第11話 酔っ払い
行きと同じく帰り道でも魔物に遭遇することはなく、サリちゃんを連れて無事に町まで戻ってきた。
城壁の門が見え、その前に立っている門番さん達の姿も確認できる。
「あっ、ついたねお兄ちゃん。お~いっ、もんばんのおじちゃーんっ、ただいま~!」
サリちゃんが止まらず話し掛けてきていたので降ろす機会もなく、おんぶしたまま門まできてしまった。
何か誤解されないかなと内心冷や汗を掻くが、彼女は気にせず元気に手を振っている。
「おかえり、二人とも。草原で会ったのか?」
「うんっ!」
一瞬また事案という言葉が頭をよぎるけど、咎められているわけではなさそうだ。
僕の心配をよそに、サリちゃんをおんぶしていることをヨーゼフさんも他の門番の人達も不審に思っている様子はない。
サリちゃんは彼らと顔見知りらしく普通に言葉を交わしている。
「あのね、あのねっ。サリ、まものにおそわれちゃったの」
「何っ、大丈夫だったのか!?」
「へいきだよ、お兄ちゃんがたすけてくれたんだからっ! すっごくカッコよかったの!」
魔物という言葉にヨーゼフさんが色めき立つが、続くサリちゃんの言葉でホッと息を吐きだす。
目をキラキラさせて語る様子に苦笑しながらも
「魔物と戦ったのか。お前も大丈夫だったか?」
「はっ、はい。ダメージも受けませんでしたし」
「そうか、二人とも無事でよかった。冒険者に向いているようには見えなかったけど、心配はなかったようだな」
庇うときに攻撃自体は受けたものの、マモルが掛けてくれた防護魔法のおかげで全くの無傷だった。
ヨーゼフさんは戦いの様子を語るサリちゃんにうんうんと頷き、なかなかやるじゃないかと褒めてくれる。
確かに補助魔法を掛けてもらえば、スライムくらいの魔物なら余裕で倒せそうだ。
これなら簡単な討伐依頼くらいは受けていいかもと自信が出てくる。
マモルも頭の中で推奨しているし、採取以外も試してみようかな。
そういえばサリちゃんに遭遇してしまって気にしていなかったけど、薬草の群生地は町からそう遠くなかった。
幼女でも簡単に取ってこれるんだから、冒険者に依頼するほどのことなのだろうか?
そのことをヨーゼフさんに聞いてみた。
「薬草はスライムの好物だからな。すぐ食べられちまうんだよ」
薬草の群生地には今回のようにスライムが出没することがあるそうだ。
食い尽くされても薬草は繁殖力が強いので、一ヶ月くらいするとまた生えてくるらしい。
しかしいつどこに生えるのかは予想しにくいので探すのは手間らしい。
今回三十分程度で見つけられたのは運が良かったようだ。
「サリ、お前薬草を摘んでいたのか?」
「あ~っ、えっと……うん」
元気いっぱいだった言葉がすぼんでいき、ばつが悪そうな様子で目を泳がせる。
ヨーゼフさんは、サリちゃんはもっと近くで花を摘んでいると思っていたらしい。
そう言ってちょくちょく門の外に出ていたのだそうだ。
門番は外部からの侵入者を防ぐためにいて、中から出ていくのは基本的に自由だ。
入るときには通行料として大銅貨一枚が必要だけど、冒険者と十歳未満の子供は免除されている。
僕は冒険者ギルドでギルド証を作ったので初回の通行料も無料にしてもらえた。現代だったら作る前なんだからと二重取りされそうなのに、ファンタジーは良心的だな。
ちなみにサリちゃんはまだ九歳になったばかりだそうだ。
「もしアストラが助けに来てくれなかったら、死んでいたかもしれないんだぞ?」
「うん……」
「そうしたらお前のお父さん、ものすごく悲しんだろうな」
「うぅ、うぅぅ……ごめん、なさいぃ」
スライムは最弱とはいえ一応魔物なので、子供や戦闘の素人では倒す事は難しく、殺されてしまう事例も多いらしい。
だけど移動速度が遅いので、落ち着いていればサリちゃんでも逃げられるとのことだ。
ヨーゼフさんにもお父さんにも周りには気を付けろと口を酸っぱくして言われていたけれど、サリちゃんは薬草に集中するあまり用心を怠ってしまったようだ。
町の周りは薬草の群生地以外、十日に一匹スライムが出るかどうかくらいだったのも油断した原因だろう。
「もう一人で遠くまで行くんじゃないぞ?」
「は、いぃ……!」
叱られて涙目になりながらもサリちゃんはしっかりと頷く。
元気すぎてお転婆と呼ばれるレベルだけど、素直な良い子のようだ。
反省もしているようなのでお説教は終わり、ヨーゼフは優しく頭を撫でてやって宥めている。
「それでお前は、薬草は採れたのか?」
「あっ」
サリちゃんとの遭遇にスライムとの戦いと立て続けに起こったトラブルのせいで、肝心の薬草採取をすること自体を忘れてしまっていた。
もう一度、片道四十分掛けて取りにいくのか。
強化魔法で筋力を強化してもらって走れば時間短縮出来るかなぁ。
どうして教えてくれなかったのとマモルに恨みごとを言うと、『他のスライムがくる前にサリを連れ帰るべきだと思ったからだ』という至極真っ当な答えが返ってきた。
それなら仕方ないか……。
「お兄ちゃん、やくそうがほしいの?」
「うん……ギルドの依頼でね」
「だったら、これあげる!」
二度手間に落ち込みつつ対処法はないかと考えていると、サリちゃんはそんなことを言いながら薬草の入ったカゴを差し出して来た。
「えっ、いいの? サリちゃんも必要だから採ってたんじゃ?」
「ぜんぶはこまるけど……でも、また取りにいくからだいじょうぶだよ」
「……サリ? さっき言ったこと覚えているか?」
僕の疑問にあっけらかんと答えたサリちゃんだったけど、ヨーゼフさんにジロリと睨まれてしまった。
「あっ、う、えっと……そうだ! お兄ちゃんいっしょにいこっ?」
「えっ、えぇっ!?」
その逃げ道として、よりにもよって僕が選ばれてしまう。
可愛らしい顔で上目使いに言われるとすぐに頷いてしまいたくなるけど、事案という言葉がまた思い浮かんでしまう。
幼女を一人で町の外に連れ出すとか、さすがのヨーゼフさんでも了承しかねるでしょう。
「あんまり遠くでないなら、お前さんがついててくれれば安心だが……迷惑でなければ、どうだ?」
「えぇぇっ!?」
あっさりと了承されてしまった。
町のすぐそばでも子供を一人で外に出すのは心配だったけど、良い人ヨーゼフさんでも門番の仕事があるのでついていってあげることが出来ないそうだ。
でも実際にスライムを倒してみせた僕が一緒なら安心だと。
そうか、事案とかはもうホントに気にしなくていいんだなと妙な安心感を得ていた。
『会話の練習になるし、気分転換にもなるからいいんじゃないか?』
「……わかったよ。でももう本当に一人で行っちゃダメだよ?」
「は~いっ! お兄ちゃんありがとうっ。じゃあ、これどうぞ~」
マモルの言う通りだ。迷惑などということはない。
子供とはいえ僕が目を見て話せる存在というのはとても貴重だ。
ヨーゼフさんとは結構話していると思うけど、いまだに目を見て話そうとするとキョドってしまうのだから。
町への帰路も話していたおかげか、彼女とはあまりどもらずに話せるようになってきた。
人と話す練習相手になってもらえれば僕としても助かるのだ。
「こちらこそありがとう。すごく助かるよ」
「どういたしまして。えへへへっ」
差し出されたカゴの中から、依頼で必要な分だけ薬草をもらう。
笑顔でお礼を言うと、サリちゃんも満面の笑顔が返してくれた。
彼女を助けることが出来て本当によかったなと心から思った。
サリちゃんをヨーゼフさんに預けて後を頼むと、彼女からもらった薬草を持って冒険者ギルドへ行く。
「はい、これで依頼完了です。お疲れ様でした」
「あっ、ありがとうございます」
規定数の薬草があることを確認したカティヤさんにギルド証を渡すと、完了処理を施して報酬と一緒に渡してくれた。
銀貨一枚。
それが薬草採取の報酬だった。
『異世界での初仕事達成だな。おめでとう。戦闘もこなしたし、よい経験になっただろう』
マモルの労いの言葉に頭の中で頷く。
補助魔法のおかげで危険もないし、日当一万円なら良いバイトかもしれない。
今度また受けてサリちゃんと一緒に捜しにいってみるのもいいだろう。
カティヤさんに挨拶をしてからギルドを出て宿へ向かう。
さすがに今日は色々ありすぎて疲れた。
日も傾いてきたし、これ以上動く気力も残っていない。
宿屋に戻ると何人かお客さんがいたので、カウンターの一番隅の席に目立たないように座って晩ご飯を頼む。
何だか騒がしいし人の多い場所にあまり長居したくなかったので、昼と同じすぐ出せるものを頼んだ。
パンにシチュー、サラダのご飯を美味しくいただいていると――
「なんだい、こんな端っこに座ってさぁ」
「うぇっ!?」
突然背中に重みを感じた。
後ろから誰かに文字通り絡まれてしまったのだ。
「ん~? おやぁ? あんた、昼間のルーキーじゃないの」
僕にのし掛かってきたのは、冒険者ギルドで助けてくれた女の人だった。
吐き出す息がなんだかアルコール臭い。
顔も何だか少し赤くなっている気がする。
『どうやら酔っているようだな。顔見知りだし、ちょっと付き合ってやってもいいんじゃないか?』
いやいや、酔っ払いの相手なんて無茶言わないでよ!
お酒なんて飲んだことないし、どう対応すればいいかなんて分からないよ。
『大学生になったんだし、飲み会に行くことだってあるかもしれないだろう? その練習だと思えばいい。帰る気があるなら、だが』
全力で逃げたい衝動に駆られているけど、両手でガッチリと捕まってしまっていて抜けられそうもない。
渋々ながらマモルの提案に従うことにした。
店内を見回してもチンピラ風冒険者さんがいないことが唯一の救いか。
「で、今日は何やったんだ~い?」
「あっ、えっと……その、薬草を、ですね、採取しに、いってました」
「はぁぁ? 薬草取りぃ? そんなの、ひっく、冒険者の仕事じゃないだろう~?」
しどろもどろになりながらも何とか答える。
一刀両断にされてしまったけれど、そんなことを気にしている余裕はない。
今さらだが背中に何かすごく柔らかいものが当たっていることに気付いてしまったのだ。
女の人がこれだけ密着しているのだから考えるまでもない。
「あっ、あぁぁっ、あの、あの……むっ、胸がっ……そのっ」
「あ~ん? 何言ってんだい、冒険者なら魔物狩りだろっ」
非常に豊かなおっぱいが僕と女冒険者さんの間に挟み込まれていた。
背もたれのない椅子だからダイレクトにその幸せな感触が味わえてしまう。
彼女は気付いていないのか、離れるどころかグイグイと二つの乳果を押し当ててくる。
何だかすごくいい匂いがする。
『明日虎、処女臭がするぞ』
えぇっ!? マモルってば、いきなり何を言い出しちゃってるの!?
唐突過ぎる彼の言葉に、頭の中で素っ頓狂な声をあげる。
そもそもマモルは匂いでそんなことが判別出来るの!?
『嗅覚を強化して確認したから間違いない』
えぇぇっ、そんなことに魔法を使っていいの……?
それと処女臭ってなに!? マモルはその匂いがわかるの!?
というかこんな無防備に大きな胸を押し付けてくる、姉御肌の獣耳さんが男性経験皆無? 部下っぽい男の人もいたのに。
俄には信じがたいことだ。
けれどマモルがここまで言い切るということは事実なのだろう。
キャリアウーマン的な感じで冒険一筋で男には見向きもしなかったのか、実は見た目に反して純情な乙女だったりするのかもしれない。
「おい、あんた歳はいくつだぁ?」
「はいっ? えっ、えっと、十九……です」
「ふぅん。あたしの一つ下かい」
この人、二十歳だったのか。姉御さんだしもっと年上かと思ってた。
でもそうだよね、お酒は二十歳になってからだもんね。異世界にそんな年齢制限があるのかは知らないけど。
じゃあベテラン冒険者ってわけでもないのかなと思ったけれど、こんな世界だし獣人なのだから子供の頃から戦士だった可能性も高いとマモルに言われて納得した。
もし十歳から戦っていたら十年選手のベテランさんだ。
今は酔っ払ってフニャフニャしちゃってるけどね。というか僕の背中にフニャっとしたものが当たっている。
ギルドでは鎧を着ていたので分からなかったけど、たっぷりと中身の詰まっているその果実はかなり大きく実っている。
女戦士然とした人だから筋肉質で弾力が強そうにも思えたのだが、感触はすごく柔らかいのだ。
ふにゅふにゅと背中をマッサージされているようで気持ち良すぎる。
「あんたさぁ、やり合ったことはあるのかい?」
「はっ、はひっ!? なっ、ななっ、ないっ、ですっ……!」
「だろうねぇ。そんな顔してるよ」
やったって、なっ、ナニをですかっ!? 顔で分かってしまうんですか!
マモルが変なことを言うから余計に意識してしまう。
背中に神経が集中してしまっていたのでお姉さんが何を言っているのか聞いていなかった。
頬が触れ合ってしまいそうなくらいの距離から話す彼女から、アルコールの匂いに混じって何だかとてもよい香りが漂ってきて鼻腔をくすぐる。
「仕方ないねぇ。あたしがちょいと見てやるよ」
「はひぇっ!? みみっ、みっ、みるって、なっ、ナニをですかっ……!?」
「決まってるだろう? ふふふっ、安心しな。鍛えてあげるからさぁ」
肉食獣のような笑みで見つめられると彼女から目が離せなくなる。
美人さんだとは思っていたけれど、近くで見るとその美しい顔と迫力に気圧されてしまう。
切れ長の瞳が細められ、艶やかな唇の上を赤い舌が這って濡らす。
酔いが僕にも移ってしまったのか顔が火照って赤くなっていくのが自分でも分かる。
「いいね? 明日、一緒に狩りに行くんだ。忘れるんじゃないよ?」
「あっ、はっ、はいっ。えっ、狩り……?」
「そうさ、冒険者なら魔物を狩ってなんぼだろう?」
有無を言わせぬ勢いに頷いてしまってからようやく気付いた。
あぁ、そうですよね。冒険者の話をしていましたよね。
いやいや何も変な期待はしていないよと頭の中で言い訳をしながら、僕の返事に満足して離れていく彼女と背中の感触を少し寂しく感じてしまった。
あとマモル。のちほど嗅覚についてじっくり話そう。




