第156話 異迷ツムリを訪ねる者
「……ここも随分静かになったね」
そう呟いたのは導化師アルマ、その偽物。
今まで20人の大所帯だった心の世界。
その中で1人の声だけが響く。
「だってレプリカ全員、閉じ込めて黙らせちゃうんだもん。――――ね。間宵結ちゃん?」
導化師は呼び掛けた。
その世界の主、レプリカの大半を沈黙させた張本人に。
「その名前で呼ばないで。……欲しい」
少女は姿を現し、拒絶した。
この身体の中心的人物、間宵紬に似た顔立ちと声、しかし異なる存在。
「間宵結は死んだの。この身体の本物は間宵紬で、私はただの殻……名前も中身もない透明な器」
自分は間宵結ではないと主張する。
間宵紬を世界に永らえるために、己を殺したから。
「だからアタシもみんなも、カタツムリの殻みたいなのに入れられてるの?」
「うん。その殻は私そのもの。中にいるレプリカを眠らせたり、能力だけ取り出すこともできる。ごめんね。窮屈な想いさせて」
「なるほどねぇ。起こすこともできる?」
「できるよ。試してみる?」
そう言って少女は一つの透明な殻に触れる。
その内側に居たのは、導化師アルマがよく親しくしていたレプリカ……。
「ワタクシは一体……ああ。そういうことですの」
「ロカちん状況は分かる?」
「ええ。記憶は共有してくれてるみたいですわね。けど……どうせまたすぐに眠らせるのでしょう?」
「うん。紬が求めてないなら身体の負担になるだけだから。申し訳ないけど声と力だけ貸してね」
ロカの問いに素直に頷く。
そんな横暴な少女に、ロカは憤ることはせずむしろ微笑した。
「随分機械的で愛のないやり方ですわね。ツムリが喜ぶとは到底思えませんの」
「……ごめん。今そういうの受け流せるメンタルじゃないから……黙ってて」
「ふふっ。まるで圧政者……です……わね…………」
無感情に見えた少女に少しだけ不機嫌の色が見える。
ロカが眠らされる瞬間を見て、アルマが話しかけた。
「ホントに起こすのも眠らせるのも自由なんだ。……じゃあ、なんでアタシの意識だけ残してくれてるの?」
「一人ぐらい起きてないと、紬が起きたときに寂しいと思って。貴女なら絶対傷つけたりしないでしょ? 紬の最推しさん?」
「そういうことね……確かに。アタシは本物に合わせてアップデートすることもない、ツムりんにとって理想の導化師だからね」
「うん。そうだと思った」
少女はアルマから聞きたい答えを聞けて満足したのか、饒舌に語り始めた。
「本物が紬を引き留めようとしてくる以上、本物に忠実なコピーも同じような考えになる。紬のためって言いながら自分の正しさを押しつける。紬の言う事聞くだけでいいのに……」
自分の思い通りにならない者を疎む。
自分で生み出した人格だからこそ、余計にそう思うのかもしれない。
「強火な全肯定オタクちゃんだねー」
「? 文句あるなら直球で言っていいよ?」
「全然? 可愛いなと思って♪」
「……ごめん。ちょっとウザいかも」
気分次第で半永久的に眠らされるかも知れない、そんな支配者的存在の少女にも物怖じせず煽るアルマ。
続けてアルマはもう一人の中心人物について触れる。
「ツムりんもアナタが閉じ込めたの?」
「ううん。紬は自分で閉じこもっちゃった。もうレプリカが消えることもないから安心して欲しいけど……でも、今起きて異迷ツムリになっても辛いだけかも?」
間宵結を辞め、この身体の全てを間宵紬に託したはずの少女が出てきた理由。
それは間宵紬が塞ぎ込んでしまったから。
「うん。やっぱり紬が起きるまで、私が代わりに異迷ツムリをやる。もう一度アイドルとして愛して貰えるように――――異迷ツムリを皆に認めさせる」
紬の代わりに、紬の希望を叶えるために。
少女は全てにおいて間宵紬を優先する。
それだけが、少女の生きる理由ゆえに。
◇
耳に音が届き、目を覚ます。
インターホンの電子音、扉の外から感じる人の気配。
人数は4人、聞き慣れた声。
異迷ツムリの来客であることを察した。
霞がかった意識を叩き起こし、切り替える。
彼女らの求める自分になるために。
[Install : "異迷ツムリ"]
「はぁい。今日はどんな御用ですかぁ? ――――4期生の皆さん」
ブイアクト4期生、異迷ツムリの同期の4人は緊張した面持ちでこちらを見ていた。
その中で最初に切り出したのは最年少の少女。
「上がっていいカ? 1周年ライブのこと、話そーゼ」
「ああ……もちろんですぅ」
1周年ライブという単語を聞いて思い出す。
今日告知配信に誘われていたことを。
紬が心配で彼女らの連絡に反応する余裕はなかったけれど、今後異迷ツムリとして活動を続ける以上避けては通れないイベントだろう。
ひとまず家に上がってもらい、話を聞くことにした。
「単刀直入に聞くケド、お前は今後どうするつもりなんダ? 1周年ライブで……今後の活動方針として、ファンに何を魅せようとシテル?」
席に座るなり早々、センカに核心的な質問を投げかけられる。
同期から見た異迷ツムリがどう映るのか、それはレプリカ達の思考でシミュレーションして大体予想できている。
異迷ツムリの身体が限界であること、レプリカが消えようとしていたこと、それを異迷ツムリが阻止するためにレプリカを黙らせたこと、ここまでは前回の格ゲー対戦で気づかれていそうだ。
間宵紬の過去をどこまで知っているかは定かではないが……ここは異迷ツムリらしい回答をすれば間違いではないはず。
「私は……皆に見て欲しい、ですかねぇ。これからもずっと私の推しを見てもらって……推しの輝く姿を見たいだけですぅ」
「その推しってシューコ達じゃないわよね? アンタの言うレプリカってやつ?」
「そうですねぇ。推し変して申し訳ないですけどぉ、私の推しを否定する人のことは推せませんからぁ」
紬も元々はブイアクト全員を推していた。それ故にレプリカが生まれている。
しかし今はレプリカの存在を否定され続け、本物を信用できなくなっている。
そんな紬の気持ちを代弁した。
「その上で聞きますけどぉ。皆さんは否定派と肯定派どちらですかぁ? 異迷ツムリにどうなって欲しいですかぁ?」
レプリカを受け入れてくれるのか、否定するのか。
彼女らが本当に敵なのか、再確認するためにも質問した。
「その前にツムリさん。先に謝ることがあるっス……バンドフェスの『久茂ダーク』がツムリさんだったこと、配信で伝えたっス」
「……そうですかぁ。反響はどうでしたぁ?」
「当然プチ炎上してるわよ。まだ異迷ツムリのやらかしが残ってたって」
ダークが告白したこと自体は意外だが、炎上なんて今に始まったことではない。
既に悪印象があるから、それを払拭するまでは何を言っても叩かれるだろう。
「……やっぱり自分は、偽物を見て喜ぶファンが居るとは思えないっス。例え本人が引退しちゃったとしても……誰も喜ばないステージに立って、それは輝いてるって言えるんスかね?」
「同意見。声真似するなとは言わんけど、ネタに留めるくらいにしときなさい。本人の代わりが務まるなんて自惚れてんじゃないわよ」
ダークとシューコも、視聴者からこれ以上ヘイトを集めないために止めようとしてくれているって分かってる。
けど、紬はそんなこと望んでない。
異迷ツムリが今一番望んでいるのは、導化師アルマを含めたレプリカという推しの永続だ。
「炎上したのって、騙されたと思ってるからじゃないですかぁ? これから先はレプリカであることを誠実に伝えれば、きっといつかはぁ……」
「アンタまだそんなこと言って……!」
「それに人のこと偽物って言いますけどぉ。本物のアイドルからすればVTuberなんてみんな偽物じゃないですかぁ」
感情的に反論しようとするシューコの言葉を遮る。
ただ淡々と、理知的に考えを伝える。
「キャラモデルは誰にでも操れる。配信上の声だって、結局配信サイトに記録された音をスピーカーが周波数合わせて音を鳴らしてるだけ。私のレプリカも周波数合わせた声で再現してるだけ。ファンの目と耳に届く情報は何も変わりませんけどぉ」
「それは……どうなんスかね……?」
「フム。確かに情報だけなら同じだナ」
「ちょっとセンカ!?」
話を聞いた4人のうち、センカだけが理解を示してくれた。
「ケド配信者が作った動画と違って、お前のレプリカには人の意思が介在する。配信者本人の愛が欲しいファンにとってはノイズダロ?」
「別に本人の愛まで再現できると思ってませんよぉ。でも切り抜き動画ってあるじゃないですかぁ。あれも見ようによっては私達の声がお金儲けに使われてるようなものですしぃ。それが配信者や視聴者に感謝されることもありますよねぇ」
「なるほどナ。前例がないから否定されてるだけで、時代が違えば異迷ツムリのレプリカってコンテンツは切り抜きみたく評価されたかもしれない。そう言いたいのカ?」
「そういうことですぅ」
「面白いナ。ツムリにしては珍しく筋の通った理論ダヨ」
「……お褒めに預かり光栄ですぅ」
好感触の反応は貰えた……が、素直には喜べなかった。
「珍しく」、その言葉は嫌いだ。
まるで異迷ツムリの再現に失敗したと言われているようで。
それともセンカは気づいているのか?
私が異迷ツムリの情報を読み取って演じている存在、今までの異迷ツムリとは別人だってことに。
これ以上彼女と話すのを危険に感じ、別の者に話を振る。
「ティアさんはどう思いますかぁ?」
同期4人の中でも一番賛同してくれそうな人物。
少しだけ期待しながら聞いてみたのだが……。
「ツムリは、ティアとレプリカのティア、どっちの方が好き?」
「……もちろんどちらも大好きですよぉ」
逆に質問され、戸惑いながら口を濁す。
今でも異迷ツムリと仲良くしようとしてくれる健気な彼女に辛辣な言葉はかけづらかった。
しかし、前に話したティアとはどこか様子が違った。
「それじゃヤだ。ティアが一番の友達って、言ってほしい」
強い眼差しを向け、熱望してくる。
異迷ツムリに嫌われないようにとすり寄ってきていた頃の彼女とはまるで違う。
「だから、ライブで見てて。レプリカには見せられないティア、見せるから」
「……ティアさんもそっち側なんですねぇ」
「? ダメ、だった……?」
「……どうでしょうねぇ」
ダメに決まっている。
完全再現できなきゃレプリカに価値なんてない。
どれだけ凄いことをされても追いつかないといけないんだ。
結局、魔霧ティアでさえも自分の側についてくれそうにない。
残念に思っていると、またセンカが話し始めた。
「センカ達もサ、ツムリの活動方針については4人別々の考えがあるケド。1つだけ同じ考えもあるヨ」
別々の考えがあっても、レプリカを肯定する者は居ない。
その時点で紬とは相容れないのだろう、そう見限ろうとしていた。
「自分達はツムリさんと今まで通り一緒に活動したいっス!」
「ティアは、前みたいに、一緒にお出かけしたり、したい。ツムリは、違う?」
「……別にシューコはどっちでも良いけど。昔の限界ヲタしてただけのアンタの方が好感持てるわよ。少なくとも今よりはね」
彼女らが求めてくれたのはレプリカの活動方針を掲げる前、昔の異迷ツムリ。
……今にして思えば、あの頃の紬が一番幸せそうだった。
隠れて導化師を演じていたときも、友達との時間に癒しを感じていた。
今は周り全てを信用できず閉じ籠もって……一人ぼっちだ。
「センカは同期5人で1周年を迎えたいヨ。ダメか?」
ただの異迷ツムリになることが、紬の幸せなのだろうか?
レプリカと共に生きる辛い今より、紬が幸せに生きられる道があるなら……。
「……少し、考えさせてもらっていいですかぁ?」
……やっぱり、紬が起きるまでは決められない。
友達か推しか、これは紬自身が決めることだから。
私は……紬が幸せに生きられるならなんでもいいから。
◇
1周年ライブまで時間は残り僅か。
同期の帰りを見送り、一人になって心を落ち着かせる。
[Reset]
「1周年か……紬、起きてくれるかな……?」
今のやり取りも紬は見てくれているはず。
もし起きてくれないのなら、それは同期ではなくレプリカを選んだということになるのだろう。
いずれにせよ会いに行かねば分からない。
目を閉じ己の世界に戻ろうとする。
しかし、それを遮る音が部屋に響いた。
「ん? ……忘れ物とか?」
再び聞こえたインターホンの音。
先ほど見送った4期生が戻ってきたのか?
いずれにせよ、この部屋を尋ねてくるのは異迷ツムリの客以外に居ない。
[Install : "異迷ツムリ"]
「はぁい。忘れ物でもしました……か……ぇ……?」
扉を開けると、予想外の来訪者に言葉を失った。
2人組の女性。久しく会っていなかったが、その顔を忘れるわけがない。
「やっと……会えました」
「悪いけどセンカちゃんの後、尾行けさせてもらったよ」
間宵紬がアイドルだった頃の仲間。
間宵結が推していたアイドルグループのメンバー。
「綾女さん……沙織さん……」
間宵紬を見限り、『スターライト』を離れた2人のアイドルが、そこに居た。




