第173話 声真似少女との対話②
初めての見舞人。
少女の他に誰も来ないのは誰かの計らいだろうか。
今はその気遣いに感謝しつつ話を始める。
「姉さんから聞いたよ。みんな会いに来てくれたんだって?」
「はぁい。それはもう……たくさんお説教されましたねぇ」
「ああ……飛び降りたなんて話聞いたら当然か」
世間話するように彼女の近況を聞いてみた。
やはり会話の中身はどうしても重くなってしまう。
「『なんで相談しないの?』『一人で抱え込むな』『これからはもっと頼って欲しい』って。……皆さん、これからの話をしてくれましたぁ」
「ああ。良い仲間を持ったな」
「……だれも、辞めていいって言ってくれませんでしたぁ」
「言って欲しかったのか?」
「その方が楽だったかもしれませんねぇ」
様子を見るに、まだ完全に立ち直ったわけではないらしい。
けど一度は全て諦めようとしていたのだ、踏み留まらせてくれた皆には感謝しかない。
「辞めろって言われたら、また辞めようとするのか? 間宵紬ごと」
「……そのつもりでしたねぇ。でも私が間宵紬じゃないって言う人もいるので」
その言葉には心当たりがあった。
自分が伝えようとして中途半端になってしまった内容。
彼女もずっと気にしてくれていたようだ。
「あれって結局どういう意味だったんですかぁ?」
「そうだな……先に確認したい。君は……君の身体は間宵結で、けど君自身は間宵結じゃないんだな?」
「そうですよぉ。お姉ちゃんは私の……間宵紬の好きなようにしていいって、この身体を譲ってくれたんですぅ。押しつけられたとも言えますけどぉ……」
人から伝え聞いた情報を再確認し、彼女との認識のズレをなくす。
またすれ違ってしまわないように、慎重に会話する。
「でも……異迷ツムリはもう続けられないですからねぇ。これからどうすればいいんでしょうかぁ」
「なんで続けられないんだ? もしかして……声真似ができないからか?」
「……この身体はできると思いますぅ。レプリカの皆は居なくなっちゃったので前より下手かもしれませんけどぉ。でもそれ以前に……間宵紬に声真似の特技はないそうなのでぇ」
今打ち明けてくれた考えこそ、悩みの根幹なのだろう。
間宵紬であろうとすれば異迷ツムリになれない矛盾。
だからこそ、自分はあの日否定した。
「でも君は今までやってきた。声真似が得意なVtuberとして活動してきたのは、紛れもなく君だろ?」
誰かを演じることでしか生きられない。
間宵紬を演じようと、異迷ツムリを演じようとしてきた。
だから自分を偽物と思い込んでいる。
それが彼女の生き方で、コンプレックスでもある。
「……だから、私は間宵紬じゃないってぇ?」
「そうだ。君の始まりは間宵紬の真似からだったのかもしれない。でも誰だってそうだ。人間誰しも赤ん坊の頃から大人の真似して常識を学ぶものだからな」
だからその生き方から変えるしかない。
彼女には、彼女自身の本物が必要なんだ。
「じゃあ……間宵紬じゃなかったら私は誰なんですかぁ……?」
「誰でもないよ。君は君だ」
「そんなこと言われても……また一から自分探ししろってことですかぁ? 赤ちゃんでも名前くらい貰えますよぉ……」
「そんなことしなくても、名前ならもうあるはずだ」
「……?」
まだピンと来てない様子。
気づいてないだけで、彼女は既に本物を持っているのだ。
「ダメダメで、限界オタクで、声真似が得意な女の子。それが君だろ?」
「あ……」
Vtuberは自分自身ではなく、見た目も名前も違う新たなキャラクターとして演じる人もいる。
その考えに当てはめるのなら、彼女自身が間宵結の生み出した新たなキャラクターと言えるのではないか、と。
そんな彼女の名前を、僕は告げる。
「――――異迷ツムリだよ。その名前だけは君にしか名乗れない。君の『本物』だ」
今までずっと言えなかった。
彼女の生き方にまで口出しするなんて、マネージャーとしての領分を超えるのではないかと。
でも、最早ただのマネージャーではいられない。
この1年、一番彼女に寄り添ってきた自信がある。
彼女の親しき人間の一人として、彼女が自分に答えを求めてくれるのなら。
その気持ちに応えてあげるべきじゃないかって。
「……ほんとに、良いんですか? 私が異迷ツムリで……」
「良いも何も。異迷ツムリのファンは君の幸せを望んでる」
受け入れることに迷いながら、でも抵抗はなさそうに見える。
彼女自身、異迷ツムリになりたいと思ってくれてる。
それでも……まだ一つ、心残りがあるようだ。
「っ……で、でも。私が間宵紬じゃなくなったらお姉ちゃんは……生きる理由がないって……」
間宵結、今まで彼女が間宵紬として生きてきた理由。
もちろんその存在も忘れていない。
「間宵結さん。今、話せるか?」
そう問うと少し考えるように俯き、少女は目を閉じた。
やがて目を開き、応答する。
「――――なに?」
先ほどと一転して声も表情も冷たい。
呼びかけに応じてくれたのだと判断し、話し始める。
「一つ聞かせてくれ。君は間宵紬しか応援できないのか? ただの異迷ツムリだと応援できないか? それとも……」
少女の真意を問う質問。
その閉ざした心をこじ開けるには、多少強引に行く必要がある。
「彼女に名乗り続けてもらって……もう一度間宵紬を殺したいのか?」
「……意地悪な聞き方するね。珍しい」
敢えて間宵結の罪悪感を煽るように言葉を選んだ。
その選択が間違いであると伝わるように。
「私の人生の最推しは紬。それはこの先ずっと変わらない」
間宵結もまた、彼女自身のブレない軸を口にする。
それでも考えを改める気がないわけではないらしい。
「でも……この子が紬じゃないってことも分かってる。紬はあの日死んだんだって。だから……私のことはもういいから。『異迷ツムリ』の好きなように生きていいよ」
ずっと抗ってきたというのに、あっさり間宵紬を辞めて異迷ツムリになることを容認した。
この3日間、彼女なりに悩んで答えを出したのかもしれない。
全てを諦めたような悲しげな表情。
きっと彼女の身体は生きていても、間宵結として生きるつもりはもうないのだろう。
……それでは何も意味がない。
「そんなことを聞いてるんじゃない。君は異迷ツムリを推せないのかって聞いてるんだ。それとも、間宵紬って名前がないと好きになれないのか?」
「それは……なんでそんなこと聞くの?」
「ツムリが君に生きて欲しいって言ってる。君が1年間推してきた女の子は……異迷ツムリは君の生きる理由になれないか?」
彼女が間宵紬として生きてきたのは、全部間宵結のためだ。
そんな間宵結が生きるのを諦めてしまったら、後悔として残り続けてしまう。
「私だって……異迷ツムリのことは好きだよ。ずっと頑張ってるところ見てきて、嫌いになれるわけない。でも……紬以外の人を応援するのは、紬を忘れるみたいで嫌だ」
「……偽物を応援しても本物は喜ばないよ。それは今までのレプリカを見れば分かるだろ?」
「わかってる……わかってるけど……!」
全員幸せに生きる道はないか。
大切な人を亡くした悲しみ、それを乗り越えることは容易じゃない。
それでも前を向いてもらうにはどうすればいいか。
考えて、自分にできる提案は……これしか見つからなかった。
「だからさ。どうせなら本物を布教してくれよ」
「え……?」
仕事柄、オタクという存在を観測する機会が多かった。
時には最推しが引退することもあり、悲しみに明け暮れる者も居た。
それでもいつかは前を向いていた。
思い出として語り継いで、彼ら彼女らの中で最推しは生き続けていた。
「これから毎日語り続ければ忘れることもないだろ? それに僕も、間宵紬ってアイドルがどんな子だったのかずっと気になってるんだ」
今までずっと一人で抱え込んで、誰も話せる相手が居なかったのだろう。
なら、自分がその話し相手になれないかと。
自分では役不足かもしれない、そんな不安もあったが……それも杞憂で終わりそうだ。
「間宵結さん。君の推しの話を聞かせて欲しい」
「……長くなるよ?」
「構わない。ちょうど入院中暇だったんだ」
彼女は提案に乗ってくれた。
それで良い方向に向かうかは分からない。
それでも、前を向こうとしてくれただけでも一歩前進したはず。
それから間宵結は話してくれた。
毎日見舞いに来て、夜はチャットと通話で。
そんな入院生活。彼女との会話時間は50時間を優に超えたという。
これでいい。今まですれ違ってきたのは話ができなかったからだ。
互いにわかり合えるまで話せばいい。
生きてさえいれば、時間はいくらでもある。




