第34話 仇討ち
「はぁぁ……まぁったく、こき使ってくれるわねぇ。でももう、これで貸し借りは無しだってあいつに言っておいて」
「了解した。伝えておこう」
「じゃあよろしくね」
大型オークに何か愚痴のようなことを言うと、警戒する僕達を一瞥もすることなく女性は何事か詠唱する。
彼女の足元に小さめの魔方陣が現れ、光を放った次の瞬間には姿を消していた。
「……どうやら、行ったようですね」
え、行っちゃったの?
どうなっちゃうのかと思ったけれど、どうもならなかったよ!
「魔族か……これは魔法使いとやらも怪しくなってきたねぇ」
って、山羊人族とかかと思っていたら魔族だったらしい。
うわぁ、魔族とかいるのか。もしかして侵略とかされてるのかな。恐い。
あいつらが話している間に扉から出て塔を登っちゃおうと相談していたのだけれど、あの女魔族から目を離すのは危険だからと言われ、賛成を得ることは出来なかった。
その彼女はどこかに行ってしまったけれど、大きいオークは残ってこちらをジロリと睨み付けてくる。
ヤバい、超絶恐くて足が動きません。
「流暢に人間の言葉を操るオーク……ロード種って奴かい」
「いかにも。ハイオーク達を全て倒したか。通常のものよりも強化しておいたのだがな」
「手下? まさか……」
僕と違って恐怖など微塵も感じていない様子のペトラさんが問うとはなしに呟いた言葉に、奴が重々しい声で答えを返した。
その言葉を聞いて彼女は何やら考え込んでしまった。
巨大オークはオークロードという魔物らしい。
ロードってことは君主? 更に上にキングがいたりするのかな。
ともかくこいつは、さっき二人が倒したハイオーク達の親分ってことだよね。
「と、扉が開いたんだしさ、あんな奴……無視して行こうよ」
チラリとオークロードのほうを見ると、余裕っぽい感じでこちらを見下ろしている。豚面だから表情は分かり難いけれど。
相談でも何でも自由にするがいい、全ては無駄に終わるだろうがな、はははとでも言いたげな感じだ。
被害妄想かもしれないけど。
「それは賛成出来ません。魔法使いに合流されて連携を取られると厄介です」
「連携なら、ユイハ達も、その……取れてるし、大丈夫じゃない?」
「一緒に戦ったは二度だけですし、連携というほどのことは出来ていません。敵に熟達した連携を取れてたら苦戦は免れないでしょうね」
二人ともすごい動きしてるから連携なんか簡単に取れそうと思っちゃってたけど、確かに会ってからまだ数日だもんね。
敵が何年も付き合いのある奴等だったりしたら厳しいか。
「ここで倒していきましょう」
「うっ、うん。強そうだけど……みんなで掛かれば、何とかなるよね」
「……それもどうかねぇ」
黙り込んでいたペトラさんが口を開く。
彼女の目には先ほどより強い光が宿っているように見える。
「ハイオーク共と違って、奴は換えの効かない駒のようだからね。危なくなったらさっきみたいに魔法使いの奴がここにくる可能性が高い」
「あっ、そうか。転移魔法が、あるんだった……。でも、それじゃあ、どうしたら?」
「あたしが一人で残って、奴を抑える」
「えっ!? あんな強そうな奴と一人で戦うなんて無茶な……!」
「あの程度、あたし一人で十分だよ。あんたらは上で魔法使いをやりな」
「ほう。言ってくれるな。たかがハイオークを十数体倒した程度で図に乗るなよ、人間」
「ふんっ。お前こそあたしをただの人間と思うんじゃあないよ。あたしは誇り高き獅子人族の戦士だ」
確かにペトラさんはハイオークを十匹もいっぺんに倒したけど、それを聞いても余裕の表情をしてるってことは、それよりも強いってことなんじゃないのかな。
「でっ、でもこいつ、その、オークの王様、なんでしょ……? 王様……えっ! 森で戦ったハイオークが、王がどうとかって……もしかして、このオークのこと!?」
王様という言葉に反応したマモルがあの時のハイオークの言葉を思い出させてくれて、その結論に辿り着けた。
そういえばそんなこと言ってたかもしれない。
マモルさんは記憶検索能力も半端ないです。
「あれも倒したのはお前達か。下位のオーク達を率いる訓練をさせていたのだがな」
「……やはり、お前が大元か。この森にハイオークなんて上位種がいるのはおかしいと思ってたんだ」
どうやらペトラさんも薄々そのことに気付いていたらしい。
黙り込んでいたのはそれを考えていたのかな。
「どうしようもない奴らだったけど、あたしの大事な仲間だったんだ」
「ペトラさん……」
チンピラ冒険者さん達のお墓の前を通ると、彼女はいつも黙祷を捧げていた。
もしかしたら自分で仇を取ってあげられなかったことを気にしていたのかもしれない。
「でも、一人で戦うなんて……」
「気にするな。他に誰かいると余計に戦いにくいのさ」
確かに最初のハイオークとの戦いでは仲間の人達に足を引っ張られていたみたいだった。
そうでなければ彼女がハイオーク程度に苦戦するとは思えない。
今もユイハ一人なら身体能力にものを言わせて適当に合わせることが出来そうだけど、僕がいると足手まといになりかねない。
「でっ、でも……」
「いいから、ここはあたしに任せて先にいきな!」
尚も言い募ろうとした僕を振り払うように言い切った。
まっ、まさかこんなセリフを正しい用法でリアルに聞くことがあるなんて。
そう言われては引き下がらざるを得ない。
「わっ、わかり、ました……。でも、死なないで、下さい」
マモルに頼んでペトラさんに補助魔法をフルで掛けてもらう。
ポワン、ポワワンと魔法の光りが彼女を覆う。
「ありがとよ。心配しなくても死ぬつもりはないさ。さぁ、さっさといきな!」
「はいっ! ユイハ、行こう!」
「承知しました」
ユイハが先に立って扉を潜り、奥にあった階段を駆け上がっていく。
「身の程を知らぬ人間が。一人で俺の相手をするつもりか?」
「追わなくてもいいのかい?」
「お前を潰してから挟み撃ちにしてやろう」
「そう上手くはいかないよ。こいつは死んじまった馬鹿共の弔い合戦だ。あいつらの仇、取らせてもらう」
そんな会話の後、すぐに武器と武器がぶつかり合う音が聞こえてきた。
戻って加勢したくなる気持ちを抑えて螺旋階段を駆け上がっていく。
外から見ると五十メートルくらいの高さがある塔なので、階段も相応に長い。
強化魔法を掛けてもらっていなかったら絶対に途中でバテていたところだよ。
同じく魔法が掛かっているユイハは僕の倍くらいの速度で上れそうだけれど、僕に合わせて少し速度を落としてくれている。
それでも油断するとすぐに離されちゃいそうだけど。
数分も掛からずに階段を登り切ると、見覚えのある広間へと辿り着いた。
ついに戻ってきてしまった。
僕がこちらの世界へと召喚されたこの場所に。
「これのせいで僕達は……」
僕とユイハを召喚した魔方陣がまだ床に書かれたままだ。
あれからもう二週間も立っているはずなのに、血で書かれているっぽい魔方陣は黒ずむことなく赤い色を保っている。踏んでも消えない。
何か魔法的な方法で書かれているようだ。
「生きて戻ったか」
聞き覚えのある声と共に、上の階段から奴が降りてくる。
あのときと同じ黒いローブに三角帽子を身に纏い、ねじくれた木製の杖を手に携えている。
忘れたくても忘れられない男。
僕を勝手に召喚したくせに無能は要らないと罵った末、この塔から突き落として殺そうとした最悪な魔法使いだ。
「さぁ。大人しく捕まり、召喚の生贄となるがいい」
挨拶もなしにこの言いざまとは、相変わらずの理不尽さだ。
ラスボスらしくせめて名乗りくらい上げればいいのに。
まぁ、今さらこいつの名前なんて知りたくもないけどね。
「誰が! わっ、わざわざ捕まるために、来るわけがないだろうっ!」
「では殺して大人しくさせてやろう」
「はぁっ!? ちょっ、えっ、生贄にするんじゃなかったの!?」
「多少価値は落ちるが、死体でも構わぬのでな」
あんまりにもあんまりすぎる言葉に絶句してしまう。
もしかしてオルトロスは死体回収のために町へ来たのかな。あいつじゃあ回収せずに食べちゃいそうだけど。
もう話すことは無いとばかりに何か詠唱を始める魔法使い。
交渉なんて最初から無理だと分かっていたけれど問答無用すぎる。ちょっとだけ問答したけどさ!
こうなったらもう、知りたいことは力尽くで聞き出すしかない。
「いっ、いくよ、ユイハ!」
「はい、アストラさん!」
マモルにお願いしてユイハに強化魔法を掛け直す。
駆け寄る彼女に魔法使いの火球が迫るけれど、抜き打ちざまの一閃で霧散した。そして返す刀で奴へと斬り掛かる。
「はぁっ!」
「ぬぅ」
ガツンッと重い音が響き、ユイハの袈裟斬りが魔法使いの杖に受け止められた。
強化された彼女の一撃を止められる杖の強度もすごいけれど、あんな魔法使い然とした格好をしているくせにあの斬撃に対応出来たことが驚きだ。
「以前よりも速い――!」
「せいっ、やぁあっ!」
しかし一度受けられた程度でユイハの攻撃は止まらない。
刀を翻して二撃、三撃と重い斬撃を繰り返す。
たまらず下がって魔法を撃ってくるけれど、それは僕が放った火球で相殺する。
「なにっ!? 貴様が魔法を使うのか!」
思わぬ迎撃に驚き、出来た大きな隙をユイハは見逃さない。
一息に間合いを詰め、奴の首筋にピタリと刃を宛がった。
「終わりです」
「ぬぅ……」
ギラリと光る刀を押し付けられ、さすがの魔法使いも動けなくなる。
もっと苦労すると思っていたのだけれど、ユイハが超人的に強すぎて楽勝だった。
「つ、捕まったのは、おっ、お前のほう……だったね!」
「貴様……無能だと見せかけ、我をたばかったのか」
「ふっ、ふん! お前に、見る目が、なっ、なかっただけだ!」
言ってやった! ついに無能じゃないと奴に認めさせてやったぞー!
無能じゃないのは本当はマモルだけど、『脳内会話があるから明日虎も無能じゃないぞ』と彼が言ってくれたので僕もきっと大丈夫。
「し、死にたく、なければ……えっと、送還――元の場所に、戻る方法を……教えて」
「答えなさい」
ユイハが刃を食い込ませたことで肌が切れ、奴の首筋からツッと血が垂れる。
「ふっ。やればよかろう。脅そうとも無意味なことだ」
「なっ、なんでっ?」
「戻る方法などありはせぬ。我が召喚は呼び寄せるのみ、一方通行なのだからな」
「えっ……?」
「くくくっ。どうせ生贄にするのだ。送還など、考える意味もなかろうが」
「はぁっ!?」
「貴様は……!」
奴の言葉に愕然として、怒りに打ち震える。
なんて奴だ。
冷酷な鬼畜魔法使いだとは思っていたけれど、僕達を悪魔召喚ようの道具としてしか考えていなかったなんて。
完全に物扱いじゃないか。
同じように考えたのだろう、ユイハの目がスッと細まる。
「ならばもう、生かしておく意味も――ない」
「ぐっ!」
彼女の手が素早く振り抜かれ、何かがポーンっと高く飛ぶ。
「え、あっ……?」
見ればそれは魔法使いの頭だった。




