第148話 ティア達とのスタジオコラボ④
「ちょ、急に出てきてなに? ツムリちゃんは無事なん?」
後輩の姿をした少女。
黙り込んだと思えば、突然声を変えて不穏なことを言い始めた。
先輩と同じ声で、この身体を独占すると。
「"ほう? 貴殿がツムリの心配をするとは少し意外だな"」
「それどういう意味? 後輩の心配するくらい普通のことやろ」
「"周りが気づかれていないとでも? 本心では拒絶していること。その仲良しごっこに意味はあるのか?"」
「っ……」
《うわぁ……えっぐいこと聞くなぁ》
《カチュアもここまでノンデリじゃないでしょ……ないよね?》
「"ウラノ。貴殿は確かブイアクトに入る前からカチュアのファンだったな?"」
「……それがなに? 今もカチュアさんの歌は好きやけど、それはアンタやない」
「"では当然本物と聞き分けられるはずだな?"」
「それは……」
カチュア/レプリカに質問攻めにされ、言葉を詰まらせるウラノ。
そして少女はカチュアの声で続ける。
「"はっきり言わせてもらおう。なんだこの退屈な配信は?"」
異議を唱える。
異迷ツムリの企画と、その参加メンバーに対して。
「"温いのだよ。負けてもペナルティなしの緊張感が足りていない勝負。ギスギスとした空気を隠しきれない半端な馴れ合い。貴殿らは何がしたいのだ?"」
誰もが気を遣って言わなかったことに言及する。
返す言葉もなく黙るメンバー。
「……ああ。全く同意見だ」
しばらく続いた静寂を破ったのは、同じ声を持つ者だった。
「認めよう。カチュアはどこか丸くなっていたらしい。馴れ合いを求めて、後輩達の関係を壊さないために自制して……まったく。らしくないことをしてるな」
己を振り返り、反省する。
偽物に気づかされた未熟さを。
「ウラノ。ティア。今日の体たらくはなんだ? 2人して偽物に劣るパフォーマンスを見せて。本来の実力を出せなかったから、とでも言うか? 心の弱さも実力の内だろう」
「……そうやね」
「ごめん、なさい」
「どれだけ揺さぶられても歌だけは揺らぐな。己の価値を示せないのなら、それこそ偽物に代わられても文句は言えまい」
後輩達を叱咤する。
己に言い聞かせる意味も込めて。
「カチュアの存在意義は歌だ。故に……歌だけは誰にも負けられないのだよ」
《カチュア……アンタやっぱカッケェよ》
《真面目モードのときは本当に頼もしい》
「"素晴らしい。それでこそカチュア・ロマノフだ"」
「悪かったな。不甲斐ない姿を見せて」
「"そうだな……ではオリジナルよ。ここは一つ、真剣勝負をしてみないか?"」
低姿勢の本物に、偽物はここぞとばかりに提案する。
「"ここで勝った方が真の本物。貴殿が負けたら配信チャンネルを明け渡す、というのはどうだろうか?"」
「ああ。良いだろう」
「!? カチュア氏、それは流石に……」
《即答!?》
《いや、迷いなく決断できるのはカッコいいけど……》
《マジで? 負けたら活動終了みたいなものでは?》
メンバーも視聴者も混乱する中、迷いなく話を進める2人。
「ただしルールに少し手を加えさせてもらおう。視聴者諸君。次の投票は本物か偽物か、そんなことは一切気にするな。より心を奮わせた歌に投票したまえ」
「"なるほど……純粋な歌唱力勝負か"」
「ああ。歌で負けるような奴にカチュア・ロマノフを名乗る資格はない」
《承知》
《うむ。歌にだけは嘘はつけない》
《カチュアがそう決めたのなら我々は信じるのみ》
《おいおい……カチュアもロマノフ隊も覚悟決まりすぎだろ……》
「ネプ。取り仕切りを」
「……承りましょう。これより偽歌判別対決、新ルールにて最終戦を開始しますぞ。勝負の結果はこの場にいる者全てが証人、お互い悔いのなきように」
「では始めようか」
「"白黒はっきりさせようじゃないか"」
自ら逃げ場を無くして真剣勝負に臨む。
そうして3戦目、最終戦は始まった。
「おいレプリカ。先手は貰うぞ」
「"構わんよ。どちらでもやることは変わりない"」
「いいや。変わるよ」
「"? どういう意味だ"」
移動中、カチュアは有無を言わさず先手を取る。
それを快く受け入れたレプリカに向け、更に指示を出す。
「貴殿もカチュアの歌を聞いておけ。人の心を動かすことがどういうことか――――本物の歌を魅せてやる」
「"?! ……いいのか? 公平性に欠けるように思うが"」
この偽歌判別対決、ルールの一つに互いの歌は聞いてはならないことになっている。
それは本物に寄せること、あるいは本物が敢えて差をつけることが可能となることから後手が有利になってしまうため。
ルール変更で似せること自体に意味がなくなったとは言え、相手を参考にできる点では未だ後手優位と言える部分はある。
「さて。その天秤がどちらに傾くか……それは貴殿次第だろうな」
「"……?"」
カチュアは意味深に言葉を返す。
その意味を理解される前に、カチュアはマイクの元へ向かった。
レプリカは言われた通り、配信画面を開いて待機する。
やがて端末から歌声が届く。
しばらくの間、言葉を失うほどに没頭した。
聞き終えて、やがて呟く。
「"……そういうことか。やってくれたな……カチュア・ロマノフ"」
◇
その歌声を聞いた者達は、第一声を聞いた瞬間に本人の歌だと確信したという。
何故ならその歌は、いつもとまるで異なる歌い方だったから。
「……やっぱとんでもないわ。あの人」
荒々しくも丁寧で、聞く者全てを強引に惹きつける魅力こそがカチュア・ロマノフのアイデンティティ。
しかしこの歌は……観衆を恐怖に震わせた。
「ある意味窮地に立たされている状況で、このような挑戦をできるメンタル……凄まじいですな」
悍ましいほどに繊細な感情表現、それを激しい歌唱の中に織り交ぜる。
普段とは別人のようで、しかしそんな芸当は彼女にしかできないと思わせる歌唱センス。
《すっげぇ苦しい……吐きそうなくらい最高》
《これだよこれ……!! これがカチュアなんだよ!!》
《マジでかっけぇよアンタ。一生ついてくわ》
「うん。歌だけなら、誰にも負けない。自慢の師匠」
カチュアの新たな試みは、間違いなく人々の心を奮わせた。
そんな一曲を聞き終えて、余韻に浸りながら人々は思う。
《え? これの後で歌うの?》
《いや、カチュアの歌真似凄いのも知ってるけど……》
《正直いつものカチュアじゃ物足りなくね?》
「あー……どうするんやろ? レプリカさんは」
「カチュア氏、随分と大人げないことをしますな。こんな隠し玉があるなら先手は譲ってもよかったでしょうに」
「でも、レプリカの歌も、凄い。もしかしたら?」
流石にこれは超えられないだろうという同情。
しかし相手も同じカチュア、何か魅せてくれるかもしれないという幾ばくかの期待。
そんな中、後手の歌唱が始まった。
◇
結果から言えば、最終戦は先手投票率100%。
つまり本物の勝利で幕を閉じた。
「確かに貴殿は歌が上手い。これがカラオケ大会だったなら100点満点で優勝だろうな。しかし……それでは足りないことを、カチュアも嫌というほど思い知らされてきた」
しかし後手、カチュア/レプリカの歌唱も少なからず称賛する声はあった。
「結局、貴殿が称賛されているのは高クオリティの物真似技術のみ。己の手で新たな魅力を開拓できない者に道は開かれない」
彼女の取った選択は……直前に披露された新たなカチュアの歌唱の、完全なる模倣だった。
「愚かだな。同じ歌い方を目指せばこうなることくらい分かっていたはずだ。初見に勝る感動はないのだから」
「"ああ……反論の余地もないな"」
全てを終えたカチュア/レプリカは毒気を抜かれたような、先程までの覇気は一切感じられなかった。
「何故わざと負けに行くような選択をした?」
「"……仕方ないだろう。今は……あの歌が一番魅力的に映ってしまった"」
「ふっ……貴殿が心を動かされていては世話ないな」
「"まったくだ。我ながら情けない……"」
憎まれ口を叩かれても言い返せない。
元を辿れば彼女から生まれた存在、同じ考えなのだから否定する方が困難だ。
「貴殿にはカチュアにない取り柄がある。それを駆使すればいくらでも超えられる可能性はあったはずだ」
「"しかし……別の魅力で超えてもそれは偽物ですらない。別の何かだろう"」
「甘いな。歌に正解を求めること自体間違えているのだ。人の好みは星の数ほどある。頂点を名乗る人間が不変の完璧を求めてはならんのだよ」
「"はは、根本から間違っていたわけだ……そうか"」
話すほどに彼女の中で情報が補完され、やがて気づく。
「本物を目指す姿勢こそ……『カチュア・ロマノフ』に相応しくない行動なんだな……"」
気づいてしまった以上、もう自分には目指せない。
己を見失い、存在が揺らぐ。
意識を手放そうか。
諦めかけたとき、彼女の声が聞こえた。
「案ずるな。同じ志を持つ者のよしみだ。貴殿の想いも丸ごと背負ってやる」
「"……ああ。やはり相応しくないようだ。その言葉で、心が安らいでしまう自分には……"」
それが最後の後押しとなってしまった。
身体の内側で、一人の少女に呼びかける。
(ツムリ。気分は落ち着いたか?)
(あ……少しだけぇ。まだちょっと……戻れるか不安ですけどぉ)
(そうか……ティア。フォローを任せられるか?)
(……うん。いいよ)
(え……え?)
先程のショックでまだ不安定らしい異迷ツムリ。
申し訳なく思いながら、はっきりと伝える。
(カチュアは――――どうやらここまでのようだ)
(ぇ……それ、は……どういう……)
理解を拒み、言葉を途切れさせながら問う。
(カチュア・ロマノフは今後世界に唯一人、ということだ)
(?! そんな……待ってください! そんなのって……!!)
激しく取り乱すツムリ。
手を伸ばし、縋り付いてくる。
(嫌ですよぉ……お別れは、もう……)
(……すまない)
ただ謝ることしか出来ず、目を離す。
最後に本物へ想いを告げるために。
「"くれぐれもカチュア・ロマノフを貶めるような真似はするなよ。化けて出るぞ?」
「誰にモノを言っている。無用な心配だ」
最後まで揺らぐことのない頼もしい存在。
おかげで、思い残すことは何もない。
「"ああ。では――――後は任せた"」
消えゆく最後の一瞬まで目に焼き付ける。
自分が追い求め続けてきた本物。
カチュア・ロマノフの誇り高き姿を。
(あ……あぁ……)
彼女を惜しむ声は、もう届かない。




