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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第二章 スタートアップ

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2-5 少年

 夜になり福原は家に戻ってきた。1DKの賃貸マンションだ。会社が成長を始めた頃に、オフィスの近くに引っ越してきた。

 エアコンのスイッチを入れて涼しい風を浴びる。シャワーを浴びてさっぱりしてから缶ビールを飲んだ。

 安さ優先で住む場所を選んだ。そのため、キッチンのガスコンロは一つしかない。外食が多いので気にならないが、たまに自炊をすると効率が悪くて困ってしまう。

 さすがに歩き疲れた。二本目のビールを冷蔵庫から出した。しばらく喉を潤したあと今日のことを考える。葉月の過去が自分たちと重なっていた。

「過去か」

 思わず声が漏れた。

 最近は忙しくて、昔を振り返ることはなかった。葉月の過去に触れたことで、自身の心に郷愁が宿ったのか。福原はビールの缶を傾けながら、御堂と二人で歩んできた少年時代を振り返る。


 ――四月になり小学校に入った。

 入学式のあと教室に入り、席に着くようにと言われた。福原は自分の席に座り、黒板の前に立つ先生の話を聞く。先生は生徒の名前を一人ずつ呼んだ。自分の名前が教室に響き、福原は元気よく返事をして手を挙げた。

 毎日の授業が始まる。自分の隣に座る少年は、どうやら問題児だと気がついた。少年は筆箱を開け、消しゴムを出して、定規で小さく刻む。そうして作ったゴムの欠片を、指で弾いて周囲に飛ばし続ける。

 福原も被害に遭った。たくさんの小片が机の上に転がってきた。教科書のあいだにも落ちてくる。授業が終わり、ページを閉じたときにはさまっていることもあった。困った奴だなと思うとともに、なぜ毎日筆箱に、新しい消しゴムが入っているのか気になった。白い消しゴムだけでない。青い消しゴムや、ピンクの消しゴムもある。こいつの家は、消しゴム屋さんなのかなと不思議に思った。

「ねえ、なぜ毎日新しい消しゴムを持ってくるの?」

 ある日、好奇心を抑えきれなくて尋ねた。

「俺の家には、消しゴムの巣があってね、数日に一度、消しゴムの赤ちゃんが生まれるんだ。嘘だと思うだろう。でも、本当なんだ。なんなら見に来てもいいぜ。こっそりと、その巣を見せてやるよ」

 作り話だと思った。しかし現に少年は、毎日新しい消しゴムを筆箱から出している。その理由を突き止めたかった。

 その日、福原は、少年とともに学校を出た。たどり着いたのは小さな雑貨屋だった。そこで少年は、バレーボールほどの大きさの、ガラスの丸いケースを指差した。値札のついたケースには、いろとりどりの消しゴムが入っていた。

「これが消しゴムの巣だ。数日に一度、赤ちゃんが生まれて増えるんだ」

 少年は、ひょいと丸いケースに手を伸ばす。すると、大人の手が現れて、ぴしゃりと叩いた。

「あんた、また店の商品を、勝手に持っていこうとしたでしょう!」

 怒鳴り声に、福原は腰を抜かしそうになった。

「いいじゃないか母ちゃん。お小遣いくれないしさ」

「だからといって、店の商品を盗んでいい道理はないわよ!」

 しばらく言い争いを続けたあと、女性は福原の存在に気がついた。

「うん? なんだい、あんたは」

「母ちゃん、俺の友達だよ。小学校の」

 子供の説明を聞いて、女性は笑い声を店に響かせた。

「そうかい、あんたに友人がね!」

 女性は満面の笑みを浮かべて、ジュースを持って来てくれた。

「あんた、名前は?」

「福原です」

「俺に店の手伝いをさせるんだぜ、このばばあ」

 少年の頭に、げんこつが落ちてくる。

 福原は、少年に家族のことを尋ねる。彼の父親はミュージシャンで、少年が物心つく前に家を出たそうだ。母親は雑貨屋の店主をしており、少年を幼稚園や保育園には預けず、店内で遊ばせながら育てたという。

 ずっと店にいた少年は客相手に愛嬌を振りまいていた。そのおかげで人の心をつかむのが上手くなったという。笑わせ、引きこみ、仲間にする。どうやら自分はその術中にはまってしまったようだ。自分とは対照的な子供だなと福原は思った。

 福原は幼稚園に通い、幼い頃から複数の習い事をしていた。大人の話をきちんと聞き、じっとしている子供だった。周りを見て、周囲が望むように振る舞うことに慣れていた。誰かに反応して光を反射する月のような存在だ。しかし、目の前の少年は違った。何物にも縛られず、自由に振る舞っていた。自ら光り輝く太陽のような存在だった。

 少年の名前は御堂善継といった。最初の家への訪問で、すぐに仲よくなったわけではない。それから数週間警戒していた。しかし一学期も終わる頃には、二人でよく遊ぶようになった。福原は、御堂という気ままな少年の親友になっていた。


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