第17話 ひと休み
狂化後の脱力状態から回復すると、グレイウーズがいた場所にある二つの石を回収する。
スライムは倒すと身体が溶け、解体せずとも素材として売れる核石と魔石を残してくれるので楽でいい。
しかも今回はどちらもスライムの石よりも大きくて良い色をしている。
高く売れるのかもしれない。
持っていたポーションを使ってしまったし、お金が稼げるかどうかは死活問題だ。
一瞬死を覚悟したりもしてしまったけど、結局はマモルの魔法でなんとでもなる状況だったし、ペトラさんもいたのだから取り越し苦労もよいところだ。
そもそも僕が彼の魔法を信じて戦っていれば、狂化なんてして貰わなくても勝てたのだ。
今後はもっとマモルを信頼して、彼の力を受けた自分に自信を持って戦おう。
「さぁ、帰るよ」
「はいっ」
そんな反省を心に刻みながら、ペトラさんと一緒に町へと帰還する。
「はぁぁ……やっと戻ってこれた」
「なんだ、疲れてるな。魔物を倒せなかったのか?」
「あたしが付いてたんだ。そんなことにはならないよ」
「ふむ。それもそうか。じゃあどうした?」
門まで辿り着いて一息つくと、ヨーゼフさんが心配そうに声を掛けてくれた。
討伐依頼は無事にこなせたけど、その後に灰色のスライムに襲われて大変だったと苦労話をする。
「何? 灰色――グレイウーズが出たのか!? よく無事だったなぁ。ペトラがいてよかったよ」
「無事じゃないですよ。鎧溶けちゃったし、ポーション使っちゃったし……」
「まったくだよ。こいつがビビっちまって大変だったさ」
「はははっ、大変な目に遭ったなぁ」
それでも身体に何ともなかったのが一番だと労ってくれる。
や、そのペトラさんを危ない目に遭わせてしまったのは僕なんですけどねとも言えず笑って誤魔化した。
「ほう。最後はアストラが仕留めたのか」
「あぁ、思ったより見込みがあるね。この分なら冒険者としてやっていけるだろうさ」
「ペトラのお墨付きが出たなら大丈夫そうだな」
「はっ、はい……がんばり、ます」
最後だけじゃなく、最初っから全部だったけどね……ペトラさんスパルタすぎる。
何でもグレイウーズは草原の奥地で極稀に遭遇する可能性があるボスのような個体だったらしい。
そんなものに冒険者開始二日目で遭ってしまうとは、運が良いのか悪いのか。
きっと悪いんだろうな。ギルド証には運というパラメーターは存在しないけど、あったらきっと低いはずだ。
溜息をつきつつも、心配してくれたヨーゼフさんに感謝の言葉を告げて冒険者へと報告に向かう。
「討伐、終わりました」
「無事にお戻りになられて何よりです」
冒険者ギルドに到着すると、すいていたので並ぶことなくカティヤさんに報告することが出来た。
笑顔で迎えてもらうと苦労が少し報われた気がする。
グレイウーズが出たことも忘れずに報告しておく。
「えっ、グレイウーズに遭遇されたのですか? 本当によくぞご無事で」
「はい、何とか……。次に遭ったときはもうちょっと上手くやりたいです」
「ご無理はなさらないで下さいね。生きていてこそですから」
自分の醜態を思い出して苦い表情になってしまう。
カティヤさんにも心配され、真面目に諭されたので素直に頷いておく。
僕の返事に嘘はないと判断したのかまた笑顔を見せてくれた。
「それでは確認させていただきますね」
ギルド証を渡し、スライムから確保した素材も出して査定してもらう。
ネズミ肉も少しあるけど、解体していないので今回は出さなかった。今夜もきたらシロにあげるつもりだ。
「これはっ……!? あの、アストラさんがグレイウーズを倒されたのですか?」
「あっ、はい」
「ペトラさんではなく彼が?」
「その通りさ。あたしは後ろで激飛ばしてただけさね」
装置を確認していたカティヤさんが驚いた声を上げる。
そういえば遭遇したとは言ったけど、倒したとは告げなかったかもしれない。
言ったつもりでいたので気の抜けた返事を返してしまった。
「アストラは見かけによらず、結構やるヤツだよ。あたしが保証してやる」
「まぁ。ペトラさんが保証して下さるなら安心ですね。それにしても、Cランクの魔物を倒してしまうなんて……アストラさんは以前から戦闘の経験がおありだったのですか?」
「あー、まぁ、はい。そんな感じで」
「……申し訳ありません、詮索するつもりはありませんので」
「あ、いえ……あははは」
頭の中に魔法を使える友達がいるんですとはさすがに言えない。
何と答えたものか迷っていると勝手に勘違いしてくれた。
冒険者なんて言ってみれば無頼漢の集まりだし、スネに傷のある人も多いのだろう。
そんな人達の身分を簡単に証明しちゃって大丈夫なのかなと心配になったけど、『町を守る兵士や騎士とは別に、外へ出て魔物の数を減らしたり素材を取ってくる人間も必要なんじゃないか』とマモルが推測してくれた。
査定された報酬額はかなりのものだった。
合計して銀貨五十八枚。日本円に換算すると五十八万円くらい。
ペトラさんと等分にしても、サラリーマンの給料一ヶ月分くらいを一日で稼げてしまった。
グレイウーズの討伐報奨と核石の査定額の合計が銀貨五十枚だったのだ。
三つの討伐依頼完遂が銀貨八枚だったことを考えると破格の報酬だ。
Cランクの魔物というだけのことはある。強かったもんなぁ。
奴が残した大きな魔石は後々使い道もありそうだからとマモルに言われたので売らずに取っておいた。
アストラが倒したんだ、お前が持っていろとペトラさんも言ってくれた。
「でもこの分ならすぐに上のランクに上がれそうですね」
「えっ、そうですかね?」
「はい。規定数の討伐を達成しなければなりませんが、アストラさんならば大丈夫でしょう」
「あっ、ありがとうございます。頑張ります!」
「そうさ、がんばりなよ」
「はい! ペトラさん、ご指導ありがとうございましたっ」
今までは出来の悪い弟を心配するお姉さんみたいな感じだったのに、カティヤさんが少し敬意の感じられるような視線を向けてくれる。
グレイウーズを倒したことで冒険者としての信頼度が上がったようだ。
ペトラさんも大丈夫だって太鼓判押してくれたしね。
彼女達にこんなことを言われて自信が湧かないわけがない。よし、もう無能なんて言わせないぞ!
最近は割と普通に話せるようになってきたし。他の受付には相変わらず並べないけど。
そしてこのまま信頼を積み重ねていけば、もしかしたら友達になってもらえるかもしれない。
Aランクは無理としてもB……いや、Cランクくらいになればいけるんじゃないだろうか。
カティヤさんとペトラさんの信頼を勝ち取って友達になるためにも、魔物討伐を頑張っていこう!
その日は早々に宿へ戻ってご飯を食べると部屋へ引き揚げた。
ベッドに横になってぼうっとしていると、今夜もシロがきたのでネズミ肉を切り分けてあげた。
美味しいのかにゃぐにゃぐ言いながらがっついていた。
その姿を見ていると、魔物との戦いで殺伐としていた心が落ち着いていく。
あぁ、癒される……。やっぱり猫はいいなぁ。
翌朝。
サリちゃんと一緒に朝ご飯を食べると、午後から一緒に薬草を取りにいく約束をして宿を出た。
そして何をするでもなく町の中を見て回る。
グレイウーズなんて滅多に出ないらしいし、普通の魔物なら怪我一つする心配もなく討伐出来そうだ。
日々暮らすのに不自由しないだけ稼げそうだし、懐も温かくなったので気持ちの余裕が出来た。
マモルも『これならしばらくは大丈夫だと思うよ』と言ってくれたので二、三日は依頼を受けずにのんびり過ごすことにしたのだ。
昨日、頑張ると決意した気もするけどそれはそれ。休養も大事だよね!
今まで冒険者に関わる店しか見ていなかったけど、大通りには様々な店舗が並んでいる。
青果店や生活雑貨の店、服屋に花屋など。
異世界の生活スタイルに少し興味を惹かれるけど、用もないのに入る勇気はない。
浄化の魔法で汚れ一つない状態になるから着替えや洗濯用品は必要ないし、歯磨きや顔を洗うのも浄化で済む。
ご飯は宿屋さんで食べればいいし、料理が出来ないのだからそもそも食材を買う理由がない。
花が見たければサリちゃんと一緒に花畑にでもいけばいいし。
討伐に出掛けるときも水筒すら要らなかった。喉が渇くと頼むまでもなくマモルが空中に水の玉を出してくれるので、そこから直接飲めばいいのだから。
コップくらいは買ってもいいのかもしれないけど。
ホント、魔法便利すぎだろ。
彼の使える魔法が利便性に優れすぎているだけという可能性もあるけれど。
そんなことをぼうっと考えたりマモルと脳内会話をしながら町を見て回る。
たくさんの人達が歩いているけど、やはり獣耳の人は冒険者以外には一人も見かけなかった。
珍しい存在なのか、住んでいる地域が違うのだろうとマモルは推測していた。
残念。エルフとか見てみたかったんだけどなぁ。
大通りを歩き続け、橋を渡ろうと思ったけどマモルに止められた。
そういえば町の北側は富裕層が多く住んでいる地域で貴族とかもいるから用がないなら近づかないほうがいいとヨーゼフさんに言われていたのだった。
マモルがそのことを話してくれたので回れ右して道を戻る。
君子危うきに近寄らずだ。
代わりに武器防具店へ行ってグレイウーズに溶かされた皮鎧を直してもらう。
オヤジさんに見せたら銀貨一枚でその部分だけ皮を新しい物に交換してくれた。
ついでに、ペトラさんに持っておくよう言われていた解体用のサバイバルっぽいナイフも購入しておいた。シロに肉を切り分けてあげるのにも使えるだろう。
午後になるとサリちゃんを連れて町の外に出る。
もちろん父親のラウリさんお墨付き。幼女連れ回しなんて事案は発生しないのだ。
彼女と出会った薬草群生地は、スライムに食い尽くされてしまったのか土が剥き出しの荒れ地になっていた。
なので適当に歩き回り、ポツポツと生えている薬草を探して摘んだ。
収穫は少なかったけどシロを治すには十分な量だろう。
「あのね~、このあいだお父さんがね――」
サリちゃんは歩いている間も摘んでいる間もシロやラウリさんの話を取り留めもなく聞かせてくれた。
どうやらかなりお喋りな子のようだ。こういう子は学校にもいたけど、ボッチの天敵ともいえる苦手なタイプだった。
子供だからにこやかに聞いていられるけど、あと五年歳を取っていたら色々な意味で危ないところだったろう。
僕は相づちを打つばかりだったので飽きさせてしまわないか心配だったけど、ときおり襲ってくる魔物を一撃で斬り伏せると目を輝かせてキャッキャと喜んでくれるので大丈夫だろう。
喉が渇いたときに水の玉を出してもらうと、目を輝かせて興味津々な様子だったので、水筒を持っていた彼女にもそこから水を飲ませてあげた。
「こっちにお花畑もあるの」
前に話しに出た花畑にも案内してくれた。
色とりどりな花々が咲き乱れている中で幼女がはしゃいでいる光景はなかなかに心が和む。決してそっちの人ではないよ?
僕はレンゲっぽい花を摘んで花輪を作ってあげた。
「ふわぁぁ~、お花のかんむりだぁっ! すごいね、すごいねっ、お兄ちゃん!」
花畑の中でくるくる回って満面の笑顔で喜んでくれた。
もちろん僕がそんな風に気が回るわけもなく、マモルの提案でしたことだった。
君は本当に気の付く男だよと褒めると『明日虎の知識にあることを提案しただけさ』と爽やかに返ってくる。本当にいいやつだ。
後半は薬草取りではなくピクニックのようになってしまったけど、サリちゃんが楽しそうだったから構わないだろう。
僕も楽しかったし、だいぶ聞き上手になれた気がする。
気のせいかもしれないけど。
サリちゃんとは猫好き同士なこともあって話も弾むし、かなり仲良くなれていると思う。
これはもしかして友達と言ってもいいんじゃないだろうか?
ダメだろうか。年齢的に。
幼女と大きなお友達……やっぱりちょっと犯罪臭がする。
そんなことを考えながら帰路に着いた。
町に戻るとヨーゼフさんに挨拶をして、二人で宿に戻る。
無事にサリちゃんを送り届けると、ラウリさんは「娘の面倒を見てくれて助かった」と言って晩ご飯を大盛りにしてくれた。
食事を終えて部屋に戻ると、ベッドの上でシロが待っていた。
昨日の残りのネズミ肉を取り出すとご飯ちょうだいとニャーニャー鳴いて近寄ってくる。
昼間に買ったナイフで切り分けたけど、ショートでもソードはこういう作業に向かなかったんだなとあらためて思った。
食後の落ち着いたところを見計らってゆっくり手を伸ばすと、まだ少し警戒していたけど手の匂いを嗅ぐと落ち着いた。そのまま優しく撫でてやると気持ち良さそうに目を細めてすり寄ってくる。
飽きることも嫌がられることもなく一時間ほども撫で続けてしまった。
手を離すとシロは大きく伸びをした後に窓から出ていく。それを見送ってから幸せな気持ちのまま眠りについた。
今日も癒されたなぁ。
翌日も一日のんびり過ごす予定だったのだけれど――
特にやることがなかった。
ショッピングやアウトドアな趣味がない僕は、ゲームもマンガも存在しないこの世界では暇つぶし一つ見つけることが出来なかった。
本はあるようだけど、印刷技術が存在していないので全て手書きになっていて高価なので買えないし立ち読みも出来ない。
娯楽として賭博場というのがあるらしいけど、そんなトラブルの塊みたいな場所に自ら進んで行きたいとは欠片も思わない。
町の中を歩き回る意外にやったことといえば、商店でポーションを補充したくらいだ。
僕がすることなんて、マモルとの脳内会話以外では冒険者活動くらいしかなかった。
戦うのはまだちょっと恐いけど、補助魔法のおかげでほぼ危険はないことが分かっている。
生き物を殺す忌避感もなくはないけど、無抵抗な動物を狩るのではなく敵意を持って向かってくる魔物を討伐するのだからこちらも容赦することなど出来ない。
それに当面の生活費は出来たけど、グータラ過ごしていたら簡単に食い潰してしまう金額だ。
稼げる内に稼ぐべきだろう。貯金をするのは好きだしお金の余裕はあればあるほどいいのだから。
町中で仕事に就くというのも考えたけど、魔法でブーストして魔物を討伐するほうがよっぽど効率的で楽そうだった。
就職活動で面接を受けるなんてまっぴら御免だしね。
――それと、時間と気持ちに余裕が出来たので召喚魔法について少し調べてみた。
と言ってもカティヤさんやヨーゼフさん、ラウリさんに聞いてみただけなのだけれど。
まともに話せる大人はいまだに3人しかいない。商店と武器防具店の店長さんと買い物以外の話をするのはまだ難しい。
答えはやはり期待したような内容が返ってこなかった。
何百年前に勇者が召喚されて魔王を倒したとか、召喚された悪魔が国を滅ぼしたとか、そういうおとぎ話レベルのことしか知らないそうだ。
町にきてからあまり考えないようにしていたけど、元の世界に戻るならやはり塔の魔法使いとどうにか話を付けるしかなさそうだ。
そしてペトラさんの黒い瞳を見てからというもの、黒髪黒目の少女のことがどうしても頭から離れなくなってしまった。
もう一度彼女に会いたい。
彼女の声を聞いてみたい。
あの塔から救い出してあげたい。
そんな湧き上がる気持ちを叶えるためにも、もう少し力を付けて戦いに慣れるべきだろう。
そんなわけで結局、今日もまた討伐依頼を受けて草原にでてしまう。




