第175話 ファンの声
配信開始前、カメラを自分に向ける。
そのカメラが写すのは動きだけ。
生身の姿は写さず、仮想の姿を動かす。
でも、その姿こそが本物の私。
この身体は間宵結のもの。
私は異迷ツムリだから、異迷ツムリの身体こそ私の本物。
不思議だ。久々とはいえ前回の配信から2週間しか経ってない。
それなのに、なんだか初めて配信するような感覚。
自分が異迷ツムリだって自認して初めての配信だからかな。
借り物の身体じゃない。
今から私は本物になって皆に会いに行く。
……皆って、誰に?
異迷ツムリは散々世間を騒がせた。
私の行動で皆を不安にさせた。
私なんかを待ってくれる人……居るのかな。
不安が募り、指が震える。
逃げてしまおうか。でも告知した時間がもう来てる。
それに、今逃げたら二度と戻れない気がする。
進まなければ……異迷ツムリになれない。
弱気を振り切り、勢いで配信開始のボタンを押す。
………………。
「なんで……」
画面を見て、声を乗せる。
動く自分の姿と、流れゆくコメント。
見える。私を見てくれる人達の声が。
「なんで居るんですかぁ……?」
《こんばんわぁ~》
《ちゃんと配信待機したの久々だな》
《メン限自体いつぶり?》
《そういう意味ではずっと待ってたんだな。俺ら》
「なんでまだメンシなんて入ってるんですかぁ。火傷しますよぉ?」
《あ、うん。周りの目だいぶ痛いよ?》
《気にせず毎日呟くけどな。マイ迷子止めたかったら火じゃなくて塩持ってきな》
《炎上ならぬ塩乗ってかw……ごめん全然上手くなかったわ》
《気にすんなって。配信者がノリよく笑ってくれるだけで普段のコメントも大体おもんないからさ》
《傷口に塩塗るのやめれる??w》
「あの……私そっちのけで盛り上がるのやめれますかぁ? 今あんまり笑うメンタルじゃなくてぇ」
《なら無理せず休んでもいいのに》
《配信なんて楽しめるときにするもんやで》
《それともそんなに俺達に会いたかったってこと? ふーん可愛いとこあるじゃん》
「えぇ~……まあ会いたかったのはその通りなんですけどぉ」
《えぇ……? 今日素直すぎて張り合いないんだけど》
《いつもの生意気どこいった?》
《可愛いだけのカタツムリとか殴りにくくて愛でるしかなくなるんだけど》
《どしたん話聞こか案件?》
口調はいつも通り無遠慮ながらもどこか優しさを感じる。
前より人数は減ってるけど、変わらない空気感に強張っていた感情が弛緩する。
「……その、前回は急に配信終わっちゃってごめんなさい」
《うん。マジで心配した》
《だんまり決め込んだまま公式からしばらく休むって言われただけだったしな》
《まあ、一旦無事そうで安心したよ》
「なんで今日そんなに優しいんですかぁ……いつもは辛辣なくせにぃ」
《さすがに今日はプロレスする感じじゃないでしょ?》
《明らかに元気なさそうな声してるしな》
「……私の声の違いなんて分かるんですかぁ? 散々声で騙してきたのにぃ」
《ん? 全然分からんけど》
《別に演技でもいいよ。元気なさそうな演技するってことは慰めて欲しいってことだろ?》
《オタクは全肯定する生き物だからな》
「私に都合良すぎる気がするんですけどぉ……否定しないんですかぁ? 私なんかボロクソに言っても怒る人居ないと思いますよぉ?」
《いや俺らがバチギレするけど??》
《否定してもお互い辛いだけじゃん》
《俺らただの文字だしな。せめて優しい文字になりたいやん?》
「……否定してくれないと、また間違えちゃうかもしれませんよぉ?」
《俺バカだからよ。ツムリが間違ってたのかすらわからんのよ。誰の言うことが正しいのかもわからんし》
《何が正しいか分からんかったら信じたいもの信じるしかなくない?》
《最推しの考え尊重したいって思うのは普通のことだよね》
「最推しって……なんでまだ私なんかについてきてくれるんですかぁ。推すなら他にも素敵な人たくさん居ますしぃ。なんなら散々布教してあげたじゃないですかぁ」
《おいおいメン限は他の女の話しない約束だろ?》
《確かにオススメ上手すぎて推しが増えたのは事実wでも最推しは変わらんよ》
《異迷ツムリじゃないと幸せになれない身体になっちまった》
「私じゃもう……みんなのこと幸せにできませんよぅ……」
《お前が辛そうにしてるとこっちまで辛くなるからやめれる?》
《こちらのことはお気になさらず。貴女が幸せで居てくれれば勝手に幸せになるので》
どれだけネガティブをぶつけても離れようとしない。
よくもそれだけ肯定の言葉が出てくるものだ。
でも、彼らが自分を否定しない理由は同じオタクとして理解できる。
それは……偏に活動を辞めて欲しくないから。
この先もずっと、自分に会いたいと思ってくれてる。
「……なんか、言わせたみたいになっちゃって申し訳ないですぅ。一応同じオタクとして気持ちはわかるんですけど、どうしても自分が推されるってことに違和感しかなくってぇ」
《まーだ言ってるよw》
《そういうとこは1年経っても変わらんなぁ》
《まあ今はちょっと安心するよ。ツムリらしくてさ》
「私らしさですかぁ……」
やはり最近の自分よりも昔の自分を求めてくれているらしい。
あの頃の平穏を、ただ幸せだけがあった頃の日常を。
「そういえば皆さんの方から聞きたいこととかありますかぁ? メンタル的に答えられる範囲なら答えますよぉ」
《メンタル的にw一気に聞きにくくなったんだがww》
《んじゃオリ曲のフルいつ?》
《それ。ニジカケすっげー良かったんだけど。続き待ってるんだけど》
彼らが求める異迷ツムリがそれなら……彼らがそれを異迷ツムリらしさと言うのなら。
私もそれになるべきなんだろう。
「あーオリ曲……あれも無断で先行公開しちゃったようなものなのでぇ。また相談しないとですねぇ」
《えー。フル気になりすぎて夜も寝れなさそうだなぁチラチラ》
《今ならメン限だしバレへんバレへん》
《虹架けたら歌ってくれる? >¥100 >¥200 >¥500 >¥1000 >¥2000 >¥5000 >¥10000》
《出たw虹スパ絶対やる人いると思ったww》
いや……この考え方がよくないのか。
この演じようとする思考が、また自分を自分じゃなくしていく。
「あ、あの。お金出してもらってもダメですよぉ。これ以上運営さんにも迷惑かけられませんからぁ……」
《それはそうw》
《ごめん無茶言ったわww》
《お金は復帰祝いみたいなものなんで気にせず受け取って笑》
誰かの理想を叶えれば好いてもらえるはず。
そんな安易な思考に逃げるのはやめないと。
大丈夫。こんな自分についてきてくれる人達が居る。
せめて彼らの望む、変わらない日常を護れる自分になろう。
そんなことを考えながら会話する。
すると彼らの中で気になる質問を投げてくる者が居た。
《そいえばあれ見た? 1周年記念のファン企画》
「ファン企画? なんですかそれぇ。私エゴサしないのでぇ」
《うっそあれすら目に入ってないのマジかwww》
《年中デジタルデトックスされてる方?w》
《あれはさすがに見て欲しいなぁ。相当力入れてたし》
「んー……そこまで言うなら後でちょっと調べてみますかぁ……」
後にやることまで決まり、配信は落ち着きを見せた。
程よい満足感。互いに言葉数が少なくなってきたところで締めに入る。
「今日、配信して良かったですぅ。お話聞いてくれてありがとうございましたぁ」
《話したくなったらいつでも呼びな〜》
《ド深夜でも気遣いとかいらんぞ? お前と話せるだけで幸せになれるチョロい生き物だからな》
《ま、愚痴聞くくらいしかできんけど》
《詳しい事情は知らんし、コメントなんか無責任なことしか言わんからな。真面目に相談したかったら身近な人にしな?》
「はーい。ではおつムリですぅ~」
配信を終了し、彼らのコメントも完全に流れなくなる。
終わった後のこの静寂も久々に感じる。
「はぁ……終わっちゃいましたねぇ」
寂しさを感じながら、配信を振り返って思い出す。
彼らの言っていたファン企画とやらのことを。
ここ最近は特に異迷ツムリ関連の情報を避けてきたから寝耳に水だった。
「……調べてみますかぁ」
エゴサーチ。自分の名前をSNSで調べて世間の評価を調べる行為。
陰口を見るのが苦手で今までずっと避けてきた。
どんな応援の言葉も上辺だけに感じて信じられなくて。
叩かれてる方が本音に感じて辛いだけ。
私が叩かれるのは……間宵紬が叩かれてるみたいで申し訳なくて。
未だに気乗りしないけど、重い腰を上げて検索欄に異迷ツムリの名を打ち込む。
そして一番上に出てきた話題の投稿を目にする。
「……えぇ? なにこれぇ……」
《【応援広告掲出のお知らせ】デビュー1周年を記念してブイアクト4期生異迷ツムリさんの応援広告を全国47都道府県に掲出しました。詳細は以下をご確認ください》
応援広告。アイドルやキャラクターの応援にファンが出稿するイラスト付き広告。
VTuber界隈でも記念日などに掲出されることは多い。
しかしその投稿の異色な点は『全国』という部分。
詳細を見ると50以上の地域に異迷ツムリが張り出されているようだった。
「こんなの晒し上げじゃないですかぁ……恥ずかしいんですけどぉ……」
その広告に対する反応は様々あった。
《日本侵略されてて草》
《すごい通り越して怖いよwこれいくらかかってんの?》
《媒体によるけど1箇所辺り数万〜数十万。他にもイラスト代、印刷代、etc……》
《ファンの中に石油王でもいるの?w》
《これ1週間で全国全部見に行ってるやつも何者なの?ww》
《異迷ツムリ、ファンまで狂ってて草》
必ずしも好印象と言えない反応もある。
それでもかけた金額や熱量を称賛する声は存在する。
そして1周年を祝う声はそれだけじゃない。
ケーキ、祭壇、痛バ、痛車、聖地巡礼。
様々な形の応援を文字と写真で、1周年という節目を祝ってくれている。
時間とお金をかけて行動して、自分のために人生を使ってくれてる。
そんな光景を目の当たりにして、上辺だけの応援だなんて言えるわけがない。
「……やっぱりオタクってアホですねぇ。私も人のこと言えませんけどぉ」
本気で応援してくれる人がいる。
その人達に感謝を伝えるにはどうしたらいいか。
その方法は同じオタクとしてもちろん知っている。
まずは好意的な投稿全てに『いいね』を押す。
《え? 異迷ツムリからリアクション来たんだが???》
《SNSコミュ障カタツムリがいいね押した? ひょっとして初めてなのでは?》
特に熱量の強い、皆に見て欲しいものを拡散する。
《待て待て待て拡散されるのは聞いてない待って》
《おい、嬉しいけど不意打ちは困るw》
気分が乗ったら返信してみる。
《あの、エゴサしないって聞いてたから好き放題叫び散らかしてたんだが……》
《あれ見られたら恥ずかしくて死ぬ。消さないと……ってもう反応きてんじゃねーか!!》
自分の反応に対する反応を見て楽しむ。
ああ、何を怖がっていたのだろう。
どうして自分にファンが居ないかもなんて思えたんだろう。
どれだけスクロールしても終わらない、今まで見てこなかった1年近くの投稿。
それらを遡って痕跡を残していく。
そんなファンとの交流を夜通し楽しんだ。
………………。
「? ……ああ、見てくれたのか。喜んでくれて良かった」
異迷ツムリからの反応を見て、男は穏やかに微笑む。
メン限配信で彼女の想いを聞き、最後には笑顔で配信を終わって。
もう精神面は心配しなくても大丈夫だろうと、そう思えた。
「あとは残りの問題に対処するだけ……か」
残りの問題、異迷ツムリの前に立ち塞がる障害を取り払う必要がある。
そのためには……自分一人の力じゃ足りない。
端末を取り出し、文字を打ち込む。
《マイ迷子の皆さん、集いましょう。――――我々の推しを護るために》
同志達へ協力を呼びかけ、間宵解斗は動き始めた。




