第170話 異迷ツムリの視聴者
異迷ツムリ。
僕がマネージャーになって、初めて担当するVtuber。
何をやらせてもダメダメで、きっと普通なら必要ないサポートまでさせられて。
それでも、自信なさそうにしながらもアイドルを目指す姿を側で応援する日々は悪くなかった。
彼女には特技があった。
声真似、声音から微妙な言い癖まで完璧に真似る。
それは声に留まらず人柄まで再現し、繰り返すほどに精度は上がり、その存在は内側で大きく膨れ上がると。
ずっと不安だった。
その特技を前面に出す異迷ツムリの活動方針。
その性質が彼女の身に良くない変化をもたらす度に。
導化師アルマの代理を務めることになった。
2人分の活動という激務の日々にストレスを溜め続けた。
バンドフェスに出演し、別の者の代理まで務めて……遂に倒れた。
そして、目を覚ました彼女は異迷ツムリじゃなくなっていた。
しばらく引き篭もって、その間彼女の身を守ってくれた偽物の導化師が窮地に陥ったとき、彼女は再び立ち上がった。
後から聞いた話だが、異迷ツムリの中の人間『間宵紬』すらも偽物で、彼女は間宵結の生きる理由として存在してるのだと。
ずっと、誰かのために演じてる。
誰かを応援するために自分を犠牲にし続けてる。
そんな彼女の活動を応援する。
それが僕のマネージャーとしての役目。
……本当に? 僕の務めてきた役目は、マネージャーの領分を超えていないか?
僕は本当に、マネージャーという理由だけで彼女を応援しているのか?
◇
送迎を終えてからもずっと、彼女のことが頭から離れない。
「……ツムリ。今日のライブ、どうだった?」
ライブを通して彼女の内側でどんな変化があったのか、自分には分からない。
分からないけれど、明らかに変化があったことだけは会話して分かった。
まるで憑き物が落ちたように、肩の荷が下りたように。
そしてその変化が……良い変化なのかも読めない。
「今後の活動、したいこととかあるか?」
不安だ。できることなら片時も目を離したくない。
でもそんなことを言う資格、自分にあるのだろうか。
ただのマネージャーにそこまで踏み込む資格はあるのか。
彼女を幸せにすると豪語しておきながら、結局迷った挙句目を離してしまった。
「なんで……こんな簡単なことも聞けないんだ。僕は」
今まで自分は異迷ツムリのために何ができた? これから何ができる?
伝えるべき言葉は、自分にできる行動は。
ずっと、ずっと考えている。
「何でも言ってくれ。何でも力になるから……」
その思考の最中、携帯端末の通知が耳に届く。
担当タレントの通知だけは音を変えていたから、その音を聞いた瞬間飛び起きた。
「っ!? ツムリ!!」
すぐに画面を開く。
そこには案の定『異迷ツムリ』の名からメッセージが届いていた。
メッセージの内容は……。
『マネージャーさんは私の配信、見たいですか?』
「これは……なんだ?」
唐突な質問、その意図が読めず戸惑う。
一応明日会う予定のはず、それでもメッセージで聞いてくるのだから早急に返答が欲しい内容なのだろう。
けど……今のツムリの状態が分からない以上、下手な回答はできない。
もしかしたら彼女は、この回答で何か重要な選択をしようとしているのかもしれない。
どう答えるのが正解だ?
普通に考えれば見たいか見たくないかの2択。
見たいと言えば配信する、それだけなのか?
なら、マネージャーとしては止めるべきか?
今は悪い意味で注目を浴びている。
受け入れてくれてるファンもいるけど、まだ異迷ツムリに対し心無い言葉をぶつける輩も居る。
それらを見れば傷つくことになるだろう。
それでも、彼女がそれを乗り越えようとしているのなら、その覚悟に水を差すことになる。
「……ダメだ。分からない……」
マネージャーとしての正解が分からない。
そもそも今までマネージャーとして接し続けて彼女を迷わせてしまった。
ならいっそ……マネージャーとしてではなく、己の本心に従うべきか。
その結果、彼女がどんな行動を起こすとしても……僕はマネージャーとして支え続けると誓って。
「ツムリの配信……僕は……」
彼女をこれ以上迷わせないよう、その選択を文字に打ち込む。
この迷いが彼女に伝わらないように、これ以上決心が揺らがないように。
僕は送信ボタンを押した。
◇
4期生1周年記念ライブから一晩が明けた。
私はファンとして、そして――――間宵紬と間宵結の兄として、そのライブを見届けた。
見ていて苦しいライブだった。
今まで仲良くしてきた同期とぶつかり合って、相手も己も傷つけて。
それでも、ツムリが牙を剥いても同期は諦めないでくれた。
先輩と手を取り合って、その輪に誘うように手を差し伸べてくれた。
そして導化師アルマ。
強大な壁として立ち塞がり、何故か最後は互いを讃えるように良い声歌っていた。
どんなやり取りがあったのか分からないが、異迷ツムリの壁を壊してくれたように見えた。
4期生の記念ライブと言いつつ、その実態は異迷ツムリのためにあったようなもの。
それだけツムリのことを想ってくれる仲間が居るのは素直に嬉しい。
「……ツムリ。昨日のライブ、君はどう思ったんだ?」
それでもまだ、不安は拭えない。
彼女は偽物の導化師アルマとしてライブを終えた後、異迷ツムリの顔を見せていない。
SNSなどの動向も一切無し。
自分はただのファンで、それ以上のことを知るすべも無い。
異迷ツムリの性質を知っている分、自分は余計な邪推をしてしまっているのかもしれない。
「また……元気な声を聴かせてくれないか?」
ただ楽しく配信してくれれば、それ以上は望まない。
妹に会いたい気持ちがないわけじゃない。
けど彼女が元気で居てくれるならそれだけで十分だ。
ただ1人の女の子の幸福を願う。
そう、想いに耽っていたときだった。
携帯端末が通知を受信したのは。
画面を見れば、そこには配信開始の通知が表示されている。
その配信チャンネルの名は……異迷ツムリの文字が表示されていた。
「……? っ!? 配信開始って、なんで急に……!?」
なんの告知もなく唐突に開始された配信。
急激に跳ね上がった心臓を落ち着かせながら、すぐさま配信画面を表示する。
『……あ、あー。聞こえますかねぇ? 急に配信始めちゃってごめんなさぁい』
《聞こえてるぞ》
《通知見てビビり散らかしてスマホ落としたぞ》
《どしたん?急に配信なんて》
同じ心境らしい視聴者のコメントが流れる。
それを見てツムリは話を続けた。
『あ、聞こえてるなら良かったですぅ。じゃコメント見るのやめますねぇ』
《いやなんでだよww》
《まさか音確認のためだけに使い捨てられるとは……w》
『いやぁ……申し訳ないんですけどまだちょっと見る勇気がなくってぇ。だったら配信するなって話かもしれないですけどぉ……伝えたいこともあったのでぇ』
《あー……まあ色んな人がコメントするからな》
《確かに無理せずだなぁ。配信してくれるだけでも嬉しいよ》
《伝えたいことってなにかね?》
『じゃあここからは一方的に喋りますねぇ』
いつもの調子に見えるが、やはりまだ世間の声は怖いか。
元々エゴサが苦手とも言っていたし、今の状況では余計敏感になるのも仕方ない。
『まずは昨日のライブの感想ですけどぉ……色々とご迷惑おかけしてごめんなさい、ですかねぇ』
仕方ない……けれど、なら何故このタイミングで配信を?
視聴者との会話が目的じゃない? 伝えたいことというのは?
『本心からの気持ちではあるんですけどぉ、客観的に見返したら八つ当たりみたいに見えちゃったんでぇ。記念ライブなんておめでたい場ですることではありませんよねぇ。あはは……ホントに、申し訳ありませんでした』
ライブの感想、その謝罪。
確かに熱が冷めないうちにした方が良いことではある。
でもそれだけなのか?
『改めて思うと、昨日で1周年迎えたんですねぇ』
しみじみと言う。
1周年記念ライブの後だ。1年の振り返りをしたって何もおかしなことはない。
それでも……何か、とてつもなく嫌な予感がする。
『この1年は……色々ありすぎてちょっと疲れちゃいましたね。へへ……』
杞憂ならそれでいい。
ただ備えるだけだと、自分に言い聞かせて身支度する。
携帯端末で配信を流しながら車に乗り込んだ。
『でも……楽しかったですぅ。異迷ツムリとして活動できて』
ただの言葉の綾だと信じたい。
でもこれではまるで……。
「最後の配信でも聞いてる気分だ……」
最後の配信、ファンとしては悲しむべきことだ。
しかし問題はそこではない。
『あ、そうだ。1曲歌ってもいいですかぁ? ホントなら昨日初披露するはずだったんですけどぉ』
何の告知もなしに、最後ということも言及せずに配信を始めたこと。
私の身近な人は……いつも突然居なくなるから。
『私の……異迷ツムリの、初めてのオリジナル曲』
《オリ曲だと!?!?》
《え、嬉しいけど、何で今?w》
《告知なしでやることじゃなさすぎるww》
いつも配信を賑やかせてくれる常連ファン。
明るい雰囲気に見えるが、どこか戸惑いも見える。
言わないだけで同じ不安を抱えてそうだ。
『ダメって言われてもコメント見えないんで知りませんよぉ。では歌いますぅ』
その中でも私は一番杞憂してしまっている自信がある。
彼らが知り得ない過去を知っているから。
『聞いてください……「ニジカケ」』
曲の名を告げ、音源を流し始める。
誰も知らない、異迷ツムリのためだけの曲。
『"湿気る季節の五月雨終い 雲間に差し込む青日差し"』
なんでこのタイミングで歌おうと思ったのか。
初めてのオリジナル曲の披露なんて節目、大事にしたいオタクの気持ちは彼女もわかるはず。
『"空のキャンパス七色光り 塗り重なって淡い白"』
まるで今しか披露するタイミングがないかのような急な判断。
それとも、曲のお披露目が目的ではないのか?
『"更ける黄昏夜空が怖い 透明な僕は殻籠もり"
"鮮やかな 色放つ 君の後ろに雲隠れ"』
もし、もしも仮にこれが最後の配信なのだとしたら……最後の舞台なのだとしたら。
『"沈む沈む 闇夜が満ちる 夜になっても光る橋"』
異迷ツムリの中の人間は間宵紬。
間宵紬は既に死んでいて、彼女はその偽物。
『"僕は君と歩んでみたい この輝く道を"』
その最後まで真似ようとしているのだとしたら。
『"ニジと駆けてゆくよ"――――』
間宵紬の死因は……ライブ中、舞台の上からの転落。
「……!!!」
嫌な想像ばかりが広がる。
ここまで不安になるのも彼女の歌が影響しているのかもしれない。
《いいなこの優しい曲調。いいな》
《ツムリらしいちょっと拙い歌い方がね……ヤバイ泣きそう》
《この切ない感情表現、歌も最初の頃と比べて上手くなったよなぁ》
《でもなんだろ。この落ち着いた感じ……ちょっと怖い》
他の視聴者も、異迷ツムリの歌から哀愁のような何かを感じているようだ。
『"どの色も捨てられず 殻から溢れ色滴る"
"雨に流されまた一つ 僕の色……あらわれる……"』
この曲はライブで歌うはずだったと彼女は言った。
これがライブの延長のつもりなら。
Vtuberの舞台といえば配信上。
『"沈む 沈む 夕日が沈む"
"君の 帰りを待つ……"』
今まさに舞台の上に立っているつもりなら。
確かあの日は……スターライトのオリジナル曲、最後のサビに到達する前。
『"空へ 駆けた 君が見えない"
"ニジは 欠けてゆくよ……"』
その瞬間だった。
急に曲の音が途切れ、配信はオフラインになる。
そう―――配信が落ちた。
「っ! やっぱり……そういうことなのか……!!」
パソコンに触れて配信を強制終了したのなら、まだ最後の一歩は踏み出していないはず。
焦りが高まり、目的地へと強くアクセルを踏む。
しかし、どうしても……彼女の家まで距離がある。
「頼む……間に合ってくれ……!!」
ああ、どうしてだろう。
私はいつも間に合わない。




