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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第二章 スタートアップ

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2-6 青春

 小学校を卒業して中学校に進学した。放課後の時間、福原は御堂と一緒に過ごした。御堂の部屋にはマンガの雑誌が転がっていた。御堂の母親が、客を待つあいだに読んだものだ。福原は御堂の部屋に行き、よく一緒にマンガを読んだ。

 福原は成績がよかった。御堂は決して成績がよい方ではなかった。だからといって落ちこぼれというほどでもなかった。中学三年生になったとき御堂は言った。

「フクが受ける高校を俺も受験するよ」

 偏差値から考えれば無謀な挑戦だったが、あっさりと合格した。

「俺は本番に強いんだ」

 御堂は緊張というものを知らず、ここ一番に滅法強かった。そんな御堂を福原は羨ましいと思った。

 福原がコツコツと勉強しているあいだ、御堂は好き放題遊んでいる。しかし重要なところでは成功をものにする。この友人には自分と違うなにかがある。福原は御堂のようになりたかった。もしそれが叶わないのならば御堂のそばにずっといたかった。

 高校に入った御堂は、バンドをやりたいと言い始めた。二人のアジトになっていた御堂の部屋で、いつものようにマンガを読んでいたときである。

「フクは、ピアノが弾けるからキーボードな」

「はあ?」

 切れ気味に突っ込んだが、笑い声で流された。御堂はボーカルをやると主張して歌声を披露した。まあ、悪くない。一流というわけではないが、足りない部分は、持ち前の魅力と愛嬌でカバーできる。そう評価すると「そうかもな」と、御堂はあっさりと自分の実力を認めた。

 数日後、御堂はギターとベースとドラムのメンバーを、どこからともなく連れてきた。学校を回ってスカウトしてきたらしい。どの演者も上手いとは言えなかった。御堂はなんとかして、バンドという遊びをやってみたいのだなと思った。幼少時に姿を消した父親の影を追っているのだろうと想像した。

 軽音部の部室で、方向性の定まらない音楽をやった。デモテープを作り、レコード会社に送ったが、誰の目にも留まらなかった。それでもメンバーは音楽を楽しみ、それなりの演奏ができるようになった。

 雑務は全て福原がこなした。教室の利用申請、文化祭のステージの申し込み。デモテープの編集や郵送もおこなった。なんで俺がこんなことまでやるんだよ。そう愚痴ると、御堂は笑ってねぎらってくれた。

 高校三年生になった。

「最後の年だし、文化祭で派手にやろうぜ」

 教室で福原の席の前に立ち、御堂は言った。文化祭は秋にある。大学受験をしない御堂と違い、他のメンバーは受験を控えている。もともと演奏のレベルは高くない。もし成功させたいのなら、夏休み中練習しないといけない。そのため御堂以外の全員が、乗り気ではなかった。

 一学期の最終登校日に、御堂は楽譜を渡して回った。しかし渡されたメンバーで、夏休みに練習したのは福原だけだった。二学期になり文化祭が近づき、何度か音合わせをした。たどたどしい演奏しかできず、失敗は火を見るより明らかだった。

 文化祭の当日。御堂以外のメンバーにやる気は感じられなかった。福原は受験勉強の合間に練習していたが、満足できるほどの音にはなっていなかった。

 ステージ脇で出番を待つあいだ、福原は緊張で動けなかった。無様な姿をさらして、全校生徒に嘲笑される様子を想像した。震えて座っている福原の前に、Tシャツにジーンズ姿の御堂が現れた。御堂は自信にあふれていた。

「心配するな、おまえは上手くやれる」

 言葉とともに御堂は破顔する。御堂には、なんの根拠もないはずだ。しかし上手くやれると言い切った。

 自分を信頼してくれている。御堂は福原に魔法をかけた。たった一言が体を軽くしてくれた。御堂は、不自由な心の檻を砕く力を持っていた。

 順番が来た。福原たちはステージに立った。演奏が始まる。音もリズムもずれていた。ミスも多発して、客席がざわつき始める。その中で御堂だけが、声を上げて熱唱している。ボーカルと他のメンバーの熱量の差は、誰の目にも明らかだった。

 ギターとベースの音が飛び、ドラムがリズムを間違える。たどたどしい演奏がしばらく続き、ギターとベースとドラムが手を止めた。福原は一小節演奏したあと御堂に視線を送った。

 御堂は木箱を右足で踏んでいた。あんな箱、あっただろうかと福原は考える。御堂は足で木箱の蓋を蹴り開ける。そしてポケットからチャッカマンを出して、箱の中に火を差し入れた。

 激しい音が連続して鳴り、箱から花火が飛び出した。無数に飛び交う火薬の炎。体育館に悲鳴が響く。その声をBGMに、怒濤のシャウトで御堂は歌った。福原は伴奏を続ける。他のメンバーはぽかんとして、置物のようにその場で立ち尽くした。

 御堂は、福原たちに黙って計画を立てていた。演奏でブーイングを浴びる事態になれば、他のことをやって伝説を作る。その計画どおり伝説のライブになった。その代償として御堂は停学を食らった。バンドのひどい演奏は、誰も話題にしなかった。

 御堂の停学から三日目に、福原は雑貨屋を訪ねた。女傑を思わせる御堂の母親に挨拶して、店の奥の階段を二階へと上がる。御堂の部屋の扉をノックした。

「フクか」

「なぜ分かった?」

「来るならフクだと思ったからだ」

 心臓が大きく鳴った。福原は扉を開けて中に入る。何度もやって来て、一緒に時間を共有した場所だ。四畳半のスペースには本棚が並んでいる。小学校の頃はマンガが中心だったが、中学校になるとさまざまな種類の本が並ぶようになった。高校に入学して以降はビジネス書が増えていた。

 御堂が商売に興味を持つのは意外だと感じた。しかし、よくよく考えると御堂の家は商いをしている。目の前で、商品と金が動く様子を、幼少時から見ている。その仕組みを詳しく知ろうとしても不思議ではない。

 差し入れのお菓子を渡し、畳の上に座り、取り留めもないことを話した。聴いた音楽、読んだマンガ、学校のことも話題にした。

「なあ、御堂。なんで花火を用意して火を点けたんだ?」

 文化祭での行為。停学の理由になった奇行。高校三年生の最後の晴れ舞台だった。御堂だけはちゃんと練習していた。それなのに、なぜ全てを破壊するようなことをやったのか。

「俺の音楽に、学校を変える力がなかったからだよ」

「学校は、音楽では変わらないだろう」

「少なくとも、フクたち仲間すら変えられなかった」

 返事に詰まった。自分は本気で練習していなかった。親友への裏切り行為。後悔で胸が痛んだ。福原は軽口を叩くのをやめて真面目に御堂を見た。

 福原を含めた周りの人間は受験のことを優先していた。御堂は進学しないと言っていた。だから時間が有り余って遊んでいるのだと思っていた。しかし御堂にとって音楽は遊びではなかった。少なくとも暇つぶしだとは考えていなかった。

「俺は社会を変えたいんだ。今よりも世界をよくしたいと思っている。でもな、残念だが俺の音楽に、その力はなかったようだ」

 福原は、御堂の母親がよく口にする言葉を思い出す。

 ――少しでも喜んでもらえれば、店をやっていた甲斐があったってものよ。

 御堂の音楽は、家を捨てたミュージシャンの父親の影響だ。そして商売は、家を守ってきた母親の影響だ。

 どちらの道に進むのか御堂は迷っていたのかもしれない。大学の進学先で悩む自分たちと同じように。いや、それ以上に人生を考えていたのだろう。

 いつも気ままに生きているように見える友人が、実は多くのことを考えて、決断しているのだと初めて知った。

「ビジネスを選ぶのか?」

「ああ、選んだよ」

 晴れやかな顔で御堂は答えた。この男についていきたい。福原は羨望とともにそう思った。


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