第136話 過去:偽曲真相⑥
デビューから2年。
その中でも一番大きな舞台、500人規模のライブ。
1曲3分の短い時間。
だからこそ失敗できない。
チャンスは無駄にできない。
……正直、人気とかはそんなに興味なかった。
今でも私なんかを応援してくれるファンの人が居る。
それに……お姉ちゃんが元気になってくれた。
私のライブを見て、いつも喜んでくれる。
それだけで私の目標は達成できてる。
けど、仲間と約束した。
一緒にトップアイドルを目指そうって。
私をアイドルにしてくれた2人の夢。
今度は私が協力する番だ。
強く意気込んで、ステージに一歩踏み出した。
……気づけば足は地から離れ、ステージの外へと放り出されていた。
◆
観客席からスターライトの出番を待ち望んでいた数少ない一人、間宵結。
(雨すごかったけど、止んでくれてよかった……。次、スターライトの出番)
直前になって雨が降って、一時はどうなるかと思ったけど、無事再開してくれて良かった。
そうして待つこと数分、3人がステージに飛び出した。
一番に注目したのはもちろん妹、間宵紬。
なんだか笑顔がぎこちない。
下を向くことが多く、動きも堅い。
(顔色悪い? 緊張? でもなんか、3人共踊りにくそう……ひょっとして、まだステージが濡れてて、滑りやすくなってる?)
不安定な動きにハラハラする。
観客の反応も鈍い。
このままでは折角の大舞台が残念な結果になる。
せめて自分だけでも、と必死にペンライトを振る。
(紬、頑張れ! ……あ、こっち見た。笑ってくれた! 良かった……)
目が合って、笑いかけてくれて、嬉しかった。
でもその瞬間、気が緩んだのか足を滑らせてしまった。
(あっ転ん…………え?)
ステージ最前、前向きに倒れ、ステージ外へと放り出される。
他2人も手を伸ばすが、間に合わない。
(落ちた? 落ち……た……)
姿が見えなくなった。
歌が止み、観客のざわめきが耳に届く。
紬の声は聞こえない。
「ぇ……え?」
スターライト、念願の舞台はそんな幕引きだった。
ライブは一時中断、救急車を呼ぶ騒動にまで発展した。
自分はただの観客で、紬がどうなったのかはよく見えなかった。
でも紬が落ちたとき、思い出してしまった。
お母さんが屋上から落ちた瞬間。
頭が、感情がぐちゃぐちゃになる。
どうして良いかわからない。
ふらつく足取りのまま、気づけば帰宅していた。
部屋で蹲り、テレビをつける。
内容は頭に入ってこない。
「どう……しよう。紬まで死んじゃったら……」
まだ死が確定したわけではない。
でも、もう何も考えられなかった。
何も考えたくなかった。
「もうやだよ……疲れた……」
部屋を見渡す。妹のグッズだらけの部屋。
特に目についたのは、ライブの度に買った大量のタオル。
「……紬が居ないなら」
そのタオルを結び合わせて、天井に括り付けて、先端に輪っかを作る。
椅子の上に立ち、輪っかを両手で持つ。
「生きる意味なんて……ない」
紬は私を見て、笑いかけてくれた。
そのせいで……私に気を取られたせいで、足を滑らせた。
最初からこうすればよかった。
私さえ居なければお母さんも、紬も、死ぬことはなかった。
「人を、不幸にするだけの人生、なんて……」
私なんて、最初から生まれてこなければ……。
◆
「……んぅ、ここは……?」
薬品の匂い、白を基調とした天井。
自分が背を預けているのはキャスターのついた移動ベッド。
「病院? っ、痛ぃ……あ。私、ステージから落ちて……」
包帯を巻かれた腕と頭、両方から痛みを感じる。
何が起こったのか一つずつ思い出す。
落ちたのはステージで足を滑らせたから。
その直前に見たのは……姉が応援してくれる姿。
「ぁ……お姉ちゃん!!」
ふと、観客の視点で自分の状況を考える。
ライブ中の落下事故、怪我をして気絶、救急車で運ばれた、と。
動揺しない観客は居ないだろう。
それが姉ならなおさら……
「どうしよう……絶対心配させちゃってる……」
結は私を溺愛してくれてる。
姉として、ファンとして、私が居ないと生きていけないなんて冗談を言うほど。
……冗談じゃなかったら?
「い、言わなきゃ……大丈夫ってぇ……」
辺りを見回すが、自分のスマホも財布も見つからない。
どう伝えればいい?
見覚えのある内装、来たことのある病院だ。
家からも歩いて来れる距離のはず。
「……お姉ちゃんに大丈夫って伝えたら、すぐに戻ってくるのでぇ……ごめんなさい!」
きっと病院の人に迷惑をかけてしまう。
でも、今行かないと……後悔する気がした。
腕と頭部の痛みに耐えながらも、足の怪我がないことを幸運に思いながら必死に歩く。
連絡手段を取りに帰るつもりだったけど、なんとなく姉は家に居る気がした。
双子の直感というのか、自室で落ち込んでいる姿が目に浮かんだ。
ちょうど母が死んだときのように……。
自分が落ちたのを見て、母の死がフラッシュバックしていたら。
そんな想像をして更に歩みを速める。
そして家に着き、姉の部屋へと直行する。
そこには――――天井に吊られた輪を持つ姉の姿。
「お姉……ちゃん!? ダメぇ!!」
抱きついてその行動を制止する。
突然衝撃を受けた姉は心底驚いた様子でこちらを見た。
「つむ……ぎ? どうして……生きて、る……?」
「ハァハァ……え、えへぇ。病院、抜けてきちゃいましたぁ」
安堵から間抜けな笑みをこぼす。
姉はゆっくり椅子の上から降り、慎重に私の体に触れる。
崩れ落ちるように寄りかかる。
「うぁ……ぁぁ……っ!!」
「大丈夫、私は大丈夫ですからぁ」
自分の胸で泣き続ける姉の頭を撫でる。
安心して欲しい、そう願いながら声をかけ続ける。
……………………。
…………。
……。
(寝ちゃった……いっぱい泣いて疲れちゃったんですかねぇ。私も、疲れで眠気がぁ……)
姉が膝の上で眠る姿を見て、自分も眠気を誘われる。
病院に戻らないと、そう思いながらも体が動かない。
頭が重く、思考がどんどん薄れゆく。
(あ、これ……ちょっとまずいかもぉ……)
次第に普通の眠気ではないことを自覚する。
頭部の痛みが内側へと侵食し、体の自由が利かなくなる。
やがて起きていられなくなり、倒れ込む。
「お姉……ちゃんは……生き、て……」
最後に願いを口にする。
眠る姉に届くはずがないと思いながら。
姉に寄り添うように伏し、意識を手放した。
◆
プロデューサーとしてイベント会場に残っていた間宵解斗のもとに一本の電話がかかってきた。
病院からの電話だった。
紬が病院を抜け出してしまったこと。
そして、頭を強く打っているため精密検査の必要があること。
その一報を受け、すぐに走った。
ライブ会場をくまなく探し、病院へ行って改めて状況を聞き、残る行き先は自宅しか思い浮かばなかった。
嫌な予感がした。
何故紬が病院を抜け出したのか、きっと姉を心配しての行動だ。
その姉、結もライブ会場で見つからなかった。
二人の心配をしながら、ようやく家にたどり着く。
家の中を探索し、結の部屋を覗く。
まず目に入ったのは天井に吊るされたタオルの輪。
それだけで心臓は飛び跳ねる。
しかし同時に、誰の首も吊り下がっていないことに安堵する。
そして、その下を見ると……二人の少女が寄り添い眠る姿。
恐る恐る近づく。
寝息が聞こえる。
その音源は肩を揺らしている結のものだと分かった。
そして紬は……微動だにしない。
「寝てるだけ、ですよね? 紬さん……?」
包帯に包まれた身体。
肌が露出している手に触れる。
……冷たかった。人のモノとは思えないほどに。
「起きてください……頼むから、起きてくれ……!!」
肩に触れ、揺らしてみても動く気配はない。
ただ静かに、眠り続ける。
「つむぎぃ……」
私はまた、家族を失った。




