第158話 間宵紬を愛する存在
私は間宵紬。
私は生き続けなければならない。
姉は私が居ない世界で生きられないと言ってくれた。
兄もきっと同じ、また母を失ったときと同じ想いはさせたくない。
愛してくれる人がいる。
それが私……のはず。
間宵紬は新たに異迷ツムリという名で活動を始めた。
それまでとは比にならない大勢から愛を伝えられるようになった。
『間宵紬に声真似なんて特技はない』
その言葉が本当なら、私はもう声真似なんてできない。
でも……それができない異迷ツムリは、果たして異迷ツムリと呼べるのか?
ねえ。だれか教えて。
私は……だれ?
◇
殻の中の少女が目を覚ました。
俯き、突きつけられた真実に嗚咽する。
「あ……あぁ……ぁぁぁ…………」
「つ、紬……落ち着い、て?」
呻く妹に駆け寄り、透明な壁越しに話しかける同じ顔の姉。
けれど、妹はその呼び名に違和感を覚えてしまった。
「……つむぎ? 私……本当に間宵紬になれてますかぁ?」
「っ……ごめん……でも、私は紬だと思ってる、よ?」
「そうですかぁ……」
気休めにもならない慰め。
こんなことしか言えない自分が情けない。
どうしたら彼女は立ち上がれる?
間宵紬として生き続けてもらうには……。
「紬は……どうしたい? これから先のこと、1周年ライブも」
「……なんでもいいですよぉ。私はもう……異迷ツムリになれませんのでぇ」
アイデンティティの喪失。
間宵紬であろうとすれば異迷ツムリから遠ざかる。
レプリカという活動方針を掲げた手前、声真似ができない自分には役目を果たせない、と。
でも、異迷ツムリは彼女がやらなきゃ意味がない。
間宵紬がアイドルとして愛されるため生まれた存在なのだから。
「もう、アイドルやめたい?」
「それは……なりたいです……けど。でももう無理です。唯一の特技も噓で……何の取り柄もない私なんて、誰も興味ありませんからぁ……」
間宵紬らしい後ろ向きな回答だが……いくら再現できていてもそれだけは否定しなければならない。
「そんなことない。今の紬を愛してくれる人は絶対いる」
「居ませんよぉ。ただでさえ炎上してるのにぃ」
「ても家族なら……お兄ちゃんが嘘ついたのだって、きっと何か理由が……」
「信じられませんよ!! もう……嘘つく人のことなんてぇ……!」
「紬……」
誰も信じられなくなっている。
それだけ兄に向けていた信頼は大きかった。
今この子に必要なのは……兄に代わる、絶対的信頼のおける人。
「でも……まだ1人いる。ずっと、側で支えてくれた人。ダメダメな紬を見ても、支えてくれるって言ってくれた人」
「…………」
紬は何も言わない。
きっと彼女も信じたいんだ。
この1年、自分を見放さないでくれた存在を。
「あの人の愛、確かめて来てもいい?」
「……好きにしてくださぁい」
異迷ツムリのマネージャー、四条彰。
もし話してみて、疑う余地があるのなら……ここで堕とせばいい。
今後絶対裏切れないように、心酔させて、尽くさせる。
紬のためなら……なんだってする。
◇
間宵解斗からメッセージが届いた。
滅多にやり取りしない相手だからこそ、開く前から重要な連絡だろうと予想できた。
その予想は的中した。
本当は間宵紬に声真似の特技なんてないと、本人に知られた。
自分の吐いた嘘が明かされた。
申し訳ないがフォローして貰えないか。
自分はもう……信用してもらえないだろうから、と。
「よりにもよって今か……」
彼女、『異迷ツムリ』の特性はマネージャーとして理解しているつもりだ。
妹の死を受け入れられず、妹の名を名乗って生きることにした少女。
己の持つ情報から人格を形成し、経験を積ませて成長させた『レプリカ』
そこに間宵解斗が加えた『声真似』という嘘の情報。
それは『アイドル・間宵紬』が存在しなくては生きられない少女が、アイドルVTuberになるために必要だった特技。
その特技が噓だったとなれば、異迷ツムリは前提から崩壊することになる。
彼女の精神状態が危ぶまれる。
最悪の場合、間宵紬が何もかも投げ出して終わりを迎える可能性だって……。
そんな心配が過ぎる中、四条彰を悩ませる要素が他にもあった。
「じゃあこの連絡は……それを知った上で?」
男の下には間宵解斗以外からももう一通メッセージが届いていた。
それは担当タレント、異迷ツムリからの連絡。
『マネージャーさん。今夜私とデートしませんか?』
その真意は不明、しかし状況を考えて無視することもできない。
ふざけた誘いに見えるが、きっと彼女には必要なことなのだろう。
「…………行くしかない、か」
こんな状況で自分を選んでくれた。その信頼を裏切るわけには行かない。
マネージャーとしてタレントのメンタルケアを、そんな言い訳を心に残して、彼女の誘いを了承した。
そして夜。
その日は地方の夏祭りが開催されていた。
「お待たせしましたぁ。来てくれてありがとうございますぅマネージャーさぁん」
指定の待ち合わせ場所で待っていると、見慣れた顔の少女が見慣れない格好で到着した。
「どうしたんだその浴衣?」
「レンタルですぅ。折角のデートですからオシャレしたいじゃないですかぁ」
「あ、ああ。……その、似合ってる」
「えへぇありがとうございますぅ。マネージャーさんが素直に褒めるのも珍しいですねぇ」
「……デートの作法くらいは知ってるつもりだよ」
「作法? 社交辞令ってことですかぁ?」
「さあ。どうだろうな?」
「むぅ……」
少々リップサービスが過ぎたかと思い、褒めすぎないよう調整する。
「行くか」
「はぁい。今日は目一杯楽しみましょうねぇ」
あくまでいつも通り、そんな自分を期待して呼んでくれたはずだから。
「金魚すくいしませんかぁ?」
「水槽の用意とかないだろ? やめておきなさい」
「じゃあくじ引きはぁ?」
「変にデカいもの当たったらどうする? また部屋がモノで溢れかえるから」
「射的ぃ……」
「やるのはいいけど落とせるのか? 買ったほうが安くないか?」
「……マネージャーさんってつまんないですよねぇ。お祭り向いてないと思いますぅ」
「ああ。自分でもそう思うよ」
こうして軽口を言い合っていると、 まるで以前のツムリに戻ったみたいだ。
ここ最近の出来事なんて忘れてしまったかのように。
「個人的な意見だが、こういう場所では失せ物を買うようにしてるんだ」
「失せ物ですかぁ?」
「思い出の品って捨てにくいだろ? でも大体役には立たない、そういうのを邪魔だって思いたくないからな。祭りは雰囲気楽しむもの、買い食いしながら花火でも見て写真撮って。そうすればいつでも見返せる思い出になるから」
「ほぁ……マネージャーさんってそういうエモいことも言えたんですねぇ」
「そうか? 納得いく答えなら良かったけど」
こちらもついつい乗せられて、意識せずとも素の自分になってしまう。
「あ、ちょっと待ってて貰えますかぁ。帯が緩くなってきたので締め直しますぅ」
「浴衣の着付けできるのか? 意外だな」
「はぁい。昔お母さんに教えてもらったのでぇ」
「あー……そうか」
不意に母親の話題が出て気まずくなる。
自分が彼女の過去を知っていることは悟られない方がいいはず。
平静を装い、お祭りデートとやらに集中する。
「ん……降ってきたか」
しばらく遊んでいると、突然雨が降ってきた。
楽しい時間だったが天候ばかりはどうにもならない。
「これは花火も中止ですかねぇ……残念ですけど帰りましょうかぁ」
「そうだな。一応折りたたみ持ってきてよかった。家まで送るよ」
「ありがとうございますぅ」
本当に、ずっとこんな時間が続けばいいのに。
久方ぶりの平和に想いを馳せる。
しかし、だからこそ不気味に思う。
彼女は心の底から楽しめていたのか。
その笑顔も演技ではないか?
演技だとすれば何のために?
自分を楽しませるため? それこそ何のために?
考えながら歩いていると、彼女の家に到着してしまった。
「ツムリ。今日のデートって……」
別れ際、我慢できず今日誘われた理由を聞こうとした。
しかし彼女はそれを遮る。
「マネージャーさん。良ければ上がっていきませんかぁ? ――――少し、話したいこともあるのでぇ」
「……ああ。そうさせてもらうよ」
そんなことを言われては断れない。
今まで何度も上がった少女の部屋、今日ばかりは少し緊張した。
「お茶どうぞぉ」
「ああ。ありがとう」
「雨、濡れませんでしたぁ? タオルいりますかぁ?」
「大丈夫だよ。今日はやけに気を遣ってくれるな?」
らしくない手厚いもてなしにむず痒さを感じ、思わず聞いてしまう。
すると彼女の方も質問してきた。
「そうですねぇ……じゃあ聞きたいんですけどぉ。マネージャーさんって私のことどう思ってますかぁ?」
「なんだヤブから棒に。一応アイドルだと思ってるよ」
「いやいや。今は仕事の話抜きにしてぇ……四条彰さん。私のこと好きですか? 嫌いですか?」
最初はマネージャーとしての立場を貫こうとした。
けれど彼女は段々と直接的な聞き方をするようになってきた。
「……好ましく思ってるよ。1人のファンとして応援したいくらいに」
「むぅ。そうじゃなくてですねぇ……ならガチ恋できますかぁ?」
「それは……さすがにライン超えじゃないか? 本当に今日どうした? どこか様子がおかしいような……」
どれだけはぐらかしても追求してくる。
彼女もきっと、こちらが答えられないと分かっていながら答えを求めてきてる。
「いいから言ってください。異迷ツムリを一生愛し続けるって。言ってくれるなら……」
少女は男の襟元を掴み、後ろに倒れ込む。
仰向けに倒れた少女を潰してしまわないよう、床に手をつき耐える。
乱れた浴衣、押し倒すような体勢。
「……なんでもしますからぁ」
勘違いさせるような言葉遣い。
……いや、きっと勘違いじゃないのだろう。
彼女は身体の関係を求めてきている。
最大級の愛情表現で、自分への愛を証明しろと。
そしてその願いは……今日一番、異迷ツムリらしくない。
「……ツムリはそんなことしないよ。アイドルを夢見てるあの子が、そんなことしちゃいけない」
極めて冷静に、諭すように語りかける。
初対面の女の子に注意を促すつもりで。
「もしかして……君が間宵結さん、なのか?」
「っ! その名前で呼ばないで!!」
しおらしい態度から一転、少女は激昂した。
顔つきも変わり、ますます異迷ツムリらしさが消えた。
「私は間宵紬、誰が何と言おうと間宵紬だ。間宵紬として……愛される存在にならないと……」
彼女の正体を察し、今日の行動の意味を理解し始める。
今まで通りの異迷ツムリを演じ、自分達の信頼関係を再認識させ、さらにその関係を深めようと……。
「愛ならファンが嫌ってほどくれてるだろ。君は今……そのファンを裏切ろうとしてる」
「そんなの……黙って離れてく人達のことなんて信用できるわけない! 文字だけの無責任な愛なんて……。私が欲しいのは、間宵紬をこの先ずっと幸せにしてくれる人……」
散々裏切られてきたから、絶対に裏切らない存在が欲しい。
言葉だけじゃ信用できないから、目に見える形で繋がりたい。
けど……アイドルとして愛されたいなら、一人の寵愛を求めるなんて最たる愚行だ。
「僕はマネージャーだ。僕の役目は異迷ツムリがアイドルとして輝くために支えること」
自分の知ってる彼女ならそんな選択しないはず。
つまり、それほどに追い詰められているということ。
……守りきれなかった自分にも、責任の一端はある。
「けど、君がアイドルを辞めたいって言うなら……責任は取るつもりだ。君の願いを聞いても良い」
せめて後悔しない形で望みを叶えてあげたい。
その一心で回答した。
対して少女は……。
「……もういい。帰って。……期待した私がバカだった」
何も望まなかった。
俯き加減で表情もよく見えず、どんな想いでそれを言ったのかは分からない。
ただ、一つだけ分かるのは……。
「……わかった。困ったらいつでも呼んでくれ」
自分が彼女の求める答えを出せなかったということ。
折角頼ってくれたのに、拒絶させてしまった。
僕は……いつもかける言葉を見つけられない。




