、いつもより早い時間にマンションの部屋に着いた。帰宅途中に受け取った高田のメールの衝撃はすでに収まっていた。それよりも今日はやるべきことがある。頭を切り替えて、作業に集中しようと決める。

 化粧を落としてお風呂に入った。冷房を強くした暗い部屋で、裸のまま涼む。

 電灯を消していると、闇の中で漂う深海魚の気分になれた。深い水の底で生をつなぐ生き物たち。ネットの海の最深部に住む自分も、彼らの仲間のようなものだ。

 体の火照りが冷めて汗が引いた。肌が引き締まり、わずかに鳥肌が立つ。胸の皮膚の下には、あばら骨がある。指でたどると小さな畝が連なっていた。指は腹部の薄い肉の上をたどり股間までいたる。その先のものに触れて、自分の性を確認した。

 体が完全に乾いたことを確かめてから女物の下着をはいた。上半身はキャミソールを選び、ノートパソコンの前に座る。パソコンからは複数のケーブルが伸びている。そのケーブルの一つは大型モニターにつながっており、Torに対応したウェブブラウザが表示されていた。

 この二ヶ月ほど、ずっと続けている作業がある。敵の動向の観察。急所を狙うための調査。葉月はいつもの場所を巡回したあと、侵入したパソコンの動画や音声のデータをダウンロードした。

 葉月は、自身がおこなった侵入を思い出す。ウェイのウェブサイトを探してサーバーの管理会社を調べた。そして管理会社の振りをしてユーザーサポートを装ったメールを送った。

 相手を信用させたあと、マルウェアつきのドキュメントを送り感染させた。外部から操作可能にしたあとは、芋づる式に感染範囲を広げていき監視体制を整えた。

 葉月はタッチパッドの上で指をさまよわせる。画面にはダウンロードした動画データや音声データが並んでいる。どれから再生しようかと考える。

 一つの動画を選び再生する。マンションの一室。事務机があり、複数の人が電話の前に座っている。映像の視点は高い。モニターの上に設置されたウェブカメラだ。ファイル名に入っているパソコン番号を見て、見取り図を確かめる。

 ウェイのオフィスの見取り図を作るのは苦労した。最初、単一の部屋かと思い、上手く図ができずに頭を悩ませた。間取りがよく似た複数の部屋だと気づき、ようやく完成した。

 再生が終わった。次の動画を確かめる。今度は視点が低い。ノートパソコンで撮影した動画は、カメラの場所が固定されていない。毎回、見取り図をもとに位置を特定しければならない。

 葉月は次々と映像を確認していく。甲野の報告書のおかげで、幹部は顔を見るだけで誰なのか特定できる。報告書を入手して以来、調査がかなり楽になった。

 侵入してから数週間、葉月は監視を続けた。そして社内の人間関係と金の動きを追った。その結果、注意を払うべき人物は二人だと分かった。社長の工藤拳と、金庫番の宮坂徹。そして宮坂が裏金を管理していることを突き止めた。

 ターゲットを宮坂に定め、深いところまでデータを探った。そして裏帳簿にたどり着いた。帳簿には接待という項目の入金が複数あった。また廃棄物処理という支出も少数だがあった。

 葉月は記録を丹念にたどり工藤の裏の仕事に当たりをつける。調査しているあいだにも大きな出金があった。すぐに宮坂に手を打ち、裏金を使えなくした。

 これで工藤の動きは鈍くなる。直接工藤を攻撃しなかったのには理由がある。工藤については背後を洗う必要がある。単なる雇われ社長なのは分かっている。うしろに控える黒幕を叩かなければ新しい人間が据えられるだけだ。

 工藤のメールデータはすでに精査していて、重要なやり取りがないのは知っている。パソコンにもそれらしいデータやソフトはない。その代わり、スマートフォンに知らないアプリがあった。

 公式のアプリストアに登録されていないものだ。名前からしてメッセージを送受信するものらしい。ここまでたどり着くのに、随分と日数を使った。帰宅してからの限られた時間では、どうしても効率が悪い。

 一昨日ようやく工藤のスマートフォンから、アプリやデータを入手した。それらをもとにパソコン上で実行環境を再現した。

 やはりアプリはメッセージを送受信するものだった。ウェイの背後にいる人間たちは用心深く、過去のデータは消える仕様になっていた。

 なにか仕掛けが必要だ。葉月は偽ニュースサイトを作り、工藤のスマートフォンから上層部宛にメッセージを送った。

 ――やばいです。このページを見てください。いろいろと書かれています。

 文章の下にはURLを添えた。ページの内容はウェイの告発記事だ。相手はこの記事を熱心に読むだろう。しかし続きを確認するにはログインしなければならない。ログインはソーシャルログインでおこなう。相手がログインすれば、認証プロバイダからメールアドレスを得ることができる。

 ここまでの仕掛けを用意したのが一昨日の深夜のことだ。昨日はなにも反応がなかった。今日はなにか反応があるだろうか。

 敵が罠にかかっていた。上層部の人間のメールアドレスを入手した。

 葉月はメールアドレスを見て鳥肌が立った。知っている人物だった。葉月は口に手を当てて考える。敵側のからくりを読み解こうとする。

 無意識のうちに奥歯を強く噛んでいた。慌ててあごをゆるめる。本当なのか。葉月はデータベースのメールアドレスを検索して、記憶に間違いがないことを確かめる。やはりそうだ。間違っていない。

 なるほど、そういうことか。葉月の目は闘志で燃え上がった。


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