3-18 戦争奴隷の気持ち
食事が終わると片付けをしているシロをラウルは呼び止めた。
「俺も手伝うよ。」
食べ終わった食器をシンクに置いて彼は水と布巾で食器を洗い始めた。
「片付けくらい私がやるからゆっくりしてなよ。」
不満そうに彼女は横に付くと布巾を持った腕を掴んだ。
こうしてでも止めるとでも言いたげな目をしていたが、こんなにも世話になって何ひとつ返さないのは違うとラウルーレンスは考えていた。
「洗い物くらいはやらせてくれよ。体調ならシロのご飯のおかげでこんなにも良くなったんだからさ。」
そう笑い飛ばしながらひとつひとつ丁寧に洗ってはシロに渡し、それを彼女は「そう…。」とだけ言って濡れた皿を受け取って水気を拭き取った。
余裕があるように見せる虚像の笑顔はシロのことを騙せてはいなかっただろう。
それでも彼女はこっちの気持ちを汲んだのか、それ以上追及してくることもなく、何も言わずに渡された皿をただ拭いていた。
トントントン
扉が重たくノックされたのはその時だった。
「?誰だ…。」
訪問者を確認しようと濡れている手を拭いて扉の方へ向かおうとしたら彼女に服の裾を掴まれた。
「喋るな…。」
相手は何もしてこない。まるでこちらの出方を伺っているような様子だ。
冷静になって考えてみた。シロフキンシエは誰かに追われていた。それならば彼らがここに来るなんてことは想像できたはずだった。
シロはカーテンの隙間から外を確認した。
「駄目か…。」
外にはあの時の男3人のうちの1人が見張っており、もし外から逃げても見つかることは避けられないようになっていた。
だからと言って外の見張りが1人なんてことはあるだろうか、それに相手が3人だという前提にとらわれてもいけない。
「あの時の連中か…?」
ドアの前に立つ奴に聞こえないように彼女の耳元でそう囁く。
「そうらしい。巻き込むことになるけど許してほしい。」
俺は彼女の様子が少し変わったことに気がついた。ただの女の子なんてものじゃない、まるでルーブクに似た何かを感じた。
一目でわかるほど目が据わり、以前までの慈愛じみた優しさを持つ雰囲気はもう帯びていなかった。
「こうなってしまったからには少しは教えないといけない。私の過去について…。」
「実は私は戦争奴隷だったんだ。」
「擬似戦争なんてものがここでは行われているけど本当の戦争もあるんだ。そのどれもが小規模のものかもしれないけど戦争は戦争。当たり前に人は死ぬし当たり前に人を殺す。」
「私は物心がついた頃にはナイフを握っていた。それでも運が良かったのか悪かったのかなんの心得もない子供だった私は生き残ってしまった。」
「だけど段々と成長するにつれて銃なんて武器まで手に取らされるようになった。魔術の教養もない人が扱える強力な武器だったからね。」
「私はそんな環境で育っていても死にたくないなんて思ってしまった。私は逃げ出したんだ。」
「以前に他の兵士がこの学園のことを話していて行き先はセントコアルに決めてた。」
「ごめん。少し話が逸れたね。なぜ私が追われているのか…。それは私は国に所属していたわけではなかったから。私は傭兵を送り出す組織に所属していたの。そこでは送り出される兵士は全員、奴隷だった。そんなところから逃げ出したんだけどあの組織は逃亡者のことは絶対に許さないみたいで逃げ出した人は全員連れ返されて他の奴隷の目の前で残忍に処刑されるの。」
「アイツらは組織の追手。私を連れ戻すためのね。私が学園に入学できたことを知って組織は大金を叩いてあの3人を学園に潜り込ませたんでしょうね。」
周囲への警戒を怠ることなく彼女は静かの自らの過去を話してくれた。
少しだけと言った割にはこれまでにないほど話してくれたと思う。きっと彼女は心のどこかで重圧を1人で背負いきれなかったんだろう。だから多弁に話してくれた。
不思議だった彼女のことを少しは理解できたと思う。それでも俺たちの状況は変わらない。
「あの組織は大事を避ける傾向にある。だから無理矢理侵入してくるなんてことはしないと思うけどここはずっと監視されてると思う。」
「ラウルーレンスに危害を加えられるなんてことも…あり得るかもしれない…。」
「もう日も落ちてきたから人通りも少ない。そこに漬け込んでラウルーレンスを誘拐して情報を聞き出そうなんてこともあるかもしれない…。」
「だから…その。」
現状を整理しながら話す彼女は突然言葉に言い淀んだ。
「朝になるまでは外に出ない方が…いい。」
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彼に女の子と言われた瞬間、私は思考が追いつかなかった。
私は戦争奴隷。作戦を遂行するためだけの人形のような存在だった。逃げ出したのは私の意思かもしれない。
それでもこの身体と精神に染みついた奴隷としての扱いは女の子という言葉とは私の中ではかけ離れたものだった。
なんでだろう。どうして私の心臓はこんなにもうるさいんだろう。死の窮地に立たされている時でも私の心臓は一定のリズムで相手を殺していた。
そのリズムが今はめちゃくちゃになってしまった。
ラウルーレンスは私のことを友達と呼んでくれた。これがその温かさだと言うのか分からなかった。
はじめて私に好意を持って接してくれているあの3人を傷つけたくない。私の過去に巻き込みたくない。そう思っているはずなのに私は彼をこの部屋に置いてしまった。
彼の家を知らないとは言え、学園の保健室にでも預けていれば良かった。
そうか…。私は見ず知らずの他人に最低限の信用さえしていないんだ…。
「朝になるまでは外に出ない方が…いい。」
「それだけは断る。」
「え…?」
なんて非合理的なのだろうか、目の前の男はおそらく女の子の部屋に泊まるくらいなら危険を冒してでも家に帰るとでもいうつもりなのだろう。
「女の子の部屋に泊まるなんて…駄目だろ…。恋人でもないのに。」
的中した。遊び人みたいな容姿をしている癖にそういう所はお堅い人だ。それも自分の命が危ないかもしれないのに自分の意思を捻じ曲げないほどの…。
「そんなこと言ってる状況じゃないの。わかってる?」
これには流石に私も怒った。自分の安全も鑑みないで1人の人の些細な事を重要としているのだから。
「今ラウルーレンスが出て行ったら確実にあなたは狙われる。私はあなたに危険な目に遭ってほしくないの。」
「俺ならもう大丈夫だから。それにもし襲われても返り討ちにして詰所に送ってやるさ。それが無理でも逃げ切って後日学園に申し出てアイツらを捕まえさせて退学にさせてやる。」
偽りだ。彼は嘘をついている。今の彼にそんな体力はないし。学園は完璧な証拠がなければそんなことしてくれない。
彼は私の言うことを聞くつもりがないんだろう。だったらもうこうするしか他にない。
「っちょ、!」
ガタン
私は弱っている彼をベッドに押し倒してその上に乗った。彼は私を跳ね除けようとするが、私はその手をそのまま掴んで押さえつけた。
「ほら。こんな力しか出せなくてなにが返り討ち?」
「シロ、離せって、」
おそらくこれが今の彼の全力なのだろう。正直言って負ける気がしない。
「駄目。今夜はここで寝てもらう。そんな状態のあなたを危険な目に遭わせられない。」
「俺は大丈夫だから…!」
「その身体でよくそんなことが言えるね?私だって心配してるの!」
「…っ、」
これは彼が私に言った言葉。だからかラウルーレンスも私の気持ちをわかってくれたみたいだった。
「わかった。今日はここに泊まるよ…。」
「俺は床で寝るからシロはベッドで…」
「何言ってるの?私は見張りだよ?」
「は?だったら俺が…」
「くどい!何回同じこと言わせるつもり?そもそも………」
私的には当たり前のことを言ったつもりだった。しかし私の言葉は彼のそういうところを再燃させてしまったみたいだ。




