第19話 仇討ち
オークへのリベンジは果たしたものの、人に似た生き物と戦い殺す恐怖がベッタリと心に張り付いてしまった。
他にも森ではゴブリンに遭遇して倒したけれど、同じように気持ち悪くなって吐いてしまった。
それ以来、人型をしている魔物を見つけても、襲われない限りは見つからないように避けるようになった。
森へ行くこと自体が億劫になってしまったけれど、塔へ到るためにも森を探索しないわけにはいかない。
ペトラさんに叱咤されマモルに激励されて奮起し、今日もまた森へと向かうのだった。
今日は彼女も仲間と共に森へ入っているらしい。
巨大な蜘蛛や蜂を次々と討伐し、ゴブリンやオークから隠れながら森の奥地へと入り込んでいく。
そして木々が途切れて少し拓けた場所に差し掛かったとき、オークの集団を発見してしまった。
様々な武器を手にした緑色の亜人が十体以上も一ヶ所にひしめいている。
棍棒を持っている個体が多いけれど、中にはサビだらけ刃こぼれだらけの剣や斧を持ったオークもいる。殺した人間から奪ったものだろうか。
木陰に身を隠して観察していると、奴らが何かに気を取られている……というか、群がっていることに気付いた。
こちらには意識が向く素振りもない。
このまま勘付かれる前に逃げてしまおうと思ったけれど、つい何をしているのか好奇心が芽生えてしまった。
そしてチラリと見えたものに背筋が寒くなる。
緑色をしたオーク達の間から、明らかに色合いの違う肌色が見えてしまったのだ。
『人間が襲われているぞ!』
「うぅぅっ、こんのぉぉぉっ」
マモルの叫びを聞いた途端、固まっていた身体が一気に動き出した。
強化された脚力で一気に踏み込み、手前にいたオークを抜き打ち様に剣で切り払った。
「ガァアァァアッ!?」
背後からの一撃をまともに受けた緑色の身体が、断末魔を上げながら黒い血を噴き出して地面に倒れる。
その声に他のオークが反応する前に地を蹴って横に飛び、隙だらけの背中や脇腹に一太刀、二太刀と剣閃を浴びせる。
人を助けようと夢中になっているせいか、倒す相手の顔を見ずに済んでいるためなのかスムーズに身体が動く。
気付くと足元には三体のオークが血を流して倒れていた。
「ウガァアッ!?」
「ウガッ、ウガァッ!」
「グルルゥッ!」
突然の襲撃を受け、三匹もの仲間を一瞬にして失ったオーク達は口々に奇声を上げながら距離を取る。
すると、奴らがたかっていたものが僕の目に晒された。
やはりそれは人だった。
鎧を剥がされた状態で地面に転がったまま動かない身体には、無数の打撲や切り傷が走っている。
そして漂っている濃厚な血の臭い。
目が閉じられたその人の顔が見知ったものだと分かった瞬間、脳裏にガツンと大きな衝撃が走る。
「ペトラ、さん……?」
何かと僕に世話を焼いてくれた姉御肌の冒険者が、そこに横たわっていた。
乱れ土埃にまみれた赤い髪と、同じ色をした獣耳。鉢金を巻いた勝ち気そうな顔は泥に汚れている。
僕と同じ色をした瞳は閉じられていて見ることが出来ない。
傷だらけの身体はピクリとも動かない。
彼女の周りには仲間だったとおぼしき数名の冒険者が、見るも無残な状態で息絶えていた。
オークの群れに殺されたのだ。
そう認識した瞬間、僕の中で今まで感じた事の無いような黒く攻撃的な意志が湧き上がって来た。
『このオーク共をどうする?』
殺し尽くすべきだと思う。一匹残らず。
『その通りだな』
いつもの頼もしくも優しい雰囲気とは違う平坦なマモルの声に、即座に苛烈な答えを返した。
僕の気持ちに呼応して彼にも攻撃の意志が宿ったのだろうか、底冷えのするような声で了承される。
そんな変化に怯えることもなく、目を細めてオーク共を睨み付ける。
「グルルルゥッ!」
「ウガッ、ウガゥッ!」
僕を半円に取り囲むオーク達はそれぞれに武器を構えたまま威嚇の声を上げている。
だが先ほど瞬時に三体の仲間が屠られたことを警戒してか、掛かってくる様子はない。
ならばこちらから行ってやるとしよう。
「おぉぉっ!」
一歩で大きく踏み込んで、大上段に構えていたショートソードを振り下ろす。
「ギャギィイィッ!?」
受けようと構えた棍棒を持つ手首へと一撃を叩き付けて斬り飛ばし、返す刃で脇腹から肩へと切り上げた。
それが致命傷となって断末魔を上げるオークを脇目に、横へ飛び、八相の形になった剣を隣のオークへと叩き付ける。
「ギァアァアァッ!」
目で僕を捉えていても対応出来なかったオークは袈裟斬りに身体を断ち切られ、黒い血をパッと噴き出しながら倒れ伏す。
その最後を見届けることなく円を描くように翻した剣を脇構えにし、更に横へと踏み込んで次の獲物に肉薄する。
慌てて振り下ろされる錆びたロングソードをかいくぐると、横薙ぎの一閃を浴びせて緑の身体を上下に分かつ。
返り血を浴びながらも怯むことも足を止めることもせず右へ左へと駆け寄り踏み込んで、一体一体オーク共を斬り伏せて行く。
一太刀毎に黒い血が撒き散らされ、醜悪な人型の魔物がくずおれる。
「次ぃっ!」
『明日虎、終わりだ』
血走った目を走らせて次の獲物を探す僕に、マモルの冷静な声が掛けられた。
見回せばもう周りには立っているオークは一体もいなかった。
「そう、か。はぁぁぁ……」
戦いの緊張に吸い込んでいた息を大きく吐き出した。
自分が成した結果を見下ろして、十数体もいた魔物の群を全滅させたことを実感する。
人型をした緑の身体が切断面を晒して動かない様に表情をしかめるけれど、不思議と吐き気は感じていない。
戦っている最中も弱気や躊躇が首をもたげることはなかった。
怒りと憤りが混ざった感情がいまだに頭の中で渦巻いているせいだろう。
すぐ側で倒れる人間達の遺体が目の端に映る。
『見事な戦いぶりだったな』
「ありがとう……。でも、あまりにもあっけなかったよ」
『明日虎とオークの力を比べれば妥当な結果だ』
「いや、でもおかしくない? こんな奴らにペトラさんがやられたの?」
彼女は、狂化して動きが単純になっていたとはいえ、魔法で強化されていた僕を気絶させるほどの力を持っていたのだ。
僕が全滅させられる程度のオーク集団に負けるとは思えない。
『っ! 明日虎、警戒しろ!』
そんな疑問に答えを発する変わりにマモルが警告の声を上げた。
「グルルル……ヨクモヤッテクレタナ」
木々の間から現れた巨体の影が、威圧感の籠もった耳障りな声を発した。
「なっ……! オークが喋った!?」
現れた魔物が人間の言葉を口にしたことに驚愕し、その姿をマジマジと見つめる。
僕よりも頭二つか三つ分も大きい、人間ではありえない上背。盛り上がった筋肉は岩のように硬そうなのに、腹はでっぷりと揺れるくらいに膨らんでいる。
影と思うくらい黒に近い暗緑色の肌をした、オークよりも凶悪な顔がこちらを見下ろしている。
オークの特徴を持ちながらもオークとは明らかに違う姿。上位種なのだと直感した。
動物の皮を継ぎ足した鎧のような物を身にまとい、手にはペトラさんの持っていた大きな戦斧を握っている。
彼女を倒して奪ったのだと思うと憎悪の感情が沸き立ってくる。
ペトラさんはこいつにやられたのだ。
『明日虎、逃げろ。あれは強化したお前の身体能力を上回っている』
彼我の戦力差を判断したマモルが即座に逃げるよう進言してきた。
強大な敵を前にして僕の腰は引けているし、逃げたいという気持ちは湧いて来る。
だが同時に逃げたくない、こいつを倒したいという想いも同時に頭の中に湧き上がっているのだ。
「カトウナ、ニンゲンフゼイガ!」
動かない僕を見据えながら一歩踏み出したオーク上位種が、足元にあった冒険者の遺体の頭を踏み潰しながら吼えた。
砕けて飛び散った人の残骸を見て湧き上がった敵意が、魔物の声を聞いて怯えた心を塗り潰す。
攻撃の意志を超えた強烈な殺意が、逃げることなど許されないと僕を踏み留まらせる。
こいつは今ここで倒さなければならない。
『……そうだな、やるか!』
忠告に逆らった僕をいつもなら諫めるマモルも賛同してくれた。彼も僕の意志に影響されているのかもしれない。
引けていた腰を戻して睨み返す僕に、敵も武器を両手に構えて気勢を上げる。
「ウガァッ! オマエモタタキツブシテヤル!」
「うるさい、オーク風情がぁっ!」
吐き捨てながら踏み込んだ僕は、大上段に振り上げたショートソードで斬り掛かる。
だが渾身の一撃はガキンという金属同士のぶつかる鈍い音が響き、戦斧の柄で防がれてしまった。
『まだだ!続けて攻撃するんだ!』
マモルの助言を受け、止まらずに二撃、三撃と打ち込んで剣戟を交えるものの全て防がれる。
僕の身体能力を上回っているとマモルが言うだけあって手強い相手だ。
そしてペトラさんの斧は柄まで金属で覆われていて硬く、棍棒のように斬り飛ばすことも出来ない。
「コナマイキナニンゲンメェッ!」
「うわぁっ!?」
最後の一撃を弾き、僅かに体勢の崩れた僕へ反撃とばかりに振るわれた戦斧がゴウと凄まじい音を立てて目の前を通り過ぎた。
避け損ねた皮鎧の胸元はパックリと切り裂かれてしまっていた。
引くのが一瞬遅れていたら上半身が真っ二つになっていたかもしれない。ヒヤリと背筋を冷たいものが走る。
強烈過ぎる一撃を見てしまった影響で踏み込むのが恐くなり、先ほどにも増して有効打が与えられなくなる。
『怯むんじゃあない! 気持ちで負けるな!』
「ドウシタドウシタ! モウオワリカッ!」
「くぅっ、こっ、このっ……!」
避ける動作が大きくなり、武器のリーチ差もあって反撃することが出来ない。
だがマモルの声に支えられているおかげで攻撃の意志は保っている。
防戦一方にならないように、何とか隙を窺って剣を振るう。
切り返そうとする分だけ回避行動が遅れ、敵の攻撃が間近に迫る。
「うぉっ、おぉおっ!」
「ウガァアァッ!」
致死の軌道を描く戦斧の大振りな一撃を、繰り出した剣閃で弾いた。
その瞬間、刀身からビキリと嫌な音が鳴った。
「こんっ……のぉっ!」
気にせずそのまま反動を利用して一回転し、斧を持った腕へと剣を叩き付けた。
バギンッ!
「ガァアッ!?」
「あぁっ!?」
大型オークの腕を切り裂いたショートソードが致命的な音を立て、剣先が折れて何処かへ飛んでいった。
剣戟でヒビが入っていたところが骨に当たってしまったのだ。
ただでさえ短い刀身が半ばほどから折れてナイフのような長さになってしまった。
どうしよう、剣が。……にげる、か?
頼るべき武器の破損に動揺が走り、じわりとまた弱気が湧いてきてしまう。
「クハハァッ! コレヲオイテ、ニゲルノカ?」
距離を取ったあとジリジリと後ずさりを始めた僕を見て、嘲笑を浮かべた黒色のオークが無造作に手を伸ばして地面に倒れていたものを持ち上げた。
その手にはダラリと手足を垂らしたペトラさんが掴まれていた。
その身体をブラブラと揺すって僕を挑発する。
「貴様ぁっ……!」
弱い魔物相手にも腰が引けていた僕の世話を焼き、戦い方を教えてくれて色々と気に掛けてくれた姉御肌のお姉さん。
そんな人の死を侮辱するなんて絶対に許せない。
怒りで頭の中が真っ赤に染まり、炎となって燃え上がった。
赤い焔が前髪をチリチリと焦がす。
「って、本当に炎が出た!?」
『驚いている場合じゃない! それをヤツに叩き付けてやれ!』
僕の怒りを具現化したような炎の塊が目の前に現れ、思わず腰を抜かしそうになってしまった。
だが直後にマモルの叱咤を受けて即座に立ち直る。気を取り直すのは得意なのだ。
脳裏に塔で魔術師に投げつけられた火球が浮かぶ。
そのイメージのままに、僕以上に驚いた顔をしているオーク上位種へと炎を飛ばす。
「グァアァァアッ!?」
戦斧を持っている腕へとぶつかり、怯んでペトラさんを取り落とす。
『一気にたたみ掛けろ!』
「応さぁっ!」
渾身の踏み込みで間合いを詰め、身体ごとぶつかる勢いでヤツの首筋に剣を叩き付ける。
「こんのぉおっ!!」
「グギィッ!?」
短くなった刀身は咄嗟に構えられた戦斧をかいくぐり、オークの頸動脈を断ち切りながら首へと刺さった。
「やった!」
『まだだ、油断するな!』
確かな手応えに勝利を確信した僕の頭の中に警告の声が響いた。
「ガァアッ!」
ズガンッ!
「ぐぶぇっ!?」
思い衝撃が腹部を突き抜け、蛙が轢き潰されたような呻き声が漏れた。
黒いオークが戦斧の石突きで僕のみぞおちを強打したのだ。
「うぐっ、くっ、ぐぅっ……」
意識を刈り取るほどの痛撃を受け、思考が白く霞がかっていく。
『しっかりしろ! また気を失うのか!』
「ぐっ、うぅぅっ……!」
だがマモルの声を聞いて、同じ武器で同じ打撃をペトラさんから受けたことを思い出した。
彼女の一撃はこんなもんじゃあなかった!
奥歯を噛み締めて気を保つと、首から血を噴き出させながらも憤怒の形相で俺を見下ろすオークの顔を睨み返す。
怒っているのは僕のほうだ。
沸き立つ激昂に反応して再び具現化した炎を、醜い豚面に叩き込む。
「ギャガァアァアッ!?」
「お返しだ!」
顔を焼かれ、炎で喉まで灼かれて悶絶したオークは武器を握っていることも出来ずに藻掻き苦しむ。
ガランと大きな音を立てて地面に落ちた斧を拾い上げると、両手に握り締めて振りかぶる。
「これで、終わりだぁあぁぁっ!!」
強化された筋力によって高められたスイングスピードが戦斧の重量に乗せられ、死の旋風となって黒いオークの腹部に突き刺さる。
「グギャギィイィィィィッ!?」
肉を裂き、骨を確実に断ち切った手応え。
腹の奥底から絞り出されるような断末魔の咆哮が森の中に響き渡る。
それでもまだ斧を構え続ける僕の目の前で、オークの上半身がズズッと横にずれていく。
「バカナ……コンナ、コトガッ。オウ、ヨ……グブッ」
何か末期の言葉を呟いていたけれど、途中で血を吐いて目から光りが消える。
「倒した……の?」
『あぁ、今度こそお前の――勝ちだ』
黒い巨体が地面に落ち、血を噴き上げる下半身も地面に倒れ伏したのだった。




