第174話 活動再開の懸念
入院から10日が経過。
日常生活を送れる程度には回復し、四条彰は退院した。
見舞いにはツムリだけでなく家族や仕事関係者など、多くの人が来てくれた。
しかし一人、見舞いには行けないとメッセージだけ送ってきた者がいる。
とある見舞客と顔を合わせられないから、退院したら一度会えないかという提案を添えて。
その男は事故現場にいち早く駆けつけ、自分を病院まで搬送してくれた命の恩人とも呼べる男。
「改めて、あの日は助けていただきありがとうございました。――――解斗さん」
「それはこちらのセリフです。四条マネージャー、妹を助けてくれてありがとう」
互いに心から感謝を贈り合う。
己の命の恩人に、家族を救ってくれた恩人に。
「見舞いに行けず申し訳ない。その……あの子がずっと病室に居ると聞いて」
「ああ……やっぱりまだ会えないんですか? あの日は顔合わせたんですよね?」
「あれは緊急事態だったので仕方なく……」
彼の言う「あの子」とはもちろんツムリのこと。
確かに彼女は毎日見舞いに来てくれた。
間宵解斗は過去の出来事から、自分が応援してる人に近づきすぎると不幸な目に遭わせてしまうと、そう思い込んでいる。
そんな後悔もあって、異迷ツムリのことはファンとして応援するが絶対に会わないと決めているらしい。
「やはりアイドルのプライベートはファンにとって不可侵。それにあの日は結の方だったみたいですし。ギリギリノーカンということで」
「なるほど……そういうものですか」
事故現場で遭遇したときはたまたま異迷ツムリではなかったと苦しい言い訳をしてまで逃れようとする。
彼は彼で拗らせていそうだが、ひとまず彼自身が納得しているなら良しとする他なかった。
「それでその……どうですか? あの子の様子は……」
「そんな遠慮気味に聞かなくても……家族なんだから心配するのは当たり前ですよ。僕の主観になりますが、話させてください。あれから何があったのか――――」
直接関わらないと言った手前か聞きにくそうにする彼をフォローしつつ話始める。
自分が入院してからのこと、自分が見ていなかった期間の姉の話も含め全て。
一度は自殺を試みた妹の現状を、兄である彼に伝えた。
「……と。今もツムリはウチで預かってる状況ですけど。大丈夫でしたか?」
「大丈夫も何も、1人にする方が心配なのでありがたい限りです」
一通り聞いた彼は、更に頭を低くして感謝を述べた。
そして過去を思い返すような表情で呟く。
「でも未だに耳を疑いますね……その、本当に結が?」
「ですね。普段はツムリしか出てきませんが、僕と2人のときは結構話しかけてくれます」
ずっと会話することもできなかった少女の中の本物、それが偶にとは言え表に出てきてくれるようになったと。
「まあひたすら推しを語る限界オタクになってますけど……入院中もそうですし、昨日退院した後も一晩中付き合わされました……」
「それは……少しだけ羨ましいですね」
漏れ出た本音が聞こえ、一瞬反応に迷う。
彼も我に返ったように話を切り替えて誤魔化した。
「それでご相談なんですが、迷惑じゃなければしばらくあの子のことを預かってもらえませんか? 実は少々問題が残っていまして」
「それは構いませんけど、問題って?」
断る理由もなく快諾したが、彼の言う問題は気になった。
「あの子が住んでいたアパート、2カ月以内に退去しろと言われてしまい……」
「退去?! それまたなんで……あ。まさか飛び降りが……?」
「そう。他の住人に見られてたみたいで。大家さんにこれ以上問題を起こす前に出ていけと……」
「ああ……」
大家の意見もごもっともだと納得してしまい言葉を飲み込む。
「じゃあ活動再開時期も見直さないと……いっそ配信機材もウチに運ぶか?」
「活動再開って異迷ツムリの? ……今は辞めておいた方が良いのでは?」
「? 他にも何か問題が?」
「そちらの事務所でも把握されてると思いますが、どうやら厄介なアンチにつけ狙われているようで」
「アンチ……前の荒らしコメントですか」
間宵解斗は静かに頷く。
異迷ツムリの配信で現れた連投コメント、その内容は間宵紬について言及するもの。
結局ただの荒らしであり本人との結びつきを勘繰る者が現れなかったのは不幸中の幸い、しかし明らかに裏の素性を知っている者の犯行だだった。
「一応四条ルナさんと連絡を取り合って私も対処に当たっていますが……もう少しだけ時間がかかりそうです」
「また知らないところで姉さんが動いてるのか……」
姉の相変わらずな行動に呆れながらも、自分の手を回せていない範囲を対処してくれているのは素直にありがたい。
「一般ファンが口出しするのもおこがましいことですが……復帰配信、最初はメンバーシップ加入者限定にしてはどうですか?」
彼は提案してくれた。
異迷ツムリとして活動再開する一歩目を。
「多少敷居が高くなるでしょうし、何よりメン限配信の内容は口外厳禁。騒ぎを起こしても話題になりにくいなら荒らすメリット自体薄いはず」
「なるほど……帰ったら提案してみます」
理にかなった提案に頷く。
ツムリにとっても、急に大人数に押し寄せられるのはまだ厳しいのではと心配していたため、その案が最適にも思えた。
「……折角悩みも解決して良い方向に向かっているのに、なぜ迷惑客のせいでこんな肩身の想いをしないといけないのでしょうね」
男は静かな怒りを顕にする。
推しに向けられた理不尽に、妹に向けられた不条理に。
「外野の余計な問題はこちらでなんとかします。ですから四条マネージャー。そちらも引き続きよろしくお願いします」
「はい。ツムリのことは任せてください」
互いに望むものは同じ。
少女の幸せを願って、それぞれの役目に注力する。
◇
対談を終えて帰宅、ミーティングの準備をする。
準備と言っても時間は一切かからない。
今は連絡を取るまでもなく、部屋にいれば彼女の方から話しかけてくるから。
「私とお姉ちゃんって、どんな関係だと思いますかぁ?」
我が家に居候している担当アイドル。
今は活動を休んで自分という存在の整理に時間を充てているようだ。
「また小難しいことを考えてそうだな」
「ですかねぇ。でも今お姉ちゃんって呼んでるのも違和感があってぇ」
「ふーむ……強いて言えば友達になるのか?」
「私もそう思うんですけどぉ。でもお姉ちゃん、『私はただのファンだから』って言って逃げちゃうんですよ。もっと仲良く話したいのにぃ」
間宵紬じゃなくなった変化、その適応にツムリは頭を悩ませていた。
以前から感じていたが、彼女は立場や関係性のこだわりが強いように見える。
複数の人格を持つ以上、ブレて混ざってしまわないよう曖昧にはできない部分なのかもしれない。
「ファン兼友達でもいいじゃないか。昔紬さんがアイドルやってたときは姉妹とファンを両立できたんだろ?」
「たしかにぃ。じゃあ……結ちゃん、って呼んでも良いですかねぇ? へへ……」
一つ助言をしてみると納得してくれたのか、はにかみながら別の呼び方を試していた。
すると一瞬目を閉じて、落ち着いた表情に変化させてまた目を開く。
「……マネージャー。変なこと教えないで。萌え死にそう」
ここ数日話し続けて、声色の変化で気づけるようになった。
間宵結に入れ替わったのだと。
「君も好きな人のことになると大概だよな」
「そういうこと言うとまた付き合ってもらうよ? 今なら5時間いける」
「気持ち的には望むところだが、また時間があるときに頼むよ。今はツムリとのミーティングの時間だ」
「むぅ……そうだね。ミーティングは大事」
毎日どれだけ話しても語り続ける少女。
1年以上内に籠り続けて溜め込んでいたものを発散しているようにも見える。
楽しそうに話す少女を眺めるのもやぶさかではないが、それは優先すべきことを終えてからだ。
「そうだ結さん。君にも一つ聞きたいことがあったんだ。間宵解斗さんのことはどう思ってる?」
出てきてくれたついでに間宵結に問う。
妹として彼をどう見ているのかと。
「逆にマネージャーは、お兄ちゃんとどこで知り合ったの? 連絡先も交換してるみたいだし。私はブロックされてるのに」
「あー……誤解のないように伝えておくべきか」
聞き返されて気づく。
彼女こそ彼が関わりを絶っている当人、彼の考えを知ってるはずもないと。
とはいえ勝手な解釈で嫌われるのも不憫に思い、お節介を焼いてしまう。
「そっか。確かにお兄ちゃんが考えそうなこと」
妹として長年見てきた兄の考えに納得したらしい。
その上で兄への思いを告げる。
「私はお兄ちゃんにも会いたい。マネージャーのこと助けてくれたし、言いたいこともある。でも……お兄ちゃんが会いたくないならやめとく」
結は兄の意思を尊重しようとする。
確かに彼は会いたくないと、自分は異迷ツムリに会うべきでないと言っていた。
しかしその本心は……。
「……会いたくないなら、か。どうだろうな」
「?」
「僕から言わせれば、君達家族は拗らせすぎてる」
「……うん。私もそう思う」
「もっと自分の気持ちに素直になっても良いんじゃないか?」
「うん……でも、まだちょっと考えさせて? 気持ちの整理、したい」
「ああ。ゆっくり考えてくれ」
あれだけ反発していた過去が今や懐かしく思えるくらい素直な反応。
そして間宵結は目を瞑り、再び目を開けて表情を緩める。
「――――異迷ツムリ、ただいま戻りましたぁ」
「おかえり。脱線してすまなかった。そろそろミーティング始めようか」
「いえいえ。お姉……結ちゃんにとっては大事な話だと思いますからぁ」
姉ではなくとも今まで通り結を慮るツムリ。
やはり彼女らの相手の気持ちを優先してしまう性格は美点であり、同時に欠点でもあるようだ。
「それで復帰予定の話なんだが、最初はメン限配信からやってみないか?」
間宵解斗から聞いた懸念は伝えず提案だけしてみる。
彼女の精神負担を考えればアンチがいるなんて話は当然すべきでない。
それに、理由を言わなくとも彼女なら乗ってくれる気がしたから。
「確かにぃ。私も大人数はちょっと怖いですしねぇ」
前回の配信から既に10日以上が経過。
その間配信はもちろん、SNSアカウントなども一切動きを見せていない。
それより前、ライブ以前も不安定な部分を見せ続けてきた。
何も知らないファンをどれだけ心配させたのか。
ツムリもそれを気にしている様子で、配信に恐怖を抱きながら復帰しようと頑張ってくれているみたいだ。
「十分大人数になると思うが……まあ不特定多数じゃないだけマシだと思うよ」
「またまたぁ。私なんかのメン限、来てくれる人もう居ないかもしれませんよぉ?」
「心配するだけ無駄だろうけどな」
「むぅ……なんでそんな言い切れるんですかぁ?」
「エゴサしてみれば分かるさ。異迷ツムリのファン、マイ迷子達の熱量が」
「うっ……それはちょっとぉ……」
ファンに心配させたくない、けどファンなんて居ないかもしれない、そんな両極端な杞憂を抱えて。
自己評価の低さも彼女がエゴサを怖がる理由の一つなのかもしれない。
「なら配信してからのお楽しみだな。僕からは……そんなに怖がる必要ない、とだけ言っておくよ」
「うぅ……はぁい」
少し強引だっただろうか。
けど、迷ってる今の彼女に選択を委ねすぎるのも酷だろう。
ある程度道を指し示しつつ、一緒に考える。
もちろん失敗したら責任を取るつもりで。
そんな関係を求めてくれている気がするから。
そう信じて、僕は異迷ツムリの背中を押す。




