第165話 1周年ライブ:ゲストパート②
紅月ムルシェ。
彼女が全てを塗り替えた。
暗く曇った空気を晴らす、太陽のような笑顔。
まるで幼い頃に憧れた、理想のアイドルのような……。
「ツムリさん! お久しぶりなのです!」
「……え? あっ……はい」
画面越しに見ていた本人が急に話しかけてきて戸惑う。
「ムルのライブどうでした? と言っても久々すぎてたくさん失敗しちゃったんですけど……えへへ」
応援したくなる愛嬌。
慰めの言葉が出掛かり、ぐっと堪える。
今日は馴れ合いに来たわけじゃない。
「何が……聞きたいんですか?」
「え? その、恩返しになってたらいいなーって思ったのですが」
「恩? 何の話?」
「ムルが活動休止を迫られた時、助けに来てくれたお礼。まだ出来てなかったので」
言われてみればムルシェと会うのもあれ以来か。
結局彼女が自らその道を選んだ理由は分かっていない。
「最後は自分で活動休止の道を選んじゃったんですけど……でも、ムルのために頑張ってくれて嬉しかったのはホントなのです!」
私が紅月ムルシェになって、同じことができるだろうか?
……できる気がしない。
彼女の愛され体質は理屈で測れない。
「こんなムルのことも好きって言ってくれてたので、ライブでお返しできればなって……あれ? なんだかムル、もの凄く自惚れさんになってません? 勘違いだったら恥ずかしいのです……」
「あ、えっと。喜んでると、思います……絶対」
「そうですか? なら良かったのです!」
この人と話していると調子が狂わされる。
純粋すぎて、疑り深くなってしまった自分には眩しすぎる。
「ムルだけじゃないのです。この後も、みんなツムリさんのためにってレッスン頑張ってましたから。見てあげて欲しいのです!」
言うだけ言って彼女は去って行った。
どうして自分は強く突き放せなかったのか。
「ツムリ? 大丈夫か?」
「……ごめんなさい。ちょっと1人にしてください。相談、したいので」
「あ、ああ……分かった」
心配して話しかけてくれただろうマネージャーを遠ざける。
どうしても確認したかった。
自分のライブを見て、紬はどう思ってくれたのか。
……今の紅月ムルシェを見て、何を思うのか。
◇
ステージ上の出来事を同じように見ていた二人。
導化師アルマ/レプリカは優しく声をかける。
「……ムルちゃとティアちゃんのライブ、良かったね」
「はい……はい゛……!」
ライブを見て号泣する間宵紬。
こうして見ていると、ただの限界オタクな少女にしか見えない。
「私……やっぱり、アイドルが好きです。……大好きなんです……」
「うん。そうだね。……そろそろ落ち着けそう? もうすぐ来ると思うから」
「…………はい。もう大丈夫ですぅ」
導化師の声かけで平静を取り戻す。
同じくライブを見ていたこの身体の主。
間宵紬の姉がここに来ることを察して。
「ただいま紬。その……ライブ、どうだった?」
どこか控えめで、自信なさそうに問うてくる。
「……はい。すごく、すごいライブで……感動しましたぁ」
彼女は一瞬安心しかけ、またすぐに曇った表情になる。
「そう……私と……」
「?」
「……ううん。やっぱりなんでも……」
何かを聞こうとして止める素振り。
何が聞きたかったのか、それは想像に容易い。
「今のムルちゃ達のライブと、結ちゃんのライブ。紬ちゃんはどっちが良かった?」
「っ!?」
「え!? っと……それ、は…………」
導化師は彼女の代わりに聞いた。
互いに顔色を伺って、また迷い込みそうになっていたから。
「お姉ちゃんも凄かったんです! です、けどぉ……」
その導きに間宵紬は応える。
彼女もまた、変わろうとしている。
「あっちが……私のなりたかったアイドル……です」
「紬……」
今まで自我を隠して、選択を全て委ねてきた。
自分は偽物だからと、自分の意見に自信を持てなくて。
そんな臆病な彼女が少しずつ、己の意志を表明し始める。
「……お姉ちゃん。今までごめんなさい」
「え……なんで、謝るの?」
「私が今まで迷ってたせいで、お姉ちゃんを余計に苦しませてぇ……ホントにごめんなさい」
「そんなことない……紬は何も悪くない!」
姉は自分の全てを肯定してくれる。
自分の希望を叶えようとしてくれる。
今この世で唯一人の、間宵紬のために。
「いえ。ずっと迷ってた私が悪いんです。だからぁ……」
だから、姉を導けるのは自分しかいないのだと。
彼女はようやく自覚してくれた。
「起こしてくれますかぁ? レプリカの皆さんを」
「…………紬がそうしたいなら……わかった」
間宵紬の願いに渋々答える。
妹の急な変化に戸惑っているのだろう。
そして恐れている。
彼女がどのような未来を望んで、この選択をしたのか。
「アルマさん。私の考えてること、分かりますかぁ?」
「もちろん」
「では……答えを出せるように導いてくれませんかぁ? 私こういうの苦手でぇ」
「……いいの?」
「はぁい。お願いしますぅ」
少女は真っ直ぐ目を見て願ってきた。
その覚悟に、導化師として応えないわけにはいかない。
少女の望む未来に導くことが、自分の最後の役目になるとしても。
「その案内役、謹んでお受けしましょう。それではレプリカの皆さん。一つ質問をさせてください」
導化師アルマが声掛けすると同時に、レプリカ達は目を覚ます。
全て悟ったような表情で、案内人の言葉に耳を傾ける。
「――――本物と自分の決定的な違いって、なんだと思う? ああ。ゆっくり考えていいよ。本物達のライブでも見ながら、さ」
本物と偽物の相違点。
本物を目指せという使命の下に生まれたレプリカにとって、考えることすら憚られる問いかけ。
その答えを求めつつ、現実世界のライブの光景を横目に見る。
『2期生のみんな、ありがとう。見てもらった通り、ここからは、ゲストパート。ティア達4期生と、先輩達のライブ』
『お疲れ様、ティア。喉は大丈夫?』
『うん。まだまだ行ける』
『ダウト。さっさとシューコにバトン渡して休んできなさい』
『むぅ……わかった』
同期2人がMCとして会話している。
自分と対面しているときとは全く違う、安らぎの表情。
「ティアは……友達と一緒に歌ってるティアが、羨ましかった」
ポツリと、最初に答えたのは魔霧ティア/レプリカだった。
「今は誰も仲良くしてくれないし、レプリカ同士じゃ一緒に歌えない、から」
「……一般論では、食事は一人より共に食卓を囲んだ方が美味いとされておるのう」
「あはは……明るくやろうって思ってるけど、周りの目が冷めてると空回っちゃうし。ちょっとしんどいかなっ」
それに続いて答えるニオとリリ。
周囲との不仲を懸念し、共に居てくれる存在を羨望する考え。
それに同調するように、今までほとんど口を開いてこなかったレプリカが声を上げる。
「――――今日見てて思ったのです。紅月ムルシェの本質は……誰かに頼ることなんだって」
今日ようやく本人と話せて、ずっと分からなかった紅月ムルシェの思考が少し理解できた。
理解した上で、自分が紅月ムルシェにはなれないと自覚した。
「みんなに頼って輪を繋げて、1人にしないことが誰かの助けになる。1人で全部頑張ろうって思ってる間は、ムルはなんにもできないのですね……」
推しを模した人格『レプリカ』。
この身体なら誰にでもなれるけど、1人にしかなれない。
『それではゲストの先輩。来てくれますか?』
『はいはーい☆ 折角2期生のみんなが盛り上げてくれたからね。ジュビア達もブチ上げて行こうか!』
『盛り上がらないわけない。ボクらがお送りするのは本日限定、バトルマーメイド特別版……できるよね? アルさんのパート。ずっと見てきた君なら』
『当然。超絶恐れ多いけど、シューコが代わりを務めさせていただきますよ』
『うんうん。本人にも教えてあげよっか♡ もう……導きなんてなくても大丈夫ってこと』
何かと共通点の多い3人。
絵毘シューコと麻豆ジュビア、鳴主サタニャの舞台が始まる。
「んー……ジュビア達クリエイター系Vってさ。創作もするけど、自分自身も一つの作品なんだよね♡」
「うん。作品に正解はない。再現なく追求し続けられるのがモノづくりの楽しさだから……『クリエイター・鳴主サタニャ』っていう正解を目指してるボク達は、たぶん間違ってる」
それを見たレプリカの二人も各々の想いを打ち明ける。
いつの日かアーカイブで見た、己の役職を軸にした思想。
「追求か、確かに。ゲームで最強を追求することが幽姫ツララの夢、どこまでも追い続けられる果てのない夢だ。けど僕だけの身体じゃない以上……同じ夢は追えないね」
「エルも一応プログラミングウィッチなんて名乗ってますけどー、技術があるってだけでプログラマーにそこまでこだわりはないですねー。ただ……知識が思考に影響して、足の後遺症も生活に影響して。生きてきた人生そのものがエルを構築してるのでー、それ全部経験できないと全く同じにはなれなさそうだなーと……」
本気で夢見ているからこそ、本気で挑めない境遇を憂うツララ。
生きてきた証を頭と身体両方に刻まれているからこそ、同じ境遇を味わえない自分には本物を理解しきれないと憂うエル。
それぞれに自分だけの身体でないことを気にしている様子。
『はぁ……こんなパフォーマンスしかできずにアルマさんの代わりとか片腹痛いわね……』
『えー? 全然良かったと思うけどなぁ』
『……でも、同じ景色が見れただけでもよかった。ありがとうございます。先輩』
『ん。どいたま』
自分のオリジナル含む3人のパフォーマンスを見終えたシューコのレプリカは小さく呟く。
「アタシがしたいのは……絵毘シューコとしてアルマさんへの愛を表現すること。けど、ここでやっても異迷ツムリの愛として受け取られる。アタシ自身が認知してもらえないなら何の意味もないわ」
自分の愛を曲げず強く突き放す口調。
異迷ツムリに優しくしない今の態度は、今までで一番絵毘シューコらしいのかもしれない。
『念願の!共演デスよセンカちゃん!! 二人きり……デスね……///』
『キショいこと言ってんじゃねーヨ。オバサンがどうしてもって土下座してくるから渋々受けてやったんダロ』
『過程なんてどうでも良いのデス! センカちゃんが受け入れてくれたって事実が全てデスから!!』
『都合良い頭してんナ……まあセンカもそろそろ大人になるヨ』
続いてゲストユニット3組目、向出センカと科楽サイコのパフォーマンスが始まる。
「うわマジか……オバサンとのデュオは流石に予想外ダナ。相当覚悟決まってんナー」
「あの、そこまでハードル高く感じられるほどサイコのこと嫌なんデスか……?」
「イヤ親と一緒にライブとかキツすぎんダロ」
「(´・ω・`)」
本当の母娘のようにやりとりする偽物2人。
しかしその間柄も与えられた役を全うしているにすぎない。
「って、本物は思ってそうだケド。実際嫌がる理由はそこまで理解できてないヨ。家出する前のやりとりなんざ見たことねーしナ」
「あっちの科楽があんなに熱烈なのも理由があるんデショウか。偏に母性ってやつなんデスかね?」
培った間柄は再現できない。
あるのは家族同士というキャラ設定だけ。
『クッソ……テメーにダンスで負けんのなんか癪ダナ。オバサンのクセに』
『体力は衰えても伊達に歳食ってマセンよ。これで少しは認めてもらえマスかね?』
『ケッ。別にビジネスだけなら許容してやってるダロ。プライベートは……今後の頑張り次第ダヨ。一瞬でも目離したら終わりだかんナ』
『承知シマシタ!!』
心なしかセンカの態度も柔らかくなっている気がする。
いつもこちらの知らないところで関係を進展させている。
「人間関係なん2人の時間で築くもんやし、わからんのもしゃーないんやない? ……ウチも、このまま続けるのは不毛やね」
「かもしれませんね。私達の好きは経緯も過程もないただの思い込み……明らかな偽物ですから」
片方引退した後もその関係が語られ続けている二人、初為ウラノと山文プルト。
ただの視聴者からすれば二人の恋人らしいやりとりなんてほとんど見たこともない。
レプリカにできるのは……互いの想い人を演じるドラマの配役のような関係。
『久茂ダーク、今日だけは貴殿が主役だ。好きなように歌いたまえ。このカチュアが合わせてやる』
『最高の歌と、最高の踊りで、最高のロックを奏でましょうぞ!』
『カチュアマスター! ネプさん! ありがとうっス!!』
『とか言って、結局あの人ら暴れるだけなんよね』
『ですわね。支える役目はいつもワタクシ達に押し付けて……もう慣れましたけれど』
『ほな歌はウチに任せて、ダンスの方お願いしますわ。ロカさん』
『承りましたわウラノさん。どんなに踏み荒らされた荒れ地でも、優雅に華やかに彩って差し上げましょう』
「これまた随分スペック強者の集いで……贅沢なメンバーを揃えましたなぁ」
「全員ソロでも十分すぎるくらい迫力あるのに、それが5人も集まって。1人の力でどうこうできるもんじゃないっスね……」
最後の4組目。残る5人それぞれに特化したスキルを活かしたステージ。
圧巻のクオリティに唸る真繰ネプと久茂ダーク。
「この演出、大半は真繰のオリジナルが考えてそうですなぁ。趣味でライブ遠征も頻繁に行くと公言してますが……現地の空気感は筆舌に尽くしがたいもの。正直、彼女が意図した演出をすべて汲み取る自信はありませんな」
「この舞台一つ取っても色んな人に助けられたって、本物は感じてると思うっス。だから次何かあれば今度は自分の番だって……」
見ただけで真繰ネプの趣味を色濃く感じられるライブ演出。
自分にはできないことを、多くの人がそれぞれの力を持ち寄って完成させる。
人との繋がりがなくては再現できないライブだと言うのなら……。
「本物が助けたいって思う人は、自分もそう思わなきゃ久茂ダークになれないんスかね? それとも自分を助けてくれる人だけにそう思うべきなんスかね? ……分かんなくなってきたっス」
他者に馳せる気持ち含めてコピーすべきか、本人の掲げる信念を優先すべきなのか。
完璧な複製体を目指すほどに、いくつもの矛盾が生まれてしまう
本物達のライブを見て、それぞれが偽物としての限界を口にする。
そして4組目のゲストパフォーマンスもいよいよ終盤に差し掛かった。
「……如何にもカチュアさんが好きそうなライブですわね。そう思いませんこと?」
「そうですねぇ。本当にみんな凄くて……ずっと見てたくなりますねぇ」
既に消失した一人のレプリカを想い、問いかけるロカ・セレブレイト/レプリカ。
「レプリカと本物の違い、挙げればキリがないでしょう。けれど共通して言えることがあるとすれば……」
最初の導化師アルマ/レプリカの問い、その意図を理解して応える。
「ワタクシ達はファンや同胞、他人のために生きてるわけではない。貴女のためだけに生きてるのですわ。間宵紬さん」
自分達レプリカの生まれた意味を、存在意義を。
「その貴女がもう必要ないというのなら……ワタクシ達の役目はもうありませんわね」
間宵紬を後押しするように、優しく伝える。
レプリカ全員の想いを聞き、気持ちの整理もさせてもらった。
「本音を言えばずっと居て欲しいです。けどぉ……みんなが苦しいのは私も苦しいので。もう……」
決心しなくてはならない。
これ以上縛り付けてはならない。
お互いのためにも、受けれ入れなければ……。
最後の言葉を告げようとして……遮られる。
「……ダメ。やっぱりダメ。こんなの絶対後悔する」
「お姉ちゃん……」
受け入れる覚悟をする寸前で引き止められる。
それは間宵紬を想いレプリカを生み出した、それら全ての主。
「紬、嫌なら嫌って言っていい。もっと紬はワガママ言っていい。紬のしたいこと全部叶えるから……」
「でも……さっきのライブじゃ……」
「まだ負けてない。休めばまた……私、まだやれるから。頑張れるから……!」
それは一途に間宵紬の幸せを願っての言葉か。
焦燥感に駆られている様子で、必死に訴えかける。
その意志を試すかのように……現実世界から声をかけられる。
『4期生1周年記念ライブ、大盛り上がりだね。ホント、みんな立派になっちゃって……導き手が居なくても迷わず進めるくらいに』
舞台の上で、一人の女が語り始める。
幾度となく聞き、自分で発した声。
そして今……最も忌々しく思う相手。
『ゲストパート最後の5組目。主役の4期生が居ないと始まらないからさ』
かつて舞台に上がろうか迷っていたところに、手を差し伸べてくれた最推し。
かつて表舞台を去ろうとしていたところに手を差し伸べ続け、それを払い除けた人物。
間宵紬の最推しを、導化師を終わらせた女。
その女が、一人の少女に向けて語りかける。
『舞台に上がりなよ。――――そろそろ決着をつけようか。ツムりん』
四条ルナは手を差し出す。
その手は拳を作るように握りしめ、道を阻む障害として立ちはだかる。
その宣戦布告を受けるためにも……。
「……導化師アルマが表舞台に立てないのは分かってる。だから、力だけ貸して。あの人だけには……絶対に負けられないから」
「――――いいよ。好きに使って」
内側の導化師アルマに聞き、了承を得る。
舞台は整った。絶対に失敗できない舞台。
間宵紬にレプリカの価値を示す、最後の機会。
「紬……私、勝つから。ちゃんと見てて」
今やこの世界で一人だけ、諦めずに迷い続ける少女の……最後の足掻き。




