第18話 亜人型
気持ちも新たに草原に出ると、補助魔法を掛けてもらって無双した。
無双というほど頻繁に魔物出てこなかったけど、それはそれとして。
元の自分とは比較にならない運動能力が出せるので、体感ゲームをプレイしているような気分になる。
戦闘への恐怖もだいぶ薄れてきた気がする。まだ解体には慣れていないけれど。
『そこで油断すると危険だが、明日虎はこれが現実だと分かっているから大丈夫だな』
『少し疲れてきたんじゃないか? 休憩も必要だ』
『今のは良い動きだった。その調子で頑張ろう』
ときおりマモルが声を掛けてくれるので、調子に乗ったり無理をすることもない。
適度な励ましも受けながら、強化された脚力と体力で草原中を走り回った。
そして日が暮れる前には規定数の倍ほども魔物を討伐したのだった。
町へ帰還するとヨーゼフさんに「頑張ってるようだな」と労われて笑顔を返し、意気揚々と大通りを歩いて冒険者ギルドへ向かう。
気分は良好だ。調子が上向いている感じがする。
冒険者ギルドに入ってカティヤさんの列に並び、順番がくると挨拶をしてチェックと査定をしてもらう。
ギルド証を確認していた彼女が花が綻ぶような笑顔を向けてくれる。
「おめでとうございます、アストラさん。討伐数が規定に達しましたので昇格を申請しておきますね。これで明日からはEランク冒険者ですよ」
頑張った甲斐があった。
最初は通行税免除のために月一回の討伐依頼をクリアしなくちゃ、なんて動機で討伐をしていたのに。
気付けば一週間も経たずにランクアップしてしまっていた。
Eランクはまだルーキーを卒業しただけの半人前扱いらしいけど、今まで戦いなんてしたこともなかった僕からすれば十分すぎる称号だ。
カティヤさんも、草原の魔物ではもう適正ランクを超えてしまっているので浅いところまでなら森に入っても大丈夫だと太鼓判を押してくれた。
草原と違って視界が悪いので警戒を厳にするようにとも言われたけれど。
ずっと草原で弱い魔物と戦っていたい気持ちもあるけれど、力を付けるためにはランクに合った魔物と戦わなければならないらしいので仕方がない。
確かにレベルが上がりにくくなってきた気がする。
――――――――――
アストラ=イトウ
レベル:4
ランク:E
HP:27
MP:8
筋力:8
体力:9
敏捷:5
器用:7
魔力:3
スキル:なし
――――――――――
レベル5に壁があるのか、二日くらい草原で戦っていても上がらなかった。
でもこうしてギルド証で確認すると、この世界にきたばかりの頃に比べて強くなっている気がする……ような、あんまりしないような?
そこそこ上がってはいるんだけれど、まだレベル1の一般人より低い……。
カティヤさんに聞いたところ、筋力・体力は10、敏捷・器用で8、魔力なら5くらいが成人男性の初期値らしい。
まぁ、魔法でブーストすれば十数倍になるからいいんですけどね!
――――――――――
アストラ=イトウ
レベル:4
ランク:F
HP:157|(+130)
MP:138|(+130)
筋力:73|(+65)
体力:74|(+65)
敏捷:70|(+65)
器用:72|(+65)
魔力:68|(+65)
スキル:なし
――――――――――
あれっ? なんか強化数値上がってない!?
『どうやら明日虎と一緒に俺のレベルも上がっていて、魔法の効力が上がったようだ』
えぇえぇぇーっ! ここにも格差が……。
『大丈夫! 俺が強くなったということは、お前が強くなったのと同義さ』
うぅ……そんな簡単に割り切れないよぅ。
でも多少なりとも能力値上がってるのに、筋肉とかあんまり変わってない感じなのが不思議だ。
魔力的な作用が身体に働いているんじゃないかとマモルは推測しているらしい。その割には魔力もあんまり上がってないんですけどね。
でもこうして力が付いていることを数字で確認出来るのはありがたい。
それに森の先には僕の目指すべき場所があるのだ。
魔法使いと黒髪の少女が今もいるはずの塔。
すぐに乗り込むかどうかは別にしても、場所の確認くらいはしておかなければならない。
そんなわけで森に向かっているわけだけれど。
平原に比べると森までの距離は遠い。普通に歩くと片道三時間以上も掛かってしまう。
だけどマモルの補助魔法で身体能力を強化してもらって走ると、三十分も掛からずに辿り着くことが出来る。
相当なスピードで走っているのに、体力も強化されているので疲れることもない。
オリンピックで優勝出来そうなくらいの速さと持久力だ。
何の取り柄もなかった僕を超一流のアスリートにしてくれる魔法の凄さを改めて思い知った。
これが魔法自体の力なのか、マモルの使う魔法が強烈なのか。比較対象がないので判断がつかない。
ペトラさんは魔法使いと組んだことがないと言っていたし、知らない冒険者に比較を頼むなんて恐くて出来ない。
まぁ、便利で有用なのだと分かっていれば十分だろう。
魔法がなかったら日帰りで森に入るのは厳しそうだから。
野営とかマジで無理です。サバイバル技能なんて皆無だし、一人ぼっちな僕は寝ずの番とかしなきゃいけないんだろうし。
僕が寝たらマモルも寝ちゃうのだから、魔物が来たら無防備な所を食われてしまう。
異世界にきた初日のように持続性の魔法を掛けてくれると彼は言うけど、恐ろしい魔物が多数いることが分かった今はもう恐くてそんなことしたくない。
というわけで日帰りの範囲内で森の魔物を討伐する。
新たな魔物として猫くらいの大きさがあるハチや、人ほども大きいクモなんかと遭遇した。
虫は苦手なので見た目でちょっと引いてしまうけれど、戦闘自体は少し動きが素早いだけなので魔法で強化された動体視力と俊敏さで難なく対応出来た。
『右後方、やや上から巨大バチ!』
「了解っ!」
巨大バチは死角から奇襲を掛けてくるけど、強化された聴覚で察知したマモルが襲ってくる方向を教えてくれるので簡単に対応出来る。
「うぇえっ、蜘蛛の巣に掛かったぁっ!」
『後で綺麗にしてやるから、まずは斬って倒すんだ!』
巨大クモは巣を張っているけど、引っ掛かっても筋力で強引に引き千切って逃れられる。ベタベタした糸も浄化を掛ければスッキリだ。
確かに草原の魔物と比べれば強いけれど、強化魔法ゴリ押し戦法に死角はなかった。
依頼を受け、魔物を討伐し、報告して宿に戻って寝る。
そんなルーチンワークを毎日こなして過ごしている。
我ながらストイックじゃないかと思ってしまう殺伐とした日々だけれど。
そんな僕の心を癒してくれるのが白猫とのふれあいだ。
「ミャァー」
ここにくればご飯をもらえると認識したのか、シロは毎晩欠かさず僕の部屋へやってくる。
僕の姿を見るとご飯くれー、ご飯くれーと鳴きながらすり寄るのだ。餌付けは完全に成功したようだ。
彼女のために取ってきた新鮮なネズミ肉を小さく切り分けて食べさせてやる。
あ、玉が付いてなかったのでシロは雌だと判明した。
白い雌の野良猫は警戒心が強い場合が多かったけれど、シロは人懐っこい性格でよかった。
どうも魔物肉は町中で売っている普通の肉よりも美味しいらしく、あげると勢いよく食いつく。
最初は少し痩せていたけど、栄養も豊富なのか徐々に大きくふっくらしてきた気がする。
ただ、撫でると手が黒くなるくらい汚れているので綺麗に洗ってあげたい。
でも猫だし水は嫌いだよねと悩んでいると『浄化を掛けてやればいいんじゃないか?』と言われて目から鱗が零れた。
猫は元の世界と変わらない見た目なので、魔法を掛けるという発想はなかった。
さっそく掛けたかったけれど、魔法の影響が不明なので魔物で試してみることにした。
草原で大ネズミに浄化を掛けてみる。すると薄汚れていた毛並みが綺麗にサラサラになったのだ。
もちろん倒して肉はシロへのお土産にした。
宿に戻ってシロに浄化を掛けると気持ち良さそうに目を細め、即座に綺麗な白色になった。
水で洗うより綺麗になるし楽だし警戒されないし、魔法はこんなところでも万能だなぁ。
こうして白くなると元の汚れ具合が良く分かった。撫でた後にも手が黒くならないのが嬉しい。
手触りも格段に良くなっている。柔らかい毛がホワホワしていて素晴らしい。
せっかくだからとシロ用のエサ入れと水入れを部屋に置いたり、櫛を何種類か買って梳いてあげたりもした。
動物型の魔物が出たときには必ず肉を持ち帰り、与えると毎回美味しそうに食べてくれる。
シロがいれば人間の友達なんて要らないんじゃないかと思えてしまう。すごい癒されるし。
しかし、この世界にきたとき決めたのだ。友達を作るという目標を。
なので、ときどき討伐を休んでサリちゃんとピクニックに出掛けたり、依頼達成時にカティヤさんと一言か二言くらい話をしたり、食堂で酔っ払ったペトラさんに絡まれたりしている。
門を通るときにはヨーゼフさんへの挨拶も欠かさない。
なかなか友好度上がってるんじゃないだろうか。これは誰かと友達になれる日も近いな。
数日繰り返していると、森での魔物討伐にも慣れてきた。
強化魔法を掛けてもらっていれば、数体まとめて出てきても余裕で対応出来ている。
血や切断面を見るとまだ顔をしかめてしまうけれど、ゴア表現のキツいゲームだと思えばなんとかいける。
ただ、血の臭いと死臭だけはどうしても慣れなくて吐きそうになってしまう。
そんなことを考えながら少しだけ森の奥へと進んだところで奴らと出会ってしまった。
「ウガッ、グルルルゥッ」
「うぁ……出た」
緑がかった肌の色をした、豚の顔を人に近づけたような醜悪な顔の亜人。
オークだ。
人間と変わらない背丈に太く筋肉質な手足。それなのに腹だけはでっぷりと膨らんでいる。
身に付けているのは獣の毛皮か何かで作られた腰布だけで、手には木を削っただけの棍棒を持った原始人のような格好。
「ガァッ!」
「ひぃっ」
威嚇の叫びを聞いて思わず情けない声を上げてしまった。
森でオークの村に迷い込み、追いかけ回された記憶が蘇って足が竦む。
逃げたいという気持ちが溢れてきて腰が引けてしまう。
『逃げるな!』
そんな僕の弱気をマモルが一刀両断にする。
『今の明日虎はあのときとは違う。たくさんの魔物を討伐して強くなった』
「うっ、でっ、でも……!」
『それにもうお前はオークを倒したことがある』
「え、どっ、どういうこと?」
意味が分からず聞き返すと、『オーク村から逃げるときに、手や足にぶつかった奴らを吹き飛ばして倒していたんだ』という予想外の答えが返ってきた。
そういえば手に何かぶつかってすごい激突音がなっていたり、踏みつけた後に叩き付けられる音がしていた気もする。
あれはオークが壁や地面に吹き飛んでいた音だったのだという。
レベルは上がっていなかったので確実なことは言えず、黙っていたらしい。けれど、強烈なダメージを与えていたことは間違いなさそうだ。
あの時に一度倒していたと言われ、ずいぶんと気が楽になった。
『いざとなったらまた狂化を掛けてやる。だからこの間のリベンジをしてやろうぜ!』
「よっ、よーし……!」
「ウグルァァッ!」
ブツブツと独り言を繰り返しているように見える僕を訝しげに見ていたオークが、僕の戦意を感じ取ったのか気勢を上げる。
マモルに励まされた僕はもうそんな声に怖じ気づいたりはしない。
グレイウーズに勝てたときよりも僕は強くなったんだ。恐れずに戦えば、ヤツより弱いというオークに負けるはずがない。
「はぁあぁぁっ!」
「ガァッ!」
気合いの声を上げながら、大上段に構えていた剣を振り下ろす。
森の魔物を一撃で屠ってきた斬撃は疾いが、戦い慣れているのかオークは持っていた棍棒でそれを防ごうとした。
「グガァアァァッ!?」
しかし、腰を入れた打ち込みは止められることなく棍棒を断ち切り、ヤツの肩口にまで食い込んだ。
『そのまま体重を掛けて切り抜け!』
「うっ、うぉおぉぉぉっ!」
言われるまま無我夢中で全身に力を込め、剣に体重を掛けてオークの身体を切り裂く。
「グッギャァアァァァッ!?」
血しぶきが舞い、耳をつんざくような断末魔を上げながら緑の身体がどうと倒れた。
ピクピクとしばし痙攣した後にオークは動かなくなった。
「た、倒した……の?」
『あぁ、やったな! リベンジ成功だ!』
戦闘前の予想に反してあっさりと倒せてしまった。
カティヤさんやペトラさんに、オークは下級の冒険者並の強さを持っていると聞いていたのだけど拍子抜けだった。
それだけ強化魔法のブーストが凄まじいということなのかもしれない。
「うっ、うん、ありがと……うっ!?」
勝利の実感を得ようとオークに目を向けたところで呻いてしまう。
肩口から脇腹までを切り裂かれ、黒っぽい血にまみれた死体。漂う濃厚な鉄さびのような臭い。
肌の色は深い緑色で顔は豚のようだけれど、二本ずつの手足とそれぞれに生えた五本の指、そして体付きは明らかに人間を連想させる。
「うぐっ……うっ、うぇぇぇぇぇっ……!」
何だか人殺しをしてしまったような気分になって、思い切り吐いてしまった。
『オークは魔物だ。人間じゃない』
「そう、かも……しれないけど、でも……」
そんな簡単に割り切れるものじゃない。
オークは人の言葉こそ喋らなかったものの、集落を形成していて火を使って暮らしていたし、粗末な服を着て武器まで持っていたのだ。
ゲームみたいに倒したら死体が消えてくれればいいのに、そこにずっと残っている。
解体して魔石を取ろうなんて気は全く起きなかった。
これ以上は戦う気力も湧いてこず、オークの死体に目を向けないようにしながら町への帰路についた。




