3-17 友達なんだから。
【ここは…どこだ、?】
目を覚ますと見知らぬ部屋のベッドに寝ていた。
部屋には誰もいない。だけどもどこか見覚えのある壁の造りでカーテンの開いた窓の外はデンバラン団地の中庭にそっくりだった。
ベッドから起き上がって床に足をついて立ちあがろうとすると、バランスを崩して転んでしまった。
「痛っ…。」
痛むのは床にぶつけた身体ではない。頭だ。
自我を失いそうになる程の何か強い意思がずっと頭の中から離れない。
だけどそれは少しずつ薄れて来ている。あの時に比べれば大分マシになった。
「ちょっと!まだ起きたら駄目…なんでそんなになってても追いかけてきたの……。」
倒れている俺を見た彼女はすぐに外傷は無いか確認して少し呆れるようにそう言った。
「心配…だったから…」
彼女に肩を借りながらベッドに座らされた俺がなんとか振り絞って出た言葉がそれだった。
「人の心配なんてしてる場合?自分がそんなになってて…自分の体の心配はしないわけ?」
そう言われてしまったらぐうの音も出ない。
「あの時はあの男達に追われてるシロフキンシエを見て本当に心配だったんだ…。」
「そ、そう…。」
彼女は少し驚きながら同じように少し頬をあからめて目線を逸らした。
「そんなふうに心配されるのなんて初めてだからどんな反応したら正しいのかわかんないや…」
そう寂しそうに言う彼女にはどこかなんとも言えない哀愁が漂っていた。
「ところで、どうしてシロは追いかけ回されていたんだ?」
ベッドに腰掛けて少し楽になってきたので直球に聞きたいことを聞いてみた。
「あ…。」
「うん。ごめん…私のことを心配してくれた所悪いけど、できればこの事はあまり人に言いたくないことなんだ…。」
彼女は目も合わせず、俯きながらそう答えた。
誰にでも人に話したくないことの一つや二つあるだろう。
「話したくないならそれでいいよ…。だけど…それがもし辛いことで耐え切れなくなった時はいつでも話して欲しい。力になりたいからさ…。」
「あなたは…ラウルーレンスはどうしてそこまで私のことを気にかけてくれるの?」
「どうして?」
「だって…まだ出会ってから間もないのに心配してくれるし、そんなふうに言ってくれるなんて…。」
俺は無理して話して欲しいわけじゃない。もし彼女が本当のことを話してそれでシロフキンシエが傷つくなら話してくれないで良い。
だけど、どうしても辛くなった時はいつでも相談してきて欲しい。
「友達なんだから当たり前だろ?」
答えは単純。友だちだから、俺にとって数少ない友だち。だからつい気にかけてしまうし、ついちょっかいだってかけたくなる。
だけどそれだけじゃない。友達だからこそ迷惑だってかけていいんだ。
「友だちか…。そんな間柄だと思ってくれるんだ…。」
「当たり前だろ?だから魔術の講義だって俺たちの近くまで来て隣の席に座ったんだろ?」
「そうかもね。私的には無意識だったけどあなた達の姿を見たらつい近くに行ってしまってた。」
「うん。友だち。そうだね。私たちは友だちだ。」
同じベッドに横並びで腰掛けて話をしながら時計を見ると、もう針は18時を指しており、他の部屋からは料理の香りが伝ってきていた。
「もうこんな時間か、そろそろ帰って夕飯作らないとな…。」
ベッドから立ち上がって部屋から出て行こうとすると彼女に手を掴まれて歩みを止められた。
「まだ万全じゃないんでしょ。無理しないで今日はウチで食べていきなさい。」
「え?いいよ別に。悪いよ。」
「ラウルのことを心配してんの…。友だちなんだから心配して当然。でしょ?」
彼女に負担をかけるのも悪いので、誘いを断ったが彼女にそう言われてはもう一度断ることなんてできなかった。
「わかったよ。今日はご馳走になるよ。その代わりに体調が良くなったら今度は俺が料理を振る舞うからな。」
「楽しみにしてる。」
嬉しそうに尻尾を振り回しながら台所に彼女は向かっていき、俺はベッドに横たわった。
「あのさ、今更なんだけど。ベッド使わせて貰っていいのか?」
「なんでそんなこと?別に気にすることないでしょ?ラウルは病人みたいなものだし、友だちなんだから。」
当たり前のことのようにそう言う彼女に【ここまでしてもらうのは…】なんて思ってしまうが、せっかくの善意を無下にすることは少しいたたまれなかったが、そこの線引きはキチンとしなければならないと思った。
「友達だとしても女の子の部屋なんだからそう言うこと簡単に言うもんじゃないぞ。」
「女の子…か。そうだね。今度からは気をつけるよ。だけど今は友達の優しさをありがたがって寝転がってなさい。」
彼女に押し負けてベッドの上で横たわるが、なんだか落ち着かない。彼女の包丁の音も、鍋で何かを煮る音も、その全てが俺には真新しい。
もう頭の中の囁きも聞こえなくなって身体も段々と言うことを聞くようになった。そして部屋の中には美味しそうな料理の匂いが充満し始めた。
「もうすぐできるけど…どう?食べられそう?」
シロはテーブルに完成した料理を運びながらベッドで横になっているラウルに呼びかけた。
「ああ…おかげさまでだいぶ良くなったよ。ありがとう。」
シロの心配そうな目を横目にベッドからゆっくりと立ち上がるとそのまま食卓の椅子に着いた。
「この白い粒…米か。珍しいな。」
一部の地域でしか生産されていないお米を使ったカレーライスが食卓には並べられていた。
「これは昨日市場で見かけて試しに買ってみたんだ。聞いたところによると柔らかいらしいから今のラウルには良いかな、と思ったんだけど。」
良くみてみると具材も食べやすいように細かく切られている。それでもって食欲をそそる。
彼女のさりげない優しさに正直言って感動した。
「いただきます。」
さっそく一口食べるとパクパクと食べられる一皿で、辛味も優しく、野菜の歯応えも少し残っている。それらをお米と合わせて食べる。スプーンが止まらなかった。次々と口に入ってしまう。
「どうかな?口に合うと良いんだけど…。」
こんなに食べて不味いなんて言うはずはない。かなり美味しい。それにただ美味しいわけではない、そこには彼女の優しさも入っている。
「美味しいよ。正直言ってこれ以上美味しい料理を振る舞える自信がない!」
「そっか…。良かった。」
彼女は嬉しそうにラウルに隠してふわふわの尻尾を振りながら自身も食事を始めた。




