慰安旅行二日目そのいち
翌日の六時に目を覚ます、トモミはまだ目を覚ましていないのを見て、ふと思い立ち一人で温泉に入りに行くことにした。
自分が入りに行くついでに卵を起こすことも考えたが、一人でゆっくりしたい欲が上回ったため、起こさずに一人で温泉に向かった。
昨日見た限りでは、私のほかにも大勢の客人がいるだろうに、温泉には今回もほかのお客がおらずに、今日も貸し切り状態だ。
マナーとして適当に体を洗ってから露天風呂に浸かる、今はまだ日が出ておらず、辺りは薄暗い上に寒い、今日はトモミの目が覚めたら朝食をとった後に、この辺りを散策する予定だ。
今日の予定をざっくりと脳内で確認しつつ温泉に浸かっていたら、時間差でほかにも人が来たようだ、ガラガラと室内をつなぐ戸が開く音が聞こえる。
「あ、人がいるみたいねぇ。」
私のことを見てなのか、声がしたから視線だけをそちらに向けると、年配の女性が三人連れでぞろぞろと出てきた、その人たちが寒い寒いと早々と露天風呂に浸かり一息ついたと思ったら、こちらに話しかけてきた。
「あなた、お風呂好きなの?」
年配の女性にありがちな、知り合いでもないものに対して気軽に話しかけてくるという、コミュニケーションを目の当たりにしながら、私からも言葉を返してやる。
「そうですね、誰もいないと思って入るお風呂って気持ちがいいですよね。」
嫌みになりつつも率直な意見を述べると、おばさんたちはこちらに様々な話を投げかけてくる。
こういった年配の女性からの井戸端会議は、信憑性云々かんぬんというよりは、雑多な地域の情報など、いろいろなゴシップが聞こえてくるため、話しておいて損はないかもしれないが、それでもただ楽しいだけなので、意味の無い情報の方が多いように思われる。
そんな事を考えた切り口で話し始めた話は、いつの間にかに明るくなっていた日の出から10分間以上は続き、私がそろそろ出るといい、のぼせそうだと告げれば、そのおばさんたちはにっこりと送り出してくれた。
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昨日同様に浴衣を着て部屋に戻る、扉を開けたら既にトモミは起きていたらしく、卵たちも全ての個体を起こし終えていた。
「おはようございます、お風呂いっていたんですか?」
トモミはこちらを見てすぐに飲んでいたお茶の出がらしを入れる、未だ入り口のところにいた私は、暖かい体を冷やさぬよう配慮された廊下から、同様に暖かい部屋へと入る。
「おはようトモミ。あぁ、朝風呂をもらっていたんだ。」
トモミが入れてくれたお茶をもらい、でがらしの体に良さそうな白湯を飲み干し、トモミが動ける状態にしてくれた全ての個体について調子を調べた後に、朝食をとるために松の間へと移動することにした。
昨日同様ゾロゾロと全員をひき連れて大広間にたどり着くと、昨日と同じ席に昨日と同じような名札立てが立っており、連日同じ場所でご飯を食べることが決まっているのがわかった。
それぞれが好きな場所についたあと、隣を見てみたら、まだバンドメンバーは来ていないようで、それを気にせず給仕の人に番号札を見せてから朝食を頼み、座卓へと持ってきてもらうようお願いする。
「今日はなんだか、不思議な夢を見たんですよね。」「へぇ、どんなのだい?」
そんな些細なことを話したりしているうちに食事が用意される。
全員でいただきますをしてから食べはじめた朝食は、全てにおいてさっぱりとしていて重くはなく、だからといって量が少ないわけでもなかった。
早朝ということで、豪華じゃないというわけでもないそれは、煮浸しやすまし汁といった、純和食とでもいうような、思ったよりもずいぶん豪華でおいしいご飯だったので、みんなして黙ったまま食事を進めていく。
朝食を食べていたら、昨日から隣同士になったバンドマンたちがやってきたらしく、皆が皆昨日とは違い早朝の化粧をしてきたのだろう、結構な濃い化粧の集団がこちらを見つめたと思ったら声をかけてきた。
「おはよう、朝早いんだね。」
バッチリとメイクしているトモスミの声がきこえてくるから、こちらとしてもフレンドリーに返す。
「あぁ、おはようございます、朝食もおいしいみたいだよ。」
私がトモスミの方に顔を向けて、箸で食事を軽く指し示しながらいえば、トモスミが笑顔で返してくる。
「そうなんだ。」
トモスミがこちらに声をかけている間にその他の一団は隣の机に座り、トモスミのことを呼び、彼女が加わった輪の中で話を始める。
一団がなんらかを話している光景を横目に、食事を済ませて席を立つ。
通り道がちょうどその一団の席の後ろが歩きやすかったので、通ろうとした際に、ふと気になったことがあったから、突っ込んだことではあるが聞いてしまう。
「今日は四人しかいないんだね。」
昨日いたはずの背中に傷を負っていた女性が、今朝のその一団の中にいなかったので、思わず問いかけてしまったが、それに対して昨日ドライが近づいて行った男性が朝食を食べつつ答えてくれる。
「あぁ、エンドウのことか?
あいつ低血圧だから、朝ご飯はあとで食べる~っとか、言っていたな。
大体八時半までは目も覚まさないで起きてこないと思うぞ?
それに、ここの朝食九時までだから、その時間なら多分大丈夫だろ。」
男性の発言を受けてから腕時計を見てみると、現時刻は大体八時くらい、それでもあと三十分はあるので、まだ来ないだろうことは彼の言葉から分かったことだ。
「そうですね、込み入った話すみません。」
なんだかんだ個人情報を教えてもらってしまったので、実際に悪いとは思っていないが謝ることにする。
「別にいいよ、知り合った仲なんだし。
俺、小豆コウジ、ドラムやってるんだ。」
箸を置いて自己紹介してきた、ドライが好きなのだろう男性、アズキに対して、私も自己紹介を軽く言葉に出す。
「既に知っているだろうが、私は原カオリという。
泊っている間だけでもよろしく。」
私が胸に手を当てて、芝居がかったように答えれば、アズキは歯をむき出しにニッと笑顔を出してくる。
その笑顔は晴れ晴れとしていて、見るものを気持ちよくさせる笑みではあるが、いかんせんメイクがメイクだ。血色が悪く見え、迫力もずいぶんとある笑顔である。
「実はこの旅館で俺らのバンドの演奏許可がおりたから、あとで俺らの曲をホールで披露することになったんだ。
今日の午後3時から出演だから、ぜひとも来てくれな。」
アズキが箸を箸置きに置いてから、腰に差していたポスターソードのような状態の一枚の紙を取り出し、こちらに渡してくる。
受け取ってみて開いてみると、そこには聞いたことのないバンド名が書かれていた。
エターナルジュブナイル、というのがバンド名らしい。永遠の少年期、確かに若者が好きそうな服装をしていそうだし、納得できる見た目のやつらなので、信じることにする。
今現在全員浴衣姿だが、ステージ上ではどのようになるのかが気になる。年末の盛り上げ、一体どのようなことになるのやら。
「それは楽しみだね、時間までには旅館に戻るとするよ。」
相手が何か聞きたそうな顔をするが、それを気にすることなくほかのもの達とともにその場を去り、全員で部屋に戻ろうとしたら道中に、例の組織のものである記者がいた。
「やぁハラさん。
取材、いいかな。」
相手の顔は朗らかだが、その目は鷹のように鋭く、絶対に逃がさないという意思が感じられる目をしていた。
「あぁ、おはよう記者さん。今日はよろしくお願いします。」
私が諦めと共に会釈しつつ言うと、トウヤはハハッと声だけの笑いをしてから、こちらに向かって笑みを浮かべる。
「堅苦しいのは無しだよ、フランクにいこう?」
そういう相手は、明らかに自分と対等であると言いたげな雰囲気をたたえているが、実際には力関係では相手の方が上である。
「そりゃどうも。」
どうせ組織のものとの話など、質問されるだけされて、何も身にならないだろうと思いながら会話をしていると、横から昨日の話を聞いていたトモミが首をかしげる。
「ハラさん、いつの間に取材を受けることにしたの?」
トモミにとってはどう聞こえたのかはわからないが、どうやら取材を受けたとは思っていなかったようだ。顔が驚きや不可思議だと物語っている。
「昨日だよ、トモミの用意中は話させてもらうね。」
私の答えからなにかを察したのだろう、不安そうな顔を一瞬したあとに、トモミはにっこりと笑った。
「わかった、時間かかるようならまた探検してくるね。」
察しが良いのか、それとも元から気にしていないのか、トモミは軽い調子でそんなことを言い、簡単な了解を示してきた。
「そうならないように早めに済ますから、ほら、いってきな。」
私がトモミに対して言葉をかけてから、トウヤも含めた全員一緒に部屋に入り、トモミは別室で用意を始める。
寝室に続く襖を閉めてから、トウヤからの質問に答えていく。
一般的な質問に答えていった上で、卵のことも暗に聞かれたので、それについても答えていく。
どうやら卵たちが感情を持ったのが、組織には不思議に映ったらしい。
私も色々な方法で子供たちとかかわっていたり、日々色々と工夫していたから、何が性格の発露をするような改変の関係に関与したのかかがわからないが、持ってきていた日誌を見返しながら答えていくと、結論を言えば、心を込めて育てたのがよかったという、雑な説明に落ち着いた。
特に、子供と触れ合わせたことも良かったのかもしれない。
トウヤがメモを取るのを見つつ、組織からの質問に答えていたら、トモミの用意が終わったらしい。
トウヤがほかにも質問してくるかがわからなかったので、トモミがこちらを伺い始めたその時点で、これからトモミやほかの使役しているものたちと一緒に、この辺りを散策するつもりだと言ったら、トウヤはそれをすんなりと聞き入れてくれたらしく、筆記用具を仕舞い始めた。
「それじゃ、あとは明日聞かせてもらおうかな。泊った感想なんかも聞きたいし。」
トウヤが立ち上がり、こちらに会釈をしてから部屋の扉の前にまで歩いて行く。
「また後で。」
トウヤは扉を開けてからそう言い、そのまま扉の外へと去って行った。
「どんなことを話したの?」
トモミの疑い深いらしい顔に向かって、私はなんてことないように返す。
「簡単に言えば、この宿の一日目の泊り心地だね。
どうやら連泊客を対象にした取材みたいだ。」
「へぇ~。」
私がそれだけを言った後には疑うことなく、私が用意を始めるのを見届けるのだった。
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「これは……!確かに見どころがたくさんあるな、この旅館は。」
思わず感嘆詞がでてしまうようなレベルで、この旅館はすごかった。
自分が所属している組織のコネがいかにすごいものなのかを、実際にはあまり理解していなかったのだが、いざそのコネを使ってみてのこれは、すごいとしか言い様がない。
裏庭や庭園、屋内施設なんかも豊富で、まさに高級旅館だ。ここにたった二万で泊まっているとは、口が裂けても言えやしないな。
二人から言われていた通り、二階から見下ろせるそこは、まるで共通している世界を分割しているかのようなイメージも持てるし、その空間事態が異世界とつながっているような、むしろこの空間自体が異世界のような感覚に陥るような、広々とした壮麗な空間が広がっている。
眼下に広がる中でも特に印象的なのが、あらゆる場所から流れてくるような、舗装された川に見える場所を水が流れているなかで、中央に見える大きい池の四方にある敷石や、その池の中央部にまで伸びる橋、そこを渡ると、その真ん中にある二つの東屋のどちらかに行けるようになっていて、それらは床柱手すりが朱塗りにされており、屋根はいぶし銀の瓦で構成されている、風流といえばいいのか、現実とは思えない風景が目の前に広がっている。
だが、写真を撮るには人が多すぎて、いくら非現実的な空間だったとしても、これだけ人がいれば現実に引き戻されるというもの。
撮ったとしても、あまりいい写真にはなりそうにない。
それでも昨日トモミと一緒にいたリオンは、にっこにこで見つけたことをこちらに自慢するかのように、視線をこちらに寄越してくる。
どうやらリオンの中では非常にいい場所を見つけたと、そう感じているのだろう、この場所を見せたくて仕方なかったようだ。
フロアガイドを見たりすると、ほかにも四階のホールの存在する展望台や娯楽室、三階は基本宿泊用の場所ではあるが、ここまで来るまでに見た調度品がすごいし、応接室なんかも完備してある。
二階から一階にかけて風呂場があったり、土産物屋は一階にあったり、私たちが食事するための松の間は一階にあり、それ以外にもこの旅館は広く場所を取っているようで、試しに土産物屋に行ってみたら、そこには根付から食べ物、木工細工からこの土地の名産まで、お土産が豊富に存在し、修学旅行生御用達の木刀なんかもあった、それは二号がキラキラした目で見ている。
それにしても、ゾロゾロと百鬼夜行を連れているように見えるだろう私たちは、この場では非常に目立つ。
色々な場所に行くたびに様々な人から写真を撮られる、ワンダーエッグやドリームエッグはのちに一般向けに出すつもりらしいから、今は秘匿したほうが良いのは分かるが、ここは組織の施設、外に出るまでになんらかの情報操作がなされるだろう。
宿内外では、この地域から出なければ好きにしていいと、あらかじめ言われているため、その通りにする。
「ほら、すごいですよね!こっちとかも……あっ!あっちとかも!
……お母さんなんかにも、見せたいなぁ……。」
トモミはテンション高く基本的にいるが、時折実家を思い出したかのような発言をしながら、写真を沢山撮ったりして、ワキワキとしている。
「そうだね、帰ったらアルバムでも作ろうか。」
スマホ写真の整理やデータ整理にも良いだろうと、私が提案すると、トモミは被写体からスマホを下ろし、勢いよくこちらを振り向く。
「本当!?」
その顔には明らかに、自分の家族に見せたいとか、ほかにもなにか思うところがあるのだろう、目や顔の中には期待やらキラキラやらが強く存在している。
「あぁ、そのためにも思い出を沢山残さなきゃな。」
トモミの思いを裏切らないように、脳内でいつどうするかを考えながら、キラキラとしたその顔ににっこりと笑いかけつつ、視線をほかの子らに移す。
ドリームエッグは防具であるため、様々な洋服を沢山インプットするためにファッション雑誌なんかを大量に読み込ませているため、写真を撮る際のポーズに幅があり、トモミも一緒に写真を撮っていて楽しそうだが、ワンダーエッグは基本が武器、元からふざけたことをさせなかったため、行動が固い。
なんだったら腕を後ろや前で組んで、軍隊のようなポーズで固まっている。
それにトモミがポーズを指定して、ワンダーエッグも写真を撮られている。それがとても微笑ましい。
ある程度写真撮影が終わってから二階部分をあちこち散策してみる、そうすると幻想的なランプの光とともに、ここにも自動販売機のコーナーがあり、なんともちぐはぐなはずのそれが、妙にマッチしているその光景に、無意識に笑みがこぼれたようだ。
トモミに楽しそうだと指摘されてから一つ咳払いをし、自動販売機コーナーを見渡してみる。
見てみるとまばらに人がおり、そこにはつい先ほど別れたエターナルジュブナイル一行もいるのに気がついた。
現在時刻十一時頃、出演する前の最後の打ち合わせだろうか。
「ハラさん、隣の席の人たちだね。」
私の後ろにいたトモミが、警戒を露わにした顔を私の後ろから出しながら、声を潜めている。
私の周りには百鬼夜行のようなワンダーエッグとドリームエッグの一団がいるが、ドライがその中から飛び出るようにして、これまた昨日と同じようにアズキに向かって近づいていく。
「こら、ドライ!邪魔するな!」
私がドライのことを捕まえようとして声が出るが、その声でこちらに気が付いたのだろう、エターナルジュブナイルの一団がこちらを見た。
「あれ、ハラたちじゃないか、外に行ったんじゃないのか。」
トマツリが不思議そうに言葉に出すのに、ドライはぴょんぴょんズンズンアズキに近づいていく。
「おー!ドライちゃん!来てくれたんだね!」
アズキの元まで十分に近づききったふわふわツルツルのドライを抱き上げ、アズキはニコニコと顔をほころばせる、というよりはドロドロに溶かしながら、ドライのことをゆっくりと堪能するように撫であげる。
「邪魔してすまない、すぐに引き上げるから。」
小走りで近づいていき、十分に近づいてから謝罪すると、トマツリは軽く首を横に振って、こちらを見てくる。
「いや、別に構わないよ。
打ち合わせもある程度済んでいるから、あとは楽器の調整だけだけど、それもご飯の後にやろうって話だからね。」
トマツリがそういうのに甘えてなのか、ドライがアズキの上でくつろいでいる。
「そういえば、エンドウもあれ飼ってたよね、あれってどうなったっけ?」
サメジマが何の気なしに言うと、エンドウと呼ばれた女性は「あぁ、」といって、少し考えた後。
「あいつね、正直世話が面倒だから放置してる。
飯を食わせなくてもしばらくは持つって言ってたし、別に大丈夫でしょ。」
エンドウという女性の発した、世話が面倒だから放置しているという、明らかに何やらきな臭い感じがする言葉。ちなみにエンドウは髪の毛を白と水色を足したような淡い色合いの眉が薄いたれ目の女性で、前に見た限りでは背中に大きな傷がある人だ。
「世話が面倒っていうけどさぁ、託されたやつなんじゃなかったっけ?」
全てを理解したような苦笑いをするサメジマに、エンドウは面倒くさそうに顔をゆがませる。
「あ~……。
だって、私の思い通りの姿になるっていっても、毎日の世話なんてこの私ができると思う?」
「いやー、ちょっと思えないね。」
「でしょ?だから放置してるの。
ご飯だって与えなくても、ある程度は持つらしいし?」
「そっかー。」
この集団の中ではそれが当たり前の反応なのか、二人が和やかに話をしているうえに、ほかのもの達は気にもとめる様子がない。
が、話している内容は本当にきな臭すぎてあれだ。
「なにか飼っているのか?」
確認のために私が聞くと、エンドウは「あ~……。」と言った後、こちらを初めて認識したかのように見てきた。
「飼っているといえば飼ってる。
なんか変な奴で、人から押し付けられたやつなんだけどさ、持て余しててね。
反抗的だし、世話面倒だし、さっさと手放したいんだよ。」
相手は明らかにその『なにか』を、世話するだけの入れこみや、その存在に対する興味が無いのだろう。
世話をしているというのだから、多分植物ということはいえるかもしれないが、自分好みに変化するということで動物ということはないだろうし、電子ペットという線もあるので、詳しいことは聞かないことにする。
「そうか……。」
下手に事を荒立てたくないので、それ以上踏み込むのも相手に失礼かもしれないので、あえてそれ以上は踏み込まない、トモミはこの話を聞いたことで、聞きたくないことを耳に入れたかのように嫌そうな顔をしている。
「ハラさん、なんとなくここにいない方がいいんじゃないのかなと、思うのですが。」
批判たっぷりにトモミがここから立ち去ることを提案する、その提案を聞き入れたかのようにドライがアズキの膝の上から飛び降りた。
「それじゃ、ドライも降りたことだしそろそろ行くとするよ。
たしか出演は三時からだったね、その時には演奏場所に顔を出そうかと思うけれども、どこだったかな。」
演奏場所がどこだったのかがよく分からなかったので、詳しい場所を聞くと、紙を渡してくれているにも関わらず、親切にもトウヤが教えてくれる。
「この旅館の四階。展望台近くに大広間があって、そこがホールになっているから、そこでやるんだよ。
見晴らしもいいから、かなりいい舞台になると思うから、是非来てくれよ。」
ニコッと人の良い笑顔を見て、多分この人がボーカルだったりするのだろうかと考えながら、お礼を言う。
「わかった、教えてくれてありがとうね。」
それじゃ、と、立ち去り際に言ってから、その場を離れる。
一番最後まで、テラがジッと五人組のことを立ち止まり見ていたが、私が呼ぶとすぐに振り返りこちらに駆けてきたのだった。
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その後も続けて旅館内を散策していただけなのに、いつの間にやら昼食の時間となり、館内放送が流れたので松の間へと足を運ぶ。
座卓の座布団に座り、しばらくみんなして話していたら、料理が運ばれてきたのだが、料理が運ばれてきたのに合わせて、手元に一枚の折りたたまれた紙を渡された。
それがなんなのか、うっすらと理解しつつもお辞儀をしながら受け取り、中身を見てみる。
この渡され方から気がついていたのだが、そこには組織からの依頼が書かれていた。
「私は休暇中だって言ってるだろうが……。」
なぜ宿泊料金が安かったのか、なぜ親登録契約破棄の書類を持って行けと言われたのか、なぜ組織の調査員という立場のものが私に話しかけてきたのか、その理由が全て理解できてしまったので、ギリッと歯ぎしりしながら言うと、トモミが心配そうな顔でこちらを見てくる。
「ハラさん?どうかしましたか?」
私の形相がすごかったのだろう、遠慮がちにそう聞いてくるトモミに向かってすぐに顔をいつも通りに戻してから、何でもない風を装う。
「いや、なんでもない。ただ少しくしゃみが出そうになっただけだ。」
そう言ってから紙に書かれたことを詳しく見てみる、そこにはワンダーエッグをとある人物から回収せよと書かれていた。
その人物の外見を読んでみる限り、隣の机に座っている、なんだったらつい先ほど飼っている動物を放置していると言っていた、エンドウと呼ばれた女性が該当しているようだった。
名前は一応伏せられているが、外見が白と水色を足したような髪色の女性で、普段はバンドを組んでいると書かれている上に、背中に傷があると書かれている上で、それら全てに当てはまるような人物は、きっとこの旅館内では、隣に座っている人しか該当しないだろう。
この座席の指定さえ仕組まれたものだったのかと、目の前の豪華な食事も何とも言えない気持ちで食し、全てを食べ終えて隣の机が騒がしくなったところで、それとなくモーションをかけてみることにした。
「今回も豪勢な料理だったね、全て食べ終えられたかい?」
わざと話しかけるための口調ではあるが、なれなれしいと思いつつもそう声を掛けると、すぐにサメジマが対応してくれた。
「えぇ、こんなに豪華な食事を三が日まで食べられるなんて、すごいですよね。」
サメジマは別に私の口調で気になるようなところはなかったらしいし、どうやらこのバンドは、三が日中もここにいるらしい。
「それは確かにすごいな。私たちは大晦日が終わって一日にはここを立つつもりなんだ。
実は神社巡りとかを計画していてね、毎年必ず氏神様にお参りすることに決めているんだ。」
にっこりと笑いながら適当なことをいうと、サメジマも手を合わせながら答えてくれる。
「そうなんですね!それはいいですね!」
初詣に行くことを肯定的にとるのは、日本人ならではなのか、それとも年間行事はやはり楽しいから良いこととして受け取っているのか、それはわからないが、このときに私は仕掛けることにする。
「それはそうと、急な話で悪いんだが……、ここにいるカゲリがサインを欲しがっていてね?
バンドメンバーみんなのサインを、一人一人個別でもらえないだろうか。」
カゲリの事を指さしながらそういうと、カゲリは何を言っているのか分からないと言いたげな目線をこちらに向けてくる。
だが、それに気づいていないらしいサメジマは、嬉しそうに応じてくれた。
「えっ!サイン貰ってくれるんですか!?」
サメジマの反応に、多少の罪悪感を覚えつつも、業務をこなすために内心は淡々と事をこなすが、見た目上はかなり興味があるような反応を示す。
「あぁ、ただ……実は色紙が部屋においてあるんだ。
できればそれを取りに行きたいんだが……その際に、一番にエンドウさんのサインが貰いたいんだけど、本当に申し訳ないのですが、一緒に部屋の前まで来てくれるのは、できますか?」
エンドウの方を見ながら改まりつつ困った顔をしながらお願いすると、サメジマがエンドウの方を一瞬見た後に、快くうなずいた。
「大丈夫です!彼女はボーカルなのですが、不愛想で人見知りなところがあるので、個別にもらえるならそちらの方がいいです!」
サメジマのその言葉に驚いたのか、エンドウが慌てたようにそれをかき消そうとしてくる。
「ちょっとワカ!勝手なこと言わないでよ!」
サメジマに対して批判するかのような声色でいうが、エンドウのその剣幕を意にも返さないような様子でサメジマは答える。
「いいじゃないシホ。少しでも顔を売っておかないと、後で後悔するわよ!」
たぶんサメジマがマネジメントでもしているのだろうか、そういう言葉に弱いのか、すぐにしおれたかのように言い分を引っ込め始める。
「まぁ、ワカがそういうなら……。」
エンドウが渋々といった感じにそれを受け入れ、立ち上がったと思ったら、私の前へと来る。
「一応自己紹介させてもらうね。
遠藤シホ、このバンドのボーカルやってるの。
もう知ってるかもしれないけど。」
確かに無愛想なエンドウに対して、私も事務的にならないよう気をつけながら、軽く名前を名乗る。
「私の名前は原カオリという、他のメンバーには既に言ったが、改めてよろしく頼む。」
友好を示そうと手を出したが、それを嫌そうな顔で見てから、不愛想にも踵を返した。
「それで、部屋はどこにあるの?」
ボーカルだからといって、本人がフレンドリーとは限らない、ある意味ではそれは当然かもしれないが、このバンドのファン達はそれが良いのだろうか。
「そうだな、案内しよう。」
私も立ち上がり、前後に並んで歩きながら、トモミ達をある程度後ろにおいたまま松の間を出る。
しばらく歩くと人通りが少なくなったため、トモミ達が十分に離れていることを確認してから、エンドウに対してそれを渡してきた組織のことを聞いてみたら、その組織の名前は知っているとのことで、どうやら組織の誰かから、ワンダーエッグを渡されることになったのだが、世話が面倒で面倒で、全くしていないらしい。
「自分の好きな形になるっていうんで育ててみたけど、五か月たっても一向に育たないから、しびれ切らしてそこからあんまり世話しなくなったんだよ。
そしたらさ、突然キレてこっちを攻撃してきたりしたから、言われたとおりに一応持ち歩いてはいるけど、それっきり触ってもないね。
世話が面倒だし、見るのも嫌だから、今は私のカバンの中の肥やしだね。」
相手の口ぶりは明らかに育成放棄を示しているかのような、愛情のかけらも感じられない口調である。
「それで……、その卵は一体どれくらいの間放置しているんだい?」
卵がどのような状態なのかを把握するために、軽く質問してみたら、相手は少し考えるそぶりを見せてから答えてくる。
「え~っと?……だい、たい……かれこれ四か月くらいかな。
別に変化させてないし、楽器の持ち運びの邪魔だし、なんかに使えるってんで持ってたけど、ご飯あげるのも面倒だし。
もう売ろうかなって。」
相手からのもう売る発言に、正直驚きすぎて言葉をなくす。
「売るって……。」
「うん、邪魔だからね。」
相手の反応が明らかに悪びれもない、当然のことを述べているような口ぶりで、以降話せなくなりそうだったけれど、相手の飄々としたその態度になんで組織が回収を命じたのかを即座に悟った。
「実はね、私はその組織の人間でね。
君の卵の回収を頼まれているんだ。」
「え?」
私の立場を説明したら、エンドウはびっくりしたかのようにこちらを見たが、数秒間の間をおいてから、目を輝かせながらこちらに話しかけてきた。
「つまり、あの厄介な奴を厄介払いできるってこと?」
相手は明らかに嬉しそうだが、こちらとしては憤りを感じずにはいられない。
だが、それを微塵も見せずに応対する。
「厄介な奴って、あぁ、そうだね。私は回収しに来たんだから、そうなるね。」
なんか韻を踏みながら聞いてきたなぁなんて思っていたら、エンドウは明らかに嬉しそうな顔になる。
「そりゃいいや!あれを厄介払いできるなら、そんないいことはない!
ようやっと面倒なことから離れられるならね!」
エンドウが喜びを見せていたと思ったらふと、少し不安げにこちらを見た。
「それって、お金かかるの?」
エンドウはお金を払いたくないけれども、金額によっては考える、みたいな顔をするが、私はお金を取れという命令を受けていない。
「いや、かからないけれど、その代わりお金を渡すこともないな。」
契約破棄の要綱に書いてあることを思い出しながら質問に答えると、相手はあからさまにほっとした顔をする。
「そう。」
相手はそれだけを言った後に黙ったので、私先頭で、部屋に向かって一緒に歩いて行った。
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「それじゃ、サインを貰うために色紙を持ってくるから、少し待っていてくれ。」
私はそう言って、自分たちが泊まっている部屋にトモミ達と共に入り、その間エンドウは部屋の外で待ってもらうことにした。
「ハラさん、あの人から卵を回収するんですか?」
つい先ほどのことが聞こえていたのか、そんなことを聞いてくるトモミに頷いて、バッグの中から契約の解約書とサイン色紙を取り出した。
「そんなの、いつの間に持ってきていたんですか?」
不思議そうな顔をしてはいるが、私が荷物の中に入れていたことは知っているはずのトモミに、その紙がなんてことないもののように答える。
「何かあった時のために組織に持たされていたんだよ。それがこんなところで役に立つなんて、宿泊費二万はこれも含んでのことだったんだな、なんてことを思うよ。
結局トモミが言っていたのが正しかったようで、つまり、私は仕事をしに行けと言われていたらしいよ。」
バッグのポケットからボールペンとサインペンを取り出して、トモミからなにか言われる前に外に出て、待っているエンドウのところに戻る。
「これがワンダーエッグの解約書、それとバンドのサインを貰うための色紙。」
私がそれら二枚を見せたあとに渡してから、ペンを渡す。
「もしかして、これを書かせるために連れてきたの?あんた。」
エンドウがここに来てようやっと察したらしく、私が薄ら笑いを浮かべているのが見えたかもしれない。
「ご名答、これを書いておくことで危機を回避できるからね。」
お前みたいなやつに任せておくことはできないという意味である、ワンダーエッグの解約書には、読み込めば結構洒落臭い様々なことが書かれているが、相手が理解する必要は無いだろうと、ざっくりとした説明をすることにした。
「一応注意事項が書かれているから、読んでほしくはあるけど、ざっくりとこれだけ理解してくれれば良いっていうことを話すと、秘密を外部に漏らさない、二度とうちの組織とかかわらない、外部から襲われた際にこれを提示すれば一応襲われるのが回避できるけどあまり信用しないように。
それ以外にも色々とあるけれども、基本的にそれだけが大切なことかなぁ。
もし今まで得たような情報を、誰かに売ったり、話したりでもしたら、それ相応の報復を受けると思ってくれていいから、気をつけてね。
ほかにもあるけれども、注意すべき事としては大体、そんなことが書かれているよ。」
私が簡単な説明だけを述べたところで、相手はうなずいた後に紙にある署名欄を探し、躊躇無くサインをした。
「ところで、他にやることはある?」
相手の反応から重要だと考えていなさそうだなと理解しつつも、そう聞かれたので頷く。
書類に書かれていたりいなかったりするそれは、相手は絶対に知らないだろうから、そのことについても少し説明をする。
「あとは、ワンダーエッグから親登録の解除をしなきゃいけないけれど、血液だったり色々と必要になってくるから、親登録削除は舞台の後にした方がいいかな。
時間的にそろそろ戻った方がいいと思うし。」
そういいながら相手に時計を見せる、そこには二時を指した時計があった。
「そうみたいね。それじゃ、他はいらないよね。」
まるで既に用無しとでも言いたげな相手は、私に書類を渡してからそれだけを言い、踵を返して去ろうとするのを、すんでのところで引き留める。
「後はサイン色紙をまだもらっていないから、それもくれると嬉しいかな。
うちのワンダーエッグも欲しがっていることだし。」
私が色紙を指さすと、相手はそれを無視して私が話したことについて、不思議そうな顔で問いかけてくる。
「は?ワンダーエッグなんてどこに……。」
相手が理解していなさそうな様子で周りを見渡すのに、私の後ろでわちゃわちゃしていた子たちを、全員呼び寄せる。
「ここにいる子たちがみんな、ワンダーエッグとドリームエッグの変身個体、私の自慢の子たちだよ。」
右手のひらに頭を押しつけてくる一号や、股の下からなぜか顔を出すシン、ほかにも足下をぐるぐると回るアインスとフィーア、肩の上に四号と二号など、自分のことを心配してなのか妙にまとわりついてくるそいつらをいなしながら、相手のことをみると、明らかに驚いた様子でこちらを見てくる。
「はぁ?」
私のまわりにまとわりついているやつが信じられないのか、驚いている相手が少し面白い。
「カゲリ、リオン、テラ、挨拶して。」
相手を複雑そうな顔で見ていたワンダーエッグの三人に声をかけると、全員がそれぞれに相手に向かってお辞儀をした。
「え?こんなかわいくてかっこいい子達が、みんなワンダーエッグ?嘘だろ?」
自分が連れているやつとは全く違う見た目なのだろう、目を丸くしているエンドウがとても面白い。
「いかにも。一号、二号、三号、四号、五号、みんなも挨拶して。」
ほかのワンダーエッグ達にもそう指示すると、今まで相手のことを見ていただけであるほかのワンダーエッグも、頭を下げて挨拶をした。
「私が育てていたワンダーエッグとは姿も形も違うけど?!一体どうなってんの!?」
そりゃそうだ、ここまで育てるにはかなりの労力や愛情を込めたのだ。
「お世話の仕方だね、ほかにも情報の教え方、それと年月もかけてあるし、色々と工夫したんだよ、わたしも。」
私が相手を責めるように言うが、相手は明らかに納得していない様子。
どちらかというと、電子ペット感覚ですぐに育つと思っていたのだろう、相手の反応は時間をかけて育てようと一切考えていなかったことが見て取れた。
ということで、トモミのことも呼び寄せる。
「その子もワンダーエッグだったりするの?」
相手がにらんでいるトモミのことを見て、そんな失礼なことを言うが、つい先ほど人型の個体を見ていれば当然の反応なのかもしれない。
「いや?この子は私の助手。
トモミ、アリスは出せる?」
私が近くまで来てくれたトモミの肩を軽くたたきながら言うと、相手に見せたくないとでも言いたげにおずおずと、アリスのことを出した。
アリスは長毛のゴールデンレトリバーをぬいぐるみにしたような見た目をしており、頭だけの姿だが、その首には銀色の首輪で金の鈴が付いている。
正直トモミのものはドリームエッグだが、見た目はワンダーエッグと同じため、違いなど分からないだろう。
「多分だけど、君のもこんな感じの子じゃないのか?」
トモミがアリスのことを相手に見せてくれたが、アリスは相手に対して愛想を振りまくこともなく、普段よりも冷たい態度をとっているので、多分相手のことを敵だと認識しかけているのではないだろうか?
卵は使役者の気持ちなどを強く反映されることがあるので、この様子だとトモミは、相手のことを悪い人だと理解しているようだ。
「そ、そうだよ?それがなに?」
戸惑いつつもそうやって答える相手に、つい笑みを浮かべてしまうが、こういった時の顔が凶悪になりやすいため、多分すごい悪い顔になっているのだと思う。
「トモミもこのドリームエッグやワンダーエッグをお世話している一人さ。
そして今までどんなことを卵にしてきたのか知らないけれども、君は見限られたんだよ。
こういう風になる予定だったかもしれない切符を、君は自ら手放したんだ。
君がどう思おうが関係ないが、育てられなくなって残念だったね、こんな便利な子たちを手放すなんてさ。
育てるのをサボったツケさ。」
私が特大の嫌味を言いながら鼻を鳴らし、色紙を指さす。
「それはそうと、うちのカゲリが色紙を欲しがっているんだ、サインをくれないか?」
私がそう言うと、エンドウは複雑な顔をしながら色紙にサインをしてくれる。
渡されたそれを受け取ってから、ほかのサイン色紙も手にもって、その場にいた全員一緒に、エターナルジュブナイの全員が待っているであろう最上階へと、行くのであった。
@@@
「あ!シホ!遅かったじゃない!もうすぐで演奏始まりだよ!」
舞台袖の幕のそばまで歩いて行ったエンドウに、サメジマが話しかけてくる。
「すまないね、長時間エンドウのことを借りてしまって。
サイン貰ったり話をしたりして遅くなってしまった。」
すんなりと舞台の袖幕までなぜか行けてしまった私が、エターナルジュブナイルの面々に謝りながら、お願いもする。
「こんなところまでついてきてしまって申し訳なかったね、曲がよかったらサインとかCDなんかも買わせてもらうから、そのつもりでよろしく。
それじゃ、舞台、楽しみにしているよ。」
偉そうな口ぶりだが、柔らかい口調でその場にいた全員に対して言ってから、私は観覧席へと足を運ぶ。
観覧席は椅子に座る方式で、大体体育館ほどのスペースがそこにはあった。
そのなかには人が結構いて、その中にトモミ達一同を見つけたので、そこまで椅子を縫って歩いていく。
「ここに陣を置いたんだね。」
近くにまでたどり行き、声掛けをしてから端の椅子に座ると、トモミは話していたイルルから目線を外してこちらをみてきた。
「どうだったんですか?バンドメンバーの皆は。」
心配そうにこちらを見てくるトモミに、いつも通りの声色で答える。
「あぁ、適当に話してそのまま引き上げてきたよ、演奏によってはCDを買おうかな。」
軽い調子で思い付きのように言えば、トモミの顔は引きつっていた。
隣に座っているテラが袖を引っ張ってきたのにつられて舞台を見る、そこにはメイクをして服装も決めたエターナルジュブナイルの面々がいた。
「えー、皆さん!今日はこの舞台にお集まりいただき!ありがとうございます!」
真っ暗な中ドラムが鳴り、場を温め始めると同時に、スポットライトで今はボーカルらしいエンドウしか見えないが、他にもベース、ギター、ドラム、ピアノがいる。
服装は暫定サイバーパンク系を意識しているようだが、それ以上に色によってキャラが決められていそうな服装をしている。
だが、全員衣装が特注なのだろう、全員が見たことがない衣類の形状をしているので、暗い中ということもあり、なんとも説明が難しい衣装である、しかしそれで色とそれぞれのキャラ付けが的確になされているのだろうということが、それだけでよくわかる。
ボーカルはサイバー天使をイメージしているのか、水色と白を基調とした衣装だということでわかることができた。
ベースはレッドスクリーン、あるいはデータのバグを印象的にイメージしているのだろう、赤と白の色をしている。
ギターのイメージはサイバー系天使の反対を意識しているのか堕天使的な衣装や色をしており、緑、紫、黒という、ボーカルと近しいながらも、白い衣装と対をなすような衣装だ。
ドラムはたぶんブルースクリーンイメージなのだろう、薄い水色と黒に近い藍色、白で構成された衣装で、目元をサイバーゴーグル的なやつで覆い、七色に光り輝きながらERRORの文字が流れていく。
ピアノ担当は羊の被り物をかぶっており、顔出ししていないみたいだが、黒と白の衣装、そして羊の被り物で頭を覆っているため、きっとインターネット越しの大衆を表しているのだろうことが、察せられた。
そして、それぞれのパートは大体人物がわかり、ボーカルはエンドウ、ベースはトマツリ、ギターはトモスミ、ドラムはアズキ、それらの人物がわかるということは、ピアノは消去法でサメジマなのだろう。
トモスミの髪色が紫と白のメッシュ、そして衣装がボーカルと対なすところから、サイバー堕天使だと分かったわけだが、本当にそうかは、よくわからん。
「今日は大晦日の前日、前日ではありますが!前日から盛り上がってもいいんじゃないかなぁ!」
本当の性格を微塵も感じさせない、無邪気で天真爛漫な天使的な元気さを声に乗せながらエンドウが煽るのに、会場からは拍手と歓声が飛ぶ、私たちが知らないだけで、意外と知られているバンドなのだろうか。
「地下から出てきた我々、エターナルジュブナイルが!この会場を!感動の渦に巻き込もうと思う!お前らぁ!準備はいいかぁ!」
元気ながらも、インターネットに侵された結果、承認欲求の塊のような声色のそれに、ギターやベース、ドラムが答え、それぞれが特殊な音を立てた後に、最後にギターがギュイイーンと音をかき鳴らすのに答えるような拍手や、声援が飛ぶ。
「それじゃあ行くぞぉ!readyー?」
何回かのダンッという音がドラムから鳴り、曲が始まった。
このバンドの曲調としては、基本は青春を詰め込んだようなロックバンドで、正しく少年期を現したような青臭いものだったが、それでも今まで駆け抜けてきたものが頭にめぐるような一曲目、二曲目は激しいサウンドに混じる悲痛な叫びも、これまた若い年代にヒットしそうなものだ。
まぁ、ここにいる多分惰性で集まったと思われる者たちが、どれほど理解できるかはわからないが、それでも前方にいるファンだと思われる者たちは楽しそうに聞いている。
三曲目、四曲目と続き、曲が途切れる小休止、そこでMCが入る。
「はい、楽しんでるか!?おまえらぁー!」
「「「「オォォォォォオオオオ!!!」」」」
一部とはいえかなりの熱狂だ、確かに曲も面白いとは思う、正直買うかどうかは別としてだが。
「それじゃ新曲!行くぞ!永久を駆ける、きいてー?」
「「「くれーー!!」」」
ボーカルの問いかけに対して、観客が「くれ」というのは、ファンにとってそれが新曲の時のコールなのだろうか?
そんなことを考えている間に始まった曲は、今までのものと似ているが、少し違った。
「ハラさん、この曲……!」
「あぁ、少し危険だな。」
トモミも一緒に聞いていたから気が付いたのだろう、その曲には卵を変化させようとする、あるいは元の状態に戻そうとするような、そんな歌詞で、曲を聴き始めた全ての卵が我慢できずに変身を解こうとし始める。
「今すぐこいつらを避難させた方がいいな。」
そうトモミに支持しつつも、脳内でこの曲は使えるな、なんてことを研究者目線で考えている自分がいた。
外にうちの子たち全員を連れて行きながらも、曲の内容を流し聞きする。
今まで聞いた限りでは、全体の意味としては確かに永久を駆けるものへの子守歌がテーマなのだろうが、その子守歌の中の要所要所において、卵の変身を解くキーワードが盛り込まれていたり、キーワードをうたっている以外の場所、それも冒頭Aメロの時点で卵が変身を解こうとする反応を示しているのだ。
「いろんな意味でこのバンドとは関わった方がよかったんじゃないのか?組織さんよぉ。」
そんな小声の愚痴とともに、我々はなぜ卵が変身を解こうとするような反応を示しているのかの把握をできないままに、会場の外へと避難したのだった。
「みんな、無事か!」
全員を外に出し、そう問いかけてみると、どうやらワンダーエッグはリオン、二号、三号、四号が、ドリームエッグはシン、テリクス、アインス、フィーア、フュンフが卵の形に戻っており、他の子たちは変身が解けないようにガタガタと震えていた。
何とか変身が解けないよう頑張っていたものたちと、トモミで卵に戻った者たちを回収したのだろう、テラ、カゲリ、イルル、トモミの腕の中には卵があったが、全ての卵に戻った者たちを受け取ったら、必死に震えを隠していたのだろう、人型のものたちの足が、崩れ落ちそうなくらい震えているのが見えた。
「すごいなあのバンド、うちの部隊が総崩れだ。」
悪態の声色交じりに思わずそんな感想を述べてから、会場からかなり離れたある程度の場所にまで移動し、合言葉で何とか保っていた全員を卵に戻した。
「ハラさん、これは……。」
トモミが不安そうに自身の使役している卵を、手のひらの上に乗せてみている、どうやらトモミの卵もつい先ほどのもので戻っていたようだ。
「強制的に卵に戻すための合言葉が、いろんなタイプで混ざった、まさに子守歌だよ。」
比喩表現ではあるが、ある種の直接表現で吐き捨て、こんなことになるとはと、やれやれというため息をつきながら、組織が管轄しているというこの旅館には卵を休ませるためのポッドがあるかどうかを尋ねるために、エレベーターホールにいる、旅館の人に聞いたら、有料だが存在していると言われたため、ダメージを受けている可能性が全ての卵にあったため、休ませるために全ての個数分と、仕事に使う親解除のためのポッドも一つ借りさせてもらった。
そのまま自分たちの部屋へと戻り、休ませるために全ての卵をポッドに入れていく、旅館の人に運び入れてもらったポッドの中で、卵たちは液体の中で気持ちよさそうに沈んだまま、ピクリとも動かない。
そりゃそうか、傷があるわけじゃないからな。
「さて、彼らの演奏が終わったらCDを買うか。」
私が研究者思考のまま宣言すれば、トモミはそれを全力で阻止しにかかる。
「なんで!?こんな危ない曲、いらないですよ!いるわけないですよ!」
トモミが声を荒げるが、研究しがいのあるテーマに、思わず口元がにやけてしまう。
「この曲は様々な場面や局面で使えるだろう、だから購入するんだ。
あのバンドについては今後も見張っておいた方が、いいだろうな。」
不平不満を漏らすトモミをそのままに部屋を出て、演奏が続いているだろう会場に戻る。
ちなみに、卵のポッドは日が絶妙に当たる位置に設置した、理由は特にない、光が好きな個体だけをそこにおいて、苦手な個体はうまく日陰にやったし、大丈夫だろう。
会場に戻ると、未だにエターナルジュブナイルのものたちが演奏を続けており、それ以外にどのような演奏があるかを懐に入れたままだった五号と共に聞きつつ、五号の様子を観察し続ける。
そんなこんなで全ての曲を聴き終え、エターナルジュブナイルは舞台から降り、五号の様子からその後も卵にとっては異常をもたらす曲がいくつか存在することを確認できた。
五号にお礼を告げてから、いつもだったら精密機械になる五号が謎の何かが入った箱になっていたのを卵状態に戻し、浴衣の懐にしまう。
元凶は物販もやるそうなので、その時間まで時間をつぶす、他のバンドの全ての公演が終わったのは夜の六時半で、終わり次第物販も始まったため、それほど並んでいない販売列の一つに、私も並んだ。
「あ、ハラじゃないか!どうだったかい?俺たちの歌は!
並んでくれたということは、良かったという事かい?」
私が最前列にいるのに気が付いたアズキが聞いてくるのに、頷いてから様々な意味を含んだ感想を述べる。
「あぁ、すごくよかったよ。
特に今回の最新の曲が入っているCDが欲しくなった、売っているかい?」
今までのことを思い出し、研究のし甲斐がある異常な現象に思わずにやけながら聞くと、アズキは意味をなにも理解していなさそうに嬉しい顔をさらしながら頷き、その曲が入っているというCDを差し出してくる。
「今回の新曲は永久を駆けるって名前だけど、それが入っているのがこのCDだね、他のはどうする?」
今回の新曲の時点でヤバい代物ではあるが、それ以外の既存曲も十分研究に値する曲であることが予想されるため、それも買い求めることにする。
「それらも買わせてもらうよ。
あ、サイン貰えるかな?色紙持っているんだ。」
私は色紙とペン、ついでにサイン代の千円札を渡し、まるで私がファンになったかのようなやり取りだが、正直このバンドは研究する価値があるバンドだ、特定の人にしか言わない特殊なマスターワードを知っていた上に、それを曲の中に複数忍ばせて、無意識にだろう、私の部隊を崩壊させたのだ。非常に面白いとしか思えない。
「わぁ!ありがとうございます!それじゃ、サイン含めてこのお値段ですね!」
そういわれて提示された価格は普通に十万になった、この代金組織に請求してやる。
「いやー……こんないいバンドだったなんて、曲作りに何か秘訣なんてものがあるのか、今度席が隣になった時にでも聞かせてもらうよ。」
そういいながら、このバンドが今まで出してきた曲が入った、全てのCD群と、その他もろもろ、あと色紙が入った袋を受け取り、お辞儀をする。
それにアズキは、嬉しそうにお礼を言ってきた。
「それじゃ、また後で!」
アズキの笑顔に笑顔で返し、踵を返すが、正直グッズはいらないし、うちの子たちは全員つい先ほどのことでおびえるであろうことは目に見えているので、これらは全て相手の懐に入るためのフェイクでしかない。
しかし、この後の事を考えると、暫くはそのままにしておき、何かあった時にでも使うことにしよう。
「ハラさん!おかえりなさい!」
だるい荷物を担ぎながら部屋に戻ると、先に部屋に戻らせていたトモミが、こちらを心配そうに見てきていたのに対し、ただいまを言った。
「ただいまトモミ。
これ、お土産だけど……いる?」
そういいながら、持っていた袋を掲げると、嫌そうでありながら微妙な顔をして、少し袋を見た後に首を横に振った。
「そりゃそうか。」
私としても困っているので、袋を荷物置き場に置きに行ってから、トモミが座っているコタツの反対側に座る。
「ハラさん、そろそろご飯の時間だけど、どうするの?みんな寝てるよ?」
トモミに言われたので、全員を起こすためにポッドの中から卵を取り出し、ぼそりと合言葉を呟いて変化をさせていく、そして全ての卵が動けるようになってから、食事会場へと向かうことにしたのだった。
@@@
私たちが松の大広間へとたどり着くと、中には結構な人がおり、自分たちの席の隣には既にエターナルジュブナイルの面々が座っていた。
「あ、ファンの人!」
私たちが座卓へと座りに来たのを、トモスミがこちらを見つけて、声をかけてくる。
「コウジから聞いたよぉ~、物販全部買ってったんだってね!そんなにあたしたちの曲よかったの?」
トモスミが期待を込めて聞いてくるから、ここで無下にしたらおかしいかと考え、笑顔でうなずく。
「あぁ、最高だったよ。
特に新曲だっていう永久に駆けるは、名曲だね、それの為だけにCDを買うことを決意したくらいだよ。」
かすかに薫る嫌味を、相手は微塵も感じることができなかったらしい、嬉しそうに胸を張るトモスミが重要なことを教えてくれる。
「それはよかった!あの曲、あたしが考えたんだ!」
トモスミが作ったのだということは、きっとそうなのだろうと思ったので、問いかけることにする。
「もしかして、卵のこと知っているのか?」
既に組織からの依頼で、回収対象の個体を所有しているものがいることは知っていたが、もしかしたら、このバンドはそういうことなのかと思い、わかりづらく問いかける。
「卵って、もしかしてワンダーエッグのこと?」
すぐに答えてくれたが、不思議そうな顔をしたトモスミに、やはりかという、なんとも言えない気分や気持ちになった私は、ほぼ確定事項と化した問いかけをすることにする。
「そうだが……もしかして、もしかして、なのだが。
この、バンドは……。」
つっかえつっかえ問いかければ、トモスミはなんてことないことのように答えてくれる。
「あぁ、みんな卵持ちだよ、それがどうかしたの?」
仮定の話をしたつもりが確定した瞬間だった、この場所は組織の研究者が使う場所とはいえ、そういうことかと、思わずうなだれる。
「私は組織のものでね……、エンドウの卵を、回収しに来たんだ。」
組織はきっと、このバンドにおいての、支援者や被験者としての権利はく奪対象としたのだろう。
特にエンドウの行動について、問題が目立ったため、エンドウの所有を破棄対象にして、別の人物をこのバンドにあてがう可能性だって、正直否めない。
「はっ!?エンドウって、シホの卵を回収しに来たの!?」
相手の驚きように、思わずため息をついてしまう。どうやら、この者たち全員が関係者だったらしい。
「そうだ。
組織から頼まれてね、卵を不当に扱っているものたちがいたら、回収するようにって言われていたんだ。
だから、回収を、ね。」
私が考えたそれを口に出さずに、うっすらと表すだけにしただけだが、トモスミはそっかーと納得した顔をする。
「あたしのグループいち面倒くさがりのシホなんかが世話できるわけないって、実際思っていたけど、そこまでになっていたんだ。
それは謝らなきゃね。」
そんなことをいうトモスミに、言いにくい事ではあるが、言わなければいけないことを言う。
「それで、契約解除の書面にサインを貰ったんだ、ほらここ、読んでみて。」
そう言って、たまたま今も持ってきていた書類を見せると、ほかの者たちも興味を持ったのか、こちらに顔を向けてくる。
「なになに?契約解除の際……、全てのものの守秘義務を守る観点から、今後一切のワンダーエッグ、及びドリームエッグへの接触を禁ずる……!?さすがにそれはできないよ!」
私が頭を痛めた理由がわかったらしい、トモスミが慌てはじめる。
「だろうなぁ、どうしようか。」
この契約書には、組織に不利益を被らせたときの賠償責任として、組織と関わる物事から手を引くことが規定として書かれている。
ワンダーエッグ、およびドリームエッグについてのことが書かれているため、バンドメンバー全員が卵もちということは、ワンダーエッグを組織に返したエンドウは、その時点で支援者及び被験者から外されるので、組織に関わる全てのものやことに接触することを禁じられるため、この場所から去ったと同時に、強制的にバンドからの脱退が決まるのだ。
そのほかにも様々な規約などがあるが、それらも今は問題となってはいる。
バンドメンバーと少し話をしてわかったのは、このバンドはどうやら、ワンダーエッグやドリームエッグといったものを曲の題材として脇に存在ったり、主題にすることがあるらしい。
正直卵関係についての守秘義務をかなりぶち破っているバンドではあるが、そのせいで使えるバンドでもある、曲調も何もかもが変身を解くためにドンピシャであった。
「ちょっとシホ!なにやってんのさ!」
はく奪者以外が書類をしっかりと読み、その規定に完璧に抵触しきっていることを理解したのだろう、エンドウに向かってサメジマが声を荒げる。
「なにって、なに?」
全く話を聞いていなかったらしいエンドウが、頬杖をつきながらそちらを見て、その後は色々と騒ぎとなったから、話をまとめさせるために私は自分の机に戻った。
別名、放置することにした、という。
「ねぇ、隣の人たちに何言ったの?すごい慌てようだけど……。」
席に戻ると、トモミが不安そうな顔をこちらに向けてくるが、正直相手の問題としか言いようがないので、このあとこちらへの苦情やクレームがくることを予想すると頭痛がする。
が、トモミに被害がいかないようにするのが、保護者の役目だろう。
「あぁ、メンバー同士で少しもめ事だよ、私たちにはあまり関係ない。」
書類が論争の論点になっていることを棚に上げて、トモミに対してはいい顔をするが、トモミは納得していないようだ。
「関係ないって。」
トモミが隠し事をされたことによる複雑な顔をしていたが、目の前に豪華な夕食が運ばれてきたら一瞬で忘れたようで、写真を撮った後は一心不乱に食べ始めたのをみて、チョロいと、つい脳裏に過ぎってしまった。
「さて、私も食べるかな。」
私もいただきますをして、みんなで食べはじめる、時折お箸をうまく持てずにいる人型の子たちに、家とは違う食事のマナーを教えつつ食べていると、本当に自分が産んだ子供と一緒に旅館に泊まっている気分になる。
実際には自分に子供は一切いないけど、そもそも結婚自体一回もしていないし、そういった交際経験も、性の経験も、そもそも男性からそういった対象に見られたことさえも……は、拷問されたとかであったことにはあったけれども、実際にそういった行為に至ったことは、全く一切これっぽっちもないけれど、……男性と付き合ったこともないし、人生の今迄において、一回もモテたことのない………、処女の喪女の独身女ですが?………………魅力ないのかなぁ……………、考えてて、悲しくなってきた。
そんなこんなで食事を終え、隣の方を見ると、明らかに修羅場になっていた。
エンドウはいまでも飄々としているし、音楽の方向性を変えねばならぬと怒り狂っているトモスミ、それに微妙な顔をしているアズキと怒りを鎮めようとしているトマツリ、諦めた顔をしているサメジマがそこにはいた。
話を聞く限り、全員が卵を手放す系の話になっている気がするが、組織的には一人を脱退させるだけにとどめるだろうし、そもそも研究対象としてはじくのはエンドウだけである。
「それで、話はまとまったかな?」
ごちそうさままで、みんなして言い終えた私が聞くと、サメジマがこちらを向き、謝りながらお願いをしてくる。
「今までシホがやってきたことは謝りますし、これからちゃんと育てるようにいいます。
なので、どうか、卵との接触自体は、許してもらえませんか?」
曲を作っているトモスミから、エンドウの脱退自体阻止したいらしいそれに、思わずため息をつく。
「そうは言われても、既に書面にサインをした以上、変えられないことなんだよね。」
私の発言に、常識人枠であろうトマツリがこちらを突き刺すような目線で見てくる。
「本当にそのことを説明してから、あいつはサインをしたんですよね?」
疑いの目を向けてくる相手のことが、正直面倒になる。
「当然したとも。
それどころか、面倒なものと縁が切れるーって喜んでいたのは、エンドウの方だよ?
私がどうこう言われても、話をした上でだし、仕方ないじゃないか。」
「し~ほ~!」
トモスミが怒髪天で怒りをぶちまけているが、エンドウはどこ吹く風である。
「仕方ないじゃん、そもそもあんたたちだって、私がお世話していないことについてなんも言わなかったじゃん。」
自分のことを正当化しつつ、責任転嫁するエンドウだが、それはほかのメンバーもそうだったらしく、トモスミが言いよどむのが見える。
「それは……!」「もうよせよサヤ。」
言葉が出ないトモスミに、アズキが止めを刺す。
「コウジ、だけど、このバンドは!」
トモスミが言い返そうとアズキの方を見て、トマツリもなにか反論しようとしたのか、口を開こうとする。
「もう変えられないんだろ?それならまた別の方向で行こうじゃないか。」
アズキがそう諭すが、どうもこじれているらしい、サメジマもアズキと同意見らしいが、トモスミとトマツリが色々と言うため、もはや言い合いに発展している。
そのくせ、エンドウはどうでもよさそうにしているそれに、ため息が出る。
「わかった、私も譲歩をしよう。」
エンドウ以外が大変な騒ぎをしているバンドメンバーに向かってそう言って、たまたま持ってきていたサインペンを出す、その色は、当然黒だ。
「それは?」
トマツリが反応を見せたので、私は手に持っているそれを掲げる。
「見ての通りボールペンだよ。」
サインペンのくせに、ボールペン宣言をする私に対して、エターナルジュブナイルの面々は不思議そうな顔をする。
「この書面自体は変えられない、だけど、付け足すことならできる。」
正直エンドウはもう除外としてよさそうだが、このメンバーにとってはとても大切な仲間なのだろう。
それに、この騒動を決着させるためにはと、そう言って、書面にサインペンの細い方でその他にある空白部分に言葉を付け足す。
「つまり、こうすればいいんだよね、多分。」
そういいながら付け足した文言はこうだ。
『例外的に、エターナルジュブナイルに所属している間だけ、ワンダーエッグ及びドリームエッグに関わることを許可する。』
「こうしておけば、大丈夫でしょ。
実際には組織がなんていうかわからないし、当局はその後のことは関知しないけれども、誓約書の規約にこう書いてあったものを見せた上でサインさせたって言えば、どうにかなるんじゃないか?たぶん。」
私が付け足したそれを、確認したバンドの面々はお礼を言ってくる。
その中には、今まで面倒くさそうにしていたエンドウも含まれていて、その反応や様子から、もうサインしてしまったことによる、取り返しのつかないことに対して、不貞腐れていただけなのだろうということが理解できた。
メンバー同士で色々とつのる話があるのだろう、エンドウに対してお叱りや、自分たちの認識の甘さ、それ以外にもいろいろとお互いが言いたいことを言い合っている。
「それじゃ、これから親登録の解除のための用意をするから、私は自分の部屋に戻ろうと思う。
用意が出来たら呼ぶから、それまでこの旅館のどこかで、あるいは自室で待機してて。」
立ち上がってから告げたそれに、ふと思ったことをそのまま口に出す。
「別に、エンドウは自分の卵と一緒に、最後の温泉に入ってもいいよ。
その際は私も同行するから、そのつもりで。」
そう提案してから、トモミや卵たちと一緒にその場を後にする、私の言葉に対して、何かをこちらに言ってくるものは、その場には一応居なかった。
@@@
「ハラさん、いいんですか?」
「何がだい?」
ところ変わって温泉、動物型の子たちも含めて、全員で温泉にやってきた。
「色々と言いたいことはあるけど、とりあえず、この子達を連れて来るのは………どうなのかな~って………思って………。」
トモミはそういいながら、普段なら一緒に風呂に入らないような、動物型の子たちを見る。
そう、私は旅館に許可をもらって、使役している全ての子たちと一緒に、温泉に入浴しに来たのだ。
「別に大丈夫さ。
事前に旅館からは許可を取ったし、他の客だって、自分のパートナーを連れてきているものがいる。
一年の汚れを落とそうと客が来ているのは確かだけれど、それは明日がピークらしいから、今日は一緒に温泉に浸かっていいって、さ。」
周りには一応人がいるが、どうやら私がいつも入っていたのが、『特殊なもの不可』の場所だったのか、この場所にはいろいろな変な人が多くいるのだ。
本当に人なのか怪しいものもいるような脱衣所で、そういいながら洋服を脱ぎ、ほかの人型の子たちの変身も解く、ぞろぞろと総勢17名で温泉へと行く姿は、実に圧巻だ。
男性体から女性体に人型全員を変えているため、問題ない集団を連れた私がトモミのことを置いて行ったので、トモミも焦りながら服を脱ぎ切ったようだ。
「ちょっと!ハラさぁん!」
言いながらトモミも、アリスのことを温泉へ連れてきている辺り、口ではあんなことを言っていたが、同罪でしかない。
一団で洗い場に来ると、基本各自で体を洗い始める。
そんなときにも、私の隣を陣取るために、カゲリ、テラ、テリクスが両隣になるべく争い始めるが、カゲリのことは前回優先したため、テラを右、テリクスを左に置き、カゲリは場所的にどうしてもそうなってしまうような、少し離れたところで体を洗わせることにさせた。
トモミの両脇にはリオンとイルルがいる、シンはカゲリの隣で、一人黙って体を洗っている。不満そうに一人で体を洗っているカゲリのことを横目に、私は動物型の子たちを全員洗うことにした。
いつの間にかに、私がワンダーエッグを、トモミがドリームエッグを洗っていくことに、なぜか知らないがそうなっていた。
「トモミー、大丈夫か?」
私が手に泡立てた泡を乗せ、二号の体に乗せながら問いかけると、トモミは少し離れたところから返答を返してくる。
「はい!だいじょっ!ちょっとフュンフ!動くと洗えない!」
トモミが現在鳥型のドリームエッグを洗うのに苦戦している横で、私は二号の胴体を洗っていく、二号はドラゴン型な為、表面がトカゲのようにとげとげしていたり、うろこ状になっていたり、謎におなか部分が柔らかかったり、背中は硬かったりする。
そんな感じにどんどんと洗い終えて、全ての動物型の子たちを洗い終わらせたので、お風呂に行こうとしたら、不服そうなカゲリたち、特に人型である、私の近くに来たがる全ての個体が自分も洗ってくれと、なぜか五号含めてこちらに訴えてきた。
五号は私が体を洗った際に洗ったはずなのだが、仕方ないからその子たちも全員洗ってやると、ようやっと気分が晴れたのか、みんなして風呂に入りに行こうと促してくる。
五号を手に持ち、なんとか全てを洗い終わり、石鹸を流し切ったらしいトモミと共に、温泉に行くと、そこには卵を変身させたのだろう、使役個体を連れたエターナルジュブナイルの面々がいた。
「やぁ、君たちも来ていたんだね、どうだい?温泉は。」
当然のことながら女性しかいない面々に向かって、声をかけると、トモスミがこちらに手を挙げて、私たちに挨拶をした。
「ついさっきぶりだね、その子たちも入浴許可を貰ったの?」
トモスミの手元にもいる、その個体を見つつ、私も自分の連れている子たちを見やる。
「あぁ、追加で一万飛んだけどね。」
動物型を含めない料金だったのが今までの入浴費で、動物型を含めたらそうなったのだ。
これも含めて組織に請求してやる、宿泊した際に、対象と接触するための必要な入浴であったと明言すれば、きっと大丈夫だとは思う。
たとえそれを請求できなかったとしても、それでも広い風呂で共に入れるということを考えれば、安いほうか。
「それで?エンドウさんはいるのかな?」
私が湯気で煙っているため、よく見えないので聞くと、トモスミはとある方を指さしたので、そちらの方へ歩いて行くと、卵のままのワンダーエッグを持ったエンドウが、お風呂に浸かっていた。
「やぁ、それが連れのワンダーエッグか?」
私が話しかけると、あからさまにびくついたのち、こちらを見てくると、途端にホッとした顔をするエンドウ。
「あぁ、ハラか……。」
私だと気づいたからか、自分の手元へと視線を戻し、私はその近くに腰を下ろす。
「そうだよ、この子が私のワンダーエッグ、スター。
あんまいい思い出ないけど、いざこうやって見てみると、案外ボロボロになってたんだね。」
手に持っているそれを、こちらに差し出して見せてくれたが、そのワンダーエッグを一目見てみただけで、殻が割れてもうすぐで崩壊しそうだということがわかる。これは……。
「この子………、治療しないと、もうすぐで死ぬね。
手放すからもういいかもしれないけど、何をやったか聞かせてくれないか?」
私の言葉で少し動揺を見せたが、その動揺が大きいものでないことが気になったが、相手からざっくりと今までの扱いなどのことを聞くと、いかにワンダーエッグを虐げてきたかが分かった。
動物型の時には、自分の機嫌が悪い時に散々殴ったり蹴ったり、暴言を吐いたりしたり、ご飯を与えなかったり、無機物型の時には道具として扱ったときにもひどい扱いをしてボロボロにしたそうだ。
ケアもせずに放置をしたら、いきなり暴れだして、その時には何とか抑えることができたが、自身の体にはそれ以降も残る、深い傷を負ったらしかった。
「この背中の傷がそれだよ、まったく、ただの道具だなんて言った責任者が悪いんだ。」
自分に渡してきた担当者のことを思い出したのか、そんなことをぶつくさ言うエンドウに、受け取ったものをストレス発散のための機器や、それに準ずる電子ペットだと考えていたのだろうかと、たとえそれだったとしても、虐待はしてはいけない、してはならないと考えている私は、何とも言えない気持ちになる。
「とにかく、これは返すよ。
あとどんな手続きをすればいいのかな?」
エンドウが平坦な声色でそう言って、渡してきた卵を受け取る。
「今すぐには無理だけれども、血液を使ってこの卵の中に入っている情報を消そうと思うから、まずそれをやる。
それと、もしも卵が親に対して納得していなかったら、たぶん暴れるだろうから、その時の合言葉を言うのも親じゃないとダメだな。
だから、危ないけれども私の近くにいてほしいかな。」
卵が受けているケガの様子から想像されるストレス値の値から、今まで蓄積してきた親登録解除の際のことを思い出しつつ伝えると、それにエンドウは青ざめる。
「暴れるって、前みたいにかなり大変に暴れたりする?」
相手が明らかに動揺を見せ、かすかに震えを見せるが、正直前回がどれほど暴れたかわからないので、何とも言えない。
ということを、エンドウが逃げないよう、誤魔化しつつ伝える。
「どのくらい暴れたか知らないけれど、たぶん最後にモノ申したいことはあるんじゃないかな?」
それにひどく動揺するが、それは仕方がない、とにかく風呂の後は外へと出よう。
「あ………あたしは、………殺されるの?」
相手の様子から、かなり暴れたのだろうことはわかるが、私としてもその後を記録する係に身柄を渡さねばならないので、死んでもらっては困る。
それに、守るつもりではあるし、殺すつもりもない。
「その点については安心してくれ。
私は安全に卵の登録解除するためにいるんだ、怖い思いはするかもだが、死にはしない。」
私の言葉で不安が増したのか、恐怖が顔に浮かぶ。
「それじゃ、私はもうそろそろほかのお風呂に入ろうと思うけれども、………この子はもういいの?」
相手から受け取った卵をどうするかについて聞くと、エンドウは吐き捨てるように顔を背ける。
「そんな面倒なもの、近くに置いておきたくないから、良いんだよ。
さっさとどっかいけ。」
その顔は清々していたけれども、その中に明らかな怯えが見え、そのくせ言動が反省を見せていないことに少し、ムカッ腹が立ったから、みんなに向かって命じる。
「それじゃみんな、丁重におもてなしをしてあげてから、一緒に出てくるように。
私はほかの風呂に入ってくる。」
私が笑顔で言うと、卵たちがそれにうなずくことで了解して、エンドウに向かってわちゃわちゃと迫っていく。
「ちょ………!おまえら、何をする気だ!」
エンドウはどうやら、私と話をしたことでこいつらも危ない存在だと理解したのだろう、明らかに動揺で目の中が濁っている。
「何って、一緒にお風呂に入るだけだよ。
怪我はしない、罪悪感にまみれろ。」
私はそれだけを言い残して、その場を後にした。




