第172話 声真似少女との対話①
その日、2人の男女が病院に運び込まれた。
アパートの2Fから落下した少女とそれを受け止めた男性。
少女は肩の脱臼、重傷に至らず既に治療も完了。
痛みは残るが経過観察で充分と診断された。
男性の診断結果は肋骨骨折と肺の損傷。
事故現場で吐血し気を失った後、幸いにもすぐ病院へ運び込まれ緊急治療を受けた。
そう……四条彰は一命を取り留めた。
(生きてる……生きてる、んですよねぇ? じゃあ……なんで会えないの?)
しかし重傷であることには変わらず。
最低1週間の入院、術後3日間の面会謝絶を言い渡された。
(あのとき、マネージャーさんはなんて言おうとしたんだろう……早く続き聞きたいのに。でも、今聞けないのは私のせいで……ホントに治るんですよね? また話せるようになるんですよね? ホントに……生きてるんですよね……?)
不安と焦燥感の心の余裕を奪われ、また人から聞いた言葉を疑ってしまう。
これほど長く感じる3日間は今まであっただろうか。
一人でいるほどに考え込んで、心の病みを深めてしまう。
…………。
「はーい朝ですよー! おはよ。ツムりん」
「?! あっ……おはようございますぅ。……アルマさん」
突然部屋は開け放たれ、大声量のモーニングコールが耳に届く。
何故彼女が自分の部屋に? と一瞬疑問に思うもすぐに思い出す。
今自分が彼女の家に世話になっていることを。
「昨日は大変だったね。よく眠れた?」
「えと……はぁい。おかげさまでぇ」
「それは何より。とりあえず……一緒に朝ごはんでも食べようか♪」
言われるまま後ろをついていく。
今ここににいるのは彼女に誘われたから。
その理由は客観的に見ればある程度推測できる。
マネージャー不在の今、自殺未遂を起こした女を一人にはできないのだろう。
もちろん、未だに苦手意識のある女性と一つ屋根の下など気まずくないわけがない。
しかし断りきれなかったのは……。
「彰の容態、今は落ち着いてるって。予定通り3日後には会えそうだよ」
彼女が四条彰の姉だから。
家族から治療状況を聞ける利点もあった。
しかしそれ以上に……大切な家族を病院送りにしてしまった罪悪感。
「あんまり気に病まないで……って、言うのは簡単だけどさ。ツムりんの場合、気遣われる方が辛いよね。だから……遠慮なく責めるよ?」
「……ですねぇ。気の済むまでどうぞぉ」
「じゃあ……君のせいで弟が死にかけた。もちろん君を助けようって動いたのは彰だけど、助けなきゃ彰は絶対心に消えない傷を負ってた。その場合彰だけじゃなくて皆も、私も……。ツムりん、命を粗末に扱ったことだけは許さないよ。君がどれだけ生きるのが辛かったとしても、許して良いことじゃないから」
「…………はぁい」
「けど何より……二人とも生きてて良かった。ホントに」
「……はい。ご迷惑おかけしましたぁ」
彼女の怒りは正統で、自分はそれを受け止めなくてはならない。
自分の起こした行動の責任として。
「そんなわけでさ。申し訳なく思ってくれてるならこの2日間、私に付き合ってもらってもいいかな?」
「もちろんですぅ。……一人で居ても考え込んじゃいますしねぇ」
そんな理由から始まった四条家での共同生活。
四条ルナは片時も私を一人にはしてくれなかった。
基本的は彼女の話に付き合い続ける形で。
「ずっと聞きたかったんだけどさ。ツムりんの『レプリカ』って結局何なの?」
そんな私の中だけの世界を、彼女は興味津々に聞いてきた。
まるで答え合わせをするかのように。
その理解度を見るに、ずっと私のことを考察してきたことが伺える。
「じゃあ『導化師アルマ』は、君にとってどんな存在? レプリカの導化師は、最後に何か言ってた?」
質問攻めに合い、ひたすら答え続ける。
そんな会話の中で逆に教えられることもあった。
「え? じゃあ『先にいく』って導化師が言ってたから自殺しようと思ったってこと? 天国に逝くって意味だと思って?」
「えと、一応そうなりますかねぇ?」
「うわー……絶対そういう意味じゃないよ、それ。私ならそんなこと言わないし。言葉足らずなのもあるけど……その勘違いはさすがに可哀想かなぁ」
「? じゃあ、どういう意味だったんですかぁ?」
「それはもちろん、上を目指せって意味でしょ?」
導化師アルマ/レプリカが残した言葉。
その解釈を間違えていると、本物から教えられる。
「レプリカって扱いの難しい武器を完全にエンタメに昇華できるくらいに。それこそ『導化師アルマ』を超えるくらい、世界を変える影響力を持つトップVTuberにでもなってさ」
途方もない、夢のような話。
けど、『まだこの世界には早かった』『ゆっくりでいいから』という言葉を思い出し、その裏の意図として腑に落ちる。
「え……あの人そんな無茶なこと言ってたんですかぁ?」
「たぶん? 皆に認めてもらえればレプリカは存在できるわけだからね。また会いたいなら目指してみても良いんじゃない?」
「…………」
その提案に、私は何も返答できなかった。
今も炎上の渦中にいる自分が高みを目指すなんて。
そもそもまだ先のことは考えられない。VTuberを続けるのかということすら。
だって、道を閉ざそうとしていたばかりなのだから。
結局有耶無耶にされたまま、まだ何も納得できていないから。
「怖い? 異迷ツムリを続けるのが」
また人のことを見透かしたような問い。
今更否定も反抗もする気は起きず、ただ素直な想いを打ち明ける。
「だって……私にはもう、異迷ツムリは務まりませんからぁ……」
「ふーん……それは『間宵紬』としての意見?」
「? そうですけどぉ……」
「そっか。そんなことないと思うけど……私から言うのはやめとこうかな。きっと言ってくれるからね」
「?」
意味深に言葉を打ち切り、そのまま彼女のペースで話を繋げられる。
「その代わりに教えてあげるよ。異迷ツムリがどれだけ求められてるのか。……そろそろ来る頃かな」
「来る? 誰か呼んでるんですかぁ?」
それに彼女が回答する前に、インターホンが鳴る。
まるで見計らったようなタイミング。
その訪問者の正体は……。
「うぇぇ……なんでロカさんがここにぃ……?」
「あからさまに嫌そうな顔しますわね。傷つきますわ」
ロカ・セレブレイト。
アルマとの仲を考えれば彼女がここに来ること自体は理解できる。
しかし問題なのは、今日来た目的が恐らく自分であること。
「もちろん呼んだのは私だよー。そんなにロカちんのこと苦手だっけ?」
「だってぇ……こんなのお説教確定じゃないですかぁ」
「あら、怒られるようなことをした自覚はありますの。なら当然ですわね?」
事の経緯も全て伝わっているようで、ロカの性格上それを許さないことも分かってる。
さらに追い打ちをかけるようにルナは言う。
「ちなみに、メンバー全員タイムスケジュール組んで呼んでるよ」
「昨日の今日で仕事早すぎませんかぁ……?」
「みんなが二つ返事でオーケーしてくれたおかげだね。それだけみんなツムりんに言いたいことがあるってことさ。愛されてるねぇ」
「えぇ……? 色々と怖くなってきましたぁ……」
普段の活動で充分忙しいはずの彼女らが予定を空けてまで自分に会いに来ると。
それだけ想ってくれてることを喜ぶべきかもしれないが、それ以上に不安で胃が痛くなる。
「この2日間、忙しくなるから覚悟しといてね♪」
導化師を辞めてもやはり彼女は彼女のまま。
人の本質というものはそうそう変わらないらしい。
◇
目を覚ました頃には丸一日が経っていた。
曖昧な意識の中、少しずつ思い出す。
少女を助けたこと。
少女と交わした言葉。
少女が混乱する様子。
……死にかけた自分を見る、絶望の表情。
「……!! ツムリ!? っ……つぅ゛……」
飛び起きようとして、痛みと近くにいた看護師に止められる。
説明を聞かされ、己の置かれた状況を理解する。
重傷の末、一命を取り留めたこと。
残り2日間は面会謝絶であること。
全て聞き終えても、自分の身体以上に心配な存在があった。
異迷ツムリはあの後どうなったのか。
自殺未遂を起こすほど追い詰められていたのに、目を離してしまった。
こうしてる間にもツムリが何かやらかさないか。
伝えたかったことも結局伝えきれていない。
不安を煽るようなことだけ言って倒れて……。
早く伝えなければ……誤解されたままで良いはずがない。
焦燥感が募るばかりで、今は会えない歯痒さだけが残る。
せめて安否だけでも確認できないか、連絡先を考えながら携帯端末を見る。
するとメッセージが数件届いていた。
差出人は姉、そこには異迷ツムリを家で預かっている内容が書かれていた。
また変な気を起こさないようにフォローするから、安心して治療に専念しろと。
そして、最新のメッセージには写真まで添付されていた。
同期や先輩とのツーショット写真。
絡まれて、困ったように笑って、でも満更でもなさそうで。
その表情に少しだけ安心を覚えた。
彼女の居場所を用意してくれる人が他にも居て、本当に良かった。
ひとまず心を落ち着かせ、瞳を閉じる。
確かに今自分にできることは治すことだけだ。
次ツムリに会ったときは、ちゃんと全部伝えられるように。
眠りにつき、また会える日を待つ。
……。
…………。
……………………。
…………………………………。
「し、失礼しますぅ……」
長い3日間を超え、ようやくその声が聞ける。
起き上がって出迎える。
なんとか会話できるくらいには回復できた。
「その、お見舞いに来たんですけどぉ……生きてますかぁ? マネージャーさぁん」
「ああ。おかげさまでな」
「……それ皮肉ですかぁ?」
「ん? 全然そんなつもりはなかったが、じゃあそういうことにしとこう」
「なんですかそれぇ。イジワルですねぇ」
いつも通りを装い、軽口を言ってみる。
彼女は苦笑いして、いつもの間延びした口調を聞かせてくれた。
互いに緊張もなく、リラックスできている。
今なら落ち着いて話せそうだ。
伝えたいことすべて伝えられそうだ、と。
そんな実感を得ながら少女との対話を始めた。




