番外編23 対談コラボ:法魔エル
「あれ゛? なんかちょっと喉痛い゛?」
気付いたのは配信直前。
共演相手と通話を繋げる前に発生準備をしたところで違和感を覚えた。
少しだが体も熱っぽく頭がボーっとする。
「昨日布団で寝なかったからかなぁ゛。水飲んで……んんっ。あー゛、あー……うん。調声できたぁ」
喉を潤し、ほんの少し声を作ってノイズを減らす。
デビュー時に喉を枯らしたときと比べれば軽度。
会話程度ならできそうだと一安心したところで通話を繋げた。
「あ、エルさぁん。今日はよろしくお願いしますぅ」
「こちらこそーお願いしますねー」
「結局今日って何やるんですかぁ?」
「それは始まってからのお楽しみということでー。では始めましょうかー」
何も聞いてこない、ということは上手く喋れているらしい。
これなら配信もなんとかなるだろうと安堵する。
そうして促されるままに、チャンネル主のツムリは配信を開始した。
「はぁいこんにちわぁ。本日のお相手は異迷ツムリとぉ」
「はーい得意魔法はC++、プログラミングウィッチの法魔エルですー」
《エルさんこんにちわぁ》
《それラジオの最後に言うやつじゃない? 別に間違ってはないけどw》
《この二人の間延びした声眠くなりそう()》
「さてさてー。早速今日の内容を発表しますかねー。実は視聴者さんだけじゃなくツムリちゃんにも教えてないんですよー」
「はぁいサプライズ企画とのことでぇ。楽しみ過ぎて夜しか眠れませんでしたぁ」
《ほう? エルさん以外誰も知らんのか》
《健康的だなぁ》
《いや夜寝れる配信者って意外に珍しいのでは?》
「ということで、今日の配信は座学ですー」
「……え?」
「座学の時間ですー。一緒にネットリテラシーのお勉強しましょうねー」
《わお》
《座学だと……マジで眠くなりそうw》
《内緒にしてたの逃さないためかww》
「実は依頼があったんですよねー。配信者なのに知識なさすぎて不安だから教えてやってくれないかってー」
「わぁ絶対マネージャーさんだぁ……」
「ロカさんの方が良いのでは?って聞いたらー、そのロカさんから推薦があったみたいなのでー。情報科目担当ってことでがんばりますねー」
《でも正直ツムリには要るな……リテラシー》
《いつかやらかして追放されないかって普段から心配されてるもんな……》
《一緒に勉強しような……》
想定外の配信内容、コメント欄も受け入れムードで困惑するツムリ。
なんとか小声で抵抗の意志を見せる。
「あ、あのぅ。実は今日ちょっと頭の調子が悪くてぇ……」
「それは大変ですねー。でも今日はどれだけ嫌がっても逃がすなって言われてましてー」
「ぐぬぅ……お、お手柔らかにお願いしますぅ……」
《それ調子良い日ある?w》
《予想通りだけどやっぱ勉強嫌いなのかぁ》
体調不良を正直に言うか迷った結果曖昧な言い方になり、当然却下される。
逃げられないことを悟り、諦めて座学を享受することにした。
「では授業を始めますー。1限目は個人情報の取り扱いからー」
「え? 1限目?」
「あ、はいー。今日のところは4限目までにしとこうかと思ってますー。残りは配信裏で補習ですねー」
「…………はぁい」
《めっちゃ嫌そうww》
《それだけ知識が足りてないってことだろうな……ネット怖いからね……》
予想以上の長丁場になりそうで身震いしながら、エルの授業に耳を傾けた。
…………。
そんなこんなで1時間ほど経った頃。
「と、生成AIは入力だけでなく生成物の扱いにも気をつける必要があるわけですねー」
「はぁい」
「特にVTuberは生成した画像をSNSにアップロードされることも多いですからー。怪しいと思ったら関わらないのが一番ですー」
「はぁい……」
《シンプルわかりやすくて良いね》
《スライド作るの上手いな。安心の知識量だし普通に講師やって欲しい》
《しかしその生徒は……》
「さて、これで2限目終了ですけどー。ツムリちゃん聞いてませんねー?」
「はぁい゛……はっ!」
「上の空ですねー。それに声もちょっと掠れて? もしかして体調悪いとかー?」
「い、いやいや゛。まだまだ全然いけまっ゛……クシュンっ゛!」
《全然ダメそうだがw》
《しばらく生返事だったもんなぁ》
《言われてみれば鼻声だな。風邪か?》
気丈に振る舞おうとするも、既に察してしまった皆から心配される。
さらにエルが続ける。
「ツムリちゃん。最初は無理やり付き合わせるようなこと言いましたけどー。本当にキツイときは言ってくださいねー。ネタにならない無茶は誰も喜びませんのでー」
「う゛……はぁい゛……」
《うん。倒れられる方が困る》
《配信なんて楽しむもんだから。お互いに》
《苦しすぎない程度に苦しんでくれるのが一番助かる》
「それでは今日の配信はここまでということでー。皆さんごめんなさいー。状況落ち着いたらまたSNSで報告しますー」
「エ゛ッホエ゛ッホ……伝えなきゃ。風邪引いてごめんなさいって伝えなきゃ……」
「死にかけのエッホエッホやめてくださいねー」
《ふざけてないではよ寝ろw》
《エルさんツムリのことお願いしますー》
「お任せあれー♪ なんちゃってー。それではおつムリですー」
体調不良によるコラボ配信の中断。
申し訳なく思いながらも、既に熱がかなり上がってきているのか思考がまとまらない。
そんな状態で通話相手から声をかけられる。
「じゃあツムリちゃん。鍵だけ開けて布団で休んでてくださいねー」
「え? あ、はぁい゛……」
返事をすると直後に通話を切られた。
どういう意図だったのか、考える余裕もなく言われた通り玄関の鍵を開けて布団に入った。
横になるといっそう倦怠感も増し、熱に浮かされながら天井を見る。
中々寝付けないまま数十分過ごしたところ、玄関の方から音が聞こえた。
「お邪魔しますー。ツムリちゃん居ますかー?」
「んぅ……? エルさぁん……?」
「あ、よかったー。住所聞いただけだったので知らない人の家だったらどうしようかとー。台所お借りしますねー」
返事を待たずにテキパキと動くエル。
しばらくすると彼女はお盆を持って部屋に入ってきた。
「おかゆ出来ましたよー。食べれそうですかー?」
「えと……なんでわざわざ来てくれてぇ?」
「え? あ、ごめんなさいー。迷惑でしたー?」
「い、いえ。すっごく嬉しいですけどぉ……」
エルとは今まで数回話した程度、もちろん家に来たことなんて一度もなかったから。
何故今日来てくれたのか、それが分からずどう質問したものかと迷った。
「同期のムルちゃがよく体調崩すんですよねー。その度に看病しに行ってあげてたのでー。今回も何も考えずに動いちゃってましたねー」
「そうでしたかぁ。てぇてぇ話のおかげでちょっと元気貰えましたぁ」
「ちょっとよくわかりませんがー。元気になってくれるならなんでも良いですー」
勧められるままに皿と匙を受け取る。
食べながらふと疑問が浮かんだ。
「あれ? そういえばエルさんここまでどうやって? 確か足がぁ……」
「車ですよー。足の怪我もずっと昔のことですし、一応杖持ってますけど無くても歩けるくらいに回復してますからー」
平然と答えるエル。彼女からすれば慣れたことなのかもしれない。
しかしやはり、自分なんかのために苦労をかけたことが気になってしまう。
食べる手を止めて俯く。
「あの……今日はホントにご迷惑をぉ……配信止めて、家まで来させてしまってぇ……」
今まで色んな人に迷惑かけた自覚はあるが、活動に影響が出るほどの失敗は初めてかもしれない。
それも先輩まで巻き込んでしまった。
話すほど気持ちが滅入り、涙が込み上げてくる。
「じゃあ迷惑かけたお詫びにー、今日だけママって呼んでもらえませんかー?」
「…………はい?」
「え、ダメでしたー? それでチャラにできるなら安いと思ったんですけどねー」
「あ、いや。全然良いんですけどぉ……ま、ママ?」
「あー良いですねー! これだけで今日ここに来た甲斐がありましたー!」
「わぁ……」
突飛な提案と強烈な反応。
そのテンションについていく元気がないツムリは素で引いてしまった。
するとエルは昂った声を抑えて言う。
「ということで、今日はもう謝るのはなしですー。迷惑かけたこと気にするくらいならお礼にエルの喜ぶこと考えて欲しいですねー」
「あ……」
気を遣ってくれたのだと気づき、声を漏らす。
今の茶番もこちらの気が楽になるよう敢えてふざけたのかもしれない。
……表情は本気で喜んでるようにも見えたが、そういうことにしておこう。
「ホントにありがとうございますぅ。じゃあ今日はエルママにトコトン甘えちゃいますねぇ」
「おおーエルのこと分かってきましたねー。遠慮なく甘えちゃってくださいー」
怪我の功名と言うのか。
配信は上手く行かなかったけれど、風邪のおかげでさらに距離を縮められた気がした。
◇
「ぅぅん……あれ、何時間くらい寝て……エルママ?」
目を覚まし、日が落ちた部屋で周りを見渡す少女。
人の気配を感じたのか、眠る前に一緒に居た人物の名前を呼んだ。
「ママ……? よくわからんがエルさんなら帰ったぞ。あの人も忙しいからな」
「マネージャーさんでしたかぁ……」
「露骨に残念そうな顔を……僕で悪かったな」
「あ、いえ。残念というか気まずいというかぁ……」
照明が点き、男を直視できず口を濁すツムリ。
マネージャーも彼女の言わんとしていることは理解できた。
先日、寝ぼけた彼女に言われたことを思い出す。
「あー……すまなかった。今回は全面的に僕が悪い」
「え? いやいやぁ。勝手に体調崩しただけですよぅ」
「いや。スケジュールを詰めたのは僕だし、サポートすると言ったのに責任を放棄したのは僕だ」
「う……あの、ミーティングであんなこと言っちゃいましたけどぉ。やっぱり自己管理くらいはできないとって思うのでぇ……」
互いに自分の非を主張し合う。
このままでは収拾がつかなくなりそうだったので、伝え方を変えることにした。
「……そうだな。僕もずっと側に居ることはできない。だから自立して欲しい気持ちもある」
「あ、はい……ですよねぇ」
「かと言って、いきなり出来ないことを強要するようなやり方は良くなかった。申し訳ない」
黙って距離を取るようなことはしない。
包み隠さず自分の希望を正直に伝える。
それが彼女の望んだことだから。
「だから、これからは教えながらやるよ。どれだけ時間かかっても付き合うから……頑張ってみないか?」
一歩ずつ、彼女の歩幅に合わせてサポートする。
そんな想いを伝えると、彼女も応えてくれた。
「覚えれるか自信ないですけどぉ……このままだと皆に迷惑かけちゃうのでぇ。私からもぜひよろしくお願いしますぅ」
ツムリも快諾してくれた。
晴れやかな表情で、体調も回復したようだ。
「でも今まで以上に時間かけるとぉ。泊まり込みになっちゃいそうですよねぇ」
「ああ。それも覚悟してるよ」
「えぇ? こんな可愛い女の子と四六時中一緒に居て変な気とか起きないんですかぁ?」
「かわ……いい……? いやまあ、ある意味可愛いか? 小物的な意味で」
「あの、流石に冗談で言いましたけどぉ。マネージャーさんも言い過ぎじゃないですかねぇ……? こちとらファン10万人超えのアイドルですよぉ?」
「半数以上は玩具扱いだけどな」
「ぐぬぅ……」
以前のような言葉の応酬。
それも彼女なりの信頼の証なのか。
客観的に見て本当に世話のかかるタレントだと思う。
でもしばらくは、このままでいいかもしれない。




