第22話 女剣士
僕の目の前数センチで二つの武器がぶつかり合い、ガギンッと重い金属音を響かせた。
「おわぁあっ!?」
慌てて飛び退いた僕に合わせて、ペトラさんも刃を弾いて距離を置く。
元いた場所には刀を下段に構えた少女が立っている。強烈な殺気を放ちながら。
彼女が問答無用で僕に襲い掛かってきたのだ。
反応出来なかった僕の代わりに、ペトラさんがその凶刃を迎撃してくれた。
「ったく、油断しすぎなんだよ」
「ごっ、ごめんなさいっ。でも、なんで、彼女が……こんな」
「あたしが知るわけないだろうが」
ペトラさんが警戒を露わにして戦斧を構えているためか、黒髪の少女も刀を構えたまま動かない。
塔で男の後ろに立っていたときは身に付けていなかったけれど、彼女はやはり剣士だったようだ。
というか、操られてたんじゃないの!?
彼女の剣筋は鋭くて、迷いなど欠片も感じられなかった。
あのときはピクリともしなかったから彼女が動く姿を初めて見たのだけれど、あまりにも素早すぎて目で追うのが精一杯だったくらいだ。
それなのに少女の目はあの時と同じく、僕を気遣った色を見せている。
もしかしてこの眼差しがこの子のデフォルトで、特に操られたりしてなかったとか!?
『そう判断するのは早計だろう。今も操られているんじゃないか?』
そっ、そうだよね。あんな目をした女の子が悪者なわけがないよね。
僕の突飛な意見をマモルが嗜めてくれたおかげで少し落ち着けた。
ここにきたこと自体が間違いだったんじゃないかと一瞬でも思ってしまった馬鹿な自分を殴ってやりたい。
「……操られているんだと、思います」
「じゃあどうする?」
「せっ……説得、します」
「そうかい。ま、なるべく早めに頼むよ」
「あっ、ありがとう、ございますっ」
攻撃してくる相手を説得するという、ものすごく面倒なことを言っているのに、ペトラさんはあっさりと受け入れてくれた。
さすが姉御、度量が大きい。
ペトラさんの了解も得られたところで気合いを入れ直し、少女を見つめる。
僕は何のためにこんな危険な場所まできたんだ。彼女を助けるためだろう。
「ねぇ、君っ! 僕は敵じゃないよ、君を助けにきたんだ!」
「……!」
「お願いだから、剣を……おっ、収めてくれないかな!」
少女の目がまた驚いたように見開かれた。
だけど口は開くことなく引き結ばれているし、構えも解かれることはなかった。
駄目か……。
『明日虎の言葉に目が反応していた。意識はあるんじゃないか? 身体が操られているだけなのかもしれない』
説得は全くの空振りかと思ったけれど、それで分かったこともあったらしい。
それならもっと言葉を尽くせば、と口を開こうとしたところで彼女が動いた。
「ちぃっ、聞く耳持たずかい!」
「ペトラさん!?」
それに反応してペトラさんも踏み込み、刀と斧が交わって甲高い音を立てる。
振るわれる鋭い斬撃を斧の刃や柄で弾き、手甲で防ぐ。
肉厚の斧と細い刀で打ち合えば、刀のほうがすぐに刃こぼれしたり折れたりしそうなものだけれど、そうはならなかった。
異世界の技術で鍛えられているためか、もしくは何か魔法的な効果で守られているのだろう。
ペトラさんからも反撃を仕掛けているけれど、受け流されて少女の身体までは届かない。届いちゃったら困るけれど。
もしかしたら受け流させることで相手の攻撃の手を少なくさせているのかもしれない。
強者同士の剣戟、流れるような身のこなしに見惚れてしまう。
というか、強化魔法を掛けたペトラさんよりもスピードがありそうなんですけど!
パワーはペトラさんのほうが遥かに上っぽいけれども。
「アストラ! ぼうっとしてないで、あんたも手伝いなっ! 一人じゃあ傷付けずに抑え切れないよ」
ペトラさんも強いけれど、この戦いでは分が悪い。
魔物を屠ることに特化した彼女の斧と、元来が人を斬ることを目的としている少女の刀とでは相性が悪すぎるのだ。
斧の一撃をまともに受けるのではなく、刃を斜めに当てて逸らされてしまう。
戦斧の利点である高威力は堅い守りを崩すのには有効だけれど、回避と受け流しが主体の少女に対しては相性が悪すぎるのだ。
それに、倒す事が目的ならばペトラさんの技量を持ってすれば可能かもしれないけれど、傷付けずに攻撃をいなし続けるというのはさすがに厳しすぎるだろう。
「あっ、えっ、でっ、でも……彼女は、操られてる、だけで」
「説得するにしたって、動きを止めなきゃどうにもならないだろうっ!」
『彼女の言う通りだ。あんな斬撃を浴びたら説得どころの話じゃあなくなる』
「うぅぅっ、わっ、分かり……ましたっ」
少女を傷付けたくないけれど、このままではペトラさんが受けきれずに斬り捨てられてしまう。
マモルに強化魔法を掛けてもらい、意を決して戦線に加わった。
武器を鞘から抜くと同時に少女が滑るように近づいてきて刀を一閃する。
「ちょっ、わっ!」
何とか剣を間に合わせて軌道を逸らせたものの、刀は止まることなく連続で斬り付けてくる。
キン、キンと剣戟の音は軽いけれど、どれもが急所を狙った致死の斬撃だ。
動体視力が魔法で強化されていなかったら最初の一撃で死んでいただろう。
止まらない打ち込みが顔や首筋、脇腹の数センチ横を通り抜けていく。
よくいなしてるよ、僕!
頭の中でマモルが褒めてくれるくらいに頑張って耐えているけれど、少女の攻撃の手は弛まず次第に追い詰められていく。
そしてついに、剣の返しが間に合わない部分に白刃が迫る。
死の恐怖がゾワリと背筋を撫でたけれど、僕に触れる寸前で彼女は身を翻した。
「今のを避けるのかいっ!」
「ペッ、ペトラさん、遅いですっ。死ぬかと思いましたよぉ!」
少女がいた位置をペトラさんの戦斧が通り過ぎていた。
僕が少女の攻撃を引き付けている間に回り込んだペトラさんが、脇から攻撃を仕掛けてくれたのだ。
「死ぬ前に助けたろう? 武器を跳ね上げる隙を狙ったんだが、全く隙がなくてねぇ」
「うぅっ、かなり頑張ったのに無駄だったのか……」
マモルは無駄なんかじゃない、彼女の剣筋を見極めるためにも剣戟を重ねることは必要だと言ってくれているので落ち込みはしないけれど。
僕なんて相手にもならなかった。防戦一方で反撃の糸口さえも掴める気がしない。
少女の剣筋は鋭すぎる。見極めるとか無理だろう。
彼女に比べれば僕の剣なんてお遊戯みたいなものだ。
魔物を簡単に倒せていたから調子に乗っていたのかもしれない。もっと剣を上手く使えるように訓練していたら、もう少し戦えていたのだろうか……。
いや、ちょっと頑張った程度ではどうにもならない力の差があるように思える。
「こうなったら無傷で捕まえるのは諦めるしかないね。腕の一本も落とす気でいくよ!」
「えぇえぇえっ!?」
「なぁに、綺麗に断てばポーション使ってくっつけてやれるさ」
「マジですかっ!?」
冗談みたいな話だけれど、このファンタジー世界ならば本当に出来そうな気がする。
ともかく全力を出して戦わなければどうにもならないということだろう。
攻撃魔法も使わざるを得ない。
『了解。牽制目的で致命傷にならないように当てればいいんだろう?』
うん、お願いね。苦労を掛けるよ。
『気にするな』
「いくよ!」
「はっ、はいっ!」
八相に構えた少女に向かってペトラさんと同時に攻撃を仕掛ける。
戦斧の一撃を紙一重で避けた少女に斬り掛かるけれど、刀で軽くいなされ斬撃を逸らされた。
続く下から跳ね上がるような斧の斬撃を身を斜めにしてまた避け、斬り掛かった僕の剣は跳ね上げられて逆に切り替えされる。
慌てて火球を放ちながら避けたけれど、炎は剣に真っ二つにされて霧散した。そのまま剣先で首を少し切り裂かれて赤い線が走りゾッとする。
続く一撃はペトラさんが介入して防いでくれた。
ペトラさんが放った石突きでの一撃は柄頭で止められ、お返しに放たれた斬撃を彼女は額で受け、鉢金が削られて甲高い金属音を立てた。
「……なんて動きだい」
「どうやっても、勝てる気が、しません……」
二人がかりでも少女を抑え込むのがやっとだった。
見た目は僕よりも年若い美少女なのに、動きも剣の冴えも達人級だった。
というか僕が足を引っ張っている気がする。死を感じた瞬間に援護を入れてもらっているし。
魔法で強化されたペトラさん一人なら互角に戦えそうだけれど、何だか相打ちになって二人とも致命傷を負ってしまう気がする。
「説得も出来ず、抑えることも出来ないなんて……もう、どうすれば」
「あの子は悪い魔法使いに操られてるんだろう? それを解く魔法とかないのかい?」
「えっと……」
マモル、どうなの?
『逆に聞くが、明日虎は本気であの子を助けたいのか?』
名前も知らないし、話したこともない、そもそも僕が話し掛けるのもおこがましいような美少女。
彼女は隙なく剣を構えながらも、憂いを強く含んだ視線で僕を見つめている。
身体を操られている自分のほうが大変だろうに、知り合いでもない戦っている相手の僕を気遣ってくれている。
同胞かもしれないという以前に、それだけで助けたいと強く思える。
もちろんだよ。
『そうか。なら可能性はあるな』
本当にっ!?
『あぁ。解呪は回復魔法の領分なんだが……やってみよう。ただ――』
マモルの言葉で希望が湧き上がってきたけれど、続く言葉で萎んでしまう。
『彼女に直接触れないと解呪は発動しない』
無理すぎる課題を与えられてしまった。
二人がかりで剣を当てることも出来なかったのに。
でもそれ以外に彼女を助ける方法がないのなら、無理を押し通すしかない。
『お前の覚悟を見せるんだ、明日虎』
「……やります。ペトラさん、僕が彼女に触れるのを手伝って下さい」
「ほぅ。いい気合いじゃないか。いいよ、やってやるさ」
少女を見つめる僕の眼差しを見定めたペトラさんは、詳しく聞くこともなく頷いてくれた。
潔くて男らしい。姉御なのに。
大きく息を吸い込んで吐き出し、心を落ち着ける。
「いきます!」
「あいよ!」
気合いの声を上げて少女に打ち掛かった。
その剣は逸らされ、ペトラさんの斬撃は紙一重で避けられる。先ほどの焼き直しだ。
それでも剣を止めずに剣戟を続け、僕もペトラさんも少女の剣で薄い傷をいくつも付けられる。
そして追い詰められ、剣を弾き上げられてがら空きになった腹部に鋭い突きの一撃が加えられる。
「ぐぅっ!」
「アストラ!」
身体を捻って致命的な場所はギリギリ避けたけれど、皮を裂いて肉を突き抜けた刀身が僕の脇腹を貫いた。
熱く燃えるような痛みが神経を駆け巡り、嫌な汗が全身から噴き出して意識が遠のきそうになる。
痛がりの僕が長く耐えられそうもない致命的な痛苦。
『いまだ!』
「うぅあぁあぁぁっ!」
けれど、それは狙って受けた一撃だった。
グッと奥歯を噛み締めて痛みに耐え、刀が引き抜かれる前に狂化を発動する。
途端に痛みを感じなくなった。狂化の恩恵には苦痛への耐性が含まれている。
防御無視の狂戦士が痛くて泣くとか有り得ないからね。
それでも気を抜くことはなく、逆に刺された腹に力を込める。
「……!」
狂化の身体能力の向上には、猛烈な自己回復力の向上が含まれているのだ。
盛り上がった肉が刀身をガッチリとくわえ込み、少女が引き抜こうとする力に抗った。
そして持っていた剣を手放すと、ついに動きの止まった彼女の手を両手で包み込んだ。
「肉を切らせて、手を握るっ!」
「……!!」




