第20話 新たな力
「はぁぁぁ……何とか、終わった」
鞄から取りだしたポーションを一気にあおって一息つく。
戦闘の興奮から醒めると耐えられないほどに痛み出していた腹部の鈍痛がスッと消えていく。
元の世界では有り得ない、相変わらずの即効性だ。これもきっと魔法的な何かが影響しているんだろうなぁ。
「魔法的といえば、さっきの炎……何だったの?」
『あれは火属性の攻撃魔法だ』
「えっ、攻撃魔法使えたの!? 補助魔法しか使えないって言ってなかった?」
『今まではそうだった。だがお前と一緒に変わったようだ』
「僕と一緒に?」
この世界に来て魔物と戦うことで、僕の中に攻撃的な意識が芽生えたのだとマモルは言う。
そして戦闘を繰り返していく中でその意志が高まっていった。
それは確かに先ほども感じていたことだ。
『守ることだけを俺に求めていたお前の心が、戦うことを望んだ』
僕が変われば、当然ながら脳内人格であるマモルも変わっていく。
戦いを回避する方向から、立ち向かっていく方向へとアドバイスも変化していった。
そして怒りから生じた苛烈な攻撃の意志が、彼の中で攻撃魔法として昇華されたらしい。
「ということは、他の魔法も使えるようになるかもしれないの?」
『明日虎が心から望めば、な』
「そっかぁ」
空を飛ぶとか、瞬間移動とか、回復魔法とか使えたらいいな。夢が広がる。
「マモルってば、万能に進化しちゃえるんだねぇ」
『あぁ。これからはもっとお前のことを助けてやれる』
「うぅぅ……どうして僕じゃなく君ばっかりがパワーアップしちゃうんだよ」
『俺は明日虎の一部でしかないんだ。攻撃魔法だってお前が使えるのと変わらない。それにお前だって強くなっているじゃないか』
「そうかなぁ」
『そうさ。明日虎が強くならなきゃ俺だって前のままだったんだからな』
そんな説明を受けながら、オークの身体から魔石をくり抜いていく。
確かに強い敵にも立ち向かえたし、こんなエグいことは前の僕なら出来なかった。
「出来れば僕自身の意志で魔法を使ってみたりしたかったんだけど……」
『分業出来ると考えればいいんじゃないか? お前が身体を動かして戦いながら、俺が魔法で援護する。一人で二人分の戦闘力が出せたから、この黒いオークにも勝てたんだ』
「そっか。それは良いかもしれない」
もし僕自身が魔法が使えても、あたふたして上手く運用することは出来なかったと思う。
マモルが的確に魔法を使ってくれなければ僕はとっくの昔に死んでいたのだろう。
……彼らのように。
オーク達から魔石を回収し終わると、否が応でも死んでしまった冒険者達に目を向けざるを得ない。
瞑目して手を合わせると、武器や道具袋を遺品として集めていく。
「穴とかって、掘れる?」
『あぁ、大丈夫だ』
マモルが魔法を行使すると、僕の指定した場所の土が除けられて大きな穴が出来上がる。
素手だったらとてもこんな大きな穴は掘れなかっただろう。
その中に冒険者達の遺体を横たえていく。
野ざらしにしておくのは忍びないので、せめて埋めてあげようと思ったのだ。
冷たくなった彼らの身体に触れていると、人が死んだということを実感して暗い気持ちになる。
それが知っている人ならば尚更だ。
最後に、ずっと目を背けていたかったペトラさんの元へいく。
荒くれの冒険者に絡まれたところを庇ってくれて、駆け出しだった僕に戦い方の指導までしてくれた。
周りの人達に姉御と言われて親しまれているのが良く分かる、荒々しいけど気の良いお姉さんだった。
視界が涙で歪んでいるけれど、構わずに彼女の身体を持ち上げる。
「あれっ?」
『死後硬直がないな。身体もまだ温かい』
他の冒険者達の遺体は全て硬く冷たくなっていたのに、彼女の身体だけはまだそうなっていなかった。
慌てて口元に手を当ててみると、微かに息をしていることに気付いた。
「生きてる!?」
『明日虎、ポーションを使うんだ!』
ペトラさんはまだ死んではいなかったのだ。
だが呼吸は今にも止まってしまいそうだし、彼女の下には大きな血溜まりも出来ている。
慌ててリュックサックから手持ちのポーションを取り出して傷口に振り掛ける。
ついでに集めた遺品の中からもポーションを探し出して、全て彼女の手当に使った。
「ぅ……」
目は覚まさなかったけれど呻き声が僅かに口から漏れ、呼吸が少しだけ大きくなった。
土気色だった肌にも赤みが差し始めている。
死の瀬戸際は脱したようだ。
他の冒険者達ももしかしたらと思って確認してみたのだけれど、残念ながら彼女以外に生きている人はいなかった。
「……燃やしてあげて」
『了解だ』
彼らの遺体を町まで運ぶ余裕はさすがにない。せめてもの手向けとして火葬することにした。
魔物の棲息するような森にそのまま埋めておいたらゾンビになってしまうかもしれないから。
目の前に現れた炎の玉が飛んでいき、墓穴の中の遺体に当たると想像以上に大きな火柱が上がって燃え盛った。
森の木々に火が移ってしまうかと焦ったけれど、マモルが調整してくれたおかげで山火事を起こさずに済んだ。
火力は十分過ぎるくらいに強かったので、遺体は骨まで燃えて灰になった。
これでスケルトンになることもないだろう。
魔法で土を埋め戻してもらって弔った。
剣を墓標として突き立てようかとも思ったけれど、オークやゴブリンに取られてしまいそうなので断念した。
「でもどうしてペトラさんだけ生きていたんだろう」
『推測だが――』
オークやゴブリンなどの亜人型魔物は他種族の雌を母体にして繁殖する習性があるのではないかとマモルは言う。
ダークなファンタジー物だとそういう話はよくある気がする。
「えっ、ていうことはペトラさんも!?」
横たわる彼女の様子を慌てて確かめると、所々破れている部分はあるけれど服はきちんと着たままだ。
ペトラさんが十八禁な目に遭っていなくてホッとする。
ただ鎧は剥がされているので、もしかしたら間一髪だったのかもしれない。
ともかく無事で良かった。
身体が血まみれだったので浄化を掛けておく。
一命は取り留めたもののまだ意識が戻らないペトラさんを背負おうとして抱き上げると、ビリッと布が裂ける音が響いた。
オークの攻撃を受けて破れ掛けていたペトラさんの服が破けてしまったのだ。
それも、胸元が。
「おっ、大きい!?」
僕の目に、大きくたわわに実った乳果が飛び込んできた。
服に隠されていて日に焼けていない肌は白く、その頂きにある桜色の突起の存在を主張していた。
服が破れた衝撃で揺れる双つの乳房は非常に柔らかそうで、僕の目を引き付けて放さない。
『明日虎、意識が無い人の身体を無遠慮に見るのは良くないぞ』
「あわっ、あわわっ……そっ、そうだね、そうだよねっ」
初めて生で目にした女の人のおっぱいに意識を全て持っていかれ、ついつい凝視してしまった。
リュックサックの中からタオルを取り出して胸元に巻いてあげる。
浄化があるので今まで使わなかったタオルが初めて役に立った。
あらためてペトラさんを背負うと、マモルに強化魔法を掛け直してもらって町へと急ぎ戻る。
走る振動でおっぱいがふにゅふにゅと揺れて背中に当たって気持ちい――じゃなくて、気になって仕方ない。全神経が背中に行ってしまう。
マモルが周囲を警戒してくれていなかったらヤバかったかもしれない。
的確な指示に従い、途中で遭遇した魔物を蹴り飛ばしたりしながら走り抜けた。
町に帰り着くとヨーゼフさんへの報告もそこそこに冒険者ギルドへと駆け込む。
ペトラさんの様子を見たカティヤさんはすぐに治療院へと連れていってくれた。
教会に付属した施設で、回復系の魔法を使える神官が常駐しているのだという。
怪我は大量に振り掛けたポーションで既に治っていたようで、安静にしていればその内に意識を取り戻すだろうと言われた。
彼女のことを頼んで治療院を後にすると、カティヤさんと共に冒険者ギルドへと戻る。
そこで持ち帰った遺品を渡して状況を説明して弔ったことを報告した。
「……大変でしたね。ペトラさんとこちらの品々、本当にありがとうございました」
優しく気遣う表情で労ってくれた。
僕が亜人型の魔物と戦うのを恐れずにオークを狩っていれば助けられた、なんて傲慢な事は言わない。
でも普段から数を減らしていたら、もう少し生き残りがいたかもしれないなんて思ってしまう。
多少心が強くなったといっても、やっぱり人の死を目にするのはキツい。
宿に戻った僕は、それから丸一日外にも出ず引き籠もってしまった。
僕があの場に踏み込まなければペトラさんだって死ぬか、それよりも酷いことになっていただろう。
僕と、そしてあの子と同じ黒い瞳をした彼女が。
黒髪のあの少女だっていつまでも無事だとは思えない。
今こうしている間にも危険な目に遭っているかもしれないのだ。
彼女の姿が、僕を気遣ってくれていた眼差しが脳裏に思い浮かぶ。
彼女を助けたい――助けて見せる。
そう強く決意した僕はマモルに励まされ、サリちゃんとシロに癒されて立ち直ったのだった。
治療院へ向かうとペトラさんは意識を取り戻していた。
「世話になったようだね。ありがとうよ」
「いえ、仲間の人達は助けてあげられませんでしたし……」
「あんたにつらく当たった奴だっていたのに、優しいんだね」
そう言ってガシガシとちょっと手荒に頭を撫でてくれた。
あ、あの人もいたんだ。全然気付かなかった……。
ちょっと脅されたけど別に殴られたわけでもないし、恨んでまではいなかった。
「あいつらも冒険者だ。こういうことも覚悟はしてたはずさ」
オークの集団に襲われたとき、あの黒い肌をした大型のオーク――ハイオークが最初から率いていたらしい。
ヤツはペトラさんが一人で引き受けて大きな傷を負わせたけれど、仲間の冒険者達がオーク達に数で押されて総崩れになってしまったのだそうだ。
ハイオークは傷を癒すためか引いていったけれど、その際に身体に刺さったままだった戦斧を奪われてしまった。
そしてまだ生きていた仲間達を庇い、囲まれながら戦っている内に重い一撃を喰らって意識を失ってしまったという。
その後に仲間達は結局オーク達に殺されたのだろう。
オークを倒しきる前にハイオークに襲われていたら僕も危なかっただろう。
彼女が一度ヤツを引かせてくれたから勝てたのだ。
仇を討って仲間の冒険者達は弔ったことを告げるとまた感謝されてしまった。
そして真剣な表情で僕を見据える。
「獅子人族の誇りに掛けて、命の借りは命で返すよ」
「えっ、獅子だったんですか」
「そうだよ。何だと思ってたんだい」
「えっと、その……虎、かなって」
ペトラさんだし。
日本語に自動翻訳されているから僕にはそう聞こえるだけで、トラはこの世界では虎という意味ではないようだ。
ぺトラとアストラで虎同士だと勝手に親近感を抱いてしまっていた。
「あたしの耳も尻尾も虎柄なんて入ってないじゃないか」
いやー、赤毛のライオンもいないと思うんだけれど。この世界にはいるのだろうか。
獅子人も虎人もいがみ合っていたりはしないようで、笑いながらピクピクと獅子耳を動かしている。
だがすぐに真面目な顔になる。
「それで。あんた、一人で森に入ってたってことは何か目的があるんだろう?」
「えっと、あの……」
『彼女なら協力してくれるんじゃないか? 強いし、魔法使いとでも戦ってくれそうだ』
マモルは話して協力を仰ぐべきだと言ってくる。
そうだね、獅子だしね。
「実は、ですね――」
元の世界のことは一応伏せつつ、魔法使いに召喚されて殺されそうになったことを話す。
同胞っぽい女の子が捕まっていることも合わせて。
「なんてヤツだ! そりゃあ許せないね」
事情を聞いたペトラさんは我がことのように憤慨してくれる。
「いいよ、あたしが力を貸す。一緒にそいつをぶっちめて、お姫様を助けてやろうじゃないか」
手助けして欲しいとお願いすると、即答で了承してくれた。
「あっ、あのっ……ありがとうございます!」
「ふふっ、借りは必ず返してやるよ。あたしに任せときな!」
意気込みも十分な、何とも頼もしい助っ人を得ることが出来た。
この人が付いてきてくれるなら、あの子を助けられるんじゃないかと希望が湧いてくる。




