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第28話 双頭の魔狼

 魔物の巨体を目にした僕は足が竦んでしまい、止まりそうになる。

 けれど奴の向こうに見えた人影に気付いて逆に速度を上げた。


「くそっ!」

「アストラさん!?」


 魔物に向かって猛然と駆け出した僕に驚いた声を上げながらも、ユイハはすぐに後を追ってきてくれる。

 彼女が付いてきてくれていることに勇気をもらい、腰から剣を引き抜いて大上段に構えると、無防備に晒している背中に斬撃を叩き込む。


「僕の友達候補に手を出すなぁーっ!」

「ガァアァァッ!」


 思い切り斬り付けたものの、黒く艶のある被毛に逸らされてダメージを与えることが出来なかった。

 けれど恐怖を振り切って攻撃した甲斐はあった。奴の注意を引くという目的は果たされたのだから。


「アストラ、か……?」


 魔物の向こうに見えた人影、それは地に膝を付きながらも槍を構えるヨーゼフさんだった。

 彼への攻撃を何としても止めたかったのだ。

 僕に気付いたヨーゼフさんの口から弱々しい声が漏れる。


「お兄ちゃん! もんばんのおじちゃんが、しんじゃうよぉっ……!」


 そんな彼の背後からサリちゃんが悲痛な声で助けを求めてきた。後ろに彼女が庇われていたのだ。

 見ればヨーゼフさんは腹部から血を流していて、地面には決して小さくない血溜まりが出来ている。

 魔物の前足にある鋭くも大きな爪には、まだ乾いていない血がこびり付いている。

 きっと奴の攻撃からサリちゃんを守ったときに傷を負ったのだろう。

 血を流しすぎた顔が青い。早く治療をしなければ危険だ。


「私が引き付けます! アストラさんは彼の回復を!」


 どうしようかと悩む間もなく、ユイハが刀を構えて僕の前に出てくれる。


「えっと……うん、ありがとう! 頼んだよっ」


 女の子に敵の正面を任せる忌避感を少し感じたものの、適材適所だとマモルに言われたことで納得して素直に任せた。

 男としては情けない気もするけれど、彼女の尋常でない強さは身をもって体感しているのだから。


「ガルゥッ!」

「よそ見をするな、お前の相手は私です!」

「ガゥウゥゥッ!」


 脇を通り過ぎようとした僕に魔物が腕を振り上げたけれど、それが振り下ろされる前にユイハが踏み込んで一太刀浴びせる。

 力任せな僕とは違う鋭い斬撃は黒い獣毛を切り飛ばして肉を浅く裂いた。

 ユイハを難敵と見定めた魔物は僕から彼女へ標的を変える。


「ガァアァアァアッ!!」

「はっ!」


 怒りの咆哮を上げながら振りかぶられた鋭い爪を、ユイハは難なくかわして刀を振るう。

 やはり彼女に任せておけばしばらく大丈夫そうだ。

 完全に魔物の注意がユイハに移ったのを見て取り、ヨーゼフさんとサリちゃんの元へと駆け付けた。



「ぐ、う……アストラ、すまん。サリのことを、頼む……」

「ヨーゼフさん!?」


 僕が来たことで張っていた気が途切れてしまったのか、意識を失ってガックリと地面に倒れてしまった。

 まさか間に合わなかったのかと血の気が引いたけれど、苦しげなもののまだ息はある。


「おねがいお兄ちゃん、おじちゃんを助けてあげてっ」

「うん、もちろんだよ!」


 お願い、マモル!

『任せておけ!』


 サリちゃんのお願いをマモルにスルーパスするしかないのが情けないけれど、彼の力は僕の力なんだというマモルの言葉を思い出し、落ち込まずに踏み留まる。

 うん、ちょっとは成長出来てるかな。


 温かな光りがパァッと僕の身体から溢れてヨーゼフさんの身体を包み、お腹に出来た大きな傷を塞いでいく。

 流れ出ていた血は完全に止まり、苦しげだった彼の息遣いが落ち着いた。治療成功だ。


「おじちゃん、もうへいき?」

「あぁ、大丈夫。心配いらないよ」

「ありがとう、お兄ちゃん!」


 サリちゃんを安心させるように笑顔で頷いてあげると、泣きべそをかいていた顔を綻ばせて笑顔を見せてくれた。


「よし、ここは危ないから少し離れたところにいくよ」

「うんっ」


 ヨーゼフさんを背負うと、彼女を小脇に抱えて門の中へと連れていく。

 安全そうな場所に二人を降ろすと、門の近くに深手を負って倒れていたもう一人の門番さんを見つけ、彼の傷も治して連れていく。


「ここに隠れていて。二人のことを守ってあげて欲しいんだけど、出来るかな?」

「わかった! こんどはサリがおじちゃんたちをまもるよっ」

「お願いするね」


 意識のない門番さん達をサリちゃんに託すと力強く頷いてくれた。

 意外と行動力のある彼女にはじっとしていてと言うより、役目を与えておいたほうが彼女も動かないんじゃないかというマモルのアドバイスに従ったのだ。


「それじゃあアイツを倒してくるよ」

「うん! お兄ちゃん、がんばってね!」

「任せといて!」


 彼女の声援を受けて、一人戦うユイハの元へ戻る。



「グルルァアッ!」

「はぁっ!」


 門の外では一人と一匹の死闘が繰り広げられていた。

 ユイハは魔物の振るう豪腕の一撃をギリギリで避け、即座に斬り付けて手傷を負わせる。

 二度、三度とそんな攻防を繰り返される。

 僕がヨーゼフさん達を退避させている間ずっとそうしていたようだ。


 細身で軽装のユイハでは掠(かす)っただけでも致命傷になりかねない攻撃を、表情一つ動かすことなく回避し続けている。

 その動きは流麗という言葉が思い浮かぶくらいに滑らかで、全く危なげを感じさせない。

 ものすごい集中力だ。

 僕だったら例え同じように避けられるとしても、ヒーヒー言いながらドタバタして顔も超引きつりまくっちゃうところだよ。


 と、ぼうっと見惚れている場合じゃない。

 接近戦はちょっと厳しそうだし、僕は魔法で援護しよう。


 マモル、お願い!

『応さ!』


 こちらに気付いていない魔物の背中へ向かって火球(ファイアーボール)をぶつけてやる。


「ガァッ!!」

「わひぃっ!?」


 ボフンッとお尻当たりに直撃したのだけれど、黒い獣毛さえも焼け焦げた様子が全くない。

 ダメージを与えられなかった上に、攻撃されたお返しとばかりに大口を開けて威嚇されて思わず悲鳴を上げてしまった。

 うぅっ、ユイハの前なのに情けない。


「せやぁっ!!」

「グアゥッ!」


 しかし彼女はこちらを向いた魔物の隙を見逃さずに鋭い踏み込みと共に斬撃を加える。

 被毛がパラリと飛び散って、浅く切られた部分から僅かに血が滴る。

 一太刀毎に少しずつダメージが蓄積されているみたいだけれど、巨体の魔物は体力も豊富なのか堪(こた)えている様子がない。


「アストラさんはそのまま魔法での援護をお願いします!」

「えっ? でも、効かなかったのに……」

『効果が感じられなくとも、注意を引けば彼女のために隙を作り出すことが出来る』

「うっ……うん、わかった!」


 ユイハの指示に疑問を感じてしまったけれど、マモルの説明を受けて納得した。

 でもただ火球(ファイアーボール)を飛ばして牽制するだけというのでは芸がなさすぎる。

 もっと火力を上げた攻撃をして欲しいとマモルにお願いする。


『了解だ!』

「ふわっ!?」


 僕の期待に応じて目の前に出現した炎は身が竦むくらいに大きなものだった。


「おっ、おぉぉ……これならっ。くっ、くらえぇぇっ!!」


 地獄の業火(ヘルフレイム)という名前が似合いそうなその炎の塊を、魔物の土手っ腹にぶつけてやる。


「ガウゥゥッ!」

「きゃぁっ!? あっ、熱く……ない? これは、まさか制御……されている?」


 炎が弾け、すぐ近くにいたユイハも驚いて飛び退いたけれど、熱を感じなかったことを不思議そうにしている。

 彼女もペトラさんと同じく魔法に詳しくなくて、炎の魔法が対象以外を燃やさないことを知らないのかもしれない。


「大丈夫、魔物以外は燃えない炎だよ!」

「そ、そうなのですか? 承知しました」


 僕の言葉に戸惑った表情をしたものの、実際に熱を感じなかったことで、そういうものなのだと納得してくれたようだ。

 ユイハも承知してくれたことだし、業火攻撃(ヘルフレイム)を連打してやろうと思ったのだけれど。


「って、これでも効いてないの!?」


 魔物の腹部は黒々とした被毛に覆われたままで、炎によるダメージを全く受けていなかったのだ。

 草原や森で遭遇した魔物はほとんど炎の一撃か二撃で倒せていたのに。

 もしかしたら、こいつには魔法が効かないのかもしれない。


「ガァッ!」

「ふぐっ、うぅぅ……!」


 軽い咆哮を浴びせられ、また上げそうになってしまった悲鳴を辛うじて噛み殺した。

 奴は僕に興味がなくなったのか、ふいっとユイハのほうへ視線を戻す。

 何だか馬鹿にされたような気分だ。

 くそう、でっかくて頭が二つあるだけな犬の分際でぇっ!


「このっ、このぉっ!」


 嫌がらせのように炎の玉(ファイアーボール)を何個もマモルに作ってもらい、次々とぶつけてやる。

 すると鬱陶(うっとう)しそうまたこちらを向いた魔物が大きく口を開く。

 また吼えられるのかと身構えていると、奴の口の中にちろりと赤い揺らめきが見えた。


「ガァァァァッ!」

『避けろ、明日虎!!』

「ひわぁあぁぁっ!?」


 ゴワァァァッと火炎放射器のような炎が迫って来て横っ飛びする。

 無様にゴロゴロと転がったけれど、マモルが注意の声を掛けてくれたおかげで何とかギリギリ避けられたようだ。

 見ると、僕が立っていた場所が真っ黒に焼け焦げていた。

 もし受けていたら僕がああなっていたのかと思うとゾッとする。


「火ぃ吹いたっ! コイツ、犬のくせに火を吹いたよぉっ!?」

「大丈夫。予備動作もありましたし、落ち着いていれば避けられますよ」

『安心しろ! あの程度の炎なら防げるし、ダメージがあってもすぐに回復出来る』

「えぅえっ!? ちょっ、無茶じゃないっ!?」


 魔物がいきなり炎のブレスを吹いてきたのに、ユイハは自分基準で考えているのか「見てから回避余裕です」みたいなことを平気で言う。

 マモルはマモルで「さすが補助魔法だ、何ともないぜ」とでも僕に言わせたいのだろうか。

 少しスパルタ気味な言葉に、彼女の脳筋が彼にも移っているのではないかと危惧してしまう。

 僕以外、周りが全員脳筋という状況は勘弁してもらいたい。


「ガォオォォッ!」

「ふっ!!」

「ひぃいぃぃんっ!?」


 そんな僕の焦りを嘲笑うように魔物はまたしても火を放ってきた。

 しかも今度は右側の首がユイハへと炎を吹き、左側の首が僕へと吹き掛けてきたのだ。

 彼女は言葉通りに落ち着き払った様子で軽く避け、僕はまた情けない声を上げながらゴロゴロ転がって九死に一生を得た。


 しかし、奴が首を巡らせると炎は扇状に広がって僕を追い詰めていく。


「うわっ、うわぁあぁあっ!?」

『横じゃなく後方へ移動するんだ! 少しなら完全に防げる!』

「アストラさん、距離を取って!」

「そんな、ことっ、言われて……もぉっ!」


 斜め後ろ方向に避けろという二人の言葉は分かるけれど、そんな簡単に出来たら苦労しない。

 這いつくばるような格好でギリギリ避けている僕には無理な要求だった。

 斜め移動では回避が間に合わず、炎を浴びてしまう。

 多少喰らっても大丈夫と言われても、あんな熱そうなものをあえて受ける気にはなれるはずもない。


「くっ、このっ! 邪魔をしないで!」

「ゴァァッ!」


 ユイハは僕のフォローに回ろうとしてくれているようだけれど、炎に進路を塞がれてしまってこちらに来ることが出来ない。

 ときおり隙を見て斬り付けてもいるようだけれど、硬く柔軟な毛皮に阻まれて大きなダメージを与えられないようだ。


 そうこうしている内に更に追い詰められ、わたわたと立ち上がろうとして足を滑らせてしまった。


「あわぁっ!」

「ガァアァァァッ!」


 そこに炎のブレスが放たれ、僕の身体を包み込んだ。


「ひぎゃぁぁっ――あっ、あれ? あ、ホントに熱くないんだ」


 けれど焼き焦がされる痛みは感じなかった。ガンガンに焚いたストーブの目の前に陣取った程度の熱さだった。

 さすがマモルの防護魔法(プロテクション)だなぁ、本当に何ともないよ。

 なんて気を抜いてしまったのがいけなかった。


「ゴァアァァァッ!」

「アストラさん、避けて!」

『後ろに避けろ、明日虎!』


 魔物が横薙ぎの一撃を振るい、僕に叩き付けたのだ。


「がはぁっ!?」


 吹っ飛ばされた僕の身体が門柱にぶつかってバウンドする。

 全身がバラバラになりそうな痛みに意識が飛びそうになったけれど、すぐにマモルが治癒魔法(ヒーリング)を使って治してくれた。


 見れば鋼鉄製の胸当てが凹(へこ)んだ上に切り裂かれていて酷いことになっていた。買ってからまだ一日しか経ってないのにもうボロボロだ。

 でもこれがなかったら胴体が真っ二つになっていたかもしれない。そう思わなければ金貨一枚|(百万円)が報われない……。


「うぐ、う……」

「アストラさん!」


 なんてことを考えながら立ち上がる。

 傷は治ったものの、頭を揺らされたのか身体がふらつく。

 心配そうなユイハの声に答える余裕もない僕に、彼女に後ろから攻撃されるのにも構わず追い迫ってきた魔物の追撃が放たれる。


「ガルルァアァァッ!」


 上手く身体が動かず避けられそうもない。

 今度こそ真っ二つにされる――と身体を縮こまらせた僕の前に何かが躍り出る。

 そして魔物の放った凶悪な爪の一撃が、ガキンと音を立てて防がれた。


「えっ……?」

「呆けてるんじゃあないよ! しっかりおし!」


 両手に持った大きな戦斧で爪を跳ね上げ、僕に檄を飛ばしてくる姉御肌の頼もしい声。

 赤い髪をなびかせながら獅子耳をキリリと立てた堂々とした立ち姿の女冒険者。

 ペトラさんが僕のピンチに駆け付けてくれたのだ。


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