第31話 力の差
「ではさっそく行きますか」
準備が整ったところでユイハがギラリと目を輝かせた。ちょっと恐い。そんなに戦いたいのか。
けれどそれに待ったの声が掛かる。
「さすがに今からってのは急ぎすぎだ。狩りをした後にオルトロスともやりあったんだ。今日は休みな」
「しかし……」
「疲れが残ってちゃあまともに戦えないよ」
「ペトラさんの言う通りだよ、ユイハ。あの魔法使いだって、遠征へ行くときに連れていくような、あんな……大物をそう何体も送ってはこれない……んじゃないかな?」
「……確かに、お二人の言う通りです。少し焦っていたようですね。申し訳ありません」
ペトラさんが説得し、マモルが頭の中で教えてくれた推測をそのまま話すとユイハも納得してくれた。
強化魔法を掛けて草原を駆け抜け、森を突っ切れば半日掛からずに塔へ辿り着けるのだ。焦る必要はない。
しかし、ただ休んでいても落ち着かない様子だ。
ならばとユイハに少し剣を教えてもらうことにした。
「そうだね、アストラは少し剣の振り方を覚えたほうがいい」
「はい、お任せ下さい!」
僕は一度も剣を習ったことがないので、型も何もない無茶苦茶な戦い方をしていた。
今まではマモルの強化魔法ゴリ押し殺法で何とかなっていたけれど、オルトロスには全く通用しなかった。
魔法での援護をメインにするにしても、剣を持っているのだから使えるにこしたことはない。
ラウリさんにお願いして宿屋の庭を貸してもらい、ユイハの指導を受けることになった。
まずは全ての基礎である素振りの仕方だ。
「型や構えは私の流派のものになってしまいますが、基礎は同じです」
ユイハが手取り足取りで僕のフォームを整えてくれる。
彼女は何のてらいもなく触れているけれど、極上の美少女に密着されている僕は平静ではいられない。
柔らかく滑らかな手の平の感触がすごく心地良い。
剣を持つ手だからまめが潰れて皮膚が硬くなっているかと思っていたのだけれど、全くそんなことはなかった。
素振りと魔力を身に纏う訓練を同時に行なうことで皮膚も魔力強化され、いくら剣を振ってもまめが出来ないらしい。
彼女のような若さであれだけの剣技を身に付けられたのも、身体強化への適正が高かったことが影響しているのだそうだ。
魔力って素晴らしいな。
「この形で、こう振ってください」
一度ユイハに僕の手を動かしてもらって振り方を覚え、その軌道をなぞるように素振りを繰り返す。
刃の向いている方向に真っ直ぐ合わせて剣を振れば刃筋が立つらしい。
素振りってただ筋力を鍛えてるだけじゃなかったんだね……。
言葉にすれば簡単だけど、実際にやると難しい。そう簡単にできることではない。
けれど僕はそれが簡単に出来てしまう。
「良い振りです。もう覚えてしまうとはさすがですね」
「ありがとう。ユイハの教え方が、その、いいからだよ」
もちろんユイハの教えもあるけれど、一番の要因は何と言ってもマモルの補助魔法だ。
能力値の中にある【器用】という項目。
戦っているときは何の役に立っているのか分からなかったけれど、今回その効果を初めて実感した。
器用さとは身体を自在に動かす能力のことだった。
指先を思い通りに動かしてピックツールを操れば宝箱の鍵を開けられるように、腕を思い通りに動かせばぶれることなく刃と同じ方向に真っ直ぐ剣を振ることが出来る。
器用さを魔法でブーストすると、習ったばかりの僕でも簡単に刃筋を立てられたのだ。
「はぁっ!」
ペトラさんがどこからか用意してきた巻き藁のようなものを試し切りしてみると、ユイハが魔物を斬ったときのように断面が真っ直ぐで綺麗だった。
器用さのブーストを切ると、途端に断面がギザギザになるので恩恵がよくわかる。
斬り下ろし、左右の袈裟懸け、横薙ぎ、左右の逆袈裟、斬り上げ。
補助魔法で強化して集中すれば、その全てで刃筋を立てられるようになった。
「素晴らしいですね。僅かな時間でここまで出来るなんて」
「いやぁ、ははは……」
教えてくれているのに僕を尊敬の眼差しで見つめてくるユイハの視線を笑って誤魔化した。
真面目に修練を積んできた人に、全部補助魔法のおかげですとは言えない。
刃筋は立てられるようになったけれど、さすがに器用さブーストをしていても最初の一撃がせいいっぱいだった。
連続で斬ろうとすると二撃目以降の切り口がギザギザになってしまう。
「毎日の鍛錬が大事です。これからは一緒に日課をこなしましょう」
ユイハの太刀筋が綺麗なのは身体強化の才能によるものだけでなく、物心ついた頃から一日も欠かさずに剣を振っていた成果だそうだ。
毎朝起きたらご飯の前に素振りをするらしい。
ちょっと体育会系すぎるのは勘弁して欲しいけれど、マモルが『友達と一緒に部活に励むのだと考えたらどうだ?』と言われたら俄然やる気が出てきた。
「うんっ、一緒に頑張ろう!」
「はい!」
刃筋を立てられるようになったし、これで少しはマシな戦い方が出来るようになるだろう。
そうそう、オルトロスを倒したときにレベルが上がったというのでいくつになったのか聞いて愕然としてしまった。
レベル32だそうだ!
能力値も聞いてみるとすごくて、魔力と器用以外はフルブースト状態の僕より高かった。
ちなみにペトラさんは「そういう情報は秘匿しとくもんだよ」と言って教えてくれなかった。
けれどレベルはユイハと同じくらいだそうだ。
僕、まだレベル8なんですけど。
うわっ……僕のレベル低すぎ……?
相変わらず能力値もあんまり上がってないし。
オルトロスを倒したとき、僕もかなり貢献したと思うんですけど! ですけどっ!
『大器晩成型かもしれないじゃないか。それに明日虎のレベルが上がれば補助魔法の効果も上がるんだからお前自身が強化されているのと同じさ』
すかさずマモルがフォローしてくれたけれどちょっと疑わしい。
試しにユイハに強化魔法を掛けてからギルド証を確認してもらったら、能力値が飛躍的に向上したと驚いている。
身体強化と強化魔法は重ね掛け出来るものだったようだ。
居合いで巻き藁を斬って能力向上の効果を試してもらう。
短い呼気と、チンッという刀を収める音が響いたと思ったら巻き藁がズルリと斜めにずれて切れ落ちた。
ジッと注視していたのに剣閃が全く見えなかった。
これは素晴らしい魔法ですね、さすがですと褒められてしまった。
やっぱり僕本体は不要じゃないですかー!
しかし僕の嘆きを気にしなければ戦力の増強は確実だった。
この悲しみは魔法使いとの戦いにぶつけるしかない。ちくしょう、待ってろよー!
準備が整ったところでその日は休み、翌日。
「ではさっそく行きますか」
「あたしは構わないよ」
昨日と全く同じ台詞を言うユイハ。
ペトラさんも賛同している。
少し悩んだけれど『オルトロスが帰ってこないことに不審を抱けばすぐにまた追ってが差し向けられるだろう。次は魔法使い本人が来るかもしれない。奴に暴れられたら町が危険だ』とマモルにも言われて意を決する。
「わかった、行こう!」
「悩まずに即答とは、アストラさんもやる気ですね」
いや、結構悩んでたよね? 数分くらい考えていたと思うんだけど。
『俺との会話は一秒も掛かっていなかった。そういうスキルを獲得したようだな』
えっ!?
マモルに言われ、慌ててギルド証を見てみる。
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アストラ=イトウ
レベル:8
ランク:D
HP:47
MP:16
筋力:12
体力:13
敏捷:7
器用:9
魔力:5
スキル:脳内会話
――――――――――
おぉぉぉっ、本当だ!
能力値は相変わらず低いままだけれど、【なし】だったスキル欄に【脳内会話】と書かれている。
それとオルトロスを倒した功績を認められてランクもDに上がった。これで半年討伐しなくてもギルド証が維持出来るよ、やったね!
ユイハもFからDへと二階級特進していて、この町の冒険者ギルドでは歴代最速のランクアップだとカティヤさんが驚いていた。さすがです、ユイハさん。
と、思考が逸れてしまった。
そういえば戦闘中に結構マモルに相談して考え込んでいるのによく相手が待ってくれているなぁとは思っていた。
あれはこのスキルのおかげだったんだね。
どうやら頭の中でマモルとの会話を繰り返す内にその速度が上がり続け、スキルにまで昇華されたらしい。
これでもう名実共に無能じゃない! やったー!
でもこのスキル、半分はマモルのスキルでもあるよね。彼と話さず、僕一人で考えていると普通に時間経つみたいだし。
まぁ、だいたいいつも悩んだときにはマモルが相談に乗ってくれてるから一人で考えることなんてないんですけどね。
ともかく、スキルも獲得出来たことでテンションもうなぎ登り。
このままの勢いで塔まで行って、魔法使いを倒してやるとしよう。
「よーしっ、出発だ!」
「はい!」
「応!」
気合いを入れた僕達は宿を出て、門でヨーゼフさんに見送られて魔法使いの塔へと向かった。




