第10話 薬草採取と小さな女の子
まだ十歳にもなっていないであろう小学生低学年くらいの女の子がそこにいた。
明るめの茶色い髪をおかっぱに切り揃え、白いリボンをヘアバンドのように巻いている。
可愛らしい顔を下に向け、茶色い瞳で薬草を見つめて一心不乱に摘んでいる。
宿屋の主人も武具屋のオヤジさんも同じ目と髪色だったし、茶目茶髪がこの町には多いのかもしれない。
そんな逃避思考をしていても状況は変わらない。
なぜこんな小さな女の子が町の外に!
町を出てから四十分、魔物の影も見えなかったから心配ないのかもしれないけど。
ちなみにマモルに魔法で視力を強化してもらい、遠くから気付かれないように幼女の様子を眺めている。
こんなひと気の無い場所で、一人でいる幼女に近づいたりしたら事案とか言われそうで恐いじゃないか!
草原に一人で居た幼女に近づいた男が薬草を採取する事案が発生。
という言葉が頭の中にエンドレスで繰り返される。
気付くと、遠くから幼女を凝視している事案が本当に発生してしまっている可能性があるけれど、気のせいということにしておこう。
冷や汗を流して後ずさりを始めた僕に『中世風のこの世界にロリコンという考え方は存在していないかもしれない。存在していたとしても、まだ定着はしていないんじゃないか?』とマモルは言ってくれるけど、現代日本の価値観を持つ僕は気が気では無い。
中世、戦国時代には十歳くらいで結婚して子供を産んだりしていたらしいけど、この世界でもそうだとは限らない。
いや、そもそも僕はロリコンじゃないのでそんなことは関係ないのだけれど。
そんなことを一人|(マモルの合いの手を受けながらだけど)考えている間も女の子は薬草摘みに専心していた。
なるべく近づかないで僕も必要な分だけ薬草を採取してさっさとその場を立ち去るべきかも。
どうしようかと逡巡していると、彼女の後方から水色をした物体がゆっくりと近づいているのが目に入った。
スライムだ。
初めて見たときは遠目だったので気付かなかったけど、視力強化を受けている今はその姿がハッキリ分かる。
ゲームでよく見かけるファンシーなプニプニしたタイプではなく、リアル系のデロデロな感じのスライムだった。
ヤツの通った跡の薬草が溶けている。
18禁ゲームだったら服だけ溶かされそうとか妄想してしまう。
『だがここはゲームじゃない。服だけでなく、身体も溶かされる』
マモルの言葉を聞いて我に返る。
溶かされたら幼女死んじゃうじゃん!?
後ろから静かに接近しているので、薬草取りに夢中の幼女はスライムに気付いていないようだ。
『このまま助けないとあの子、死ぬな』
「えっ、えっ、えっ、どうしよう。僕に勝てると思う?」
『明日虎なら出来るさ! 俺も全力でサポートする』
「わっ、わかった。やってみる!」
いくら魔物が恐いからといって、さすがの僕でも目の前で襲われそうな女の子を見捨てるなんて選択肢は有り得ない。
そんな寝覚めの悪いことが出来るはずもないのだ。
マモルの魔法が発動し、宿屋の部屋でみたのと同じポワンとした光が僕の身体に宿る。
「……? きゃあぁぁぁっ!」
すぐ側まで近づかれたことで、ようやくスライムに気付いた幼女が悲鳴を上げた。
だけど腰が抜けてしまったのかペタンとその場にお尻をついて動けないでいる。
ズリズリと地面を這いながら迫る粘液状生物の姿を見て、恐怖に顔を引き攣らせている。
スライムが身体を伸び上がらせて女の子に襲い掛かるのを見た瞬間、地を蹴って数十メートルの距離を一気に駆け寄った。
瞬間的にオリンピックに出られるレベルの速度が出てたと思う。強化魔法凄まじすぎる。
『割り込め!』
「させるかぁっ!」
少女と魔物の間に入り込み、攻撃から彼女の小さな身体を庇う。
背中に体当たりされたようだが衝撃はほとんどなく、痛みは全く感じなかった。
『斬れ! この子に当てるなよ!』
「このぉっ!」
無我夢中で腰のショートソードを引き抜くと、振り向きざまにスライムへ叩き付けるように横に振るった。
ザシュッと小気味好い音が響き、ヤツの身体が千切れ飛んだ。
「よしっ、この隙に逃げ――ん?」
幼女の危機に駆け付けることは出来たものの、さすがにこのまま庇いながら戦うのは厳しいだろう。
彼女を連れて逃げようと思ったのだけれど。
スライムの水色の身体は表面張力を失ったようにドロリと溶けてしまった。
少しそのまま身構えていたものの何も起きない。
どうやら一撃で倒せてしまったようだ。口がないスライムは断末魔すら上げずに事切れていた。
『言ったろ、大丈夫だって』
慣れない動きに息が荒くなったけど、深呼吸を繰り返すと次第に落ち着いた。
幼女を庇った際に少し身体に張り付かれて気持ち悪いけど、防御魔法を施された僕は無傷だし鎧も溶けずに無事だった。
身体にベットリと張り付いたスライムの残滓も、マモルが浄化の魔法を掛けたら綺麗に消える。
剣には魔法が掛かっているので全く汚れも曇りもなく、太陽の光を反射して綺麗に輝いている。
こうして僕の初戦闘はあっけなく終わった。
『女の子はどうだ?』
「大丈夫? 怪我はないかい?」
「あっ……」
落ち着いてから声を掛けると、呆然とこちらを見上げていた幼女が我に返る。
恐怖に引き攣っていた顔が弛み、次いでパァッと明るくなる。
「たすけてくれてありがとうっ!」
スライムに襲われた恐怖も吹き飛んでしまったのか、お礼を言う幼女の顔は満面の笑みを浮かべている。
窮地から救ったこともあって、不審者事案ルートは回避出来たようだ。
「大丈夫、みたいだね」
「うんっ。お兄ちゃんつよいんだね。すごかった!」
「えっ、いや、それほどでも」
「ううん、すごかったよ~。ビュンってきてバーンってたおしちゃった!」
目を輝かせた幼女はすごいすごいと繰り返して僕を褒めてくれる。
勝てたのはマモルが補助魔法を掛けてくれたおかげなのだけど、彼も一緒になって『明日虎の勇気が彼女を助けたんだ』なんて頭の中で賞賛し始めたのでさすがに照れてしまう。
照れ隠しに頭を掻きながら、女の子の手を引いて立ち上がらせてあげようとするけど、どうも腰が抜けていて立てないようだ。
『おぶってやったらどうだ?』
他に魔物は見当たらないものの、さすがにこのまま放って置くわけにもいかない。
少し迷ったけど彼女の前に屈んで背中を見せる。
「仕方ない、乗って」
「うんっ、ありがとう~!」
おんぶをして町まで連れて行ってあげることにした。
元々軽そうな彼女の身体は、強化魔法の効果もあって体重も感じられないくらいに軽々と持ち上がる。
「わぁっ、お兄ちゃん力もちだ~っ」
それがまた彼女の琴線に触れたようで、きゃっきゃと喜んで抱きついてきた。
胸の膨らみは存在しないようで全く感じられない代わりに、土や草の臭いに混じって甘いミルクのような匂いが僕を包み込む。
ヤバい。また事案という言葉が頭の隅でチラつき始めた。僕はそっちの人じゃないよ?
オホンとわざとらしく咳払いをして気を取り直す。
「えっと、君はストロムの町の子かな?」
「うん、そうだよ。あっ、わすれてた。サリはサリだよー」
背負って歩き出してから『もしかしたら近くに村があって、そちらに住んでいる可能性もあるな』とマモルに言われたので聞いてみた。
だが杞憂だったようで一安心。ついでに名前も教えてもらえた。
しかし、名乗られてしまったらこちらも名前を教えるべきなのだろう。
笑われるかもしれないと逡巡したものの、黙っているわけにもいかないだろうとマモルにも促されたので意を決する。
「サリちゃんか、よろしく。僕は……アストラ。名前負けしてるって、よく言われるんだけどね……」
「え? ぜんぜんまけてないよ~、すっごくつよかったもん」
「ほ、ほんとに?」
「うんっ。カッコいいお名まえ、おにいちゃんに、にあってるって、サリおもうよっ」
自嘲気味な名乗りでダメージを軽減しようと我ながら小賢しいことをしてしまったのに。
サリちゃんの可愛い唇から発せられた予想外の評価に思わず足が止まってしまった。
そしてその言葉が頭の中に浸透すると、嬉しさで涙が出そうになる。
『彼女の名前も可愛いし、似合っているんじゃないか?』
「その……ありがとう、嬉しいよ。サリちゃんの名前も、えっと……可愛くて、にっ、似合っていると思うよ!」
「えへへっ。サリもうれしい~」
子供の純粋さからくる手放しな好意を受け、卑屈にうじうじと思い悩んでいた気持ちが霧散した。
普段ならこうは喋れないところだけど、ドモりながらも気障っぽいセリフまで口に出せた。
サリちゃんに名前を褒められて少し自分に自信が持てるようになったようだ。
魔物から助けたのだし、さすがに事案などと言われる心配もないだろうという安心感もある。
草原でスライムに襲われていた幼女を助ける事案が発生。
いやいやいや。事案というかお手柄だよね、これ。
お手柄! 薬草採取中にスライムから幼女を救う。
うん、これだ。
そんなことを考えながら、サリちゃんをおぶって町まで帰っていった。




