第36話 付与
「これならば!」
「ぐっ!?」
輝く刀身を見たユイハは即座に悪魔へ斬り掛かり、腕を切り飛ばせないまでも傷を負わせた。
その傷痕はすぐに消えることなく、聖光で焼かれたときと同じく泡立って爛れている。
ユイハの攻撃が悪魔に効いている。刀への聖属性付与が成功した証拠だ。
「小癪な真似を!」
それが悪魔の怒りに火を付けてしまったのか、奴の表情から余裕の笑みが消え、代わりに憤怒の形相が現れた。元々鬼の形相だけれども。
先程までとは速度も威力も一段階上の爪撃を放ち、刀で受けたユイハを跳ね飛ばして物理的に遠ざけると、傷付いた腕を自ら抉り取ってから再生させる。
「援護、お願いします」
「りょっ、了解!」
そんな悪魔を見ても怯むこと無くユイハは突っ込んでいく。
彼女の攻撃が効くようになったことで、僕達の最大火力が復活した。頼もしい。
再び僕はユイハのサポートに回る。
「くらえっ!」
悪魔の爪と剣戟を繰り返すユイハの脇に回ると、聖光を放つ。
しかしそれは軽々と回避されてしまい、牽制にもならなかった。
真っ直ぐ伸びる光線なので当てにくいのだ。
「じゃあこっちはどうだっ!」
ならばと使い慣れた火球をマモルに複数出現させてもらい、色々な方向から打ち込んだ。
それらが全て、吸い込まれるように悪魔の身体に命中する。
「えっ」
牽制のつもりで放った攻撃が予想外に当たったので面食らってしまった。
悪魔の表皮が少し焦げたけれど、全く意に介さずユイハとの攻防を続けている。
奴は避ける仕草も見せなかった。ほとんどダメージがないのだからと、わざと避けなかったようだ。
氷槍や突風もぶつけてみたけれど、同じく無視されてしまった。
当たっても、奴の巨体は小揺るぎさえしない。
「無視、するなぁっ!」
ちょっとイラっときて聖光を撃ってみても、これだけはヒラリと避けられてしまう。
あんなに大きいのに動きが速いのはずるい!
僕の攻撃は効かないか避けられるばかりで、ユイハのために隙を作ることも出来なかった。
「はぁっ! やっ、たぁっ!」
「その程度! ふんっ!」
剣戟は激しさを増し、苛烈な攻撃にユイハが追い詰められ、攻撃を避けるために飛び上がる。
「空中では逃げ場があるまい!」
「あっ、危ないっ!」
それを狙っていた悪魔の爪が彼女に襲い掛かる。
ユイハがズタズタに引き裂かれるのを幻視して悲鳴を上げてしまった。
「しぃっ!」
けれど彼女は短く鋭い呼気を発し、何も無い中空を蹴って悪魔の攻撃を避けてみせた。
えぇぇっ! そんなのあり!?
瞬時に間合いを詰める歩法のように、空中に足場を作るか空気を蹴るみたいな技があるんだろう、とマモルが分析していた。
「はぁあっ!」
「ぐぬぅっ!!」
そしてユイハは避ける勢いのまま刀を翻して悪魔に一太刀浴びせた。
さすがユイハさん、すごすぎです。
彼女に任せておけば安心と思う反面、何も出来ない自分が酷くもどかしい。
僕も……僕も、もっと何か出来ないかな。
『付与魔法だけでも十分な援護になっているぞ』
そうだけどさ。でももう少し……付与、付与かぁ。武器や防具に魔法を付与するんだよね?
『その通りだ。武器に付与すれば物理攻撃に加えて属性による攻撃が加わる』
物理プラス属性……なら、魔法に属性は付与出来ないのかな?
『魔法に上乗せか。火魔法に風属性を付与して火勢を増す、なんてことが出来るな』
突飛な思いつきだったのだけれど、マモルは否定することなく出来そうなことを教えてくれた。
なら、業火に聖属性を付与することも出来る?
『あぁ、可能だ』
やっぱり! それならきっと奴に当ててダメージを与えることも出来そう!
さっそくマモルにお願いして魔法を発動させる。
「いっ、いくぞ……喰らえっ!」
「ふんっ」
目の端で僕を視界に入れているけれど、燃え上がる炎を見て意識をユイハのほうに集中する。
無視するつもりのようだ。鼻で笑ったよ、あいつ!
ふふんっ、でもそれはただの火じゃないんだぞ。
聖属性が付与された炎の魔法、名付けて聖炎なのだっ!
「グガァッ!?」
全く避ける素振りも見せない悪魔の背中を、白い光を帯びた炎が灼き焦がした。
悪魔の青い肌は焼けて爛れ、翼の片方は燃え落ちている。
思わぬダメージを受けてよろめく隙を、目の前で剣戟を交えていたユイハが見逃すはずもない。
「はぁあぁぁっ!」
「ガァァッ!?」
即座に斬り上げた彼女の剣が、悪魔の左腕を切り落とした。
『ここで一気に攻勢を掛けろ!』
了解!
勝機を見いだしたマモルの言葉に従い、炎や氷に聖属性を付与した混合魔法を悪魔に解き放つ。
一直線な聖光と違って、多方向から同時に襲い掛かる聖火や聖氷を全て避けることは難しい。
ユイハに斬り掛かられながらであれば尚更のことだ。
「グッ、ガァッ! ぬぅっ、貴様らぁっ!」
傷口を切断しての再生も間に合わないくらいの猛攻を受け、悪魔の身体にダメージが蓄積されていく。
追い詰められた悪魔の目が怪しい光を帯びる。
『来たか、レジスト!』
「えっ、何っ!?」
『即死攻撃を受けた』
起死回生の一撃として、奴は必殺の即死攻撃を放ってきたのだ。
けれど僕は死んでいない。
最初に塔へ呼び出されたときと同じく、マモルがレジストして防いでくれたおかげで。
「ぐっ……!」
でも彼がレジスト出来るのは、僕だけだった。
機敏に動き回っていたユイハの身体が止まり、グラリと傾ぐ。
彼女は即死攻撃をレジストすることが出来なかったのだ。
戦慄が走る。
悪魔は勝利を確信した笑みを浮かべ、駄目押しに爪を振り上げる。
ユイハがっ! マモル、助けて!
『落ち着け、明日虎。大丈夫だ』
何が大丈夫なの!? 早くっ、早く助けないとユイハが死んじゃう!
『俺達は今、お前の持っているスキル【脳内会話】を使っている。体感速度は約千倍だ。相談している時間は十分にある』
えぇっ、でも即死攻撃が効いちゃったんだよ! すぐに何とかしないと……!
『慌てなくてもまだ間に合う。二度食らったことで解析出来たんだが、即死攻撃は効果が発動してから死亡するまでに三秒のタイムラグがあるようだ』
たっ、タイムラグ? じゃあユイハは即死していないの?
『あぁ。正確には【ほぼ即死攻撃】だな』
マモルの説明を聞いてようやく少しだけ落ち着くことが出来た。
まだ心臓はバクバク言っているけれども。
そっ、そうなんだ……。死の宣告(三秒前)みたいな感じ?
『いや、発動時に死に始めているから宣告とは違うな』
『ステータスにHPという項目があるだろう? 即死攻撃はそのHPに百パーセントのダメージを与える魔法なんだ。
だから、発動から死ぬまでの間に一パーセント以上のHPを回復してやれば即死を回避することが出来る』
え、それって全然即死じゃなくない?
すぐにポーション飲んだり、回復魔法掛けてもらえばいいってことだよね?
『そう簡単にはいかない。死に始めているんだから苦しくて身体は動かず、ポーションなんて飲む余裕は全くないだろう。
それに通常、魔法には詠唱が必要だ。即死発動から三秒以内に詠唱を終えて回復させるなんてことは不可能に近い。
魔法と違って詠唱もなく予備動作が小さい即死攻撃を予測して、先に唱えておくことも出来ないしな』
そうなんだ……。
『だが俺はこの場で詠唱しておけば即座に回復魔法を発動させることが出来る』
あ、そっか! ほぼ無詠唱みたいなものだね!
『そうだ。明日虎は実質無詠唱の魔法使いだからな』
その実体はマモルだけどね!
マモルの話を聞いて、自虐的な冗談が言えるくらいの平静さを取り戻していた。
自分を卑下しての言葉ではないことを彼は理解してくれている。僕はもうマモルのことを羨んだり、自分が無力だと落ち込むことはしない。
彼の力は自分の一部なのだと思えるようになっていたから。
ならすぐにユイハを助けられるね!
『即死は回避出来る。だがそれだけでは助けられないぞ』
えっ?
『即死するほどのダメージを受けているんだ。回復はしても身体を動かす力は残っていないだろう』
えぇぇっ、駄目じゃん! あの爪、避けられないじゃん!
楽勝で助けられると思っていたら、思わぬ落とし穴があった。
ユイハは今まさに爪で切り裂かれようとしているのだ。
普段の彼女ならば華麗に避けられるだろうけれど、いくら超人ユイハさんでも動けなければどうにもならないだろう。
布製の服しか着ていない身体にあの凶悪そうな一撃を喰らってしまったら、ただでは済みそうもない。
『そうだ。だから、あれは明日虎――お前が防がないといけない』
前に出て、あれを……。
『あぁ。しかも一撃防ぐだけじゃあ終わらない。ユイハが戦線を離脱する以上、お前が奴と戦わないといけないんだ』
僕一人で、あの悪魔と正面から……?
『そうだ』
見るだけで恐怖が湧き上がってくるような悪魔と、僕が一対一で戦う。
考えただけで身体が震えてしまう。
出来るかな……?
『出来るかどうかじゃない、やるんだ! やらなければユイハが死ぬぞ』
うっ、うん! でも、あんな恐そうなのと戦うなんて、足が竦んじゃいそうで……
『ならどうすれば戦えるか、考えてみるんだ』
えっと、えっと……
『今まで強敵と戦ってきたときのことを思い出せ』
ハイオークとオルトロスは魔法で倒した。聖属性の魔法を使えば悪魔にダメージを与えられるけれど、正面から戦う手段じゃない。
ユイハはペトラさんの協力があってようやく戦えたけど、今ここに彼女はいない。
あと強敵というと――グレイウーズ?
……そうか! 狂化を使えばいいんだ!
『そうだ。そして俺は明日虎が狂化していても魔法を使うことが出来る』
マジで!? 普通、狂戦士って言ったら単純攻撃しか出来なくなるんじゃないの?
『普通ならそうだろう。状態異常の一種だからな。だが、明日虎が狂化しても俺の精神には影響がないようだ』
えっ、でも。前に狂化したときはマモル、魔法を使ってなかったよね?
『以前に狂化を使ったときは補助魔法しか使えなかったからな。身体強化は既に掛けてったし、他に支援する魔法がなかった。
だが、今なら攻撃と回復の魔法が使えるからな。色々とサポート出来るぞ』
狂化は強力だけれど、状態異常なだけあって欠点があるとマモルに教えてもらっていた。
攻撃以外の行動が取れなくなってしまうことと、防御を疎かにしてしまうことだ。
けれどマモルが魔法を使えるなら、剣で斬り付けながら攻撃魔法を放つことが出来るし、ダメージを受けても即座に回復することだって出来る。
狂化の欠点無くなった! 魔法狂戦士アストラの誕生だ!
奴を倒した後にユイハにまで襲い掛かる可能性があるけれど、そこは前回のように気合で押し留まろう。
『覚悟は決めたな?』
うんっ、ユイハを絶対に助けるんだ!
相談を終えるとマモルは詠唱に入り、僕は走り出す心構えをする。
身構えたいけど脳内会話をしている間は身体が動かないからね。
『では――いけぇっ!』
「応さっ!」
脳内会話をやめると同時に、僕は悪魔に向かって走り出す。




