第137話 過去:偽曲真相⑦
夢を見た。
紬が膝枕してくれる夢。
頭を撫でてくれた。
優しく微笑んでくれた。
すると私の顔を覆うようにして、耳元で囁いた。
「生きて」って。
そう言い残して妹は……形を失い、私の中に取り込まれた。
◆
「つむぎぃ……」
男性の声が耳に届き、目が覚める。
そこには泣き崩れる兄の姿。
その先に横たわる、同じ顔の少女。
身体を起こすと、兄はこちらを見た。
「結……? っ! これは、その……」
青い顔をして、少女の姿を隠そうとする。
その動作で全てを察した。
少女の身体は、既に抜け殻なのだと。
でも、何故か驚きはない。
既に知っていたかのように、勝手に口が動く。
「結……じゃない……ですぅ」
「……え?」
兄はきっとこう思ってる。
紬が死んで、結だけが生き残ったと。
でも、そんなことあっていいはずがない。
間宵紬のいない世界で……間宵結は生きられないのだから。
「結は……お姉ちゃんのことは残念ですけどぉ……お姉ちゃんの分まで……私が生きないとぉ」
「何を、言って……」
紬が居なかったら、結の人生はとっくに終わってた。
散々他人を不幸にして、それでも生きようと思えたのは……求めてくれたから。
紬が応援して欲しいって、言ってくれたから。
なのに紬が居なくなったら今度こそ……でも。
「頼まれたんです。『生きて』って。だからぁ……」
「っ……そう、か……」
ファンや仲間、紬を求めてくれる人はたくさん居る。
本当に生きるべきなのは……。
「それしか……ないのか?」
「はぁい。私はぁ……」
だから、その続きは私が紡ぐ。
叶えたいから。彼女の願いを、みんなの願いを。
「アイドル、『間宵紬』ですぅ」
私達が、生きるために――――。
◆
ライブの事故について、表向きには怪我のため一時休止と公表した。
しかし現実問題、間宵紬は死亡した。
葬儀は可能な限り内密に済ませた。
もしも間宵紬の死を公にすれば、彼女が後を追ってしまいそうだったから。
そしてアイドル『間宵紬』は……彼女が芸名として名乗り、活動を継続することになった。
元々ファンも多くないマイナーアイドル。
声も顔も酷似していれば気づく人はほとんど居ない。
活動休止中の2週間、結はずっと部屋に閉じこもった。
そして次に会ったとき、彼女は完全に『間宵紬』になっていた。
母の死に絶望し、自死を選んだ少女『天陽結』の妹という設定で。
今まで生きてきた自分は全て封じ、芸名『間宵紬』を名乗り生きていくと。
「ご迷惑をおかけしましたぁ。今日から復帰させていただきますぅ」
「は?」
「いや……誰、ですか?」
スターライトのメンバーにはすぐに気づかれた。
仲の良かったメンバーになりすます謎の人物、印象は最悪だった。
「私は……間宵紬ですぅ。改めてよろしくお願いしますぅ」
彼女らの関係が良くなることはなかった。
肩身の狭い思いをしても、彼女は変わらず間宵紬であり続けた。
そんな彼女のもとに一本の仕事の連絡が入った。
スターライトの3人ではなく間宵紬へのオファー。
どうやら先のライブで起きた事故が話題になったらしい。
「バラエティの出演依頼が来ました!」
できるだけ明るく声をかけた。
彼女がネガティブに捉えないように。
「これはグループのためになる。絶対に出演するべきです」
最初は断ろうと思った。
でも……今の彼女を見て、気が変わった。
変わるきっかけになってくれたら、そんな淡い期待を込めて。
「……少し、考えさせてもらえますかぁ?」
流石に即答できなかったのか、回答は保留となった。
その翌日、間宵紬と一緒に事務所へ向かうと、スターライトの二人の話し声が聞こえてしまった。
「あーもう……ほんっっと無理!!!」
怒りの感情を顕にする沙織の声。
驚いた二人はその場に立ち止まり、耳をすませる。
「なんなんアイツ? 勝手に紬のフリして仲間ヅラしてきて」
「抑えて沙織ちゃん。たしかに気分は良くないけど……ここまで本人が出てこないってことは……」
「……うん。紬はあの事故で」
「……有名になるチャンスだと思ってたのに、それが最後の舞台になるなんて……誰も想像しないよ」
やはり2人も薄々察しているようだ。
もう本物がこの世にいないことに。
「アイツのことは気に食わないけど……アタシ、紬にも怒ってるから」
「え?」
「だってそうでしょ? あんな事故起こしたせいで赤の他人が運良く有名になって一人勝ちか? 私達のチャンスもついでに潰しちゃったけどわざとじゃないから許してってか? 許すわけないでしょ……」
「沙織ちゃん……」
本物の間宵紬に対する怒り。
けどそれは悪感情から来るものではないらしく……。
「3人でトップアイドルにって言ったじゃん……ざけんな……!」
「……そうだね。これで『間宵紬』が有名になっても、それはスターライトの成果じゃない」
「それでも続けさせようとするプロデューサーも信じらんないし。綾女には悪いけどアタシ、ソロデビュー狙うから」
「……うん。私も同じ気持ち」
2人の意思を一通り聞き終えた後も、しばらく動けなかった。
なんと声をかけるべきか。
迷っているうちに彼女は小さく呟いた。
「そっか。スターライトはもう……」
「紬さん……」
「……プロデューサーさん。やっぱりあの話やめときますぅ」
苦しげ表情で告げた。
仲間の本音を聞いて苦しんだのは間宵紬としてか。
それとも、スターライトのファンだった彼女自身か。
「これ以上……嫌われて欲しくないですからぁ」
『嫌われたくない』とは言わなかった。
彼女が恐れたのは、間宵紬が仲間に嫌われることだった。
間宵紬20歳。
スターライトの解散が決定した。
理由はメンバー2人のソロデビューが決定したから。
事務所内のファン投票で人気を獲得することでソロデビューの権利を与えられる仕組み。
元々実力はあったのだろう。
1人の不出来なメンバーと足並みを揃えていただけ、それをやめた2人は一気にファンを獲得した。
しかし、古くからのファンはこう語った。
メンバー間の空気が悪く、最後の数ヶ月は見ていて苦しかったと。
そして残された1人、間宵紬にソロデビューの権利はない。
(どうする? このままだとあの子は……)
この数ヶ月で彼女はさらに間宵紬が馴染んだ。
都合の悪いを記憶を書き換えているのか、会話が噛み合わないこともあった。
しかしどれだけ完璧に装っても間宵紬はあくまで芸名。
アイドルじゃなくなった彼女は間宵紬で居続けられるのか。
もしも間宵結に戻ったら、きっと彼女は……。
(……やっぱり、環境を変えるしかない)
己を認めてくれない者が存在する、そんな不安定な環境を危惧していた。
このまま間宵紬として生き続けても、彼女は幸せになれないんじゃないかって。
兄として、妹の幸せを願って……縋るような想いで連絡する。
「――――灰羽社長。折言ってご相談があります。直前で申し訳ないのですが……次のブイアクト4期生デビュー、うちが紹介させてもらった1枠について」
元は本物の間宵紬がアイドルになれなかったときのための保険で譲り受けたブイアクトの新人デビュー枠。
不要になったと思い事務所から別の人間を紹介していたが、デビュー1ヶ月前になって変更したいという無茶な要望。
流石に厳しいかと思われたが……。
【解斗さん。あなたには恩がある。だから新人の差し替えも構わないし、裏で戸籍と違う名を名乗ることについてもフォローするつもりだ】
灰羽は前向きに考えてくれていた。
ただ、彼女にも立場があるようで条件を提示された。
【しかし……ブイアクトも今や大手と呼ばれるほどに期待されている。ただの無個性なアイドルでは、その子が苦労するのは目に見えている。誰もが納得する魅力が欲しい。特徴は? その子にしかない特技なんかはないか?】
「特技……」
要するに、ありのままの間宵紬ではデビューは厳しいと。
しかし特技と言われて一つ思い当たる。
それは本来の彼女の能力。
だが間宵紬になるより前、『天陽結』を辞めてから一度も使っていない。
それはきっと、その特技のせいで母を亡くしたから。
そんな彼女に間宵紬のまま使わせるには……。
「――――これは独り言です」
「……?」
彼女と二人きりになったタイミングで切り出した。
突然話し出したことに困惑していたが、彼女は黙って聞いてくれた。
「私の知り合いに、とある双子姉妹が居ました。姉は天才子役と呼ばれた過去があった。それは声から演技まで、完璧に模倣できる才能があったから」
伝え聞いた話、そんな建前で家族の話をする。
もちろん彼女もよく知る人物だ。
けれど、ここからは彼女も知らない話。
「そしてその才能は……妹にもあった」
「!?」
彼女は一瞬取り乱したが、すぐに聞いていないフリを装う。
自分の演じている役の、自分の知らない情報。
嫌でも飛びついてしまうはずだ。
それが嘘の情報とも知らずに。
「しかし妹はその才能を姉に言わなかった。何故か、それは姉が特技のせいで大切な人を亡くしたから。思い出させないためにも、姉には特技を見せなかった」
彼女が幸せになるためには環境を変えるしかない。
間宵紬として新しい世界に羽ばたかせるためにも。
彼女に特技を使わせる。
「姉が居なければ隠す理由もない……その特技を使って人気アイドルになる未来も、ありえたのかもしれませんね」
そんな煽るような言葉で独り言を終え、部屋を後にした。
「……私の知らない紬。ホントに? でもお兄ちゃんは私よりもずっと紬と一緒に……インプットしなきゃ……」
部屋の中から声が聞こえた。
……本人には言えないけど、嬉しかった。
「アイドルの紬を……見てもらわなくちゃ……」
僕の妹は、まだ彼女の中で生きてくれているらしい。
◆
◇
「――――と。ここからは知っての通りです。彼女をアイドル事務所から解雇し、あなたに紹介しました。彰さん」
間宵解斗の知る異迷ツムリの過去。
その全てを聞いた四条彰は、疲弊した表情で答えた。
「覚悟はしてましたが……想像以上ですね……」
「はは……長々と重い話をすみません」
「いえ。貴重なお話ありがとうございました。それに……長年あの子を支えてくれたことも。僕からお礼を言うことじゃないかもしれませんが」
家族の幸せを願い続けただけなのに、ずっと報われなかった男を労う。
しかし、彼は首を横に振った。
「……お礼を言われるような人間じゃありませんよ。むしろ……疫病神と言われても仕方ないくらいだ」
「疫病神?」
「ええ……私が応援したいと思って手助けした人は、全員不幸に見舞われている。屋上から落ちた母さん、喉を損傷し引退した雪車引グレイ、そしてステージから落ちた間宵紬……」
まるで自戒するような面持ちで被害者の名を並べる。
その被害に彼は一切関わっていないというのに。
「私が関わると碌なことにならない。だから二度と近づかないと決めた……でも、妹を応援する気持ちは抑えられないから、せめてファンとして……」
関係を絶っていた理由を語る。
きっと心の底では側に居たいと願っているはず。
妹の幸せのために自分を律する、その心持には敬意を表したい。
そんな彼にしてやれることがあるとすれば……。
「――――では、今度は僕が話す番ですね」
これが自分にできる最大限の礼だと信じて、彰は話し始める。
「異迷ツムリになってから彼女の身に起きたこと……僕が見てきた全てをお話しします」




