第168話 1周年ライブ:アンコール
最初は1人だった。
初めて動画を見て憧れたVTuber。
私もVTuberになろうか迷っていたとき。
デビューしたてで右も左も分からず迷っていたとき。
颯爽と現れて手を引いて導いてくれた、先輩で最推し。
それが最初の導化師アルマの印象。
10周年ライブで共演を依頼され、コピーの精度を上げる練習をした。
ライブ当日、倒れてしまった本人に代わってハイエンドピエロを再現した。
何故か活動拒否を宣言した本人に代わって活動することになった。
最推しを終わらせないために演じる。
不安だけど、今は私にしか出来ない大役。
それが当時の導化師アルマの印象。
長い間、導化師アルマを真似るためにインプットし続けた。
続けるほどに自分の中で導化師アルマが大きくなった。私自身と同じくらい大きく。
そして彼女が完全に別人格として認識できたのは、ブイバンドフェスで倒れたあとのこと。
独りで追い詰められていたときに救ってくれた存在。
それが二人目の導化師アルマの印象。
そんな二人目に対し、本物は突然表舞台に姿を表して、導化師アルマの終わりを宣言した。
最推しの終わりが認められなくて、何より私を助けてくれた恩人が消えてしまうことが認められなくて。
そのとき私の最推しは本物ではなく、偽物に代わった。
私を助けてくれた人。
今度は私が助ける番だって思って。
異迷ツムリとして、導化師アルマ/レプリカの居場所を残そうとした。
でも結局また私はダメになっちゃって、また助けられちゃった。
導化師アルマは、異迷ツムリが始まってからずっと支えてくれた人。
……一人じゃアイドルになれなかった偽物の間宵紬を、ずっと支えてくれた人。
◇
ゲストパート5組目、導化師アルマの舞台。
その2曲目の終わりと同時に役目を終了する。
タイムスケジュールでは次が最後の曲。
記念ライブらしく4期生全員で歌う予定。
その全員に異迷ツムリが加わるかは、今日のライブ次第だった。
説得に成功して5人で歌う大団円で終えられるか、理想叶わず今後も4人で歌うことになるのか。
今の状況を見るにそれは……厳しいと言わざるを得ない。
だから、勝手なことして申し訳ないけど……最後の1曲、貰ってもいいかな?
「"こんあーるま♪ 迷い人の皆々様、案内役はこのワタクシめにお任せあれ!"」
聞き慣れた声、聞き慣れた挨拶。
配信者の挨拶には当然自己紹介が続くわけで……。
「"道化を導く道化こと……『偽物』の導化師アルマです♪"」
「なるほどね……。はーい同じく『本物』の導化師アルマです♪」
《お、おう??》
《え、なんで今自己紹介?》
《そんな堂々と言うこと?偽物だの本物だのw》
敢えて『偽物』『本物』と己を主張する。
困惑していたのは観客だけでなく、舞台裏の演者やスタッフも。
予定にないMCが突然始まり、どうするつもりなのかと不安の目で見守る。
その意図を理解できたのは、同じ名を名乗る本物だけ。
「"改めてアタシから言わせていただきます。導化師アルマの再演は今日限り。このライブが終わったら二度と導化師を名乗ることはありません。本物はもちろん……偽物のアタシも"」
《あ、ホントに終わるんだ》
《うん……今日ちゃんと終わりを迎えられただけでもよかった》
はっきりと断言する。
ただ一人導化師の終わりに抗っていた少女の口から言われ、観客もようやく実感し始める。
「"もう二度とアタシのことなんか見たくないって人もいると思う。それでも、もし許されるのなら……ライブの最後にもう1曲、歌わせて貰えないでしょうか"」
そう言った瞬間、場が静まり返った。
コメントの流れも明らかに遅く戸惑っている様子。
それを見たもう1人の導化師も口を開く。
「アタシからもお願いします。このまま導化師が終わっちゃうのは……ちょっと不完全燃焼じゃない?」
《なるほどなぁ。確かに物足りなくはあるけど……》
《ライブの最後にって言われると……どうだろ》
大トリともなればライブ全体の評価にも関わる。
その一端を偽物に任せるのはどうなのかと。
やはりまだ偽物を受け入れきれていないようにも見える。
そんな中で1人、少女が手拍子を始めた。
「ちょっと、ティア……」
「? ティアは、聞きたいけど。シューコは違う?」
「いやアルマさんの歌ならもちろん大歓迎だけど、一応4期生のライブだし最後の曲は……」
回りの空気も気にせず、ティアは応援し始める。
制止しようとするシューコにさらに考えを述べた。
「でも、今日はたぶん……もうツムリと歌えない。4期生全員じゃないと、意味ない」
「それは……」
ティアの直感は正しい。
ライブ全体を通して異迷ツムリにも心の変化はあった。
それでも、まだ一緒には歌えない。
あの子にはまだ迷いがある。
4人で歌うことは別離を受け入れると同義、ここで打ち切るにはまだ早い。
折角の記念ライブなのにそんなバッドエンド、観客も君達も望んでないはず。
「ティア達は、これから何回でもライブ、できる。でも、導化師アルマは、今日が最後。もう1曲、聞きたい」
きっとティアは純粋に聞きたいと思ってくれただけ。
導化師のような裏の意図はない。
それ故に、周囲も疑いなくそれに感化される。
彼女に協力するように、もう1人が手を叩き始める。
「……あれ? 皆さんどうしたのですか? ライブでもう1曲歌ってくれるって言ってるのですよ? それとも……アンコールの作法も忘れてしまったのですか?」
ムルシェも賛同の意志を示し、徐々に伝播してゆく。
タレント、スタッフ、文字だけの観客へと。
少しずつ手拍子が増え、やがてコールが始まる。
《アンコール! アンコール!》
《導化師最後の曲! 聞きたいに決まってる!!》
《絶対ハッピーエンドで終わらせてくれよ!!》
期待されている。導化師のハッピーエンドを。
その反応を見て、内側からも手拍子が聞こえる。
レプリカ達と、紬ちゃん。結ちゃんは……まだちょっと割り切れてないのか控えめ。
それでもみんな求めてくれてる。
「"ありがとう……ちなみに何歌うか、わかってるよね?"」
「もっちろん。この曲は正真正銘、《《アタシ達》》の曲だからね」
《ほう。ならやっぱりアレか》
《そういえばアレも結局1回しか披露できてないのか》
《2人にぴったりなヤツがあるよなぁ!》
当人達でなくても察することができる選曲。
認識を合わせた上で、その名を告げる。
「"では最後に1曲、歌います……『Re:AL=ミラージュ』"」
初披露は導化師アルマ10周年ライブ。
異迷ツムリのコピーを前提に後輩へ作曲依頼した、2人の導化師アルマの曲。
「"あーあ僕が二人いたらな"」
「"だって僕には2つ顔がある"」
コンセプトはもう1人の自分。
当時想定していたテーマとしてはVTuberのガワと中身の関係性。
ミラーデュオという形で演出した。
「"ガラスの先に映るのは"」
「"貌の異なる鏡写し"」
しかし今となっては……。
(改めて歌ってみると、アナタ達レプリカにぴったりの曲だね)
("そうかもね。ひょっとして本物の導化師様はここまで想定して作詞依頼したとか?")
(まっさか〜。さすがにこれは偶然だよ?)
("ほんとかなぁ")
「"僕は寂しがり屋のラビット 誰かに誇れる角もない"」
「"君は虚構のマリオネット でも僕よりずっと愛されてる"」
穏やかに意思を伝え合う2人。
先程の険悪な空気が嘘のようだ。
「"二人分の人生なのに 『一生』しか生きられない"」
「"そんなの勿体なさすぎるって! 絶対人生損してる!"」
(でも一緒に歌えて嬉しいよ。これが最後かもしれないしね)
(うん。アタシも楽しかったよ。アナタと歌えて)
(あら。嬉しいこと言ってくれるねぇ)
敵対していたのもただの演出、それも今や必要なくなった。
それを求めていたファンが納得してくれたから。
「"ミラーミラー 未来を映せ 虚像に光射し肥やせ"」
(――――ね。私はもう十分お話できたからさ。あっち、行ってきてもいいよ?)
(え……いいの?)
「"教えて鏡に映る君 僕は君を名乗っても良いのかな?"」
(だってこれが終わったら終わりでしょ? 伝えたいこと、まだあるんじゃない?)
(それは……うん。そうだね)
「"僕ってホントに必要なのかな 問うても答えられない君"」
(ライブの方はアタシにお任せあれ♪ アナタの動きも全部導いてあげるから。だから……最後にお話してあげて?)
「"銀色無色の世界 アルマイトグラス"――――」
(じゃあお言葉に甘えて……今までありがとね。アルマ)
……………………。
…………。
……。
「ただいま〜」
本物の薦めに従い、導化師アルマ/レプリカは意識を深く沈めた。
今会話すべき少女達に会いに行くために。
「はぁいおかえりなさぁい。……でも、もう行くんですよね?」
「うん……そうだね。お別れを言いに来たよ」
その場の誰もが理解している。誰も否定しない。
もう終わりが近づいているのだと。
「レプリカのみんなはもう言い残したことない?」
「十分すぎるほどに。時間もありませんし、ワタクシ達のことは気にせずあとはご自由に」
その問いにロカが代表して答える。
気遣ってくれたのかもしれないが、今はその厚意に甘えさせてもらうことにした。
「結ちゃんは私達に言いたいことある?」
次に問いかけたのはこの身体の主。
彼女の答えもなんとなく想像はついていた。
「……私はいい。私に何か言う資格、ないから」
実力差を見せつけられたのが余程応えたのか、今は随分としおらしい。
「そんなことないけどなぁ。あ、そういえばさっきアタシのこと推しって言ってくれてた? それってアタシが好きってこと? きゃっ嬉しい~」
「っ、そういう面倒くさいとこは嫌い……!」
「ありゃ。バッドコミュニケーションかぁ。でもアタシは結ちゃんのこと好きだよ?」
「……うん。ありがと」
まだ素直になりきれないみたいだけど、最後にお礼は言ってくれた。
その様子だけでも彼女の良い変化が見れたと言えるだろう。
「じゃあ……紬ちゃんは?」
最後に問う。
この世で最も『導化師アルマ/レプリカ』のことを想ってくれているであろう少女に。
「行かないで欲しいって言ったら……ずっとここに居てくれるんですかぁ?」
「それは……難しいかな。この身体ももう限界だしね」
「ですよねぇ。聞いてみただけですぅ。えへへ……」
否定され、冗談めかして笑う紬。
もちろん冗談じゃないことくらい分かってる。
「アタシはね、紬ちゃんに感謝してるよ」
そんな少女を少しでも元気づけるために、最後に帰ってきたのだから。
……こうして対面してるだけでも伝わってくるからね。
(……いやだ)
「本物が導化師を辞めても、ツムりんが導化師を信じてくれたからアタシは存在できた」
(ホントにお別れの挨拶みたい……感謝とかいらない。もっと一緒に居たい。それだけなのに……)
本気で自分を想ってくれてるのが分かる。嬉しいよ。
自分は所詮偽物だけど。作られた人格だけど。
でも……この気持ちだけは本物で、アタシだけのものだから。
「アタシが消えても、残るものもある。このライブ配信動画も、みんなの記憶にも。アタシは唯一無二の『導化師アルマ/レプリカ』として、きっと良い意味でも名前を残せた。……全部、紬ちゃんが応援してくれたからできたことだよ」
「……はい」
(やだ……嫌だけど……これ以上、困らせちゃダメだからぁ……)
小声で反応をくれる。
絞り出すようなか細い声で。
自分の気持ちを圧し殺して、こちらの話を聞いてくれる。
「だから今までのこと全部無意味だったとか、自分に価値がないとか思わないでね。アタシは嬉しかったから」
「…………はい゛」
涙ぐみながら必死に泣くのを我慢してる。
きっとアタシが去りにくくならないようにって。
そんなところも愛らしい。
「さてと。ではでは推し方を間違えた迷い人ちゃん達に、最後に導きを授けようか♪ 1回しか言わないからよーく聞くように!」
ならアタシは、アタシにできる最大限のファンサをしよう。
せめてアタシが居なくても、アタシの導きだけは思い出せるように。
言葉で残してあげよう。
「――――推しの選択を尊重してあげて」
あくまで一般論として。
みんなに守って欲しい道しるべを。
「推しの全部を理解できると思わないであげて」
当たり前のようで難しい。
愛が重くなるほど、自分を見失うものだから。
「推しに理想を押しつけないであげて」
オタクの自我ほど周りに迷惑なものはない。
でも……自我がないとオタクなんてやってられないのも分かってる。
「それができて、それでも好きだと思える子だけが……君にとっての推しなんだと思うよ」
だから、どれだけ大きい愛も内に秘めるべきなんだって。
……アタシ達レプリカも、表に出るべきじゃなかったんだって。
「ついでに言ってみるけど。アタシのことなんて忘れて、新しい推し見つけた方がいいと思うよ?」
「そんなの……!! 忘れられるわけないですよぉ……。一生会えなくても、一生推し続けますからぁ……」
「……そっか。ありがとね」
うん……そうだよね。
簡単にコントロールできるならここまで苦しんでないよね。
「……あ、でも一生会えないってこともないかも?」
ふと、思いついた頃だった。
現実のライブが終盤に差し掛かったのは。
『"ミラーミラー 未来を映せ 虚像に光射し肥やせ"』
ちょっと話しすぎたかな……これが最後か。
迫る時間に焦って、端的に言葉をまとめる。
『"最大の敵は自分自身?"』
『"じゃあ味方にしちゃえば無敵だね"』
「アタシ達の存在ってさ、まだこの世界には早かったんだと思う。だから……アタシ達は先にいくよ」
「先……ですかぁ?」
「うん。ゆっくりでいいからね。先で待ってる」
『"どちらが欠けてもダメになる"』
『"僕らは二人で一人なんだ!"』
伝わった、かな?
ああ。やっぱり終わり間際ほど時間が惜しくなる。
でもこれ以上はダメだ。
『"幻影実現支配 リアルミラージュ"――――』
最後のフレーズを前にして、レプリカ全員の色が失われ始める。
その変化を当人達は驚くこともなく黙って受け入れた。
うん。これでいい。
これ以上引き延ばせばまた未練が残ってしまう。
そんなのはただの亡霊でしかない。
「アタシ達レプリカのこと、推してくれてありがとう」
『"ミラーミラー 僕らをうつせ"』
この子達が前を向けるように、先に立つ存在として見守る。
それがアタシ達の次の役目。
「――――またね。バイバイ」
『"僕の役目は君の存在証明"…………』
言い終える。
最後の一音が途切れる瞬間まで、少女はその姿を目に焼き付ける。
そして……色が完全に失われる。
…………。
「……また、いつかぁ」
少女は虚空に別れを告げる。
涙を見せないように飲み込んで。
見えなくなっても、見てくれてると信じて。




