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レプリカのアイドル~声真似系VTuberが天下をとる話~  作者: 独身ラルゴ
第五章 ハイ信者

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第158話 間宵紬を愛する存在

 私は間宵紬。


 私は生き続けなければならない。

 姉は私が居ない世界で生きられないと言ってくれた。

 兄もきっと同じ、また母を失ったときと同じ想いはさせたくない。

 愛してくれる人がいる。

 それが私……のはず。


 間宵紬は新たに異迷ツムリという名で活動を始めた。

 それまでとは比にならない大勢から愛を伝えられるようになった。


『間宵紬に声真似なんて特技はない』


 その言葉が本当なら、私はもう声真似なんてできない。

 でも……それができない異迷ツムリは、果たして異迷ツムリと呼べるのか?

 

 ねえ。だれか教えて。

 私は……だれ?




◇




 殻の中の少女が目を覚ました。

 俯き、突きつけられた真実に嗚咽する。


「あ……あぁ……ぁぁぁ…………」

「つ、紬……落ち着い、て?」


 呻く妹に駆け寄り、透明な壁越しに話しかける同じ顔の姉。

 けれど、妹はその呼び名に違和感を覚えてしまった。


「……つむぎ? 私……本当に間宵紬になれてますかぁ?」

「っ……ごめん……でも、私は紬だと思ってる、よ?」

「そうですかぁ……」


 気休めにもならない慰め。

 こんなことしか言えない自分が情けない。

 どうしたら彼女は立ち上がれる?

 間宵紬として生き続けてもらうには……。 


「紬は……どうしたい? これから先のこと、1周年ライブも」

「……なんでもいいですよぉ。私はもう……異迷ツムリになれませんのでぇ」


 アイデンティティの喪失。

 間宵紬であろうとすれば異迷ツムリから遠ざかる。

 レプリカという活動方針を掲げた手前、声真似ができない自分には役目を果たせない、と。


 でも、異迷ツムリは彼女がやらなきゃ意味がない。

 間宵紬がアイドルとして愛されるため生まれた存在なのだから。


「もう、アイドルやめたい?」

「それは……なりたいです……けど。でももう無理です。唯一の特技も噓で……何の取り柄もない私なんて、誰も興味ありませんからぁ……」


 間宵紬らしい後ろ向きな回答だが……いくら再現できていてもそれだけは否定しなければならない。


「そんなことない。今の紬を愛してくれる人は絶対いる」

「居ませんよぉ。ただでさえ炎上してるのにぃ」

「ても家族なら……お兄ちゃんが嘘ついたのだって、きっと何か理由が……」

「信じられませんよ!! もう……嘘つく人のことなんてぇ……!」

「紬……」


 誰も信じられなくなっている。

 それだけ兄に向けていた信頼は大きかった。

 今この子に必要なのは……兄に代わる、絶対的信頼のおける人。


「でも……まだ1人いる。ずっと、側で支えてくれた人。ダメダメな紬を見ても、支えてくれるって言ってくれた人」

「…………」


 紬は何も言わない。

 きっと彼女も信じたいんだ。

 この1年、自分を見放さないでくれた存在を。


「あの人の愛、確かめて来てもいい?」

「……好きにしてくださぁい」


 異迷ツムリのマネージャー、四条彰。

 もし話してみて、疑う余地があるのなら……ここで堕とせばいい。

 今後絶対裏切れないように、心酔させて、尽くさせる。

 紬のためなら……なんだってする。




◇




 間宵解斗からメッセージが届いた。

 滅多にやり取りしない相手だからこそ、開く前から重要な連絡だろうと予想できた。

 その予想は的中した。


 本当は間宵紬に声真似の特技なんてないと、本人に知られた。

 自分の吐いた嘘が明かされた。

 申し訳ないがフォローして貰えないか。

 自分はもう……信用してもらえないだろうから、と。


「よりにもよって今か……」


 彼女、『異迷ツムリ』の特性はマネージャーとして理解しているつもりだ。

 妹の死を受け入れられず、妹の名を名乗って生きることにした少女。

 己の持つ情報から人格を形成し、経験を積ませて成長させた『レプリカ』

 そこに間宵解斗が加えた『声真似』という嘘の情報。

 それは『アイドル・間宵紬』が存在しなくては生きられない少女が、アイドルVTuberになるために必要だった特技。


 その特技が噓だったとなれば、異迷ツムリは前提から崩壊することになる。

 彼女の精神状態が危ぶまれる。

 最悪の場合、間宵紬が何もかも投げ出して終わりを迎える可能性だって……。


 そんな心配が過ぎる中、四条彰を悩ませる要素が他にもあった。


「じゃあこの連絡は……それを知った上で?」


 男の下には間宵解斗以外からももう一通メッセージが届いていた。

 それは担当タレント、異迷ツムリからの連絡。


『マネージャーさん。今夜私とデートしませんか?』

 

 その真意は不明、しかし状況を考えて無視することもできない。

 ふざけた誘いに見えるが、きっと彼女には必要なことなのだろう。


「…………行くしかない、か」


 こんな状況で自分を選んでくれた。その信頼を裏切るわけには行かない。

 マネージャーとしてタレントのメンタルケアを、そんな言い訳を心に残して、彼女の誘いを了承した。




 そして夜。

 その日は地方の夏祭りが開催されていた。


「お待たせしましたぁ。来てくれてありがとうございますぅマネージャーさぁん」


 指定の待ち合わせ場所で待っていると、見慣れた顔の少女が見慣れない格好で到着した。


「どうしたんだその浴衣?」

「レンタルですぅ。折角のデートですからオシャレしたいじゃないですかぁ」

「あ、ああ。……その、似合ってる」

「えへぇありがとうございますぅ。マネージャーさんが素直に褒めるのも珍しいですねぇ」

「……デートの作法くらいは知ってるつもりだよ」

「作法? 社交辞令ってことですかぁ?」

「さあ。どうだろうな?」

「むぅ……」


 少々リップサービスが過ぎたかと思い、褒めすぎないよう調整する。


「行くか」

「はぁい。今日は目一杯楽しみましょうねぇ」


 あくまでいつも通り、そんな自分を期待して呼んでくれたはずだから。


「金魚すくいしませんかぁ?」

「水槽の用意とかないだろ? やめておきなさい」

「じゃあくじ引きはぁ?」

「変にデカいもの当たったらどうする? また部屋がモノで溢れかえるから」

「射的ぃ……」

「やるのはいいけど落とせるのか? 買ったほうが安くないか?」

「……マネージャーさんってつまんないですよねぇ。お祭り向いてないと思いますぅ」

「ああ。自分でもそう思うよ」


 こうして軽口を言い合っていると、 まるで以前のツムリに戻ったみたいだ。

 ここ最近の出来事なんて忘れてしまったかのように。


「個人的な意見だが、こういう場所では失せ物を買うようにしてるんだ」

「失せ物ですかぁ?」

「思い出の品って捨てにくいだろ? でも大体役には立たない、そういうのを邪魔だって思いたくないからな。祭りは雰囲気楽しむもの、買い食いしながら花火でも見て写真撮って。そうすればいつでも見返せる思い出になるから」

「ほぁ……マネージャーさんってそういうエモいことも言えたんですねぇ」

「そうか? 納得いく答えなら良かったけど」


 こちらもついつい乗せられて、意識せずとも素の自分になってしまう。


「あ、ちょっと待ってて貰えますかぁ。帯が緩くなってきたので締め直しますぅ」

「浴衣の着付けできるのか? 意外だな」

「はぁい。昔お母さんに教えてもらったのでぇ」

「あー……そうか」


 不意に母親の話題が出て気まずくなる。

 自分が彼女の過去を知っていることは悟られない方がいいはず。

 平静を装い、お祭りデートとやらに集中する。


「ん……降ってきたか」


 しばらく遊んでいると、突然雨が降ってきた。

 楽しい時間だったが天候ばかりはどうにもならない。


「これは花火も中止ですかねぇ……残念ですけど帰りましょうかぁ」

「そうだな。一応折りたたみ持ってきてよかった。家まで送るよ」

「ありがとうございますぅ」


 本当に、ずっとこんな時間が続けばいいのに。

 久方ぶりの平和に想いを馳せる。

 しかし、だからこそ不気味に思う。


 彼女は心の底から楽しめていたのか。

 その笑顔も演技ではないか?

 演技だとすれば何のために?

 自分を楽しませるため? それこそ何のために?


 考えながら歩いていると、彼女の家に到着してしまった。


「ツムリ。今日のデートって……」


 別れ際、我慢できず今日誘われた理由を聞こうとした。

 しかし彼女はそれを遮る。


「マネージャーさん。良ければ上がっていきませんかぁ? ――――少し、話したいこともあるのでぇ」

「……ああ。そうさせてもらうよ」


 そんなことを言われては断れない。

 今まで何度も上がった少女の部屋、今日ばかりは少し緊張した。


「お茶どうぞぉ」

「ああ。ありがとう」

「雨、濡れませんでしたぁ? タオルいりますかぁ?」

「大丈夫だよ。今日はやけに気を遣ってくれるな?」


 らしくない手厚いもてなしにむず痒さを感じ、思わず聞いてしまう。

 すると彼女の方も質問してきた。


「そうですねぇ……じゃあ聞きたいんですけどぉ。マネージャーさんって私のことどう思ってますかぁ?」

「なんだヤブから棒に。一応アイドルだと思ってるよ」

「いやいや。今は仕事の話抜きにしてぇ……四条彰さん。私のこと好きですか? 嫌いですか?」


 最初はマネージャーとしての立場を貫こうとした。

 けれど彼女は段々と直接的な聞き方をするようになってきた。


「……好ましく思ってるよ。1人のファンとして応援したいくらいに」

「むぅ。そうじゃなくてですねぇ……ならガチ恋できますかぁ?」

「それは……さすがにライン超えじゃないか? 本当に今日どうした? どこか様子がおかしいような……」


 どれだけはぐらかしても追求してくる。

 彼女もきっと、こちらが答えられないと分かっていながら答えを求めてきてる。


「いいから言ってください。異迷ツムリを一生愛し続けるって。言ってくれるなら……」


 少女は男の襟元を掴み、後ろに倒れ込む。

 仰向けに倒れた少女を潰してしまわないよう、床に手をつき耐える。

 乱れた浴衣、押し倒すような体勢。


「……なんでもしますからぁ」


 勘違いさせるような言葉遣い。

 ……いや、きっと勘違いじゃないのだろう。

 彼女は身体の関係を求めてきている。

 最大級の愛情表現で、自分への愛を証明しろと。


 そしてその願いは……今日一番、異迷ツムリらしくない。


「……ツムリはそんなことしないよ。アイドルを夢見てるあの子が、そんなことしちゃいけない」


 極めて冷静に、諭すように語りかける。

 初対面の女の子に注意を促すつもりで。


「もしかして……君が間宵結さん、なのか?」

「っ! その名前で呼ばないで!!」


 しおらしい態度から一転、少女は激昂した。

 顔つきも変わり、ますます異迷ツムリらしさが消えた。


「私は間宵紬、誰が何と言おうと間宵紬だ。間宵紬として……愛される存在にならないと……」


 彼女の正体を察し、今日の行動の意味を理解し始める。

 今まで通りの異迷ツムリを演じ、自分達の信頼関係を再認識させ、さらにその関係を深めようと……。


「愛ならファンが嫌ってほどくれてるだろ。君は今……そのファンを裏切ろうとしてる」

「そんなの……黙って離れてく人達のことなんて信用できるわけない! 文字だけの無責任な愛なんて……。私が欲しいのは、間宵紬をこの先ずっと幸せにしてくれる人……」


 散々裏切られてきたから、絶対に裏切らない存在が欲しい。

 言葉だけじゃ信用できないから、目に見える形で繋がりたい。

 けど……アイドルとして愛されたいなら、一人の寵愛を求めるなんて最たる愚行だ。


「僕はマネージャーだ。僕の役目は異迷ツムリがアイドルとして輝くために支えること」


 自分の知ってる彼女ならそんな選択しないはず。

 つまり、それほどに追い詰められているということ。

 ……守りきれなかった自分にも、責任の一端はある。


「けど、君がアイドルを辞めたいって言うなら……責任は取るつもりだ。君の願いを聞いても良い」


 せめて後悔しない形で望みを叶えてあげたい。

 その一心で回答した。

 対して少女は……。


「……もういい。帰って。……期待した私がバカだった」


 何も望まなかった。

 俯き加減で表情もよく見えず、どんな想いでそれを言ったのかは分からない。

 ただ、一つだけ分かるのは……。


「……わかった。困ったらいつでも呼んでくれ」


 自分が彼女の求める答えを出せなかったということ。

 折角頼ってくれたのに、拒絶させてしまった。

 僕は……いつもかける言葉を見つけられない。



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