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第25話 ユイハとシロ

「じゃ、じゃあ、ここが、ユイハの、部屋ね」

「はい。宿まで取っていただいて、ありがとうございます」

「いやいや、これくらい、いいから。気にせず、休んでっ。ねっ!」


 またしても深々と頭を下げようとするのを押し留め、早々に部屋から出て扉を閉めた。


 町に戻るとヨーゼフさんにユイハのことを説明し、身分証を作るため一緒に冒険者ギルドへ赴いた。

 銀貨一枚を支払ったときにはまた申し訳なさそうに頭を下げようとしたので止めるのが大変だった。

 律儀で礼儀正しいのがヒュウガ撫子の美徳なのかもしれないけれど、こう何度も頭を下げられてしまうと自分が美少女に無体なことを強いている悪人に思えてしまって心苦しすぎる。

 意外と腰が低いのだろうか?

 まぁ、一緒に戦っていれば時間が解決してくれるだろうとマモルが言っているし、その内に態度も解れてくるのだろう。

 僕も初めてこの町にきたときにヨーゼフさんに助けられて恐縮していたしね。


 そういえばユイハが話しているときにマモルが気付いたのだけど、彼女には僕と違って言語の自動翻訳魔法(トランスレイト)は掛けられていないようだ。

 それなのにヨーゼフさんやカティヤさんと流暢に話していた。

 彼女はヒュウガ国の人なのに大陸の共用語が話せて、読み書きまで出来るらしい。

 現代人的に言うと英会話が出来て英語の読み書きが出来るって感じ? 教養高すぎぃっ!

 見た目通りに優秀で立派な子だなぁと素直に尊敬してしまった。


 無事に身分証も獲得出来たので、ヨーゼフさんと別れて治療院に連れていった。

 けれどユイハの身体は僕の回復魔法によって完全に治っていたらしく、何ともないので食事をしてたっぷり休息を取るようにと言われただけだった。

 ペトラさんはまだ目覚めていなかったので引き続きお世話を頼み、ユイハを連れて宿へと戻ってきた。

 そしてユイハの分も一人部屋を借りると、食堂のほうが忙しそうなラウリさんから鍵だけ受け取って彼女を案内したのだった。




「はぁぁぁ……疲れた」


 自分の部屋に戻り、ベッドに横たわると一気に脱力した。

 昨日とは違って大した戦闘はしていないけれど、女の子と長時間一緒にいたことで精神力を消耗してしまったのだろう。


「でも、ちゃんと喋れてたよね?」

『あぁ。ほぼ初対面なのによく対応出来ていたぞ』

「えへへっ、ありがとう」


 恋人居ない歴=年齢な僕が、ユイハのようなキリリとした美少女と上手く話せるわけがないと、塔で初めて彼女を見たときは思っていたけれど。

 多少……結構ドモってしまったものの、何とか及第点を得られる会話が出来たと思う。

 あのときと今とでは僕の心理的状況が違うのだ。


 言葉こそ通じるものの、この町には西洋風の人しか居ない。この世界に来てから僕は外国人としか会っていなかったのだ。

 その点、ユイハはアイドルになれそうなくらいの美少女だけれど、黒髪黒目で日本人に近い顔立ちをしている。

 それが懐かしさと親近感を強く抱かせてくれたおかげで、あまり緊張することなく話すことが出来たのだと思う。とマモルが分析していた。

 彼女をどうしても助けたいと思ったのも同胞的な気持ちからだったのかもしれないね。


 ともかく、ユイハを助けることが出来てよかった。

 これで目標の一つが達成出来た。



「アストラさん、おはようございます」

「お、おはよう。もう身体は大丈夫?」

「はい。おかげさまで、もうすっかり。いつでも討ち入れます。さっそく行きますか?」


 翌日、朝の挨拶を終えるとユイハはそんなことを言ってきた。

 冗談かと思ったけれど、その目は真剣そのものだ。

 昨日の今日でやる気満々すぎるだろう。いや、殺る気なのは昨日からか。


「え、いや、それはちょっと……早い、かな。ペトラさんもまだ、目覚めてないし」

「そう、ですよね……ご無事だと、よいのですが」


 途端に沈痛な表情を浮かべて心配を口にする。

 若干脳筋気味とはいえ、彼女は初めて会った僕を気遣ってくれるくらいに心優しい少女でもあるのだ。

 ペトラさんのことを言ってしまったのは少し軽はずみだった。


「あぁ、いや、ペトラさんは……その、強いし、獅子だし、大丈夫だよっ。ユイハこそ、ずっと呪い、掛けられてたんだし……にっ、二、三日、休んだほうが、いい……んじゃ、ないかな?」


 慌てて話を変える。

 一応解呪は成功したみたいだけれど、呪いなんてどんな影響があるか分からないもんね。

 マモルに助言を受けながら、休むようにとユイハを説得してみた。


「しかし……そうなると、またアストラさんにご迷惑をお掛けしてしまいます」

「いっ、いいって、いいって! 今まで、大変だったんだから、さ。 ほら、お金も……まだあるし」


 手持ちのお金は僅かだったけど、塔への行き来で倒した魔物の報酬もあるので数日は大丈夫なはず。


「路銀――そうですね。身体の調子を確かめるためにも、軽く魔物退治でもして参りましょう」

「えぇぇっ!? いやいやいや、病み上がりで、いきなり、そんなことっ……むっ、無理、しないで」

「しかし――」


 僕的には休んでいて欲しいんだけれど、どうにもジッとしていられないのかユイハは戦いに行きたがる。


「ニャァ~ン」

「――っ!?」


 どうしたものかと思案していると、唐突に可愛らしい鳴き声と共に足元にふわっとした感触が纏わり付いてきた。


「あっ、シロ」

「ニャアー」


 白猫のシロがじゃれついてきたのだ。外で会うのは初めてかもしれない。

 いつもは夜に部屋の中で会うから真ん丸の瞳孔だけれど、今日は燦々と照っている太陽の下だから瞳孔が細間っている。

 どちらの目もそれぞれに魅力的で可愛い。

 無意識にしゃがみ込んで頭から背中まで撫でていた。


「よしよし、いいこだね~」

「ニャァ~」

「……にゃ~……ん」

「え?」


 横から聞こえた小さな声に振り向く。

 偶然の出会いについ夢中になってユイハのことを忘れていた。

 今、ユイハからも鳴き声が聞こえたような?

 見上げた彼女の表情はいつものキリリとした顔がなりを潜めて弛み、釣り気味な目尻が少し下がっている。


「――はっ。いっ、いえ、その」


 僕が見ていることに気付いて慌てるユイハ。

 見る見る内に頬が真っ赤に染まっていく。

 ユイハの人形めいて美しい真っ白な肌が上気する様に思わず見惚(みほ)れてしまう。

 っと、そんな場合じゃなかった。


「猫、好きなの?」

「……はい」


 恥ずかしげにまた頬を赤くしながらも頷く彼女は何とも言えず可愛らしい。

 じゃなくて、どうやら彼女も猫好きなようだ。

 うんうん、猫仲間が出来て嬉しい限りだ。


「ユイハも……その、撫でて、みる?」

「だっ、大丈夫……でしょうか?」

「大人しい……子、だから、平気だよ。優しく、撫でて……あげてね」

「はっ、はい」


 少し緊張した様子のユイハ。彼女が緊張している姿は初めて見たかも。

 壊れ物を扱うように恐る恐る手を伸ばすと、シロがその指先に鼻を寄せて匂いを嗅ぐ。

 そして自ら寄っていってユイハの手に身体を擦り付ける。

 彼女が猫好きということがシロにも分かるのだろう。


「ふにゃぁん……」


 シロではなくユイハからすごく蕩けた声が漏れた。

 緊張していた面持(おもも)ちも、先ほどシロを見ていたときのように弛んでいる。よっぽど猫が好きなんだね。


「ほわぁ……柔らかい」


 すり寄って来るシロの背中を撫でるユイハの表情がうっとりし、自然と微笑みを浮かべている。

 シロも気持ち良さそうに目を細めている。

 美少女と美白猫のコラボレーションに、見ている僕の気持ちもほんわりする。


「本当に、大人しい――いい子ね」


 ユイハは鋭い気配を持っているせいか、猫好きなのに警戒されていつも猫に逃げられてしまうらしい。

 シロは野良猫にしては大らかな性格をしていて、全く逃げたり警戒したりする素振りを見せな掛かった。

 いつもご飯をあげている僕が近くにいることで安心感もあるんだろうけどね。


「あの――抱き上げても、大丈夫でしょうか?」

「ん、そうだね……優しくなら、多分?」


 ひとまず僕が抱き上げてみて、大人しく腕の中に収まっているのを確認する。

 うん、大丈夫そうかな。


「はい、ここに手を通して……うん、こっちの手で支えて、あげてね」

「こう――でしょうか。はわぁ……温かくて柔らかい」


 ユイハに近づき、手の位置なんかを教えてあげながら彼女に抱き渡した。

 シロの体重と体温を手の中に感じたユイハの笑顔が更に深くなる。


 ユイハの腕に座るような安定した格好で抱き上げられたシロは、暴れることも抜け出そうとすることもなく落ち着いている。

 ユイハが抱いたまま顎の下を撫でてやると、目を閉じて気持ち良さそうにしている。


「ゴロゴロゴロ……」

「ふわぁぁ……ゴロゴロ言っています」

「うん、気持ち良さそう、だね」


 ゆるゆるに弛んだ表情でシロを抱いて撫で続けるユイハ。

 凛とした剣士の姿はそこになく、猫大好きな女の子がそこにいた。

 カメラがあったら写真に撮っておきたかったなぁ。


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