第十二章 現場という教科書
第十二章 現場という教科書
上場企業の社長、高瀬隆一から招待を受けた麗華は、本社ビルの会議室を訪れていた。
高瀬は会社案内の資料を机に置く。
だが麗華は首を振った。
「資料だけでは分かりません。」
高瀬は少し驚く。
「では何が必要かな?」
麗華は真剣な表情で答えた。
「現場を見たいんです。」
その言葉に高瀬は笑った。
「面白い。」
そして数日後、特別な計画が始まった。
麗華は身分を伏せ、派遣社員として一か月間働くことになったのだ。
社長と一部の役員しか真相を知らない。
社員たちは誰も知らない。
彼女をただの派遣社員だと思っていた。
最初に配属されたのは総務部だった。
備品管理。
会議準備。
社内手続き。
地味な仕事ばかりだった。
しかし麗華は気づく。
会社を支える基盤は総務だった。
誰も注目しない。
だが総務が止まれば会社も止まる。
「キャバクラで言えば黒服さんたちと同じ。」
麗華はメモを書く。
次は宣伝部。
広告企画。
SNS運営。
ホームページ更新。
ここでは別の問題を見つけた。
顧客の声が十分に届いていない。
会議室で考えた企画が中心になっている。
現場との距離が遠い。
「お客様を見ずに広告を作っている。」
麗華はそう感じた。
開発部ではさらに興味深い光景を見る。
優秀な技術者が集まっている。
だが部署同士の情報共有が少ない。
似たような失敗が何度も繰り返されていた。
過去の経験が組織に残っていない。
個人の頭の中だけに存在している。
麗華は大きく丸を付ける。
『知識の共有不足』
人事部では採用面接にも同席した。
学歴。
資格。
職歴。
多くの項目が評価される。
しかし麗華は違和感を覚えた。
夢を聞く質問がない。
目標を聞く質問が少ない。
「この人は何のために働くのか。」
そこが見えていなかった。
営業部ではベテラン社員に同行した。
成績トップの営業マンだった。
顧客との信頼関係は圧倒的だった。
しかし問題もあった。
営業マンが退職したらどうなるのか。
顧客との関係まで失われてしまう。
キャバクラ業界と同じだった。
属人化。
それが大きな課題だった。
製造部では工場に入った。
生産ライン。
品質管理。
改善活動。
そこには職人たちの経験が詰まっていた。
だがベテラン作業員の技術は言語化されていない。
新人は見て覚えるしかない。
「もったいない。」
麗華は思った。
これほど価値ある知識が蓄積されているのに共有されていない。
最後はサービス部。
顧客対応の最前線だった。
クレーム対応。
問い合わせ。
保守管理。
ここで麗華は驚いた。
顧客満足度の高い担当者には共通点があった。
話を聞く。
相手を理解する。
期待を超える。
まさに自分が学んできた「おもてなし」だった。
業界が違っても本質は同じだった。
一か月後。
高瀬社長の会議室。
役員たちも集まっている。
麗華は大量のノートを机に並べた。
その数は二十冊を超えていた。
高瀬が尋ねる。
「どうだったかな?」
麗華は静かに答える。
「驚きました。」
「何に?」
「どの部署も同じ問題を抱えています。」
会議室が静まる。
「情報が分散している。」
「経験が共有されていない。」
「優秀な人材に依存している。」
「顧客の声が十分に活用されていない。」
役員たちの表情が変わる。
麗華は続ける。
「でも解決できます。」
「どうやって?」
高瀬が身を乗り出す。
麗華は自分のノートを開く。
そこには愛知時代から続く記録があった。
顧客管理。
接客履歴。
教育ノート。
成功事例。
失敗事例。
夢の共有。
「人の経験を集めるんです。」
「会社全体で共有する。」
「誰でも学べるようにする。」
「そしてAIに分析させる。」
役員たちは顔を見合わせた。
まだAIが一般的ではない時代。
突飛な発想にも聞こえた。
だが高瀬だけは違った。
彼は確信していた。
目の前にいる女性はキャバクラ店長ではない。
未来の経営者だと。
麗華の頭の中では、すでに次の構想が動き始めていた。
キャバクラで学んだ接客。
歌舞伎町で学んだ組織運営。
上場企業で学んだ経営課題。
すべてが一つにつながり始めていた。
そして彼女は、新しいメモにこう書く。
『人と組織の知識を未来へ残すAIを作る。』
それは後に、日本中の企業が利用する経営支援AI誕生の第一歩となるのだった。




