第134話 過去:偽曲真相④
前世の記憶を持った子供の役。
辺境の村の座敷わらしの役。
人間のフリをする宇宙人の役。
いろんな役を演じてきた。
子役になって三年。当時八歳の私は悩んでいた。
「みんな辞めちゃう……私が辞めたほうがいいのかな?」
同じオーディションに参加した子たちの中で、特に上手だと思った子の演技を真似してきた。
そうしないと、合格できなかったから。
審査員の人はいつも褒めてくれる。
声も演技も幅広い。また一緒に仕事がしたいって。
今にして思えば、媚を売るべき便利な存在とでも思ってたのかもしれない。
でも、真似させてもらった子はみんないなくなった。
きっと今も、私のことを恨んでいる。
そんな弱音を漏らした夜、お母さんは静かに話を聞いてくれた。
「結は今のお仕事、嫌い?」
「……ううん。たくさん褒めてもらえるのは嬉しい」
子役の仕事は好きだ。
テレビで『天陽結』を見てくれた人たちはみんな褒めてくれる。
褒めてくれないのは、同じ子役の子たちだけ。
正直な気持ちを伝えると、お母さんは少しだけ目を伏せて、微笑んだ。
「そう。なら結は何も気にすることないわ」
「?」
それは慰めるというより、申し訳なさそうな声色だった。
「私たち家族はね、結のおかげでご飯を食べられてるの。お母さん一人じゃあんまり稼げないから……情けないお母さんでごめんね」
「え……謝らないで。お母さんのおかげで、たくさんお仕事もらえてる」
「うん……ありがとう。結は優しいね」
笑って感謝してくれた。
でもその笑顔はどこか痛々しくて……守らなきゃって、思った。
もう『天陽結』は私だけのものじゃない。
お母さんと一緒に作ってきた、大切な存在なんだ。
「だからね」
お母さんは、私の頭を撫でながら言った。
「だから、結はお母さんのために続けて欲しい。そのせいで誰かが傷ついても……全部お母さんのせいだから。結は何も気にすることない」
私が自分を責めなくていいように、逃げ道まで用意してくれる。
お母さんはいつも家族を、私を守ってくれる。
「結は、好きなように演じてくれればいいのよ」
だったら私も、お母さんのために続けたい。
お母さんが笑っていられるなら、それでいい。
「わかった。がんばる」
誰が辞めても関係ない。
一番大切なお母さんを悲しませないために。
私は『天陽結』として、生きていくんだ。
………………。
お母さんが死んだ。
私のせいで死んだ。
あのとき演じた役は人生に絶望した少女。
ちょっと不安だった。
役を演じてる間は、本気で死んでもいいやって思っちゃうのは分かってたから。
その結果がこれだ。
お母さんのために生きた『天陽結』が、お母さんを殺した。
もう続ける理由もない。続けちゃいけない。
天陽結はもう終わり。
アイドルらしく演じるのもやめる。
元の自分に戻るだけ。
「…………元の自分って、なんだっけ」
役目を終えた役は毎回終わりにしてきた。
でも間宵結でいたのは5歳まで、天陽結でいた時間の方がずっと長い。
それが終わった今、私は一体誰なんだろう?
これから何のために生きればいいんだろう?
……私の方が死ねばよかったのに。
でも、折角お母さんが助けてくれたのに簡単には死ねない。
何をしたらいいかわかんなくて、ずっとテレビを見てた。
大人も子供も色んな人がいて、色んな役を演じてる。
私はどんな役を演じるべきなんだろう……。
「もう演じなくていい。好きなように生きていいんだ。結」
兄が心配して様子を見に来てくれた。
「好きなように……よく、わかんない」
「そうか……」
素直に答えたら兄は悲しそうな顔をした。
どうしてだろう?
「お兄ちゃんは嫌いじゃないの? 私のこと。お母さん、私のせいで死んだ」
嫌ってくれてたら、恨んでくれてたら。
そしたらもう楽になれたんだけど。
「辛いよ。でも結が死んじゃってたら同じだけ辛かった。今は……助けてくれた母さんを誇りに思う」
「……そうなんだ」
こんな私でも愛してくれる人がいる。
まだ、生きなきゃいけないみたい。
「あのぅ……お喋りしませんかぁ?」
次は妹が来た。
喋るのも久々で、何を話したらいいかわからない。
けど代わりに、妹がずっと喋ってくれてた。
「アイドル目指し始めたのもですねぇ、プロデューサーさん……お兄ちゃんに騙されて始めたんですよぉ。ホントありえないですよねぇ?」
見た目も口調も随分変わった。
昔は私の後ろをついてきてくれたのに。
知らないうちに別人みたいに。何があったんだろ?
……私、なんにも知らない。双子なのに。
「でもお兄ちゃんが居なかったらぁ……ずっとダメなままだったかもですねぇ」
私が見てない間、兄はずっと見てくれてたらしい。
よかった。紬が一人じゃなかったみたいで。
「お姉ちゃんが頑張ってるところはずっと見てましたぁ」
そんなことない。何も頑張ってない。
真似すれば大体できたから……頑張るって、どんな感じなんだろ。
「だからぁ……今度は聞いてくれませんかぁ? 私が今、頑張ってる話――――」
紬の話、聞けばわかるかな? みんなの気持ち。
紬はそれから毎日、レッスンが終わってから話に来てくれた。
「う゛あ゛ぁ゛~……今日も全然ダメでしたぁ……」
紬は頑張ってもできてない。いつも愚痴ばっかり。
でも、私より楽しそうに生きてる。
踊れるようになったら、歌えるようになったら、たくさん喜ぶんだろうな。
……見てみたいな。喜ぶ顔。
「テレビに出てる人達。どうやったらあんなにカッコよく踊れるんだろう……はぁ、ホント最高……」
相変わらずアイドルは好きらしい。
でも、それだけ? 紬がアイドルになりたい理由って。
「紬はどうして……そこまでしてアイドルに?」
「ふぇ? あ、その……ちょっと恥ずかしいんですけどぉ……」
可愛らしくはにかみながら答えてくれる。
「愛されて、愛を配って、みんな幸せで……愛に溢れる世界の中心って感じが素敵だなぁって。私も……同じことができるかは分かんないですけどぉ。誰かを少しでも元気にできたらなぁって」
それを聞いて、私との違いがちょっと分かった。
紬はなりたい自分を、夢を持ってる。
私はただ褒められたかっただけ。
「お姉ちゃんもすごいですぅ。どんな演技もすぐできるようになってぇ。たくさんの人に好きって言って貰えてぇ」
確かに、紬からしたら羨ましいのかも。
でもすごくたって意味ない。
なんでもできる人生なんてつまんないだけ。
「私なんか歌もダンスもダメダメでぇ。もう何回も諦めちゃってますしぃ」
頑張ってもできない。
それでも夢のためにまた立ち上がって挑戦する。
紬の話は聞いてて楽しい。応援したくなる。
「でもぉ……いつか絶対デビューしますぅ。それでそのぉ……よければなんですけどぉ」
なんで私がテレビに出れて、紬がアイドルになれないんだろう。
私なんかより、紬の人生のほうがずっと見る価値あるのに。
「最初のステージ決まったらぁ、見に来てくれますかぁ……?」
そっか。皆知らないんだ。
頑張ってる女の子がいるってこと。
じゃあ、皆の分まで私が応援しなきゃ。
「行く……かもね」
「ほんとですかぁ!? 絶対ですよぉ!!」
「……かもだよ」
最近テレビで聞くようになった言葉。
好きな人を応援することを推し活って言うらしい。
私も、応援されるよりこっちの方がいいな。
推しを応援する人生。生きてて楽しそう。
◆
結が少しずつ前を向いてくれるようになった。
それも紬が毎日彼女の部屋に通ってくれたおかげ。
1年休んでいた学校にも行くようになった。
なんでも「私も頑張らないと、推しに顔向けできない」らしい。……推し?
ともあれ、悲しい事件はあったが妹が前を向けるようになったのはよかった。
そうして3兄妹の月日は流れ……。
間宵解斗28歳、妹達が17歳になる頃。
「おめでとうございます紬さん。最終オーディション、合格です」
「え……ほ、本当ですかぁ? 私、アイドルになれるんですかぁ……?」
「ええ。なれます」
この5年間、毎日のようにレッスンをして。
挫けて、弱音を吐いて、でもその度に立ち上がって。
バックダンサーなどの仕事も受けられるくらいに成長して。
ようやく子供の頃から夢見た存在になれる。
瞳に涙を貯め、口を開く。
「よかっ……」
「う、う゛ぁ゛ぁ……!」
「え、お姉ちゃん!? なんで私より泣くんですかぁ……?」
「だって……頑張ってるの、知ってたから……グズっ」
本人以上に喜び破顔する姉。
姉妹で涙を流し、笑い合う姿にもらい泣きしかけたが、ギリギリのところで堪える。
すると少し落ち着いたらしい結が質問してきた。
「ふぅ……でもなんで、こんなに待たせたの? お兄ちゃんなら、オーディション無視してデビューさせれたんじゃ?」
「え? いやいやいくらプロデューサーさんでもそんなことできるわけぇ……」
「もちろんできましたよ」
「できたんですかぁ!? ぇ……私5年もレッスンしてぇ……」
今度は悲しげな表情で泣きそうになる紬。
その気持ちも分かるので理由を説明する。
「けど実力不足のままデビューしても後が大変です。事務所の方針で最初は3人グループからスタート。コネ合格でメンバーから反感を買ったら余計に肩身が狭くなりませんか?」
「うっ……それはヤですねぇ……」
「だから、最終オーディションについて私は一切評価を下してません」
「へ?」
プロデューサーとして、アイドル選考についてある程度権限は貰ってる。
だからこそ紬を長年候補生として所属させ、レッスン室の貸し出しやトレーナーの紹介などサポートできた。
それでも、最終決定だけは関与しないようにした。
「今から会いに行きましょうか。合格を出してくれた人達に」
◆
紬を連れて職場へと向かう。
その道中で話したのは最終オーディションの内容。
審査員はオーディションに合格したアイドル候補生。
レッスンの様子を見て、紬とチームを組めるか、それが審査内容。
長年レッスンしてきたとは言え、紬の実力はオーディション合格者の中でも最低ライン。
足を引っ張る人間は目立つ。となればある程度実力のある人間とチームを組んで人気になりたいと思うのが普通。
そんな中で、紬を選んでくれた二人が待っている。
「こちらがこれから紬さんのチームメイトになるお二人です」
「日野綾女です」
「月島沙織でーす」
「あ、まっ間宵紬ですぅ! よろしくお願いしますぅ!」
初顔合わせな上に審査されていたと伝えられ、緊張している様子。
「あのぅ……ホントに私なんかでいいんですかぁ? その歌とかダンスとか……」
不安そうに、それでも聞かずにいられなかったのか紬は質問した。
対して二人は……。
「あーうん。下手だったね~」
「沙織ちゃん言葉選んで! まあ……お世辞にも上手いとは言えませんけど……」
「ぐぅっ……じ、じゃあなんで合格くれてぇ……?」
明らかに良い印象ではない反応を受けて涙目になる。
さらに二人は続けて、合格の判断を下した理由を言う。
「上手くはないけどさ、頑張ってる人のダンスだなって。あーいうのだーい好き」
「5年以上、実を結ぶまで諦めずに努力し続けるなんて凄いことです。尊敬します」
「ぇ……あ、ありがとう、ございます……?」
能力以上に、その過程から人間性を評価した。
真っ直ぐな褒め言葉に紬は照れながら礼を言う。
「逆に私らで大丈夫そ? 嫌だったら遠慮なく言いなよ?」
「あっ確かに。成り行きで紬さんのこと選ぶ立場になっちゃったけど、同じ新人ですからね?」
「いやいやそんな! 私なんかが同じなんておこがましいですよぅ……お二人とも本当のアイドルみたいにとっても可愛いですしぃ」
「え? 紬も十分カワイイけど? 小動物みたいで」
「沙織ちゃんそれ褒めてますか? 紬ちゃんも、グループ内で上下関係なんてありませんから。褒めてくれるのは嬉しいですけど、低姿勢はやめてもっと仲良くなりませんか?」
互いに褒め合って、対等を求めて。
初対面とは思えないほど打ち解けて。
「えと、じゃあ……綾女さん。沙織さん。これからよろしくお願いしますぅ」
「おっけ。よろー」
「はい。一緒にトップアイドル、目指しましょう!」
このグループをプロデュースする身として、良い仲間に恵まれた少女の兄として、嬉しく思うばかりだった。
…………。
何事もなくアイドル活動を続けられたなら、どれだけ良かったことか。
もし神が居るのなら、私は一生恨み続ける。
折角手に入れた幸せを、すぐに取り上げる神なんて。




