第169話 ライブ後の選択
好きってなんだっけ。
アルマさんが好きだった。
一目見た瞬間に惹き込まれて、私がVTuberになる後押しをしてくれた恩人。
でもいつの日か、彼女は導化師アルマを否定するようになった。
彼女への好きは、最推しを守るために終わらせた。
導化師アルマ/レプリカが好きだった。
私の最推しを守るために生まれた偽物。
でも私を一番守ってくれたのは偽物の彼女で、最後まで私のことを導いてくれた。
でも彼女は私から離れてしまった。
私の好きはもう彼女に届かないのに、この好きを忘れられない。
お姉ちゃんが好きだった。
私を最推しと言って、私を守るために頑張ってくれた。
でも皆を傷つける姿を見て、わからなくなった。
お姉ちゃんのことは好きだけど、私の好きなアイドルとは違う。
好きってなんだっけ。
なんで好きなんだっけ。
好きだとどうなるんだっけ。
……私の好きは、本当に好きなのかな。
◇
4期生の1周年記念ライブが終了した。
ライブとしての盛り上がりは上々。
特に最後の曲は、導化師アルマのファンにとって意味のあるものだった。
《やっぱりさ、まだ気持ちの整理がついてない部分もあったんだよな……迷い人として》
《急に導化師辞めるって言われても戸惑うよなぁ。自分のはちょっとした解釈違いだけど、少なからずツムリに共感してた部分もあるし》
《最後の曲、二人とも気持ちよさそうに歌っててよかった》
《卒業ライブってわけでもないけど気持ち切り替える良い機会になったわ》
過去と今日を振り返り、ようやく前を向き始めるファン達。
不穏な空気から始まったライブと考えれば良い終わりを迎えられたと言える
「導化師アルマはこれにて終幕、と。ちなみに……一人の迷い人として忌憚のない意見を聞いてもいいかな? シューコちゃん」
ネットの反応だけでなく生の声を聞こうと身近なファンに問う。
「え? アルマさんのライブなんだから最高に決まってるじゃないですか。普通にボロ泣きですけど?」
「う、うーん全肯定すぎて参考にならない……」
「当然です。どんな形になろうとアルマさんが最推しなのは今後一生変わらないんで」
普段誰にでも遠慮なく物申す彼女の意見を期待したが、やはり導化師アルマのこととなると人が変わってしまう。
それでも彼女なりの意見もあるようで。
「でも……アルマさんの声も好きなんで。正直、2人の歌はどっちもよかったというか……」
「! わかる! あの子の歌もホントによくって……私も同じ意見だからさ。そんなに申し訳なさそうに言わなくて良いんだよ?」
「……ありがとうございます」
本物の前で偽物を褒めるなんて、という抵抗があるみたいだ。そんなこと気にする必要ないのに。
自分が良いと思っているものに共感してもらえ、安堵を覚える。
しかし……現状は手放しに喜べる状況でもない。
「結局、一緒に歌えなかった。ツムリ、帰っちゃった……話したかったのに。もう、ダメなのかな?」
ティアの言う通り、異迷ツムリはライブが終わって早々に帰ってしまった。
まるで自分達との会話を避けるように。
このライブの当初の目標は異迷ツムリを納得させて和解すること。
それは中途半端な結果で終わってしまった。
「胸張って大成功!とは言えないかな……。でも失敗ってこともないよ。少なくとも最後の曲、あの子の中の導化師とは分かり合えたから」
「じゃあアルマだけ、上手くできた? ティア達は……なにかできたかな? ツムリのために」
導化師の件はある程度理解してもらえたはず。
しかし4期生の記念ライブで、4期生全員で歌うことは叶わなかった。
もう昔みたいに仲良くできないのか、そんな不安をティアから感じる。
「できたよ。私一人じゃ絶対伝わらなかった。一人で全部抱え込むのは良くないってこと。君達同期が本気でツムりんを想ってくれてるってことも」
「そうなの? ……そうだと良いな」
これはティアを安心させるための慰めなんかじゃない。
異迷ツムリを一人にさせないためにも、周りにたくさんの仲間が居るってことを伝える必要があった。
「自分の選んだ道が間違ってるなんて簡単に認められることじゃないからね。でもあの子はやっと足を止めてくれた」
導化師アルマ/レプリカの言い分から察するに、きっと彼女の中のレプリカはもう……。
だからこそ、今は彼女を一人にしてはならない。
また一人で迷い込んでしまわないように、彼女が失った拠り所の代わりを誰かが務めなければ。
「あとは新しい道を示してあげるだけ。それは……今あの子が一番信頼してる人の役目」
その役目が誰なのか、それはもう本人に伝えてある。
あとは信じるだけだ。
彼女のマネージャーを……導化師アルマの弟を。
◇
ライブを終えて、本人の希望で早々に舞台をあとにした。
マネージャーとしてタレントを送迎する。当然の役目だ。
その移動中、ツムリが自分から言葉を発することはなかった。
もうすぐ彼女の家に到着してしまう。
このまま何も話さず帰して良いものか。
……否。良いはずがない。
「あー……ツムリ。これから時間あるか? 少し話したいこともあるし、良ければ飯でもどうだ?」
あのライブで、きっと彼女の中で大きな変化が起きている。
危険な状態なら一人にしてはならない。
話さなければ、彼女のことは何も分からない。
「ごめんなさい。ちょっと疲れててぇ……」
「そうか……いや、ならなおさら用意をするよ。あれだけ体力使ったんだ。体調崩されても困るし、待っててくれるだけでいいから……」
「マネージャーさん」
強引にでも押しかけようと、無理やり話を進めるつもりだった。
しかし、いつになく芯の通った彼女の声に止められる。
「一人になりたい気分なんです。ちゃんと食事もしますからぁ……明日でもいいですか?」
優しく落ち着いた声音。
そんなに冷静に答えられてはこちらもこれ以上踏み込めない。
やっぱり……口先ばかりのマネージャーでは隣にいることすら許されないのか。
どうすれば信用してもらえるのか……。
「わかった。……なにかあればいつでも呼んでくれ。僕はいつでも側にいるから」
彼女に拒絶され、こんな答え方をしたのも何度目か。
そのまま家に到着してしまい、彼女が階段を登って集合住宅の一室に入るのを見届ける。
また僕は、頼られるのを待つことしかできない。
また僕は……彼女を一人にしてしまう。
◇
「…………静かですねぇ。すごく」
自室に入り、自分の世界に閉じこもる。
その世界の住人は随分と減ってしまった。
「体調はどうですかぁ? お姉ちゃん」
「うん……身体はすごく楽。軽くなったから。ぽっかりと……」
2人で対話する。
その身体の主である間宵結と、今まで身体を動かしていた間宵紬。
いつもなら話に割って入ってくる存在ももう居ない。
「レプリカ、全員いなくなっちゃった……ごめん」
「お姉ちゃんが謝ることじゃないですよぉ。皆さんが決めたことですからぁ」
レプリカ、間宵結が作り出した他人を写した人格。
導化師アルマ並びにブイアクト関係者の人格19人は、先程のライブでこの身体を去った。
「あの人が言ってた『先にいく』ってどういう意味だと思いますかぁ?」
「……どうだろう? 先って言われても、そもそもどこに進むべきかも分からないのに」
「あー……ですよねぇ。どうしましょうかぁ。『異迷ツムリ』のこれから」
去り際の言葉を疑問に思いながら2人で悩む。
レプリカを失って、活動方針も見失った。
メンバーと敵対する理由もないのだろう。
けれど……今更どう接すれば良いのか。
「お姉ちゃんはこれからどうしたいですかぁ?」
結局すぐには答えを出せず頼ってしまう。
姉の返答なんて聞かなくても分かってるのに。
「私は紬に……『間宵紬』に、アイドルとして幸せになって欲しい。けど……」
何が変わっても揺らがない姉の目的。
しかし、今回の一件で彼女も考えを少し改めたらしい。
「これは私の理想だから。……紬が嫌なら、紬のしたいようにしてくれれば、それでいい」
『理想を押しつけないで』という、導化師の最後の言葉。
それを律儀に守ろうとするくらいに、姉の中でも導化師アルマ/レプリカは大きな存在になったのだろう。
「紬はどうしたい?」
逆に聞き返され逡巡する。
迷っていたけど、姉に望まれても考えは変わらなかった。
「私は……もういいかなってぇ。もう、疲れちゃって……」
「紬……」
「私が異迷ツムリを続けるって言って、受け入れてくれる人もいるかもしれません。でも……嫌な気持ちになる人もいるのでぇ……」
自分を疎ましく思う人もきっと居る。それだけのことをしたから。
求めてくれる人が居るとしても、自分の存在が誰かを不幸にするのは耐え難い。
「ならいっそ異迷ツムリも間宵紬も全部辞めて、お姉ちゃんに……間宵結として幸せになって欲しいですねぇ」
「え……紬も居なくなるってこと? そんなの絶対無理。私一人で幸せになんてなれるわけ……なっていいわけない」
せめて姉だけでも幸せに。
そう願ったけれど、姉は即座に否定した。
「間宵結はあの日死んだ。この身体は、間宵紬のものなの」
「それこそ押しつけじゃないですかぁ。本当に死んだのは間宵紬の方で……私は偽物ですけど。本物もきっとお姉ちゃん自身に生きて欲しいって思ってますぅ」
「それは……それも分かってる。けど……」
今までこんなこと言えなかった。
傷つけるのが怖くて、互いに互いを肯定することしかできなかった。
でもその結果迷い込んで、不幸へと進み続けた足をようやく止められたから。
ずっと言えなかった本音を伝える。
「私はいいから。紬の好きなように生きて」
「イヤですぅ。お姉ちゃんが生きてくださぁい」
ワガママに押し付け合う。
願っているのは本当に相手の幸せか。
それとも己が現実を逃避するための口実か……。
「……こういうとき、導化師が居たら仲裁してくれたんだろうね」
「ですねぇ。知らないうちに導かれてることばっかりでしたからぁ……」
「じゃあ本物のアルマに相談する?」
「それは……まだちょっと無理ですねぇ」
「うん。私も、本物はまだ好きになれなさそう」
自分達で道を決められないとしても、信頼できない人には委ねられない。
後悔しないためにも頼る人は選びたいと。
「でも……他の人に決めてもらうのは良いかも」
「他の人にって、その人が私達の道を選ぶってことですかぁ?」
「そう。選んでもらうならあの人だと思ってるけど、それで良い?」
「それはもちろん。散々迷惑かけて、それでも最後まで尽くそうとしてくれた……。あの人の選択なら納得するしかありませんよぉ」
2人は同じ人間を思い浮かべる。
レプリカの導化師が居ない今、一番信頼できる人。
どんな道を選んでもずっと異迷ツムリを支えようとしてくれた人。
「なんて聞こうか。選んで欲しいけど、責任感じて欲しくはないよね」
「ですねぇ。何気なく、素直な気持ちで答えて欲しいですからぁ……」
重くなりすぎないよう、質問内容を2人で考える。
文字に起こし、そしてメッセージを送る。
自分達の未来を決める選択肢を。
『マネージャーさんは私の配信、見たいですか?』




