第157話 間宵紬の友達
◆
とある小さなアイドル事務所に2人の天才が居た。
その事務所では明らかに持て余すような才能の原石。
「ダンス好きだからやってみよーかなって。ここ選んだのは家近かったからー」
「友達に誘われたからですね。歌上手いし一緒にやらない?って」
熱量の低い応募理由。
それでもポテンシャルだけは新人アイドルの中でピカイチ。
その事務所では、最初のデビューは3人以上のチームを組む必要があった。
「この事務所の人さ、妬んだり見下したりするばっかで全然努力しないよね」
「なんというか……いかにも女子社会って感じですね……」
「チーム誘われたけど断ったらコソコソ陰口言い出して。そういうとこが嫌なんだってば」
残る1人のチームメンバーに2人が選んだのは……最も才能を感じられない少女だった。
「でも、あの子だけは違う。どうしようもなく下手だけど……ずっと諦めずに努力してるんです」
「5年もレッスンしてるんでしょ? 元気になって欲しい人がいるって。あの子がアイドルなってたら推してたね。ガチで」
「応援したいんです。私達よりずっとアイドルになるべきだと思うから。だから……紬ちゃんが良いです。もう1人のチームメンバー」
そんな2人の希望もあって、間宵紬はアイドルとしてデビューできた。
スターライトという名で活動を初めて2年、仲間として、友達として良好な関係を築いた。
けれど、とある事件を境にチームは崩壊し始めた。
ライブ中、間宵紬がステージから転落した。
救急車で運ばれ、全治2週間のケガと教えられた。
大事に至らなかったと聞き安心していた。
「は?」
「いや……誰、ですか?」
2週間ぶりに再開した間宵紬は、別人のなりすましだった。
いくら声や顔が似ていても共に過ごしてきた友達を、側で応援し続けたアイドルを見間違えるはずがない。
でも、どれだけ彼女を否定しても本物の間宵紬は姿を現さなかった。
あの事故の後、紬はどうなった?
本人が続けられなくなったとして、なんで偽物を用意する必要がある?
なんでプロデューサーは何も言わない?
どれだけ疑問に思っても偽物とプロデューサーはしらばっくれるだけ。
それでこっちが都合よく活動を続けるとでも?
「どうする沙織ちゃん? もう辞める?」
「……しょーじき、もう続ける意味ないよね。元々そこまで本気でやるつもりもなかったし」
「そうだよね……トップアイドル目指そうって言ったのも、紬ちゃんのこと応援したい気持ちが一番だったから」
才能のない少女をトップアイドルにすること。
そんなモチベーションも、偽物のために続けられるわけがない。
「でも……このまま辞めたら紬に顔向けできない気がする。アタシらが紬のこと応援してたように、紬もアタシらのこと応援してくれてたから」
「沙織ちゃん……」
「どうせなら有名になってさ、テレビにでも出て語り継いでやろうよ。アタシらの最初のチームメイト、間宵紬ってアイドルの話をさ」
「そうだね……私も頑張る」
互いに薄々察してた。
間宵紬がもうどこにも居ないんじゃないかって。
それでも、こんな気分の悪い終わり方に納得できなくて、ソロデビューを目指すことにした。
スターライトが解散して、それぞれの道を歩み始めてから1年が経過した。
貰える仕事も少なく伸び悩んでた頃、一人のVTuberから連絡を貰った。
向出センカ、VTuberに詳しくない自分達でも知ってる、ブイアクトという大手事務所のタレント。
どうしても聞きたいことがあるから会いたい。お礼にアイドル活動の協力をするから、と。
会って話すだけでも価値のある有名人のお誘い、二つ返事で了承した。
そして実際に聞かれたのは『間宵紬』の話だった。
向出センカの話から察するに、彼女の同期に紬の名を名乗る少女がいると。
直感した。あの偽物だと。
でも本音を言えば……もう関わりたくなかった。
「異迷ツムリって子、声真似が得意らしいね」
「うん……普段の声、紬ちゃんにそっくりだね」
「……紬じゃないよ。絶対」
「わかってる。……わかってるよ」
その日を境に、異迷ツムリの名をよく見かけるようになった。
なんでも他VTuberの代役を務め、長い間ファンを騙していたと炎上して。
ブイアクトのファンらも同じ憤りを感じているらしく、自分達の判断は間違っていなかったと少しホッとした。
これ以上関わらないよう見ないフリをして、それでもずっと脳裏にチラつきながら生活して……やがて限界を迎えた。
きっかけはSNSで流れてきたとある噂。
異迷ツムリの配信に、何故か間宵紬の名前が現れたと。
どうやら荒らしコメントと呼ばれる配信内容と全く関係ない話題として処理されたらしいが、異迷ツムリと間宵紬の関連を知っている2人は心中穏やかではなかった。
いくら間宵紬が検索してもヒットしないような無名アイドルだとしても、昔のファンが情報発信したらどうなるか。
……いや、荒らしコメントとやらはその前兆ではないか?
「……綾女」
「うん。これ以上は見過ごせないよね」
「このままだと紬まで何言われるか分からない」
黙っていられるはずがない。
偽物のせいで、友達が貶されるなんて。
「間宵紬を不名誉な名前にするのだけは……絶対に止めなくちゃ」
「会いに行こう。『異迷ツムリ』に」
◆
◇
「あー……お久しぶりですぅ。綾女さん。沙織さん」
予想外の人物の来訪に戸惑いながらも、平静を装い対応する異迷ツムリ。
対して沙織がガラの悪い態度で声を掛ける。
「そういうのいいからさー。さっさと本性出しなよ」
「え? ええとぉ……本性ってぇ……?」
ツムリは彼女の言いたいことを察しながらも惚ける。
そんな反応も2人は想定済みのようだ。
「全部演技なんでしょ? 異迷ツムリも間宵紬も」
「レプリカ、でしたっけ。紬ちゃんも1つの人格ってことなんですよね?」
異迷ツムリの配信まで見て彼女の在り方を学んだ。
過去と照らし合わせ、彼女の状況を的確に言い当てる。
「別にアンタが誰の真似しようと興味ないけどさ。紬のフリして炎上すんのだけやめてくれない?」
「ち、違いますよぉ。その、レプリカは偽物って言われても仕方ないかもしれませんけどぉ……間宵紬は私自身ですからぁ」
でも認めなければ真実にはならない。
自分は間宵紬を完璧に再現している。
偽物である証明なんて、できるはずがないと。
「嘘ですよね? ただ声と見た目が似てるだけ、決定的に違うところがありますから」
2人は自信に満ちた表情で言及する。
彼女が間宵紬足り得ない理由を。
「そもそも声真似の特技って何? 紬がそんな器用なことできるわけないでしょ」
「…………え?」
[Error : Forced Reset]
「紬ちゃんから聞いたことがあります。演技の得意なお姉さんがいるって。貴女がそのお姉さんなのでは?」
「いや……そんなわけ……だって……」
虚を突かれ、振る舞いを保てなくなる。
隙を見せてはならないと分かってるのに上手く喋れない。
だって、2人の言うことが本当なら……異迷ツムリはどうなる?
「その反応、もしかして知らなかったの? じゃあ聞くけど、紬が人の真似してるとこ見たことある? それとも誰かから聞いた?」
ずっと間宵紬になることだけを心がけてきた。
じゃあなんで、今破綻しかけている?
自分も知らなかった間宵紬の声真似という特技。
その嘘の出処は……。
「お兄、ちゃん……」
「お兄ちゃん?紬の? てことは結局プロデューサーじゃん」
「やっぱり。一度聞きに行かないとだね……」
無意識の呟きが問いの答えになってしまい、2人は納得して話を進める。
でも今はそんなこと気にする余裕もない。
呆然自失、血の気が引いていくのを感じる。
「アンタ……顔色悪いけど大丈夫?」
「……ずっと信じてたものが嘘だったら混乱しますよね。それこそ、貴女に騙されてたファンは今の貴女と同じ気持ちだったと思います」
「…………」
「……今日は帰ろうか。沙織ちゃん」
「え? まだ聞きたいこと……いや。そだね」
まともに返事もできなくなった少女を見て、これ以上の話し合いは困難と判断する。
「……あのさ。一応言っとくけど、別にアタシら敵になりたいわけじゃないから」
「本当のこと。教えてくれる気になったら連絡してください」
それだけ言い残してその場を立ち去る。
扉が閉じられ、玄関に立ち尽くす少女。
まるで自分を失ったみたいで、体の動かし方すら分からなくなる。
「なん……で……?」
ただ同じ疑問を反芻し続けている。
何故自分は裏切られたのか。
自分と同じく紬を愛してくれた人に……。
◇
間宵解斗はとある相談を受けていた。
灰羽経由で伝えられたら四条ルナの依頼。
自分の所属する事務所で、間宵紬の情報を漏らした犯人を探して欲しいと。
異迷ツムリが間宵紬であるとリークし、さらなる炎上を起こそうとしている。
よほど恨みがある者なのか?
そう考えた時、犯人候補に真っ先に思い浮かんだ2人が居た。
「いい加減聞かせてよプロデューサー。紬のこと」
かつて間宵紬とアイドル活動を共にした者達。
そして今日、その2人から突然話がしたいと呼び出された。
「話すも何も。スターライトを先に離れたのは貴女達でしょう?」
「は? 煽ってんの?」
「沙織ちゃん。喧嘩腰で話しても何にもならないよ」
「だって……」
怒りを露わにする月島沙織と、それをなだめる日野綾女。
少なからず彼女に悪感情を持っている2人に教えるのはリスクが大きすぎる。
彼女は……間宵紬じゃないと生きられないのだから。
そう思って隠し通すつもりだったのだが……。
「プロデューサーさん。もう隠す意味もないですよ。本人に聞いてきましたから」
「完全に図星って感じの反応だったね。異迷ツムリちゃん」
聞き捨てならないことを言い始め、思わず声を荒げてしまう。
「まさか会ったのですか!? 一体どうやって……」
「家調べて凸った。そっちが何も話してくれないから」
「元とはいえチームメイト、私達には知る権利があると思います。それでもダメって言うなら……また本人に聞きに行きます。それはプロデューサーさんも避けたいんですよね?」
痛いところを突かれ反論に詰まる。
2人に真実を話さなかったのも余計な事を言及させてないため。
しかし既に真実に迫り、家まで知られていては手遅れだ。
そもそも何故今更彼女に関わろうとしている?
「……それを知って、貴女達はどうしたいのですか?」
情報を引き出して更に彼女を貶めようと言うのか?
もしそうなら何としてでも止めないと。
妹のためなら、どんな手を使ってでも……。
「これ以上紬のファンを悲しませないで。それ、紬が一番嫌がることだから」
「あの頃のファンがみんな紬ちゃんのことを忘れたとしても……少なくとも2人、ここに居ます」
「――――……」
……言葉を失った。
今生きている妹のことだけを想って行動していた自分の短慮に。
間宵紬は間宵結を生き永らえさせるための道具ではない。
自分のかけがえのないもう一人の妹だ。
沙織と綾女がどれだけ真剣に想っているか、その眼差しから嫌というほど伝わってくる。
失うことを恐れ、既に失ってしまった者を蔑ろにする兄と比べれば……その想いはずっと強い。
「……4人ですよ。私も……結も。ずっと紬のファンですから」
「プロデューサーと……結?」
「もしかしてその子が……?」
今は亡き妹を応援していた頃を、今更になって思い出す。
結が紬になろうとしたのだって、アイドル『間宵紬』を応援し続けたかったからだ。
それを思い出させてくれた2人には、敬意を払うべきだ。
「……話しましょう。貴女達を信じて」
……………………。
全て話した。
間宵紬が亡くなり、間宵結が成り代わった経緯。
そして現在、間宵紬の名を弄び異迷ツムリに危害を加えようとしている者達の存在。
自分達の事務所に犯人がいる可能性まで。
「やっぱり、紬ちゃんはもう居ないんですね……」
「そうだと思ってたけど……実際に言われるとキツイわ……」
真実を知り、心痛の面持ちになる2人。
けれどすぐに前を見て、目の前の問題に目を向けてくれた。
「でもそのリーク、犯人に心当たりあるかも」
「うん。多分あれだよね?」
「!? 本当ですか!」
沙織と綾女が持つ共通認識。
間宵紬の情報をリークした容疑者について教えてくれた。
プロデューサーの自分からは見えなかった、アイドル達の視点から得た情報。
「そういうことですか……。それはある意味……私のせい、ですね」
目頭を抑え、改めて自分が如何に周りを見ずに行動していたか思い知らされた。
過去を反省しつつ、今と向き合う。
「情報提供感謝します。私が撒いた種は、私の手でしっかり摘み取ります」
「……協力します。紬ちゃんの名誉のために」
「これ以上友達の変な噂流されてたまるかっての」
ほんの少し前まで疑っていたというのに、今は心強い味方に感じてしまっている。
ずっと一人で悩み続けていた家族のこと。
人に話す度に視野が広がるのを感じる。
家族でなくとも、妹を想ってくれる人は居るのだと。




