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レプリカのアイドル~声真似系VTuberが天下をとる話~  作者: 独身ラルゴ
第五章 ハイ信者

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第178話 私だけの

 間宵結は私に問う。

 自分のことを恨んでいるのではないか、と。


 母は死んだ。

 屋上から飛び降りかけた彼女を助けるため。

 彼女が役に入り込みすぎて、自らの意思で身を投げ出したから。

 そう聞いてる。


「……恨んでませんよ」

「嘘。だってお兄ちゃん、あんなにお母さんのこと……」

「いえ、嘘ではありません」


 それでもはっきりと否定した。

 彼女を恨むことなんて、自分にはできない。


「私は……俺は、結を助けてくれた母さんのことを尊敬してる。命懸けで助けた娘が恨まれるなんて……母さんが報われないだろ」


 結の行動は許して良いものじゃない。

 けれど、母の死は母自身が選択した結果だ。

 恨むなんてできるはずない。


「……じゃあ、なんで私のこと避けるの?」


 自分も無意識の行動、しかし思い返すとそんな節もあった。

 気づいてしまえば理由もおおよそ見当がつく。


「ああ……これを言えば傷つけるかもしれないと思って、言えなかったことがある。その結果無意識に避けてしまってたのかもしれない」

「傷つけるかもしれないことって?」

「……羨ましかったんだ。ずっと母さんと一緒に居た結のことが」


 昔は言えなかった本音。

 立ち直った今の彼女なら大丈夫だと信じて話す。


「俺だってもっと母さんと話したかった。好きなこととか、妹が可愛かったとか、そんな他愛のない話を。……母さんが天陽結のマネジメントをするようになってから、ほとんど話せる機会もなくなったから」


 自分達家族の変化点を考えると、やはり結が芸能界に入ったこと。

 母が結のマネジメントを始めてからだった。


「貧乏な頃は、毎日頭を抱える母さんを見るのが辛かったよ。それでも……俺もバイトでも何でもして力になれば良かったんだ。慎ましい生活でも良いから……俺は家族4人で共に過ごせれば、それだけで……」

「……ごめんなさい。私がお母さん独り占めして」

「違う! 結のせいじゃない! これは……俺が悪いんだ」


 今はもう戻ることのない日常、それを失ったのは誰のせいか。

 己に責があると互いに主張する。


「結に子役を勧めたこと、ずっと後悔してる。むしろ俺が母さんに恨まれてるんじゃないか? 俺が余計なことしなければ、今も4人で……」

「やめて。お願いだから……後悔だけはしないで欲しい」


 過去の何気ない選択を呪おうとする。

 しかし結はそれを引き止めた。

 語気を強め、切実に願う。


「私も子役なんてやってなかったらって、思うことある。でも……私はツムリのおかげで幸せ。辛かったけど、今までのことがなかったらツムリはここに居ない。お願いだから……お兄ちゃんはツムリを否定しないであげて」

「……そう、だな。すまない……」


 自分だけを卑下するつもりで、今生きてる者を蔑ろにするつもりなんてなかったのに。

 しかしその過去がなければ生まれなかった存在もあると。

 

「それに、お母さんがお兄ちゃんのこと恨んでるなんてありえない。だって、お母さん言ってたから」

「……?」


 続けて妹は自分の知りえない情報を根拠に話そうとする。

 それが母の言葉だと言うのならなおさら聞きたいに決まってる。


「母さんは……なんて言ってたんだ?」

「今でもあのときの会話再現できるけど……する?」


 再現と言うと、母の声でという意味なのだろう。

 きっと彼女なら声音まで完璧に再現できる。

 当時の母の感情まで読み取れるかもしれない。

 しかし……。


「……いや。結の声で、結の感じたままを聞かせてくれ」


 どれだけ完璧にしても彼女は本物の母になれない。

 言葉にするのは難しいが、きっと良い気分では聞けないから。


「わかった。けどその前にお参りだけしていい?」

「そうだな……是非そうして欲しい」


 素直に頼みを聞きつつ、結は墓石に参拝する。

 昔の彼女なら確認などせず演じていたのではないか。

 人真似に対する色んな意見を見聞きして、彼女も学んでいるのかもしれない。


「お母さん、いつも謝ってた。特にお兄ちゃんに」

「謝ってた?」

「お父さんがいない分、お兄ちゃんがいつも助けてくれる。遊びにも行かずいつも結と紬の面倒見てくれる。結も子役頑張ってくれてるおかげで不自由なく生活できてる。でも……ホントはもっと自由にさせてあげたかったって」


 家族で協力して手に入れた不自由ない生活。

 しかし母は、我々に不自由を強いているように感じていたと。


「せめて紬だけでも自由に生きて欲しい。でも、結局親らしいことできなくて放任してるだけ。私なんかが母親でごめんなさい。って……そう言ってた」


 親としての不甲斐なさを後悔していたと。

 そんな信じたくない過去のやり取りを話す。


「そんな……なんで母さんが謝るんだ……」


 自分はそんなことも知らずに、母さんは謝りながらこの世を去ったというのか?


「あのときは、よくわかんなくて何も言えなかった。けどたぶん……心配させてるのが一番辛かったんだと思う。お兄ちゃんも私も同じ。みんな、好きな人の幸せ願ってるだけ」

「……ああ」


 上手く言葉が見つからず生返事しかできない。


 母さんを助けるつもりだったのに、俺が頑張るほど母さんを苦しめていたのか?

 じゃあ俺は……いったい何のために……。


「――――お兄ちゃん。もう家族4人じゃ暮らせないけど……私はいる、よ?」

「…………」


 自責に追い詰められる中、妹の言葉に思考が停止する。


「私は今、毎日楽しい。マネージャーが、私の好きなモノの話たくさん聞いてくれるから。直接会わなくても、通話でもチャットでも、いつでも」

「ああ。僕も毎日楽しく聞かせてもらってるよ」


 今までずっと閉じ籠もっていた彼女が、今は楽しく過ごせていると。

 それは隣にいる男のおかげだと。 


「好きを共有できるって、すごく幸せなことだと思う。……お母さんと、紬と、ツムリ。私もお兄ちゃんと同じ人が好き。だから……お兄ちゃんともっとお話したい。ダメ?」


 自分にも同じことを求めてくれる。

 確かに妹の隣にいる四条彰のことが羨ましかった。

 けど、本当に自分は同じ場所に立って良いのだろうか。


「……私の好きは重いですよ? それこそ、異迷ツムリへの愛なら誰にも負けない」

「それはない。ツムリのことはずっと側で応援してきた。私の方が大ファン」


 恐る恐る、試しに踏み込んでみる。

 すると売り言葉を買うように、彼女も煽りに乗ってくれた。


「舐めてもらっちゃ困ります。心の中で応援しても数字には繋がらないでしょう? その点私は全配信リアタイしてコメントと高評価で配信の見つかりやすさに貢献している」

「急に早口。オタクくん」

「勝てないからってレスバに持ち込もうとするのはやめましょう。それだけじゃない。切り抜きショート投稿、フォロワー2万人のアカウントでコンテンツ拡散。ファンの有志を集って全国に応援広告も出した。異迷ツムリのためにできることは全部やってます」

「え、あれ全部お兄ちゃんなの? 凄すぎてツムリもちょっと引いてた」

「ぐぅっっ……!!」


 会話をするほど熱は上がり止められなくなる。

 ああ……結とこんな風に言い争える日が来るなんて。


「やっぱりお兄ちゃんも溜め込んでる。話したいことたくさん」

「ええ……否定しません」

「お兄ちゃんが毎週同じ時間にお墓参りしてたのって、ホントにお母さんのためだけ? ホントはずっと待っててくれたんじゃないの?」

「さあ? ご想像にお任せしますよ」

「……お兄ちゃん。よく理想のオタク像語ってるけど、意外と夢見がち系のオタク君だよね」

「やめてください。それ、刺さりすぎて苦しい」


 そうだ。兄として妹の幸せを願うのは当然だ。

 彼女が求めてくれるなら、いくらでも応えよう。

 ……けど、話してる内に気づいてしまった。


「ふぅ……私もこうして本気で語り合える人は居なかったのですが、結構楽しいものですね」

「うん。私も前まで知らなかった。これからも付き合ってくれる?」

「もちろん。けど……できれば直接会うのは控えたい」

「……うん」


 私は……異迷ツムリに対して、家族以上に強い感情を抱いている。

 そのツムリは今も結の身体の中に居る。

 長い時間共に過ごすのは危険だ。


「私は……やっぱり異迷ツムリとは会えない。ファンとして、その一線は超えられない」


 自分が深く関わった相手は不幸になる、そんな建前で今まで逃げ続けた。

 けど、今までのことは全部偶然起きた不幸だって分かってる。

 自分の汚い感情を見せないための言い訳だ。


 本気で好きだからこそ、ツムリと直接繋がりを持ってしまうのは怖い。

 独占欲が止められなくなる気がして……。


「ツムリは、伝えたいことあるって。お兄ちゃんに」

「っ……けど、今は……」


 本人から願われ、大きく揺らぐ。

 それでもお互いのために踏みとどまるしかない。

 そんな私の臆病を、彼女も理解してくれているらしい。


「うん。会えないのは分かってる。だから、配信見て欲しいって」

「……? それは、言われなくても見ますが……」


 ファンを名乗るからには当然リアタイするつもりだ。

 しかし、配信は私以外の人間も観る。

 そこで私に伝えたいこととはなんだろうか。

 意図を理解できないまま呆然とする。


「ツムリの復帰配信、楽しみだね」


 自分も楽しみだった。

 今は……少しだけ怖くなった。




◇




 解斗と結の会話、その一部始終を聞いていた。

 彼が会いたくないというので、心の裏側にひっそり隠れて。


「……聞いててちょっと寂しくなりましたぁ。私、もうあの人と会って話せないんですね……」


 その心境を結に打ち明ける。

 自分が代わりの間宵紬としてアイドルをやっていた期間、短い間だったけどお世話になった人との関係。


「安心して。ツムリは嫌われてない。むしろ大好きだと思う」

「それもちょっと恥ずかしいんですけど……」


 彼はもう私の家族じゃない。

 ただのファンでしかない。

 そう突きつけられて……私は不安になった。


「でもプロデュ……解斗さんの気持ち、よく分かりました」


 間宵紬じゃない私なんて、いつか興味なくなるんじゃないかって。

 ただのファンなんて、いつでも離れられる関係が怖くて。

 もっと強い繋がりが欲しいのに……拒絶されてしまった。


「アイドルとして見てくれるなら……ちゃんと成長した姿見せないとですねぇ」


 でも、ファンだからこそできる関わり方もある。

 まずは次の機会、復帰配信についてマネージャーに相談する。


「マネージャーさん。復帰配信であの曲歌う予定でしたけど、歌詞って変えたら怒られますかねぇ?」

「歌詞? それまた難しい相談を……」


 歌詞の変更。

 まだ正式リリースしてない曲とはいえ、既に完成されたもの。

 変更となれば作詞者はもちろん、関係者全てに伺いを立てなければならない。

 共同制作の創作物ほど扱いは難しいと聞く。


「ちなみにどこを?」 

「最後の方、『私達』ってあるんですけど……もちろんとっても良い歌詞だと思うんです。けどここ、今の私的には解釈違いじゃないかなってぇ……」

「なるほど……」


 歌こそアイドルの自分を魅せる最大な手段。

 自分の曲ともなれば歌詞すら自分を構築する一つなりえる。


「わかった。好きなようにしてくれ。怒られても僕がなんとかする」

「良いんですかぁ?」

「ああ。今君が一番伝えたい気持ちを、ファンに伝えてやってくれ」


 全てを尽くして伝える。

 あの人にずっと見ていて欲しいから。

 私と……あの子のこと。

 1人の人間として見てもらうために――――。




◇




 復帰配信当日。

 ずっとソワソワしながら時間になるのを待った。

 彼女が私に伝えたいこととは何か。

 ……できれば、変に気を回さないで欲しい。

 特別扱いされてるなんて、勘違いしたくないから。


 複雑な心境を抱えながら、配信は幕を開けた。


『こんばんはぁ。迷子に差し伸べる虹の架け橋、ジメジメ七色ボイスこと異迷ツムリ……本日から活動再開しますぅ』


《はぁいこんばんはぁ〜》

《おっ、挨拶完全詠唱珍しいな》

《復帰超待ってた。おかえり》


『はぁいただいまですぅ。たくさんお待たせしてすみませんでしたぁ』


 大々的に告知しただけあって、視聴者数は普段の数倍。

 今のところネガティブな発言もなく、祝福ムード一色な様子に一安心する。


『お休みの間も色々あったんですけど、ここ数日はずっとエゴサしてましたねぇ。お恥ずかしながら苦手で避けてきたので溜まりに溜まっててぇ』


《見てくれてありがとうだよ》

《いやあの、ちょっと見すぎでは? 自分だけで100件くらいあってw》

《ずっと昔のやつ反応されると黒歴史荒らされてるみたいで結構ダメージ受けるww》


『残しとく方が悪いんですよぉ。……1年分、色んな声が聞けましたぁ。嬉しい言葉も、厳しい言葉もありました。でも案外平気でしたねぇ。へへ……』


《あんまり平気に聞こえないぞ。無理はするなよ》

《ちゃんと向き合えて偉い》


『ありがとうございますぅ。でも嬉しい気持ちの方が大きかったのはホントですよぉ。皆からの愛が大きすぎて……とても重たく感じました』


 嬉しそうに話しながらも、ツムリは徐々に声のトーンを落とす。


『たくさん迷惑かけたのにそれでも支え続けてくれるなんて……どんだけ私のこと好きなんですかぁ……?』


《やっと気づいた?》

《ずっと言ってるじゃん。頑なに認めようとしなかったけど》


『こんなに愛してもらっても私……何も返せませんよぉ……』


《十分貰ってるよ》

《楽しく活動続けてくれるだけで良いのよ》


『それで足りるわけないじゃないですか!! 私は、私を愛してくれて、元気をくれる皆のことが大好きなんです! 大好きな人に愛を贈りたい……そう思うのはオタクとして当然じゃないですかぁ!?』


《うお声でっかww》

《ごめんてw俺らが悪かったから落ち着いてw》


 自ら卑下したり、急に声を荒げたりと安定しない情緒。

 まだ完全復活というわけではないのだろうか。


『……私が辛い時期、アナタ達も辛いって。死にそうな人まで居て、苦しかったんです……辛かったら全然私なんて忘れてくれていいのに』


《無茶言いますなぁ》

《こっちも勝手に苦しんでるだけだから無視してくれて良い。って言うのと同じことなんだろな》


 互いに心配し合って、傷つけ合う。

 苦楽を共にする関係。他人以上の歪な関係。


 そんな彼らよりも関係の深い自分はもっと……ああ、まただ。

 この変にマウントじみた思考になるのもいい加減やめたい。


『皆さんにはどうか……私なんかに縛られないで、もっと自由に生きて欲しくて……』


 自由に……そういえば結が言っていた。

 母さんは私達に自由に生きて欲しかった、と。

 母さんも、ツムリと同じことを思ってたのだろうか?


『心配なんかしなくていいんです。私なんか、ただ楽しむための娯楽だと想ってくれるくらいで良いんですよ……』


 ……結局、同じことを繰り返しているのかもしれない。

 推し活も、母への奉仕も。

 好きな人のために頑張りすぎた結果、相手から自己犠牲だと思われる。


 それで苦しんで欲しいなんて、思ってるわけがないのに。

 それに家族なんだから心配するのは当然だ。

 家族は助け合うのが当たり前で……。


『私は――――皆さんの家族でもなんでもない。ただの他人なんですから』


 …………そうだ。異迷ツムリは家族じゃないんだ。


「そう……だよな。なんでもっと……早く気づけなかった」


 理解してるつもりなのに、まだ受け止めきれてなかったのかもしれない。

 私は未だに異迷ツムリとあの子を重ねてる。

 私の妹で、私がプロデュースしたアイドル……間宵紬を。


「私は……あの子の死を受け入れられなくて、その穴を埋めるように異迷ツムリを応援していた……」


 あの日結が間宵紬を終わらせなかったことで、私もどこか救われていたのか。

 無意識に逃げてしまっていたんだ。間宵紬が死んだ事実から。 

 私はずっと……あの子のプロデューサー面をやめられないでいる。


 7年以上、間宵紬がアイドルになるために側で支え続けた。

 妹以上の特別な感情は、どれだけ遠く離れても消せない。

 私のプロデュースしたアイドルは……もうどこにも居ないのに。


「ずっと、目を背けていた。思い出すのも辛いからって……本当の紬を忘れて……」


 行き場のない感情を持て余して、レプリカ(代役)に縋って。

 今まで大切にしてきた子を忘れるなんて……。


『私はただ……みんな幸せで居て欲しいだけなんです……』


「ぁ……あぁ…………」


 涙声混じりの、妹と同じ声。

 偽物だと理解っていても反応してしまう。

 本物の嘆きを聞いているようで、罪悪感に押しつぶされそうになって……。


『ごめんなさい……今日は泣くつもりなかったのに……』


「ごめん……本当にごめん紬……!!」


 どれだけ謝っても届くことはない。

 でも、ようやく気づけた。

 自分の中で矛盾する2つの感情、その正体が。


『無茶言ってごめんなさい。皆さんの気持ち、同じオタクだからすっごくわかるんです。好きだからこそずっと一緒に居たくて、心配もしちゃって。自分がどれだけ好きなのか伝えたくて……推しの特別になりたいって気持ち』


 私が本当に伝えたかったのは、自分が間宵紬の特別だってことだけ。

 異迷ツムリの特別になれないことなんてとっくに分かってる。


『私だって一人一人お名前を呼んでゆっくりお話したい! でも、ありがたいことにたくさん居て……私一人の時間と身体じゃ足りないから……』


 叶わないことだって分かってるけど、また紬に会いたい。

 願えば叶うって分かってるけど、ツムリには会えなくていい。


『だからせめて、これだけは伝えたくて。私の目に届いたメッセージは全部読んでます! アナタの名前を見て、噛み締めてます。なので私から反応があったときは、そのときだけはアナタのことで頭がいっぱいなんだって思って欲しくて……なんて、ちょっとキモいですよね』


 それだけで十分なんだ。

 会えないからこそ、ちょっとした反応を貰えるだけで有頂天になるまで喜べる。

 この近すぎない距離がたまらなく愛おしいんだ。


『私は、大好きなみんなの日々を少しでも私の色で彩れたら……それだけで幸せになれますから』


「ああ……やっぱり好きだなぁ……」


 改めて認識する。

 自分は異迷ツムリが好きなんだ。

 もちろん間宵紬のことも大好きだ。

 どちらも同じくらい大事で、でもこの好きは全く異なるもの。


「私は紬の兄。そして――――間宵紬のプロデューサーは私だ。一番あの子の側に居たのは……私なんだ」


 口に出し、自分の立場を再確認する。

 この世に居なくとも、アイドル間宵紬は私の中で生き続けてる。


「もう二度と、紬のことは忘れない。……でもきっと、紬も母さんと同じことを言うんだろうな」


 間違えてはならない。

 私の大切な人達は皆、私の幸せを願ってくれた。

 紬の幸せを願うのなら、私も幸せになる必要があるんだ。


『えっと……長々とお話聞いてくれてありがとうございますぅ。思い返すと私がみんなに愛されてるアイドルだとか、どう考えても自惚れすぎで恥ずかしいですねぇ……へへ』


《事実だから良いよ》

《お前は自己評価ヘタクソだから自惚れるくらいでちょうど良い》

《今後一生胸張ってアイドル名乗りな》


『えへへ……じゃあ今日だけは自惚れます! 私はアイドルですから、みんなに返せるものはファンサしかないって!』


 一頻り膿みを吐き出しきったようで、彼女は明るく話し始める。

 それにつられて、自分の気持ちも前を向き始めた。


「こんな私でも、幸せを願ってくれる人がいるから……」


『これからは皆さんに道を作ってもらうだけじゃない。私が皆さんと歩く道を……虹を架けさせてください』


「これからはただのファンとして、異迷ツムリを全力で応援する」


『この想いを……アイドルらしく、歌に込めます』


「それが今の私にとって――――一番の幸せだから」


 己の迷いを振り切り、目の前の画面に集中する。

 愛する人の晴れ舞台を、この目に焼き付けるために。




 ……………………。




 ……伝わってくれた、かな?


 間宵解斗。

 ずっと兄だと思ってきたけど、今はただのファンとアイドルの関係。

 でも私はきっとこれからも、彼を特別に思ってしまうことがあると思う。

 ……ファン全員を同じように想うって、難しい気がする。


 人によって推し活のスタンスは違う。

 リアタイ勢がいればアーカイブ勢もいて。

 スパチャくれる人がいればグッズだけ買ってくれる人もいる。

 みんな違うんだから、せめて心の中だけでもみんな特別に思いたい。


 あの人はアイドルの間宵紬を一番長く支えてくれた人だから。

 あの人が居なきゃ、アイドルの異迷ツムリは生まれなかったから。

 だから表面上はファンとして接するけど、アナタも特別なんだって伝えたい。

 だから……。


「――――"また今日も 満ち欠ける……私達はニジカケ"」


 楽曲:『ニジカケ』

 歌唱:異迷ツムリ


 この曲は、私が今まで歩んできた道と、これから歩む道。

 異迷ツムリの全部を歌う曲だ。


「"湿気る季節の五月雨終い"

 "雲間に差し込む青日差し"

 "空のキャンパス七色光り"

 "塗り重なって 淡い白"」


 異迷ツムリになったばかりの頃。

 私は間宵紬らしくオロオロしてた。

 周りはみんな眩しいアイドルで、私は変わらずオタクのままで。


「"更ける黄昏夜空が怖い"

 "透明な僕は殻籠もり"」


 夜が怖かった。

 毎日配信して、私を見に来るみんなの目が怖かった。

 私なんか見ても何も楽しくないのに、期待の目を向けられるから。


「"鮮やかな 色放つ"

 "君の後ろに雲隠れ"」


 だから私は、みんなの魅力を借りた。

 私は特技を褒めて貰えて、みんなの魅力も褒めて貰えるから。

 ……私だけが、アイドルになりきれないまま舞台に立ってた。


「"沈む沈む 闇夜が満ちる"

 "夜になっても光る橋"」


 みんな私にアイドルを求めてくれる。

 異迷ツムリに、間宵紬に、舞台の上に立ってくれと。

 君が生きる理由なんだって、重い言葉で私を縛り続けた。


「"僕は君と 歩んでみたい"

 "この輝く道を"

 "ニジと駆けてゆくよ"」


 でも、求めて貰えること自体は嬉しかった。

 だって私は偽物だから。

 誰にも求められないなら続ける意味ないから。


「"冷える藍空雨音強め" 

 "暗雲立ち込む稲光"

 "白のキャンパス七色絵の具"

 "塗り重なって 滲む黒"」


 それから色々あった。嬉しいことも、苦しいことも。

 その度に真似ばかり上手くなって、いつしか真似が人格を持って。

 そうして……『レプリカ』って新しい推しができた。

 レプリカのみんなが、私の生きる理由になってくれた。


「"見にくくて 見てられなくて"

 "……独り天窓掻きむしる"」


 でも、みんなの魅力が大きすぎたみたい。

 レプリカの強すぎる色に、身体の方が耐えきれなかった。


「"歪(ひず)む歪む 七色混じる"

 "暗くなったら見えぬ星"

 "僕は君に 歩んで欲しい"

 "この輝く道を"

 "ニジはまだ描けるよ"」


 一つの身体にたくさんの色は残せないみたいで。

 この身体の本物は、私を一番に求めてくれる。

 私なんか残ってもただの透明でしかないのに。

 でも、レプリカのみんなもそれに従って……色が一つ消えた。 


「"どの色も 捨てられず"

 "殻から溢れ 色滴る"」


 私はどうしてもお別れしたくなかった。

 その意思表示に、私は引きこもって舞台に立つことから逃げた。


 そしたら私を一番に求めてくれる人……結ちゃんがレプリカのみんなを引き止めてくれた。

 私のために、強引な方法で、周りを傷つけることも厭わず。

 私に間宵紬を続けて欲しいって、そのためならあの子はどんなことでもする勢いだった。

 

「"雨に流されまた一つ"

 "僕の色……あらわれる……"」


 それが苦しくて……私がレプリカのみんなに続けて欲しいってワガママ言うのも同じことのように思えて。

 これ以上間違いを続けちゃいけないと思って。

 私は……最推しとの別れを受け入れた。


「"沈む沈む 夕日が沈む"

 "君の帰りを待つ……"」


 生きる理由を見失って、生きるのが辛くなって。

 そんな気持ちを結ちゃんも認めてくれて。


「"空へ駆けた 君が見えない"

 "ニジは欠けてゆくよ……"」


 偽物の私を求める人はもう居ない。

 そう思って、私は全部辞めようとした。

 ……それでもまだ、私を引き止める人が居た。


「……"進む進む 暗いままでも"

 "まだ殻は破れないけど"」


 その人は私を偽物じゃないって。

 私は異迷ツムリの本物なんだって、新しい生き方を教えてくれた。


「"迷い足も引きずってでも"

 "ノロノロと進むよ"

 "だからずっと見ててね"――――」


 出会ったときから私の本物の部分だけを見て、ずっと側に居てくれた人。

 結ちゃんのことも救ってくれて、この人の言うことなら信じられる気がした。 


「"沈む沈む 闇夜が満ちる"

 "夜になったら光る橋"」


 私はただの異迷ツムリ、誰の偽物でもない。

 まだ透明な頃とほとんど変われてないから、私なんかに魅力があると思えないけど。

 それでも、こんな私を愛してくれる人がいる。


「"僕はずっと 歩んでくから"

 "この輝く道を"

 "ニジをまた架けるよ"」


 こんな私にも一つの目標ができた。

 あの人が言ってくれたから、「先で待ってる」って。


「――――"君に会いに行くよ"」


 私の目標は天下のVtuber、『導化師アルマ』に追いつくこと。

 そうすればきっと、レプリカのみんなにまた会える。

 果てしなく長い道のりかもしれないけど、でも焦らなくていい。

 私はもう一人で歩けるから大丈夫。


「"また今日も 未知翔ける――――私だけのニジカケ"」


 私はアイドルVtuber異迷ツムリ。

 みんなが私にくれる愛は、全部私だけのもの。


 ファンも仲間も、もちろん推しも、みんな大好き。

 大好きなみんなが見てくれるから私は頑張れる。


「"君が迷わず 帰れるように"

 "色を探してみよう"――――」


 みんなの日々を彩れるように――――頑張って生きるから。


最終章完結まで残り2話

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