第26話 食事と夜の訪問
「ニャーン、ニャア~ン」
「あ……」
シロとユイハの交流に和んでいると、大人しく抱かれていたシロがユイハの腕の中からスルリと抜け出し、僕の足に身体を擦り付けてきた。
何か訴えるように鳴き声を上げながら僕を見上げてくる。
シロが離れてしまったのでユイハは少し寂しそうだ。
「きっと、ご飯が欲しいん、だよ」
「ニャァアァァン!」
ご飯、という言葉に反応してシロの声が一段大きくなる。
甘えたいときにも鳴くけれど、猫がこんな必死な様子で声を上げるのはご飯が欲しいとき以外にはない。
腰のポーチに手を入れると一層声を大きくし、僕の足に前足を掛けて乗り出してまでくる。爪が出ていてちょっと痛い。
「ほら、ご飯だよ~」
「ニャグニャグ……!」
取り出した干し肉を鼻先に近づけてあげると、少し匂いを嗅いだあとにすぐかぶり付いて食べ始める。
よっぽどお腹が空いていたのか、へんな鳴き声を発しながら食べている。
一切れ食べ終わると、爛々とした目でこちらを見上げてくる。
二切れ目を目の前に掲げてやると、飛び付いて食べ始めた。
「ニャグッ、ニャグニャグ」
「……」
その様子をジッと見ていたユイハの目が、用意している次の干し肉へと移る。
「ユイハも、その……あげて、みる?」
「よろしいのですか?」
「もっ、もちろん」
熱の籠もった目で見つめられてドギマギしながらコクコクと何度も頷き、持っていた干し肉を彼女に手渡す。
僕のあげた干し肉を食べ終えたシロは、フンフンと鼻を鳴らしながら周りを探り、ユイハの手の中にある干し肉を見つける。
「ニャァアァァァン」
そして高い声で鳴きながら、ユイハのスミレ色をした袴に手を乗せてご飯をねだる。
グイグイと迫ってくるシロに微笑むと、屈み込んだユイハが手にした干し肉を差し出す。
「はい、どうぞ」
「ニャグニャグッ、ニャグゥ」
最初の一切れはユイハの手からもぎ取るようにして地面で食べ、残りは彼女の手の平の上で直接食べている。
ときおり指が齧られている気がするけれど、ユイハは気にせずにこやかにシロの食事を見続けていた。
後で回復魔法を掛けてあげておこう。
そんな猫と少女の姿を見てほのぼのとしていると、クゥ~っと可愛らしい音が鳴った。
「はぅ――あの、これは……」
どうやらユイハのお腹の音だったようだ。
赤面して珍しくしどろもどろになっている。
そういえば昨日、連れ帰ってからご飯を食べていなかった気がする。
お腹が空いて当然だ。
「あっ、ごっ、ごめんね。昨日、寝る前に、ご飯……食べれば、よかったね」
「その……申し訳ありません。この程度で腹を鳴らすなど、まだまだ未熟でした」
「いや、お腹空いたら、誰だって……お腹、鳴っちゃうよ」
「一流の武士ならば、十日ほど食事を取らずとも平然とするものです」
「えぇぇっ!?」
十日食べないで平気って、断食じゃないんだから!
武士は食わねど高楊枝を実践しているのかな。ヒュウガ、恐るべし。
ともかくご飯を食べようと宿の食堂へと向かった。
いつも通りカウンターの端席に座ると、定番になっている黒パンとシチューとサラダのセットを二人分頼んだ。
「パン、ですね。えぇと……これは」
どうやら洋食には慣れていないようで、どう食べたものかと戸惑っている。
「えっとね、パンは、その……硬いから、こうして、食べると……いいん、だよ」
パンを千切り、シチューに浸して柔らかくしてから食べて見せる。
「なるほど。そのようにして食べるのですね」
感心した様子でユイハも僕の真似をして食べる。
まぁこれ、僕もサリちゃんに教えてもらったんですけどね。
「お兄ちゃん、もうパンそのままたべないの?」
「えっ、あっ、サリちゃん?」
言いながら脇に水の入ったコップを置いてくれる。どうやら持ってきてくれたらしい。
ありがとうとお礼を言いつつ、どう返したものかと考えていると、彼女の言葉に興味を持ったユイハが先に口を開く。
「初めまして、私はユイハという。そのまま、というのは?」
「はじめまして! サリはサリだよ~っ。えっとねー」
硬い黒パンをサクサクと普通に食べていたことをバラされてしまった。
その様子が楽しげだったためか、「それは是非見てみたいですね」「サリもまたみたい~っ」と二人からねだられてしまった。
あれはただ単に食べ方を知らなかっただけなのだけれど。
美少女と幼女に頼まれては断ることなど出来るはずもない。マモルに筋力を強化してもらうと、思い切りパンを噛み千切って見せた。
「見事な強化――さすがですね」
「すごいすごーいっ! お兄ちゃん、やっぱりハつよーい!」
何故かユイハに賞賛され、サリちゃんも大喜びだった。
食後にゆったりとくつろぎながら、猫好き三人でシロの話をして盛り上がった。
「シロは本当に白くてほわほわで可愛いよねぇ」
「うんうんっ! シロちゃん、とってもかわいいよ~」
「目の色が左右で違うのも珍しいですよね」
「うっ、うん……あれは、オッドアイって、言うん、だよ」
「そうなんだ~。お兄ちゃん、なんでもしってるね~」
「何でもじゃないよ。猫のことにちょっと詳しいだけさ」
「さすがアストラさんですね」
「あっ、えっと、その……ありがとう」
「……」
会話の最中、ときおりユイハの表情が鋭くなっていたような気がするけど、猫の話が楽しくて深く考えなかった。
そんなこんなでサリちゃんを交えてシロと戯れたりしながら一日をゆったりと過ごし、夕食を食べて宿の部屋へと戻った。
部屋にもやってきたシロへ夕ご飯をあげ終え、そろそろ寝ようかなと思っていたところにユイハがやってきた。
「――一言、申し上げたいことがございます」
「あっ、えっ、えっと……何、かな?」
部屋に招き入れ、椅子に座るように勧めたのだけれど、何故かベッドの上で正座して向かい合うことになった。
真剣な表情だし雰囲気も何だかピリピリしている。
「アストラさんは、どうしてサリと普通に話せるのでしょうか?」
「えっ、どっ、どっ、どういう……こと?」
ユイハの言っている意味が分からず聞き返してしまった。
詳しく聞いてみたところ、彼女は僕がユイハと話すときにはどもってしまうのに、サリちゃんとはどもらずに話せることを問題視しているようだった。
「好き――なのでしょう? 彼女のことが」
「えぇっ、なっ、何をっ、言ってるの……!?」
どうやら彼女は僕がロリコンだと疑っているらしい。
「いや、ちっ、違うからね!? って、あれ? 何か、臭う……?」
必死で誤解を解こうとして、何だか部屋の中に漂い始めた臭いに気付いた。
濃厚な、何か鉄っぽい臭い。
「何としても、お聞き届けて頂かねばなりませんから」
「えっ、えっ……?」
臭いの元は……ユイハ?
よくみると、彼女の白い着物にジワリと赤い染みが広がってきているような? えっ? 何、どういうこと?
「どうか、あのような小さな子供を召し上げるのはお控えください」
「やっ、だから……え?」
そう言ってユイハは着物の胸元をグッと握り、左右に開いた。
サラシで覆われた胸元に目が行きそうになるけれど、それよりもその下に強く目が引かれた。
彼女の腹部が真っ赤に染まっていたのだ。それを見て頭の中が真っ白になってしまった。
『ユイハは明日虎がサリのような小さい子に欲情する変態だと勘違いし、それを諫めようと陰腹を召してきたようだな』
その頭の中にマモルの冷静な声が響く。
陰腹て。武士道突っ走り過ぎでしょ!
「う、ぐ……」
「恐いから!」
すぐにマモルへお願いしてユイハに回復魔法を掛けてもらった。
流れ出ていた血の流出が止まり、傷口が見る見るうちに塞がっていく。
最後に浄化を掛けると傷痕一つない綺麗な肌に戻す事が出来た。
「……お聞き入れ、頂けますか?」
「ちっ、違うからっ! ぼっ、僕はちゃんと……成人女性がっ、好き、ですからー!」
サリちゃんは子供だから話し易いだけで他意はないことを必死に伝える。
「本当、でしょうか? サリと私では、どちらと子を成したいと考えますか?」
「ぶはっ!? こっ、子を……!?」
子を成したいって! 何を言ってらっしゃるん!?
「赤ちゃん? サリ、お兄ちゃんの赤ちゃんほしい~っ」
突拍子もないユイハの問い掛けに、突然やってきたサリちゃんが唐突に入ってきた。
手に真新しいシーツを持っている。どうやら換えを持ってきてくれたようだ。
というか、この子まで何を言い出すのかっ!?
「すぐに答えられないのですね。やはり、アストラさんは子供のほうが――」
そう言って目を細めると、腰に差した刀を抜いて逆さに構え、自らの腹へとその切っ先を宛がう。
「またっ、陰腹を召そうと、しないでっ! そんな、簡単にっ、最後の手段を、つっ、使わないでっ!?」
「一撃で最大の効果を発揮する。それが奥義というものです」
「いきなり奥義を使わないでよ!」
「油断している相手だからこそ、確実な一撃を入れられるのです」
この少女は何故僕の精神を一撃必殺しようとしているのか。
と、呆然としていると刀の切っ先がユイハの白いお腹に刺さり、プクリと赤い花が咲く。
「僕はっ、ユイハと子作り、したいですーっ!!」
って、僕何言ってるんだー!?
ホッと息を吐いて刀を収め、嬉しそうに頬を染めるユイハ。
一体何を考えているのだか。
サリちゃんはプクーッと頬を膨らませて不満そうにしている。
この子も何を考えているのかさっぱりだ。
なんやかんやと騒ぎつつも何とかことを収め、ユイハのお腹を魔法で治療してから二人を部屋から追い出したのだった。




