第29話 友達
「ペ、ペトラさん! 目が醒めたんですかっ」
目の前に立つ頼れる姉御の背中に声を掛ける。嬉しくて思わず声が上擦ってしまった。
「あぁ、ついさっきな。こんなのが来てちゃあ、おちおち寝てらんないだろう?」
魔物の咆哮を聞いてか、獅子人の野生の勘でか危機が迫っていることに気付いて目覚めたペトラさんが駆け付けてくれたのだ。
ピンチにはヒーローが現れる。
って、これだと何だか僕がヒロインっぽいんですけど!?
「ふふんっ。この間は不覚を取ったが、魔獣相手なら任せときな!」
「グルルゥッ……!」
そう言って頭上でグルリと回した戦斧を目の前の魔物に突き付ける。
自慢の一撃を防がれた魔物はペトラさん警戒しているのか、唸り声を上げて威嚇するだけで攻撃して来ない。
と、奴の向こうで彼女と同じく武器を構えている少女に気付いて目を見張った。
ユイハは魔物を視界に入れたままペトラさんの姿を確認し、ホッと息を吐き出す。
「あんたは……」
「目を、覚まされたのですね。あの時は……申し訳ありませんでした」
そして軽く頭を下げる。
目の前に魔物がいなければ、いつも通りの深々とした礼をしていたのだろう。
「ふぅん……? もう操られちゃあいないようだね」
「はい。アストラさんのおかげで」
「そうかい。ならいいさ」
「しかし、貴方には深い傷を……」
「もう治ったよ。気にしなさんな」
「……はい。ありがとう、ございます」
僕が口を挟む間もなく、ペトラさんはユイハのことを許していた。死ぬような傷を負わされたというのに、あっさりと。
ペトラさん男前すぎるだろう。姉御なのに。
「ガァァッ!」
「おっと!」
のんきに話しているのを隙と見たのか、魔物が腕を薙ぎ払って爪撃を繰り出してくる。
だけど先ほどのようにペトラさんは戦斧を叩き付けてはじき返す。
僕の身体を吹き飛ばすくらいの一撃なのに、一歩も引かずに受け切ってしまった。
筋肉質ではあるけど細身なのに。いったいどういう膂力をしているのだろうか。
「オルトロスか――なかなかの大物だ。ちょっと寝過ぎて身体がなまってたからねぇ。いい運動になりそうじゃないかい」
「知ってるんですか!? あの、こいつ、硬くて剣が通らなくて。その上、僕の魔法が……全く効かなかったんです」
戦った様子を伝えると呆れた声が返ってくる。
「おいおい、火ぃ吹かれたんだろう? そんな奴に炎なんて効くわけないじゃないか」
「あっ、確かに……。うぅ、そうだったんですか」
頭の中でマモルに文句を言うと、ダメージではなく牽制が目的だったと返されてしまった。
「でもその代わり冷気には弱いよ。アストラ、使えるかい?」
「えっと……」
『魔法はイメージが大事なんだ。お前が奴を凍らせてやりたいと思えば、きっと出来る!』
「はっ、はい。やってみます!」
冷気……氷かな?
球形だと雪玉みたいで弱そうだし、氷といえば尖ってる槍みたいなのがいい気がする。
それを使って魔物――オルトロスを貫く様を思い描くと、イメージ通りの氷槍が目の前に現れた。
「やった、氷魔法出たっ」
それに脅威を感じたのかオルトロスが攻撃してくるけれど、ペトラさんが跳ね返して守ってくれる。
ユイハも向こうから斬撃を加えて牽制してくれているようだ。
「やっちまいな、アストラ!」
「へい、姉御ぉっ!」
勢いのままつい下っ端になった気分で叫びながら、氷の槍を投擲する。
「ギャインッッ!?」
マモルによって誘導された一撃は狙い過たずオルトロスの背中に突き刺さり、奴に初めて痛苦の悲鳴を上げさせることに成功した。
「だから姉御って呼ぶんじゃあないよっ!」
「ひぃっ、すいませんっ」
「ふん。まぁ、でも上出来だよ」
「えっ、えへへ。ありがとうございます」
怒られてしまったけれど、すぐに褒められてにやけてしまう。
メリハリの効いた叱咤激励だと妙な感心をマモルがしているけれど、気にしないでおこう。
「よし、あたしとあの子で奴を引き付ける。その間にアストラが魔法で打撃を与えな」
「はっ、はい!」
「あんたもいいね?」
「承知しました!」
パーティ経験があるだけに役割を振るのも慣れているようだ。
ペトラさんの指示に僕とユイハは素直に頷いた。
彼女のおかげでさっきまでの閉塞感も焦燥感も完全に吹き飛んでいる。
「はぁっ!」
「おりゃぁっ! 喰らいな!」
「ガァオォォンッ!」
即座に攻撃が開始され、二人がそれぞれに打ち掛かる。
ユイハの斬撃はオルトロスの毛皮を切り裂き手傷を負わせ、ペトラさんの一撃は重い衝撃を与えて奴の動きを阻害する。
オルトロスは氷の槍を生み出す僕を攻撃しようとするけれど、二人が立ち回って防いでくれる。
そして出来た隙に槍を奴の身体に打ち込んでダメージを与える。
それを数回繰り返すことで何本もの氷の槍をオルトロスの身体に突き挿してやった。
ペトラさんが加わり指示してくれることで攻撃パターンが確立され、徐々にこちらが押し始めている。
このままいけば勝てる!
と、油断したところに炎のブレスが放たれた。
「わわぁっ!?」
「アストラは魔法に集中してな! おぉりゃぁあぁぁ!」
ユイハが華麗に避けているのを見て、僕も慌てて回避しようと思ったけれど、目の前に立ったペトラさんが戦斧を高速で回転させて炎を打ち払ってくれた。
そんなこと出来るの!? しかも重そうな斧で!?
武器を旋回させて矢や炎を防ぐって漫画やアニメではよくあるけど、実際にこの目で見ることになるとは。さすがファンタジー世界だね!
「よぉし、そろそろトドメを刺してやるよ! デカいのを一発お見舞してやりな!」
「了解です!」
どうやら苦し紛れの一撃だったようで、奴の動きにはもう最初の頃のような力強さが見られない。
ペトラさんに発破を掛けられて奮起し、すごいヤツをマモルにお願いする。
気分が乗って思わずバッと両手を上に掲げると、空中に一回り大きな氷槍が五本も同時に発生していた。
そして両手を振り下ろすと、全ての槍が双頭の魔獣に向かって殺到する。
「いっけぇえぇぇっ!!」
「ギャォオォォォンッ!!」
避ける間もなく四肢と胴体、オルトロスの身体を五ヶ所同時に貫いた氷槍は地面にまで突き刺さり、魔物を地面へと縫い付ける。
手足を暴れさせて抜け出そうとしているけれど、奴の弱点でもある冷気の属性を持った槍は早々砕かれはしない。
「よくやった! あんた、そっちの首は頼んだよ!」
「はいっ、お任せ下さい!」
そしてそんな状態になってしまえばもう、巨体の魔獣とはいえ二人の獲物でしかない。
「ガァアァァッ!」
「そこぉっ!!」
吹き掛けられた炎をヒラリとかわすと、ユイハは閉じられる前の口の中へと突きを撃ち放つ。
鍔元が歯に当たるほどまで抉り込まれた一撃は、切っ先が脳天まで突き抜けていた。
「外からの攻撃は防げても、内からの攻撃は防げないでしょう!」
そう言うと、グリンと刀を半回転させて刃を上に向ける。
「はぁぁぁぁっ……せあぁあぁぁっ!」
「ギャンッッ!?」
そのまま後ろに向き直りながら切り上げ、オルトロスの頭を真っ二つに割り裂いてしまった。
もう一つの残った頭が断末魔の声を上げる。
痛覚が二つの頭で共有されているなら、まさに死ぬような痛みだったことだろう。
「トドメを喰らいな! りゃあぁぁっ、首狩りぃっ!」
「ギッ……!!?」
飛び上がったペトラさんが縦に一回転し、重力に遠心力を加えた一撃を放った。
毛皮に弾かれるどころか、肉を斬り骨を断ちきって魔獣の首を打ち落としてしまった。
サーカスでも見られないようなアクロバティックな動きなのに、その一撃はまさに必殺だった。
明らかに切れ味が違ったし、何か技名も叫んでいたし――まさか必殺技!?
今の一撃には魔力が籠もっていたとマモルが言っているので、そのまさかだったようだ。
僕もさっきの氷の槍同時発射を必殺技にして叫べばよかった。氷の槍衾とかどうだろうか。
ちょっと中二すぎる気がするけど、この世界には中二病なんて言葉は無いだろうから関係ない!
次に使う機会があったら叫んでみよう。
二つの頭を潰されたオルトロスから力が抜け、役目を終えた氷槍が砕け散るとドウと土煙を上げて巨体が倒れる。
その身体はもうピクリとも動かない。
「やった! やりましたね!」
「あぁ。どうにか倒せたようだね」
「お疲れ様でした」
大物を倒して大はしゃぎな僕と、武器に付いた血脂を払って武器を収めてクールに佇む二人。
なんか一人で大騒ぎしちゃってちょっと恥ずかしい。
というか、魔法で足止めして仲間がトドメを刺すのを見守るって、完全に僕ヒロインポジションだよね!
「そういや、名前を聞いてなかったね。あたしはペトラ。見ての通りの獅子人族さ」
「ご丁寧にありがとうございます。私はユイハと申します。ヒュウガ国の剣士です」
そんな僕をよそに、二人は今さらながらに自己紹介をしていた。
そういえば戦っているときにしか会ってなかったもんね。
正式な顔合わせも終わったところで、無事にオルトロスを倒したことを報告しにいこう。
「お兄ちゃん!」
ヨーゼフさん達を退避させたところに戻ると、サリちゃんが走ってきて僕に飛び付いた。
「よかったぁ。ぶじだったんだね」
「心配してくれてありがとう。あのでっかい二つ頭の犬は倒したよ」
「わぁぁっ、すごいすごいっ! やっぱりお兄ちゃん、つよ~いっ」
「ははは、ペトラさんとユイハが一緒だったからだよ」
真っ直ぐな好意を向けてくれるからか、彼女とはどもらずに話すことが出来る。
ひとしきり僕の無事を喜んでくれるた後、今度はペトラさんに向き直る。
「ネコのお姉ちゃん、お兄ちゃんをたすけてくれてありがとう!」
「どういたしまして。あたしは猫じゃなくて獅子だって前から言ってるんだけどねぇ……ったく」
ペトラさんとサリちゃんは顔見知りだったようだ。
赤い帽子亭の食堂をよく利用しているみたいだし、当然か。
「きれいなお姉ちゃんもありがとうっ」
「っ! き、綺麗……ですか? いえ、その、剣士として戦うのは当然のことです」
綺麗と言われて頬を赤く染めながら戸惑っている。
ユイハほどの美少女だから言われ慣れているかと思っていたのだけど、そうでもないようだ。
「おいおいサリ、あたしは綺麗じゃないのかい?」
「ネコのお姉ちゃんはネコちゃんだから、かわいいの」
「か、可愛いって……ま、まぁいいさ」
こちらは正に言われ慣れていなさそうな言葉に顔を赤くしている。
ワイルドでカッコいい系のペトラさんを獅子耳キャラとして愛でるとはサリちゃんなかなかの強者だ。
サリちゃんなかなかの女殺しだ。
美女・美少女と幼女の交流は見ていてとても和む。
いつまでも見ていたいけれど、そうもいかない。
意識を失ったまま壁にもたれているヨーゼフさんを揺り起こす。怪我は治してあるし大丈夫だろう。
「う……アストラ?」
「ヨーゼフさん、終わりましたよ」
「終わった……? っ! そうだ、あの魔物はどうなった!?」
「ですから、倒しました。僕とユイハとペトラさんで」
そこですぐ近くに立っている二人を見上げ、
ユイハは会釈し、ペトラさんはニッと笑って門の外を親指で指し示す。
「あたしらでやっといたよ。ギルドの奴を呼んでくるから、後処理はよろしくな」
「あっ、あぁ。すまんな。助かった」
そう言うとペトラさんは「いいさ」と軽く手を振ってギルドへと歩いていった。
「そうか……アストラ、あんな化物と戦えるくらいに強くなったんだな。ありがとう、助かったよ」
「そっ、そんな。ヨーゼフさんには、その、お世話になって、ばかりでしたから。少しでも、恩返し出来たなら、あの、嬉しい……です」
「はははっ、あんなのは職務の内さ」
笑顔で感謝してくれるヨーゼフさんの顔を見ていると罪悪感が湧き上がってくる。
「でも、すみません……あの魔物は僕とユイハを追ってきたんだと思うんです」
「……どういうことだ?」
僕達が塔の魔術師に召喚されたこと、ユイハが捕らわれ隷属の呪いを掛けられていたこと、ようやく救い出せたことを話す。
「……そうか、大変な目に遭ったな。だが、それなら元々お前達だって巻き込まれたんじゃないか。アストラが俺達の命を助けてくれたことに変わりはない。誇っていい」
「はっ……はい!」
巻き込んでしまったことを許してくれた。
そして認められたいとずっと思っていたヨーゼフさんからの嬉しすぎる言葉に、ちょっと涙が出てしまった。
「俺は門番だから戦士みたいに命で返すことは出来んが、出来ることがあれば何でも言ってくれよ」
あ、やっぱり命の借りは命でって戦士の掟だったのか。
でも何でもって言うなら一つお願いしてみようかな……?
「あの、えっと、それじゃあ――友達に、なってもらう、とか……駄目、ですかね?」
「友達? あはははっ。こんなおっさんと友達になりたいなんて、アストラは変な奴だな。いいぞ、今日から俺達は友達だ」
「ほっ、ほんとですかっ!? ありがとうございますっ!」
やったよ、マモル! ついにリアルお友達ゲットだよ!
『おめでとう、明日虎。よかったな』
うん、ありがとうっ。
思わず小躍りしそうになっている僕の袖をサリちゃんが引っ張る。
「じゃあサリもー! サリもお兄ちゃんの友だちになる~っ!」
「本当っ? ありがとう、サリちゃん!」
「うんっ! サリとお兄ちゃん、お友だち~っ。えへへへっ」
なんと一気に二人もリアルな友達が出来てしまった!
嬉しさのあまり高い高いをするようにサリちゃんを持ち上げてグルグル回ってしまう。
幸いきゃっきゃと喜んでくれたし、ヨーゼフさんも温かい目で見てくれているので事案的な問題にはならないだろう。
「あの、アストラさん。でしたら私もお友達にして下さいませんか?」
「えぇっ、ユイハも? いいの?」
「はい、是非」
「うっ、うんっ! 仲間として、友達として……これからも、その、よろしくねっ」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
塔の中で初めて見たときには話し掛けることも躊躇われるくらいの存在に感じていた少女。
そんな彼女が僕の友達になってくれた。
ユイハ、ヨーゼフさん、サリちゃんと一気に三人も友達が出来てしまった。
喜びが溢れ過ぎて感情の制御が出来なくなった僕は、天にも昇る気持ちのままに意識を失ってしまうのだった。




