第21話 遭遇
「それじゃあ、さっそくその塔とやらに行くとしようか」
「えっと、身体はもう大丈夫……なんですか?」
「あぁ、もう何ともないさ」
座っていたベッドから立ち上がり、脇に立て掛けてあった戦斧を片手で軽く持ち上げて見せる。
「これも取り戻してくれたんだろ? ありがとね」
「いっ、いえ……それ、その、とどめに、使わせてもらいましたから」
「へぇ。こいつを扱えたのかい」
「あの、補助魔法で、なんとか」
「ふぅん。色々出来そうだねぇ」
魔法には詳しくないようで前はさらりと流されたけれど、興味深そうに見つめてくる。
一緒にパーティを組むなら使える魔法を教えておいたほうがいいのかな。
『そうだな。一緒に戦うなら使える魔法は知らせておくべきだろうな』
「えぇっと、その、他にも……攻撃魔法も、ちょっと、使えます」
「攻撃魔法まで使えたのかい? 前は使ってなかった気がするけど、ホントに魔法剣士だったわけだ」
「あはは……剣は、折れちゃいましたけど」
前は使わなかったんじゃなくて、使えなかったんですけどね。
誤魔化すように真ん中から折れてしまった剣を取りだして見せる。
「……こんな武器であいつを? どうやらあんた、普通じゃあないようだね」
「えっ、その、あの……」
魔法の話をしたときよりも目の鋭さが増した。獅子耳もピンと強く立っている。
戦士だけあって武器で相手の強さを判断するのかもしれない。
失敗したかなと思ったけれど、僕の持っている力をペトラさんに知られても別にいいんじゃないかと思い直す。
彼女は良い人だし、弱みに付け込んだりするのは嫌いそうだしね。
さすがに元の世界のことは話さないけれど。信じてくれるかどうかすら怪しい話だから。
「ふふっ、まぁいいさ。それじゃあ戦えないだろう。まずは武器を見繕うとしようか」
「はっ、はい」
戦斧を担いだペトラさんの後に付いていき、まずは冒険者ギルドでオーク達の討伐報酬をもらって魔石も売り払い、新武器の軍資金を手に入れた。
「ハイオークをお一人で倒したのですか!? アストラさん、素晴らしいご活躍ですね」
「いえ、あの、ペトラさんが先に……その、戦って、いてくれていたおかげ、ですから」
「何いってんだい、戦ったときはほぼ無傷の状態に戻ってたんだろう? あんたの実力だよ」
「えぇぇっ、そんな……あの、えっと……ありがとう、ございます」
「あははっ、照れなさんな」
オークの群れとハイオークを倒したことがギルド証に記されているのをチェックしたカティヤさんはものすごく驚いていた。
ランクもこれでDに上がれるらしい。半年戦わなくてもギルド証を維持出来るよ、やったね!
その事実があったからか、ペトラさんとの正式なパーティ登録申請はあっさり受け入れられた。
「あいつらのことは……」
「はい、遺品は責任を持って出身の町にあるギルドへお送りいたします」
「そうかい……よろしく頼むよ」
壊滅した前パーティのことについて二人で何か話していた。
すぐに新しいパーティを組むなんて、喪に服す期間とかないのかなと少し薄情にも感じられるけれど、ペトラさんが言っていたように冒険者とはそういう職業だとみんな覚悟しているそうだ。
いつまでも気にして一人でいたら、死んだ仲間に連れて行かるなんて悪いジンクスもあるらしい。
まぁ、僕は一人で寂しく戦ってましたけどね。
報酬は合わせて金貨一枚以上になった。百万円超えですよ!
死にそうな目に遭って、実際に死んだ人達もいるんだから妥当と言えば妥当な額なのかもしれない。
これなら良い武器が買えるだろうと太鼓判を押してくれるペトラさんと共に武器防具店へと向かう。
「よう、坊主。また鎧が壊れたのか?」
「あっ、あはは……その、はい。今度は、武器も」
「はぁ……見事に壊したもんだな」
オヤジさんに真っ二つに切り裂かれた胸甲と、ポッキリと折れた剣を見せると嘆息されてしまった。
でもハイオークと戦ったことを話すと納得され、それだけ動けるなら装備のグレードも一つ上げてはどうかと提案された。
ペトラさんもその意見に賛成のようだ。
確かにお金もあるし、この間のようにすぐ壊れるようなものでは困る。命が掛かっているのだから。
剣も鎧も鋼鉄製のものに変えることにした。
剣の代わりにペトラさんが使っているような戦斧も少し憧れたけれど、使い慣れた武器のほうが良いという二人の意見に従ってショートソードのまま素材だけを強化した。
鎧は皮から鉄を通り越して二段階アップグレード。動き易いように形状は皮のときと同じく軽鎧だ。
値段は剣が十倍の銀貨五十枚、鎧が二十五倍の金貨一枚という凄まじいものだったけれど、性能はオヤジさんの折り紙付きだ。
「えっと、えへへっ……似合ってますか?」
「ん~、まぁ、そうだね。使っている内にこなれてくるんじゃないかい?」
「身体の一部のようになるにゃあ時間も掛かるもんだぜ」
遠回しに似合っていないと言われてしまった。
多少強くなったといっても、しょせんは現代のもやしっ子だ。雑なコスプレのようになっているのかもしれない。
髪も目も黒いままの日本人顔だし、西洋風の鎧が似合うはずもなかった。
ともかく装備は整った。
似合っていなくてもマモルのサポートを受ければ使いこなせるだろう。だよね?
『もちろんだ。装備の質が上がれば補助魔法の効果も高まる。前以上に戦えるさ』
励ましも受けて気を取り直したところで、さっそく森へと出発だ。
あ、ポーションももちろん買い足しておいたよ。
装備が強くなっても油断はするなとマモルに言われたからね。
門番のヨーゼフさんに新装備を披露すると、「似合うかどうかじゃなく、使いこなせるかどうかだぞ」とまた暗に似合っていないと言われてしまった。
みんな酷い……きっとサリちゃんなら褒めてくれるのに。
一度宿に戻りたいと思ったけれど「一度行くって決めたんだ。冒険者ならそんな理由で戻るんじゃあないよ」とペトラさんに却下されてしまった。ごもっとも……。
帰ってから武勇伝と一緒に見せればいいじゃないかとマモルに励まされ、前向きになったところで町を離れて森へと向かう。
草原は強化魔法を使って駆け抜けた。
ペトラさんにも掛けようかと提案したのだけれど、「魔力は戦闘まで取っておきな」と辞退された。
強化しなくても普通に僕よりも速かったし、息も乱していなかったので全く無用の心配だったようだ。
「ここからは慎重に行くよ」
「りょっ、了解です」
森に入ってからは走るのをやめ、周りに目を配りながら歩いて行く。
ペトラさんの獅子耳が周囲の音を探るように頻繁に動いている。
猫と一緒で可愛いなぁと見ていたら、あんたも警戒しなと怒られてしまった。
川沿いに進んで行くと、森の切れ間にある広い平地に出た。
ハイオークとの戦いがあった場所だ。
「ここか……墓、作ってくれたんだろう?」
「はい……こっち、です」
大きな木の根元付近の土が掘り返され、僅かに盛り上がっている。
亡くなった冒険者達を僕がここに埋葬した。
そのことを彼女に告げると、黙祷を捧げて何か呟いていた。
チラリと見えた表情はとても痛ましげなものだった。
「まったく、最後まで仕方のない奴らだよ……。あたしより弱いくせに、一人でも逃げてくれなんて言うから……逆に逃げられなくなったんじゃないかい」
祈りを終えると、すぐに表情を切り替えて「さぁ、いくよ」と僕を促して歩き出した。
でも獣耳だけは即座に切り替えられるものではないのか、少しの間ペタンと伏せられたままだった。
僕が先に立って道案内し、オーク村には近寄らないように森の切れ間を北上していく。
ナビゲーションはマモルに任せているのでバッチリだ。
方向感覚が良いねとペトラさんにも褒められてしまった。
現れる魔物を倒しながら川沿いに上流へ遡っていく。
ペトラさんが戦っているところを初めて見たけれど、戦闘力の高さを今さらながらに思い知らされた。
強化された僕を上回る膂力で大きな戦斧を振り回し、文字通りに魔物達をなぎ倒している。
同時に襲い掛かってきたオーク三匹を一閃で全て真っ二つにしたのを見たときは背筋が震え上がってしまったほどだ。
仲間を見捨ててペトラさん一人で戦っていたら、ハイオークに負けることもなかったのだと思う。
そう出来なかったことが彼女の魅力の一つだとも思うけれど。
もちろん戦いを彼女だけに任せてはいない。
僕も新調した鋼装備と、マモルが新たに獲得した攻撃魔法の効果を確かめるためにも積極的に前へ出て戦った。
鋼鉄製のショートソードは鉄製に比べて切れ味が段違いに上がっていて、武器ごとオークを斬り倒すのが前よりもかなり楽になっていた。
多勢に囲まれたときも、ペトラさんのように一閃というわけにはいかないけれど、剣と魔法で同時に複数体を倒すことが出来るようになった。
鎧は皮に比べて重さをましているものの、強化魔法を使っていればほとんど変わらない動きが出来る。
ペトラさんとの連携も模索しながらゆっくりと川上へと進んで行く。
すると森の切れ間に石造りの塔が見えてきた。
「あれかい?」
「……はい。間違い、ありません」
あそこから落とされてからまだ半月ほどしか経っていないはずなのに、何だかものすごく懐かしく感じる。
あの中に黒髪のあの子がいるんだと思うと緊張感が増し、自然と背筋が伸びてしまう。
「今からそんなに緊張してたら疲れちまうよ」
「はっ、はい」
「安心しな。あたしが付いているんだからね」
そう言って凄味のある笑みを浮かべ、僕の緊張を解してくれた。
『俺の役目を取られてしまったな』
さすが姉御、本当に頼りになる人だよ。
『明日虎のことは彼女がフォローしてくれるから、俺は魔法を使うことに集中するさ』
世話焼きなペトラさんと行動しているためか、明らかにマモルとの会話が減っている。
兄貴的な感じの彼と、姉御である彼女はちょっと立ち位置が被っているのだから仕方ない。
でも大丈夫、僕が落ち込んだときに立ち直らせてくれるのはいつも君だからね。
そしてついに僕は、始まりの塔へと戻ってきた。
塔の前には僕を食べようとしていたあの魔物がいると思っていたのだけれど、そこにヤツの大きな影は見えなかった。
だけど代わりに小さな影が塔の前で佇んでいた。
「えっ……君は!?」
白無地の細い糸で結ばれた、長く真っ直ぐで艶やかな黒髪。
白い振袖にスミレ色の袴をはいた、凛とした立ち姿。
そして整った顔の中、髪と同じ黒い瞳をした切れ長の目。
助けたいと想っていた少女が、あのときと全く同じ格好でそこに立っていた。
「ん? まさか、あの子がそうなのかい?」
「はいっ、間違いありません! ねぇ、君――」
「……!」
駆け寄るように近づいて声を掛けると驚いたように目を見開き、フッと自然に身を屈めた。
「バカっ、不用意に近づくんじゃあないよっ!」
『避けろ! 明日虎!』
「……えっ?」
二人の警告が聞こえると同時に煌めく白刃が目に入った。
少女は腰に挿していた刀を抜き、猛然と駆け寄りながら僕に斬り掛かってきた。




