第15話 上位種
「まったく、情けないねぇ」
「すっ、すみません……」
『動物の死骸を初めて近くで見たんだ。仕方ないさ』
大ネズミを真っ二つにして倒したものの、現実の死のグロさに吐いてしまった。
ペトラさんは情けない僕に呆れながらも「これで口をすすぎな」と水筒を差し出して落ち着かせてくれる。
姉御の優しさが身に染みるなぁ。
マモルにも励まされて何とか平静を取り戻した僕は大ネズミの死骸を見下ろす。
というか、これを解体して素材を取るとかマジで無理なんですけど。このまま置いて行きたい。
しかしそんなことをペトラさんが許してくれるはずもなく、ナイフを使って血抜きと解体の手本を見せてくれる。
「それにしても、力任せにやったもんだねぇ……」
真っ直ぐ切り裂いたつもりだったのに、断面がギザギザしてる。切断じゃなくて文字通り千切り飛ばしてたんだ……。
剣って刃筋を立てたりしないといけないんだっけ? どうやるんだろう……?
ま、まぁ、倒せれば何でもいいよね! 強化魔法でゴリ押し殺法だ!
……もしかして剣より棍棒とかの鈍器のほうがこの殺法には合ってるのかもしれないと頭の隅をよぎったけれど、気付かなかったことにする。
だって、異世界で魔物と戦うなら剣のほうが絶対にカッコいいもん!
ゾンビ相手にショッピングモールに立て籠もるなら釘バットやゴルフクラブでもいいかもしれないけどさ。
なんてことを僕がつらつらと考えている間にペトラさんは皮を剥いで肉を綺麗に切り分け、魔石を取り出して見せてくれた。
「ん? あんた汚れてないね。返り血はどうしたんだい?」
そして振り返った彼女はこちらをみて不思議そうに首を傾げる。
あれだけ血が噴き出したのだから近くにいた僕もドロドロになっているかと思ったけど、防護魔法の効果で降り掛かった血も弾いてくれたようだ。
身体はもちろん服も皮鎧も綺麗なものだった。地面に当たった剣も刃こぼれ一つしていない。
身体だけじゃなく、装備品も強化されるなんて魔法って素晴らしい。
「あ、えっと、その……魔法で、ちょっと」
「へぇ。色々使えるんだねぇ。魔法使い寄りの魔法戦士ってわけかい。珍しい」
「えっ、珍しい……んですか?」
「そうさね。私は魔法を使うヤツと組んだことはないよ」
「そ、そうなんですか……」
もしかして魔法使いって珍しいん存在だったの!? 教えたら不味かったかな……?
『もう教えてしまったんだから仕方ない。補助魔法を少し使えるとだけ告げれば傷は浅いさ』
「あの、その、僕は……補助系のを、少し……使えるだけ、なんですけどね」
「ふ~ん。さっきの動きもそのおかげってわけか。なるほどねぇ」
「はっ、はい。そうなんですよ、はっ、はははっ」
あまり喋ってボロを出さないように笑って誤魔化しておこう。
と、思ったのだけど。
「そういえば、詠唱とかしないんだね」
「えっ、詠唱……ですか? 魔法使い、見たことなかったのでは……?」
「パーティを組んだことはないが、魔法を使ってる奴を見たことくらいはあるさ」
またつっこまれてしまった。
そういえば、魔法使いに塔から落とされるときに何か中二臭い詠唱っぽい言葉を聞いた気がする。
マモルに尋ねてみたところ『頭の中で素早く唱えている』と驚きの新事実を教えてくれたけど、僕自身が詠唱なんてしたことは一度もない。これからもないだろう。
『無詠唱だと言っておくしかないな』
「えっと、僕の魔法は、その……詠唱なしで発動、出来るんですよ」
「そうなのかい? すごいんだねぇ」
魔法使いが思ったほど珍しくないのか、彼女が魔法使いに興味がないのか軽く頷いた。
ひ弱そうな僕が冒険者になった理由も、さっきの一撃と合わせて納得してくれたようだ。
色々とつっこみどころのありそうなことを口にしてしまったけれど、何とか誤魔化せたと思いたい。
「さぁて、次の獲物を探すよ」
もうやめて帰りたいという気持ちが湧いて来るけど、ペトラさんはやる気満々なのでそんなことは言い出せない。
頭の中でもマモルが『まだまだ始まったばかりさ』『戦いの感覚に慣れよう』『明日虎ならやれるさ!』と鼓舞してくる。
終わった後に吐いちゃったけど、一撃で倒せたのは確かだ。
彼の言葉に乗って闘志を沸き立たせ、弱気になる気持ちを消し飛ばす。
「よっ、よーし! やってみるっ」
『その意気だ!』
「ふふっ、気合い入ってるじゃないか」
やる気の出てきた僕はペトラさんと連れ立って平原の中を歩き回って魔物を探す。
そして遭遇した奴らに一太刀浴びせてやった。
スライムはブヨブヨしていて斬りにくそうに見えたけど、昨日と同じように難無く真っ二つに出来た。
素早く飛び回るコウモリも強化された動体視力で切り落とす。
大ネズミは切り裂くと血が大量に出るのに難儀するけど、戦闘自体はあっけなく終わる。
「しっかり踏み込むんだよ!」
『恐いのによく近づけている。偉いじゃないか』
「腰を入れて斬りな!」
『いまの斬撃、いい感じだった』
「敵から目を逸らすんじゃないよ!」
『いいぞ、しっかり敵を見据えられている』
「はっ、はっ、はいぃいぃぃっ!」
ペトラさんのスパルタ式な教え方に萎縮しそうになる気持ちを、褒めて伸ばすタイプなマモルに支えてもらってなんとか戦い続けることが出来た。
飴と鞭を同時に受けながら何匹も狩っているとそれなりに自信が付いてくる。
剣の型も何もなっていないのだろうけど、強化魔法の効果が抜群すぎてこの辺の魔物はどいつも一撃で倒せてしまうおかげだ。
剣術なんて考える必要もないくらい危なげなく狩りまくれる。
さすがにこれで自信が付かない程に自虐的ではない。
「あんた、見かけによらずなかなか強いじゃないか。それも魔法かい?」
「えっと、はっ、はい……筋力とか強化、してます」
「へぇ、そんな魔法があるのかい。それなら一人でもある程度は何とかなりそうだねぇ」
強化魔法込みならペトラさんもお墨付きをくれる戦闘力のようだ。
動物型をした魔物の断面は相変わらずグロいものの、何とか吐かないで済むようにもなってきた。
見過ぎて慣れたのか、感覚が麻痺してきたのかは分からないけど。
嫌々ではあるもののペトラさんから指導を受けて解体も行い、背中のリュックサックに詰め込まれている。
敵と対峙する恐怖は和らぎ始めているけど、さすがに初めての魔物討伐で疲れてきた。
肉体的な疲労は補助魔法のおかげでそれほどでもないけど、精神的な疲れが溜まってきている。剣の振り方や身体の動かし方がかなり雑になっているような気がするのだ。
防御が完璧とはいってもこんな異世界では何が命取りになるか分からない。
「ふむ……今日のところは、こんなところかね。そろそろ帰るとしよう」
そんな僕の様子を見たペトラさんが索敵を止める。
気付けば規定の討伐数は満たしていた。
「は、はひ……お、お疲れ様、でした……」
『お疲れ様、明日虎はよく頑張ったよ』
くたくたになりながらも討伐を終え、町に戻ろうとしたのだけれど。
「あれ? あのスライム、水色じゃないような」
「むっ、こいつは……!」
灰色のスライムに道を塞がれてしまった。
他のスライム達は例外なく晴天を写し取ったような水色の塊だったけど、このスライムは太陽を覆い隠す曇り空のような色をしている。
突然変異したのだろうか? 何だか嫌な感じだ。
「まぁでも、スライムはスライムか」
討伐依頼は規定数を超えても、その分だけ報酬が上乗せされる。
余分に戦うのは嫌だけど、スパルタなペトラさんは見逃させてくれないだろう。
また怒られる前にと剣を抜いて踏み出す。
「最後にもう一匹、やります!」
『まて、少し様子を――』
「あっ、待ちな――」
色違いでもしょせんはのろまなスライム。サックリ一撃で終わるだろうと思っていたのに。
「うわっ!?」
思わぬスピードで体当たりされてよろけてしまった。
痛みこそないもののやられたなぁと思い、ぶつかられたところを見る。
鎧の一部が溶けてしまっていた。
「ひぃっ、なんで!?」
「おい、パニックを起こすんじゃないよ」
スライム程度ではひっつかれても何ともないし、他の魔物達も僕にも鎧にもダメージを与えることは出来なかった。
それなのに、軽くぶつかられただけの鎧が一瞬で溶けるってどんだけなの!?
魔法で強化されてても、しょせん皮は皮ってことなの!?
「こっ、こんなのやってられない! もう町に帰るぅっ!」
「アストラ、落ち着きな!」
「はひぅっ!」
恐怖で混乱した僕はヒステリックに叫びながらその場から逃れようと走り出した途端、ペトラさんに一喝されてその場に止まる。
そして僕が走り抜けようとした場所をスライムが通り抜けていた。
あのまま走っていたらまともにぶつかられていたところだった。
スライムとは思えないスピードだ。
「こいつはグレイウーズ。スライムの上位種だよ」
「上位種……」
剣を構えて牽制するとグレイウーズが距離を取る。こちらの様子を窺っているようだ。
「見ての通り、人間じゃあ走っても追い付かれちまう。戦うしかないんだよ」
「そう、なんですか……あの、あのっ、ペトラさん……お願いします」
とても僕では勝てそうもない。即座にペトラさんに丸投げした。
彼女なら余裕だろう。
「そんなにビクビクするんじゃないよ。あんたの動きなら、落ち着いて対処すれば倒せる相手さ。見ててやるからやってごらん」
「えぇぇっ、でも……」
『彼女の言う通り、強化されている明日虎なら十分勝てる。恐れずにやってみろ!』
「うぅぅ……分かり、ました。こうなったら、やってやるっ」
「よし、いきな!」
二人の説得を受けて渋々と頷く。
強い敵と戦うなんて嫌で嫌で仕方がないけど、そう言われてはやらないわけにはいかない。倒せると期待してくれているのだから。
そうさ、僕だって魔物を何匹も倒して自信を付けたんだ。上位種だろうとスライムなんかに負けるはずがない。
深呼吸をして混乱を落ち着けると、腰の剣を引き抜いて右上段に構える。
一撃で真っ二つにしてやるぞと気合いを入れ、踏み込んで剣を斬り降ろす。
「やっ――てない!? きっ、斬り降ろしが入ったと思ったのに……!」
少し避けられて中心は外したものの、剣先は確実に灰色スライムを捉えていた。
今日一番やって、唯一様になっていた動きだ。
それなのにヤツを切り裂くことが出来なかった。
「硬い……いや、柔らかいのかっ!?」
「そんな引け腰だからだよ! しっかり腰を入れな!」
粘液状の身体は衝撃を吸収してしまうのだろう。
水色のスライムなら適当に当てるだけでも切り裂けたけど、灰色のヤツは耐久力も柔軟性も強いようだ。
ペトラさんの言う通り、腰を入れて全力で打ち込まなければ倒せそうもない。
だけど鎧を溶かされたことで及び腰になってしまっていて、どうにも腰が入ってくれないのだ。
どうしたものかと戸惑っていると、それを隙とみたヤツが跳ね上がってきた。
「うわっ、あっ、熱ぅっ!」
咄嗟に顔を庇って前に出した左手に焼けるような痛みが走る。
張り付いたグレイウーズが皮膚を溶かしているのだ。
「振り払うんだ! その程度の傷ならすぐに治せるっ」
「ひぃっ、はっ、離れろぉっ……!」
半狂乱になってブンブンと手を振り回す。
魔法で筋力が強化されていたおかげでなんとか引き剥がせた。普通ならどうにもならなかっただろう。
「ポーションを使いな! 集中力を欠いたまま倒せる相手じゃないよ」
「はひぃっ!」
慌てて飛び退き距離を作ると、腰のポーチから素早くポーションを取りだした。
出発前にペトラさんの指示を受けてポーション専用のポーチを買っておいたおかげで助かった。
リュックサックの中に入れたままだったら、取り出すのにあたふたしてしまって再度攻撃されていたかもしれない。
火傷痕のようになってしまっている痛々しい傷口に振り掛けると、魔法のように綺麗に傷と痛みが消え去った。
「うぅっ、なんで……こんなっ、こんな痛いなんて……もう無理だよぉっ」
「なに弱気になってんだい。怪我は治ったろう。この程度、冒険者なら日常茶飯事さ」
『大丈夫だ、ポーションを使えば痛みも残らないことが分かったじゃないか』
治りはしたけど、先ほど受けた痛みの記憶は早々消えてはくれない。
ヤバい。なんで草原にこんなのがいるんだよ。もう戦えない、死んじゃうよ。
さっきまでの快進撃で得た自信は脆くも崩れ去り、完全に戦意を喪失してしまった。
恐慌状態に陥ってしまった僕は逃げることも戦うことも出来ず、唯々うろたえるだけだ。
あぁ、死んじゃうのかな……なんでこんなことに。討伐依頼なんて受けるんじゃなかった。
そんな後ろ向きなことばかりしか考えられなくなる。
足が竦んで後ずさることも出来ない僕に、グレイウーズがジリジリと距離を詰めてくる。
このままだと本当に死んでしまう。
何とかしてよ、マモルぅっ!
『分かっている。少し無茶をさせるが、明日虎なら大丈夫さ』
補助魔法を掛けてくれた後は戦闘中、応援するだけだった彼が力強い言葉をくれる。
そして何か魔法を掛けてくれたのか、いつものポワンとしているのとは違う赤く鋭い光が僕の身体を包み込んだ。




