第138話 異迷ツムリを推す男③
間宵解斗との長い語らいを終えた。
異迷ツムリ、彼女が彼女になる前の話を聞いた。
そして異迷ツムリになってからの話をした。
自分で話しながら思った。
これが同一人物の話だなんて、未だに実感が湧かない。
彼女の本物は間宵結。
でも今まで接し続けてきた異迷ツムリは、偽物の間宵紬。
僕は誰にどう声をかけるべきなのか。
帰宅中もずっと考えていた。
グルグルと思考する無限に思える時間を経て、家に着く。
するとそこで、その思考を阻む者が現れた。
「お、アッキーおかえり~。良い話聞けた?」
「……ただいま」
四条ルナ。姉であり、導化師を辞め「アルマ」として活動を続ける予定の人物。
正直、姉と顔を合わせるのは気まずい。
「素っ気ないなぁ。私が連絡先教えてあげたんだしさ、ちょっとくらい教えてくれないかね?」
「敵に情報は送らない」
「えー酷い言い草だなぁ。敵だなんて」
フランクに話しかけてくる姉を一蹴する。
喧嘩ではない。こちらが一方的に反発してるだけ。
それは彼女が裏切ったから。
ツムリのことも、僕のことも。
「少なくともツムリはそう思ってる。導化師を終わらせたアンタのことはもう推せない。ってさ」
『異迷ツムリをこれ以上苦しめないこと』を条件に協力した。
それを破り、異迷ツムリは姉を敵視している。
もはや家族だろうと味方する理由は一つもない。
「僕は異迷ツムリのマネージャーだ。あの子の敵は僕の敵でもある」
「なるほどねぇ。二人して拗らせちゃってるなー」
「……真面目に話す気ないなら部屋戻るから。明日のミーティングの準備もあるし」
「ミーティングって言ってもリモートでしょ? そんなに準備することある?」
「姉さんには関係ない」
「あ、ひょっとして怒らせちゃった? ごめんって〜言い過ぎたのは謝るから! 最後に1個だけ!」
軽薄な絡み方にイライラしていると、一瞬で姉の雰囲気が変わるのを感じた。
「ツムりんのこと、私も助けたいからさ。困ったらいつでも頼ってね」
声のトーンだけで本気で言っていると思わされる。
その対人話術に何度騙されてきたことか。
「……余計なお世話だ」
一瞬揺れ動いた心を律して拒絶する。
これ以上一緒にいるとまた誘導される。
そんな予感がしてすぐにその場を離れることにした。
姉の声が届かないところ、自室に閉じこもる。
「……明日ミーティング、ね。情報提供感謝♪」
姉の企みは、いつまで経っても予想できない。
◇
四条彰との長い語らいを終えた。
異迷ツムリ、彼女が彼女になる前の話をした。
そして異迷ツムリになった後の話を聞いた。
おかげで一晩整理して考えはまとまった。
その数日後、職場で話しかけられた。
「プロデューサーさん。今いいですか?」
「来週のスケジュール教えて〜」
事務所のアイドルが2人、プロデューサーである自分と仕事の話をする。
至って普通のことだ。
だが先日昔話をしたこともあって、少々変な気分になる。
「定期ライブですね。この時期はイベントも少ないですから。時間が余ったら配信チャンネルの運用をお願いします」
「またー? テレビ出演のオファーとかないの?」
「無茶言わないでください。それより……最近また2人で行動していることが多いですね。綾女さん、沙織さん」
間宵紬と『スターライト』という名のグループで活動していた2人。
入れ替わり後の間宵紬から離れるためにソロデビューしてからも、それぞれアイドル活動を続けている
「んー。ソロデビューした手前あれだけど、なんか今さら1人で活動するのも物足りなくてねー」
「まあ……今は少しだけ気が楽ですね。あの子がいた頃に比べれば」
「……」
触れづらい話題に返答することができなかった。
2人は気づいているようだが、まだ自分の口から間宵紬の真実は語っていない。
今も話す気がないことを察してくれたのか、沙織は話題を変えた。
「あ、そうだ配信チャンネルといえば。コラボしてくれそうな人見つけたんだった」
「? 珍しいですね。そっち方面に意欲的なのは」
「お声がけしてもらったんです。話を聞かせてくれれば広報活動に協力しても良いって」
「お相手はなんと超大手、ブイアクト4期生の向出センカちゃん〜」
「……ブイアクト?」
耳を疑った。
彼女らの口からその名前が出るとは思っていなかったから。
「マズかったですか?」
「いえ、マズイことは……ああ。確かにマズイかもしれません。今は炎上騒ぎの只中ですから。時期を見合わせた方が賢明かと」
「あーそういえば同期か。異迷ツムリちゃん、結構やらかしてるみたいだね」
「……そのようですね」
不意にその名を聞いて、言い淀んでしまう。
流石に2人も自分の反応で気づいたのだろう。
目を細め、核心を突いてくる。
「……プロデューサーさん。異迷ツムリって子、ひょっとして……」
「! すみません。次の仕事があるので私はこれで」
「あっ逃げた。……やっぱり?」
「そういうこと……だよね」
何も伝えないまま、気づきばかりを与えてしまう。
本当なら当事者の2人にも話すべきなのかもしれない。
申し訳ないとは思っている。
でも、伝えたらどうなる?
仮に真実を知った2人が、彼女を心配して会いに行ったら?
思い出したくないことまで思い出させてしまうかもしれない。
なら嫌われたまま、関わりたくないと思わせたままの方が安全だ。
あくまで妹が最優先、自分の中でそれは変わらない。
「ん? 通知……次の配信予定か。これはまた燃えそうな……」
ふと携帯端末の振動を感じ、通知内容を見る。
推しの配信告知。異迷ツムリが次にやろうとしていることを知る。
彼女がどのような選択をしても、自分は見守ることしかできない。
「当てつけ、か……憧れを汚した元推しへの」
異迷ツムリが目の敵にしている存在、『アルマ』。
知らない仲ではないが、ブイアクトのメンバーには関われない。
「そっちは頼みますよ。四条マネージャー」
マネージャーであり、アルマの弟でもある男に託す。
彼はあの事務所の中で唯一信用できる存在。
直接のフォローは彼に任せる。
なら自分にできることは何か。
ファンとしての応援はもちろん、他の部分で支えられないか。
例えば……余計な障害は取り除くとか。
タレント以外の害為す存在。
それこそ旧知の存在なら、接触の機会は作れる。
「……少々、度が過ぎていたように思いますね。灰羽さん」
彼の話を聞いて知った彼女の行動は、少しばかり目に余る。
一度、腰を据えて話すべきなのかもしれない。




