第35話 悪魔
魔法使いの理不尽すぎる言葉に怒ったユイハが、奴の首を刎ね飛ばしたのだ。
その現実味のない光景に呆然とする。
悪魔みたいに滅茶苦茶悪い奴だけど、さすがに殺すのはやり過ぎなような。でも、この世界では当然のことなのかもしれないな。
というか血が出てないよね。切り口が鋭いからかな?
なんてことを、飛んでいく頭を眺めながらぼんやり考えていると――目が合ってしまった。
そして奴の口元がニヤリと笑う。
「躊躇無しとはな」
「うぇえっ!?」
「なっ……!」
空中でピタリと止まった頭が喋り出した。
それを見たユイハは、首から上の無くなった魔法使いの身体からバッと離れてこちらに戻る。
あまりのことに混乱し、間抜け面を晒したまま呆けてしまう。
ユイハは警戒した様子で刀を構え、奴を見据えている。
「この程度で我を滅せるとは思わんことだ」
そんな僕達に皮肉気な笑みを見せながら、頭は魔法使いの手へと飛んで戻った。
そして半ばから断ち切られた首の上へと載せる。
何事も無かったかのようにスッと傷口が消えてしまった。
「だが少し、貴様らを過小評価していたらしい。どちらも良い素材になりそうではないか」
「私達は悪魔を召喚する生贄になど、決してなりません!」
動揺している僕の前に立ち、ユイハが凛とした声で堂々と告げる。
頼もしい!
「そっ、そうだよ! 僕達は、おっ、お前の、道具じゃ……ないっ!」
「ならば我が本当の力、見せてやるとしよう」
そう言った魔法使いの身体から、おどろおどろしい黒い煙のようなものが溢れ出す。
「アストラさん、下がって!」
「うっ、うんっ」
それを見たユイハが警告を発し、奴から距離を取る。
何をするつもりなのか分からないけれど、黙って見ているわけにはいかない。
油断なく刀を構えるユイハに庇われながら、マモルにお願いして黒い煙の中心、魔法使いへと業火を放つ。
炎の塊が奴にぶつかり、天井まで灼き焦がすほどの火柱が上がった。
「き、効いてない……!?」
しかし炎の消えても黒い煙は消えておらず、渦巻くように魔法使いの身体を包み込んでいた。
奴の姿が完全に見えなくなると、黒煙の塊が大きく膨らむ。
そして爆発したように四方へと飛び散った。
「むっ!」
「うわぁぁっ!?」
ユイハが僕を庇って仁王立ちしてくれたけれど、煙は僕達の身体を通過していく。
「えっ……?」
「これは――」
部屋の壁も通り抜けて何処かへと消えたあと、僕とユイハの目の前には青い肌をした偉丈夫が立っていた。
二メートルを遥かに超えていそうな巨体は全身が筋肉に覆われていて、ただでさえ大きな身体を更に大きくみせる。
頭には、下の階で見た妖艶な女性が生やしていたのと似た、捻れた山羊の角が二本生えている。
顔の形状も歪んでいて、口が頬まで人と言うより鬼と言ったほうが合いそうな恐怖を呼び起こす容貌へと変わっていた。
真っ黒に染まった白目の中に浮かんだ真っ赤な瞳は、爬虫類のように瞳孔が縦に裂けている。
背中にはコウモリのような一対の大きな翼が生え、腰の後ろからは大蛇を思わせる長い尻尾が伸びている。
手足の爪は大きくて長く、強靱そうで禍々しい。
その姿はまるで、物語に出てくる悪魔のようだった。
「あっ、悪魔……」
思わず口から出てしまった僕の言葉に奴がニィッと口角を吊り上げる。
「よく分かったではないか。我は魔界より顕現せし上級悪魔の一柱である」
悪魔みたいな奴だと思っていたら、本当に悪魔だったよ!
しかもグレーターって付いてるし、かなりヤバい奴っぽい。
ユイハも警戒して――いると思った彼女が突然、前方へ飛ぶように踏み込み一気に間合いを詰める。
人間業とは思えないこの踏み込みも、もしかしたら必殺技なのかもしれない。
「しぃっ!」
「ふぬぅっ!」
直前で飛び上がりながら脳天を目がけて放たれた斬撃は、悪魔の爪で軌道を逸らされてしまう。
けれど奴の身体からは逸れず、肩口から腰までを深く切り裂いた。
そして奴の身体を蹴り付け、後方へ宙返りをしてこちらへと戻ってきた。ザザザッと音を立てて床を滑るように元の位置へ。
悪魔の切られた部分が、剥がれるように外側へ傾ぐ。
「やっ、やったね!? すごい、悪魔を一撃だよ!」
曲芸染みたユイハの動きが凄すぎて見とれてしまったけれど、彼女の攻撃結果を目の当たりにして興奮を大きくする。
真っ二つとはいかなかったけれど、あれは相当な深手のはずだ。というか致命傷じゃないの?
ヤバそうな奴だったけど、超人剣士ユイハさんの敵じゃあなかったね。
「……いえ、どうでしょうか? 手応えが少し変でした」
「えっ?」
警戒を解かず悪魔を注視しているユイハに釣られ、僕も奴を見つめる。
「クククククッ! 言ったであろう。この程度で我は滅ぼせぬと」
僕達を嘲笑し、悪魔は切られたのと反対の手で剥がれた肩を掴んで引き寄せる。
剥がれた部分が合わさると、消毒薬を傷口へ振り掛けたときのようにジュクジュクと激しく泡立つ。
そして数秒後、そこには切られた痕も何も残ってはいなかった。
「傷が治った!?」
「少し、試してみましょう」
言うが速いかユイハはまた駆け出し、振るわれる悪魔の爪をかいくぐっては何度も斬撃を加える。
「はぁっ、やっ! せいぃっ!!」
「ふんっ! 動きだけは凄まじいものだな」
奴の右腕を斬り飛ばし、胴体を横に断ち切るほどの深手を負わせた。そして人間ならば心臓がありそうな部分に突きを食らわせる。
最後に刃を返し、刀の峰を悪魔の首筋に思い切り叩き付ける。その反動を利用して距離を開けた。
けれど――
「何度やろうとも同じことだ。我にそのような攻撃は効かぬ」
飛んでいた右腕は空中でピタリと止まると悪魔の元へと戻り、くっ付いてしまう。
胴体の切断面も、胸の刺突痕も気付いたときには消えていた。首には打撲の痕も見つからない。
「斬撃だけでなく刺突も打撃も効きませんでした。奴には物理攻撃が無効なのでしょうか……」
斬っても突いても叩いてもすぐに元通りになってしまう。最大戦力であるユイハの攻撃が、悪魔には全く通らなかった。
刀剣以外の武器に弱くなる代わりに刀剣では決して死ななくなる、なんてどこかで聞いたような呪いとかを掛けているのだろうか。
普通に物理攻撃が無効なだけだとはおもうけれど、僕の武器も剣なのだからだから、ペトラさんがいない今はどちらにしても同じことだ。
なら魔法攻撃だ!
マモルにお願いして業火を放つ。
「ほう。詠唱もせず、この威力とはなかなかのものだな」
ゴォッと凄まじい勢いで襲い掛かった炎の渦は、交差した奴の腕で防がれてしまった。
表皮を灼き焦がしているので効果自体はあるみたいだけど、ダメージを与えたという感じではなかった。
炎が駄目なら氷はどうだ。
「いけっ、氷の槍衾!」
前に考えていた技名を叫んで必殺技っぽくしてみた。
五本の氷槍が空中に現れ、加速しながら悪魔へと殺到する。
「ふんっ!」
それを奴は腕や翼、尻尾を使って打ち払ってしまった。
所々凍り付いている場所もあるけれど、多少は痛痒を与えられたのかなぁと思える程度だった。
僕の力を見ようというのか反撃してこないのをいいことに、風と土魔法もマモルに使ってもらって攻撃してみた。
けれど奴にはほとんどダメージらしいダメージを与えることが出来なかった。
「ふぅむ、こんなものか。そろそろ――」
「まっ、まだだっ!」
ま、マモルっ。他に何かないのっ!?
『そうだな――悪魔に通用しそうなものといえば、聖なる攻撃か?』
それだっ! ああいう邪悪そうな奴には絶対効くよ。マモル、使える?
『もちろんだ』
手の平の上に白く輝く光球が現れたのに驚、その手を悪魔に向ける。
「ぬっ、ぐうぅっ!?」
光球が飛んでいくかと思ったら、そのままレーザー光線のように伸びて悪魔の右手を貫いた。
光を見た瞬間に警戒を露わにした奴は腕で身体を庇った上で身体を捻り、聖なる光が胴体に当たるのを防いだのだ。
しかし光を受けた奴の右腕はジュウジュウと焼けるような音を立てていて、傷痕はすぐに塞がる様子を見せなかった。
「まさか、四属性に加えて聖属性まで扱うとはな……。ふんっ!」
「うぇぇっ!?」
「なっ……!」
聖光でズタズタになった右腕を見下ろしていた悪魔は、おもむろに左手で二の腕から先を切り落とした。
突然のことに目を剥く僕達にニィっと嫌な笑みを見せると、先の無くなった右手に力を込める。
すると驚くべきことにズルリと音を立てて腕が生えてきたのだ。
「ふっ。お前達の攻撃など我には通用せぬ」
「そんなのあり!? 再生出来るなら、どんな攻撃も無意味じゃんっ」
効いたと思った攻撃を無かったことにされて激しく動揺してしまう。
そんな僕を落ち着かせるように、ユイハが僕の肩に手を乗せながら見つめてくる。
あ、すごい睫毛長いなぁ。
「いいえ、アストラさんの攻撃は確かに効きました。その証拠に苦痛の声を上げていたでしょう?」
「うっ、うん。でも、再生……されちゃったん、だよ?」
「切り落として再生したということは、そうせねば腕が使えなかったということです」
「あっ……そう、なのか」
「私が奴を牽制しますので、アストラさんは先ほどの魔法で攻撃をお願いします」
「わっ、わかった!」
僕の返事を聞くやいなや駆け出し、悪魔に肉薄して斬撃を放つ。
「はぁっ! やっ、たぁっ!!」
「ふんっ! その程度!」
それを爪で受けると、お返しとばかりに逆の手で爪を振るう。
それを見切って数センチの距離で避けると、刀を翻して奴へと斬り付ける。
あんな凶悪そうな悪魔を相手取っているのにユイハは少しの恐れも見せず、舞うような剣技で奴を翻弄している。
見とれてしまいそうになるのをマモルにたしなめられて気を取り直し、悪魔が体勢を崩したところを狙って聖光を撃ち込む。
しかしその攻撃は警戒されていたのか、すんでのところで避けられてしまった。
またユイハが悪魔の隙を作ってくれるのを待つ。
もっと次々撃てたらいいのだけれど、あれだけの接近戦をしているところに撃ち込むのだから、下手をするとユイハに僕の攻撃が当たってしまいかねない。
余波ならばともかく、ユイハに直接命中してしまったら、さすがにマモルの制御している魔法でもダメージを与えてしまうだろう。
聖なる光とはいえ攻撃魔法なのだから。
「はぁぁっ!」
「効かぬと言っているっ!」
「せぁっ! しぃっ!!」
「ふんっ!」
その後もユイハの猛攻を受けた悪魔の隙を突き、何度も聖光を放ったのだけれど。
奴はユイハの攻撃をあえて食らってでも僕の魔法を回避するのだ。腕が飛ぼうが、首が飛ぼうが構わずに。
すぐにくっ付いてしまうのだから、斬られても奴は問題ないのだろう。
一度などはユイハの切り飛ばした手が元の場所へ戻る前に、背後からユイハに爪撃を加えようとしてヒヤリとした。
幸い僕が警告を叫んで事無きを得たけれど。
ユイハの攻撃は奴に当たるけどダメージを与えられず、僕の攻撃はダメージを与えられるけど当たらない。
その上不味いことに、悪魔は段々とユイハの速さに慣れてきているようだ。
今のところは凌いでいるけれど、ユイハが回避し切れずに刀で攻撃を受けることが多くなってきた。
このままではジリ貧だ。いつか彼女が攻撃を受けてしまう。
回復魔法を使えばすぐに治せるだろうけど、強烈な一撃を喰らったら即死してしまう可能性だってある。
不味い! このままじゃあユイハが死んじゃう! 僕の友達が殺されてしまう!
ユイハが僕、いやマモルの魔法で攻撃出来たらいいのに!
『出来るかもしれないぞ』
えっ、ほんと!?
焦燥感に駆られて頭の中で叫んだ僕に、マモルが頼もしい言葉を返してくれた。
なんでも、魔法使いの首を刎ねた時点で一度倒した扱いになっていて、経験値が大量に入って僕はレベルアップしていたらしい。
ハイオークも十数体倒したしね。ユイハとペトラさんが。
寄生しているみたいで申し訳ない気分になったけれど、パーティの役割分担ということで勘弁してもらおう。
ともかく、僕のレベルが上がったことでマモルは新たな力を得る準備が出来たらしい。
そして今、ユイハの死を予感して僕が願ったことで魔法として結実したのだという。
その新しい魔法とは――付与。
「ユイハっ! その刀に、聖なる力を与えるよ!」
僕から出た柔らかな光がユイハの持つ刀へと飛んでいき、吸い込まれるように消える。
すると刀身が白く清浄な輝きを放ち始めた。




