第139話 偽物との議論
「はいはーい! 皆様お集まりいただきありがとうございます♪ それでは会議の方始めましょうかね? 司会はこのアタシ、道化を導く道化こと導化師アルマが務めさせていただきますよ!」
会議の進行を始める女性。
聞き慣れた声。しかし現実に『導化師アルマ』は存在しない。
それを名乗ることができるのは、今や少女の内側だけ。
「議題は……異迷ツムリch、次の配信内容について♪」
「よろしくお願いしますぅ」
端的に言えば脳内会議。
一つの心に住まう、いくつもの写し身。
「まずは本題に入る前に現状の整理から。ロカちんお願ーい」
導化師アルマは旧友の名を呼ぶ。
「いいでしょう。現状整理、つまり世間から見た異迷ツムリの立ち位置ですわね」
返事をするロカ・セレブレイト。
もちろん彼女もオリジナルではない、少女が創り上げた偽物。
「まずは元々の印象から。特技の声真似以外は何もできないダメっ子動物、と言ったところでしょうか」
「え、あの何もできないってことはぁ……」
「今は主観的な意見は不要ですわ。他の方々、反対意見はありますの?」
ロカが周りに問うと、その他大勢は同意の意味を込めて沈黙する。
「ということですので、異議は却下させていただきますわ」
「そんなぁ……」
「では次は……ツムリの印象を変えた出来事について、一つずつ追っていきましょうか」
議論の対象を無視して話を進めるロカ。
それから例の事件について語り始めた。
導化師アルマのなりすまし、それに至るまでの経緯、そして本物のアルマが出した結論に対するツムリ決意表明。
視聴者の視点で得られる情報のみを挙げた。
「――――と、そんなところですわね。世間的にはかなり浮いた存在。ある人は腫れ物を扱うように、またある人は敵だと認識するほどに。しばらくは普通に配信することもままならないでしょう」
「そうですよねぇ……自業自得なのは分かってますけどぉ」
まるで本物のロカのように達観した回答。
しかし……否、だからというべきか。
「それでも譲れないモノがあるのでしょう? そして、それはワタクシ達が存在するのに不可欠なモノでもある」
己が偽物であること、危うい存在であることも理解している。
正しく生き、それでいて仲間を思い遣る優しさを持つ。それが彼女の魅力。
「……はぁい。大好きなものを否定されるのは辛いですからぁ……いつか認めて貰えると嬉しいですねぇ」
推しの一人を元に創られた幻想。
それゆえ、オリジナルと同等に愛おしい。
「当面の目標は現状を普通にすること。世間が慣れるまで今の方針を継続する他ありませんわね」
「慣れてもらえますかねぇ?」
「似たような一例ならありますわよ。VTuberの転生、引退してもまた別の貌を装って活動再開できると。今となっては当たり前のようになっていますが、異常な慣習ですわね」
人格同士で相談し合い、1人の人間の在り方を模索する。
客観的には茶番じみた独り相撲に映るのかもしれない。
「どんな異常も慣れさせれば日常に溶け込むことはできる。案外そういうものですわ」
けれど、少女にとっては誰より信頼できる相談相手。
「しかし敢えて言わせて貰うなら――――正しくなくとも筋は通しなさい。それができないのなら、ワタクシは一切協力しませんわ」
「んぇ? ……え、えぇ!?!?」
「当たり前でしょう。信念なきトップに従いたい人は誰もいない。揺るぎない理念を掲げなさい」
ときに厳しく叱咤し、深い見識で教えを説く。
異迷ツムリの考えが及ばない部分を補ってくれる。
「ツムリ、貴女の活動理念を教えてくださる?」
「と、トップ? 理念? そんな凄そうなの考えたこともないですけどぉ……」
一人じゃないからこそ、迷い続けた少女は答えを出せた。
「ただ……ずっと輝いてて欲しいなぁって。推しが居なくなるのは……もう耐えられないと思うのでぇ」
意見は変えても芯の部分は変わらない。
最初に推しを失ったときから、彼女は永遠の輝きを夢に見続けている。
「……そんな顔で言われては敵いませんわね。ワタクシにできることがあれば言いなさいな」
「えへぇ。ありがとうございますぅ」
混沌とした状況を紐解き、異迷ツムリの方針を明確にする。
与えられた役目をロカは果たした。
「ええ話やん……と。話がまとまったところで、意見ある人いるかなー?」
区切りのついたところでアルマが聞く。
協力の意志を聞けたのはあくまでロカのみ。
「エゴ、だな」
「ひぅっ……」
異なる思想を持つ者も、少なからず存在する。
「カチュア。言葉が強いデスよ」
「仕方あるまい。炎上しているのだから、それは否定派が多いことの裏付け。独り善がりも良いところだ」
嗜めるサイコとそれすらも遠慮なく切り捨てるカチュア。
「わ、分かってますよぅ……。ただ私がみんなを……導化師のアルマさんを諦められなくって、ワガママ言ってるだけだってぇ……」
ツムリは否定しきれず、諦めの悪い子供のように非を認める。
そんな後輩を見てカチュアは続けた。
「案ずるな。別に貴殿を止めようなどとは思っていない」
「え……?」
「エゴで結構。むしろもっとやれ!! 貴殿は気を遣いすぎなのだ」
「え? えっと?」
「あー……始まりマシタね……」
「まあ、カチュアさんはそういう人ですわよね。引き留めるなんてガラでもない」
メンバーの中でも特に我の強い性格。
己の歌を誇示する絶対的自信の持ち主。
「世間の正義なんて結局は声がデカい奴に同調しているだけに過ぎない。自分の答えを貫けない弱者で終わるな。いいか。認めさせたいなら心を動かせ。感動でも共感でもいい」
カチュア・ロマノフもまた、ツムリにとって頼もしい先輩であり、1人の推し。
だからここにいる。
「五月蝿いだけの奴らはカチュアの歌で黙らせてやる。無論、カチュアはオリジナルにも負けない」
「カチュアさん……さすがにカッコよすぎですよぉ」
「カチュア師匠。カッコつけ。ひゅーひゅー」
「茶化すなティア。せっかく良いこと言ったのにお前のせいでダサくなるだろう」
「カッコつけきれないのはいつものことデスね」
1人感涙するツムリを他所に談笑し始める面々。
彼女らは続けて当初の議論目的を思い出す。
「それで次の配信予定だったか? VTuberとしてのスペックを示すのならやはり歌だろうな」
「カチュアさんが歌いたいだけやないの? ま、一番手っ取り早く目ぇ引くやろし賛成やけど」
「歌っスか……。自信ないっスけど声のデカさならアピールできるっス!」
「おっと、もしかして配信内容も決まりかな? じゃあ反対意見がなければ……次回は歌枠ってことで♪」
今度は満場一致で話がまとまる。
和気藹々とした雰囲気で少々騒がしくなったが、一応議論の内容に決着がついた。導化師アルマは会議の締めに入る。
「さてさてさーて。他に話しておきたいことがある人はいるかなー? なければこれで……」
導化師アルマが会議の締めに入ろうとすると、遮るように一人が手を挙げた
「一つ、方針について物申したい」
「お、ツラたんどしたん?」
神妙な面持ちでツララは提案する。
「我々にも名前が必要ではないか?」
「……ん? えと、名前ですかぁ?」
「ねーツラたん。それ真面目な話? いつもの発作なら一人でやって欲しいかもっ」
「僕としてはいつも真面目なつもりだが……一応今回に限っては納得してもらえると思うよ」
ある意味ツララらしい突飛な提案に空気が緩む。
ニオに釘を刺されながらも、ツララは持論を話し始めた。
「異迷ツムリは間違いなくオリジナルだ。しかし、僕が異迷ツムリの見た目で幽姫ツララを名乗るのは違和感があるだろう。僕達は異迷ツムリではなく、況してやオリジナルとも違う同位体。1ファンが解釈し、創造した新たな人格だ。名を得ることは別個体であることの主張にも繋がる、異迷ツムリの方針にとっても大事なことではないか?」
「えっとぉ……?」
「ツラたんわかりにくいよ。要するに◯◯・オルタみたいに呼ばれたいってこと?」
「そうそれ」
「あ、理解しましたぁ」
小難しい理論にツムリが首を傾げていたところ、導化師アルマの助け舟で話しはまとまった。
一見ツララの趣味全開の希望のようにも思えたが、意外にも賛同する者は多かった。
「でも確かにー。もしオリジナルと会う機会があったら同じ呼び名は分かりにくいかもですねー。コラボとかー」
「コラボしてもらえればの話ですけどね……シューコなら絶対断りますし」
「念のために決めておきましょうか。それで、どんな名前をご所望ですの? どうせツララさんのことだから考えているのでしょう?」
「もちろんだとも。その名は……」
◇
「"『幽姫ツララ/レプリカ』、この名を浸透させたいと思う。さらにそれを印象付けるための配信、『レプリカの歌枠』を開催する"」
「…………あっはい」
担当タレント、異迷ツムリとのミーティング……のはずが、彼女は内なる幽姫ツララに説明のバトンを渡した。
距離感に迷いながら四条彰は反応する。
「"ノリが悪いね。反対かい?"」
「あ、いえ。呆気に取られただけです。良いと思いますよ。……なんでも」
「"君も皆と同じような反応をするのだな……嫌なら却下すれば良いのに……"」
どこか寂しげな雰囲気で、消え入るように呟くツララ。
「はぁい。ウチのツララさんがご迷惑おかけしましたぁ」
「いや迷惑ってこともないが……」
元の声に戻り、入れ替わったのだと察する。
彼女の入れ替わりも何度か目にしたが、未だに慣れない。
普段表に出てくる異迷ツムリでさえも、彼女の本物ではないと知ってしまったから尚更に……。
「あー……それでレプリカの歌枠、だったか? 異迷ツムリとしては歌うのか?」
「え? 要らなくないですかぁ? それじゃ普通の歌枠ですしぃ」
「そうか……喜ぶファンもいると思うけどな」
「いやいやぁ。あれだけやらかしたんですから私のファンなんて残ってないと思いますしぃ」
卑下する性格は元からだが、それでも寂しさを感じる。
少なくとも一人、彼女の肉親がファンであることは知っていたが、それを伝えるのは彼が望んでいないこと。
「さて、今日話したいことはそれくらいか……」
最終確認の後ミーティングを終えようとしたところだった。
「おっはよーございまーす!!」
自室の扉を開けられる音。挨拶の声。
意識外からの大きな音に驚かされる。
「は? 姉さん? おはようって時間でもないが……」
「私はさっき起きたから朝だよ?」
いや、反射的に突っ込んでしまったがそういう問題ではない。
今はリモートでのミーティング中。
その通話相手は……。
「……これはこれは。導化師じゃない方のアルマさんじゃないですかぁ」
「わお敵意丸出し? そういう感じのツムりんも新鮮でいいね〜」
「当たり前じゃないですかぁ。何勝手に導化師やめてんですかぁ? もうアナタだけのモノじゃないんですけどぉ」
棘のある言葉で姉を迎える。
彼女は導化師を辞めた『アルマ』のアンチであると公言している。
それを本人の前でも隠そうとしない。
「ううん。導化師アルマは私だけのモノだよ」
そして、それに張り合う姉。
「君の中にいるそれは、自分を導化師アルマだと思い込んでるだけの異常者だよ」
「っ! ……そういうこと言っちゃうんですかぁ」
いつもなら誰にでも愛想を振りまく姉がここまで相手を煽るのも珍しい。
しかし、こうなると分かっていてミーティングに乱入してきた目的はなんなのか。
「それでぇ? 今日はなんの御用ですかぁ?」
「話し声聞こえたからさ、宣戦布告でもしとこうかと思ってね」
「宣戦布告ぅ?」
「そ。ブイアクトのみんなからそろそろお誘い来ると思うから。心の準備しといてね♪」
他メンバーからの誘い。
詳細は分からないが、今の異迷ツムリを良く思っていないメンバーが居るのは間違いない。
障害になるのなら断るべきだと思うが……。
「はぁいもちろん。推しのお誘いならいつでもウェルカムですぅ。逆にわからせてあげますねぇ。私達も、本物となにも変わらないってぇ」
余裕の態度で受け入れ、煽りまで入れる。
何を言われても自分は変わるつもりはないと言いたげに。
「えー本物が2人って気持ち悪いと思わない?」
「ただの解釈違いではぁ? 自分が2人居たらって思ったことありませんかぁ? 私はその2人目になるだけなんでぇ。いつでも頼って欲しいですよねぇ」
話せば話すほど険悪になる2人。
今まで仲の良かった場面を見てきただけに居た堪れない。
「私はあくまで皆さんのバックアップ――――レプリカですからぁ」
異迷ツムリは正式に、アルマこと四条ルナへ敵対の意を示した。




