第32話 塔の罠
全員に体力向上の、自分だけは筋力向上の補助魔法を掛けると足早に草原を駆け抜ける。
二人にも筋力向上を掛けちゃうと僕一人だけ置いて行かれちゃうからね。
森はユイハを先頭にして、現れる魔物共を辻斬りにしつつ、マモルのナビに従って一直線に塔を目指す。
ペトラさんの提案で塔の手前で一旦休憩を入れた後、ついに塔へと辿り着く。
オルトロスを倒し、ユイハを解放したからか門番は存在していなかった。
「留守……ってことは、ないかな?」
「なら、勝手に中を調べてやりゃあいいさ」
「えっと、罠の可能性も……?」
「そんなもの、正面から叩き潰してやりましょう」
二人ともやる気満々だなぁ。
仕方ない、ちょっと恐いけれど突入しよう。
「じゃ、じゃあ……行きましょう。慎重に、ね?」
鍵の掛かっていなかった扉を警戒しつつ開けて中に入る。
不用心だと思ったけれど、鍵が掛かっていたとしもペトラさんが斧で壊しちゃうだろうし、結界みたいのがあってもマモルが魔法で解除してくれるから関係なかったかもしれない。
中は広間になっていて、床も壁も天井も外壁と同じで全て石造りだ。
大きな窓は開いていないけれど、空気と明かり取り用の小さな穴が天井付近の壁にいくつも開けられている。
少しカビ臭い空気に、この塔へ呼び出されたときの苦い記憶を思い起こさせられて眉根が寄ってしまう。
「向こうに見える扉の先に階段があります」
ここに捕らわれていたユイハは、門番をする際にここを通ったらしい。
階段は召喚陣のある上階まで螺旋状に続いていて、途中に部屋は存在していないという。
なら留守でなければすぐに魔法使いと対面するのか、と一歩踏み出した僕達の後ろでバタンと大きな音を立てて扉が閉まった。
「うぇっ!?」
「閉じ込められたようですね」
慌てた僕と違って冷静に扉へ向き直ったユイハは、鍵が掛かったように開かなくなったことを確認している。
「破壊します」
そして何気なくそう言うと、刀に手を掛けて抜き打ちした。
ギィンッと金属が擦れるような音が響いたものの、扉には傷一つついていなかった。
「……結界が張られているようです」
「結界か。壁のほうはどうかね」
憮然とした様子で刀を収めるユイハ。
そして今度は彼女の言葉を聞いたペトラさんが戦斧を振り上げる。
「はぁぁっ、大切断っ!!」
そして気合いの声と共に鋭すぎる斬撃を石で出来た壁面に放った。
ガギィンッとユイハのときよりも重い音が響いたけれど、同じく壁は無傷のままだった。
「ふむ……こっちも駄目だねぇ」
「そっ、そうみたい、ですね。えっと……ちょっと、見てみます」
開かないから壊そうって潔すぎるよ! そして扉が駄目だからって即座に壁を壊そうって発想が恐い!
ゲーム脳|(ロールプレイングゲーム的な意味で)な僕では思いつきもしない、いきなりな二人の行動に少しびびりつつも扉に手を添えてマモルに解除をお願いする。
『これは――力尽くで解除するのは難しいな。多重に施してある結界が、解除した端から再生してしまう仕組みのようだ』
えぇっ、じゃあもうここから出られないの?
『魔力を供給している何かがあるはずだ。それを取り除けば結界は消える』
何か……どこにあるんだろう?
『この部屋には見当たらないし、上にあるんだろうな』
そのことを二人に話すと感心される。
「へぇ。そんなことが分かるんだねぇ。魔法使いってのは便利なもんだ」
「解析出来るほどに魔法に精通しているとはすごいですね」
うん、マモルは優秀だからね!
何だか手柄を横取りしたみたいで心苦しいけれど、『君の力でもあるんだから誇っていい』と彼が言ってくれたので素直に受け取っておこう。
「魔力を供給――魔方陣の間の上階に怪しげな宝玉がありました。あれがそうなのでは?」
おぉっ、ユイハに心当たりがあるようだ。
マモルも『その可能性が高いな』と同意している。
「つまり、この塔から出たければ上へ来いということかい」
「そう、なの……かな?」
「行きましょう」
二人と頷き合い、広間を縦断して向かいにある扉へと進んだ。
しかしその扉にも入口と同じく結界が張られていて開かなかった。
「この部屋に、閉じ込められちゃった……?」
「兵糧攻めでしょうか」
「まぁ、確かに何日分も食料持ってきてないからねぇ」
『安心しろ。こちらの結界は再生しないようだ。少し時間は掛かるが開けられるぞ』
おぉっ、よかった。持久戦にはならずに済みそうだ。
「入口のとは、違って、こっちの扉は、開けられそう。ちょっと待ってて――」
安心してもらおうと振り向くと、二人は武器に手を掛けて警戒した様子で部屋の中に視線を向けていた。
「のんびり待ってる余裕はなさそうだねぇ」
「何か来ます」
部屋のあちこちに魔方陣が発生し、その中心の地面から湧き出すように大柄な人影がいくつも浮かび上がってきた。
いや、緑色を帯びた黒色の肌は人ではなくオークだった。それも上位種であるハイオークのものだ。
「しょっ、召喚、されてるの!?」
例外なく全ての魔方陣からハイオークが出現している。
その総数は十五体にも及んでいた。
ハイオーク達が完全に姿を表わすと、輝きと共に魔方陣が消えた。
「ちっ! ハイオーク共が団体で来やがったかい」
ハイオークに率いられたオークの集団に仲間を殺され、自身も大怪我を負った経験のあるペトラさんが嫌そうに吐き捨てた。
彼女の黒い瞳に強い憎悪の感情が浮かんでいる。
「アストラさんは扉の解錠をお願いします。奴らは私達で相手をします」
「あぁ、あたしらが抑えておくから。あんたは扉に集中してな」
「じゃっ、じゃあせめて、魔法を掛けておくね」
マモルにお願いして二人を補助魔法でフルブーストしてもらう。
ポワンとした光りが僕の両手から飛び、ユイハとペトラさんの身体を包み込む。
「こいつは――すごいね」
「……驚きました。補助魔法、これほどのものだったとは」
「身体が軽い。これなら二人で殲滅だって出来そうだね」
「はい。これなら――いけます!」
姿が掻き消えるような踏み込みで、手近なところにいたハイオークを居合い斬りし、素早く元の位置へと戻る。
「ウ、ガ……?」
ズルリと上半身が傾ぎ、大きな音を立てて床に落ちる。遅れて黒い血が吹き上がった。
何をされたのかも分からず、断末魔を上げることもなくハイオークは事切れていた。
僕があんなに苦労して倒した魔物を一撃で倒すとか、ユイハさんの刀には人型特攻とかの特殊効果でも付いてるんですか!?
「ウガァアッ! ヨクモ!」「ニンゲンメェッ!」「ヒキサイテ、クッテヤル!」
不意打ちを食らって仲間を一人失ったハイオーク達は、呆気に取られることもなくすぐに臨戦態勢を取った。
敵意を剥き出しにして吼えるように叫んでいる。
その様子を見て呆けていた僕にペトラさんは「自分の仕事をしな」と目で促すと、敵の攻撃に備えて構えていたユイハの前に出る。
「魔物相手なら前はあたしに任せな。あんたはアストラを守ってくれ」
「承知しました」
補助魔法を掛けたユイハの動きは、視力強化を施している僕の目でも追えないくらいに速かった。
なんか一人で僕三人分くらい強い気がする。この分だとペトラさんも同じくらい強くなっていそう。
僕が二人に混じって前線で戦うなんて、はっきり言って無理っぽい。
大人しく扉を開くほうに集中しよう。主に作業をするのはマモルだけどね!
『扉は任せておけ。明日虎は二人の戦い方を学んでおくといい』
扉に手を付いていればマモルが解析と処理をしてくれるので、言われた通りに二人の戦いを眺める。
「はぁっ、おりゃあっ! 喰らいなぁっ!」
「ウグルァアァァッ!!」
「グルルゥッ!」
戦斧をハイオークの武器に叩き付け、反動で切り替えして別の敵の攻撃を弾く。
横にステップして別のハイオークに斬り付けて傷を負わせ、足を払って動きを止める。
動きを止めず、派手に動き回ってハイオーク達の意識を自分に集中させている。
「のろま共が! あたしはここだよ!」
「ガァアァァァァッ!!」
一人であんな数の敵を同時に相手取るなんて無謀にも見える。
けれどペトラさんは後ろを取られないよう、巧みに移動しながらハイオーク達を翻弄している。
普通ならあんな動きを長く続けられそうもないけれど、元から強靱な体力を持っているペトラさんに補助魔法でブーストが掛かっているのだ。疲労で動きが鈍るような心配もない。
「隙を見せたね! はぁあぁぁっ!」
「グギィイィィッ!?」
そして敵の巨体を利用して死角を作ると、一体のハイオークを逆袈裟に斬り上げて仕留めた。
また仲間を倒された怒りに燃えるハイオーク達が斬り掛かり、殴り掛かってくるのを戦斧で受け流し、飛び退って避ける。
それに追い縋って攻撃する者に合わせ、横から挟撃の一撃が繰り出される。
それを身体能力を駆使してギリギリで回避していく。まさに獅子奮迅の戦いぶりだ。
「はっ! ようやくやる気が出てきたみたいじゃないかい」
ペトラさんを強敵と認めたハイオークたちは連携を強め、隙を補い始める。
そうなると身体能力を魔法で強化されていても、さすがに簡単には倒せなくなる。
それでも動き回って敵に揺さぶりを掛け、少しずつ奴等の身体に手傷を負わせていく。
「グルォオォォォッ!」
しかし十五体近いハイオーク達を一人で捌き切ることは出来ず、僕のほうにも五体ほどが向かってくる。
居合い斬りを放ったユイハの斬撃が、先頭のハイオークが持っていた剣を打つ。
武器が二つに切れるかと思ったけれど、甲高い音を立てて弾いただけだった。
どうやら普通のオークが持っているようなナマクラではないようだ。
今のユイハならば鋼鉄でも切ってしまいそうだけれど、魔法的な防護が掛かっているのかもしれない。塔の防護機能の一部だろうとマモルが推測している。
「しぃっ!」
武器破壊が不可能と見てもユイハは構わず剣に刀を打ち付けて跳ね上げ、体勢の崩れたところを横薙ぎの一閃で首を刎ねる。
続く二匹のハイオークの武器とも一合ずつ剣を交え、片方は跳ね上げてもう片方は逸らし、それぞれに一撃ずつ攻撃を加えて腕や足に深い傷を負わせた。
「グギィッ、グゥウゥゥッ……!」
「ガッ!? ニンゲン、フゼイガァッ!」
ユイハはその二匹の首も刎ねたかったのだろうけれど、先頭の一匹が討たれた時点で後続のハイオーク達は警戒して突撃速度を落としたので、深追いせず手傷を与えるに留めたのだろう。
さっきの一撃を見ても、今の攻防を見ても僕にハイオークの攻撃が届くとは
身体は僕よりも小さいのに、巨大な壁が目の前にあるような安心感を与えてくれる。
「グルルッ!」
「ウガァッ、カコメ!」
ハイオーク達にもそう見えているのか、間合いの外から唸り声を上げて威嚇してくる。
僕の側から離れるわけにはいかないユイハはその場に留まり、ハイオーク達は迂闊に近づけず距離を取った。
そこから両者動かず、膠着状態になった。




