第133話 過去:偽曲真相③
「12歳で事務所に? 確か最初会ったときはアイドル歴2年って言ってたような……」
間宵解斗の話を聞いて疑問に思ったことを問う。
すると彼は遠い目をして答えた。
「アイドル歴は2年ですよ。ただあの子はその、ちょっと要領が悪く……レッスンから逃げては再開してを繰り返し5年ほど……。異迷ツムリもその悪癖をコピーしてたわけで……」
「ああ……」
「……続き、話しますか」
「……そうですね」
そういえば今話してるのは自分の担当タレントの過去だったと気づき、嫌な納得の仕方をしてしまう。
なんとも言えない空気のまま昔話を再開。
ちょうどその頃から彼の声色の変化に気づき、彰は察した。
この時期が彼ら家族にとって大きな転機だったのだろう、と。
◇
◆
当時、天陽結と共演した一人の少女は当時のことをこう語った。
何故あんな事態になったのか今でもわからない、と。
その日はドラマの撮影。
主演は天陽結、子役時代から有名な中学生女優。
アイドルみたいな媚びた口調と、演技するときのギャップに人々は魅了された。
しかし、彼女は役者の間で奇妙な噂があった。
同じオーディションに参加すると潰される、と。
半信半疑のまま、彼女も参加するというドラマのオーディションに友達と2人で応募した。
そして、噂の本当の意味を思い知らされた。
主演に応募した友達はオーディションに落ちた。
その代わりに選ばれた彼女は……明らかに友達の演技を真似ていた。
踏み台にされたのだ。
もはや天陽結に最適な演技を選ばせるためのオーディションだったのではないか、そう疑ってしまう。
己の演技を模倣された友達は自信を喪失してしまい、この業界に戻ってきてくれるかも怪しい。
許せなかった。天陽結という存在、それを取り巻く環境全てが。
……ちょっとした仕返しのつもりだった。
その日の撮影は学校の屋上。
自殺する少女を親友が止めに行くシーン。
休憩時間中に声をかけた。
「……なに?」
表情を見て一歩引かされる。
この世の全てに絶望してそうな、本当に自殺しかねない様子。
役に入り込んでいるようだが、気にせず問う。
「今まで何人辞めさせたの?」
「……さあ。なんで辞めちゃうんだろう? 上手なのに勿体ないよね……」
嫌味などはない、本当に理解していない様子。
その純粋さが余計に頭にきた。
無気力な体に触れ、フェンスの金網に押しつけた。
「っ。……痛いよ?」
フェンスの先は、大地が遥か先にある高所。
もちろんフェンスの扉は撮影時のみ開ける予定で、今は閉まっていた。
少しくらい怖い思いをすればいい、そんな気持ちで憤るフリを見せた。
「ふざけないでよ……」
心の底から思ったことだ。
けどそれは……偶然にもドラマの台本にあるセリフだった。
それを聞いた瞬間、彼女は目を細め、こう答えた。
「あ。そういう練習? わかった」
言ってすぐに、彼女はフェンスの扉を開けた。
「……は?」
彼女の体は扉の先へと吸い込まれ、宙へと投げ出される。
何が起きたのか理解できないまま、咄嗟に彼女の腕を掴む。
一人の少女の全体重に体を持ってかれる。
体勢を崩しながらギリギリで踏ん張るが、引っ張り上げることができない。
「っっ……なんっ……!」
なぜこんなことに?
わからないまま彼女の顔を見ると、冷めた目をこちらに向けていた。
「できないの? そういう役じゃないの?」
そういう役、というのは台本のことを言っているのか。
屋上から落ちかけた主演を引っ張り上げる役目。
それを全うできないのかと問いたいのか、失望を向けられる。
急に言われてもできるわけがないだろう。
そもそも撮影だってカメラに映さないよう命綱で支えるのだから。
私が悪いのか? 撮影外まで役になりきるなんて、そこまでできる人いるのか?
迷っていても状況は変わらず、腕の限界が近づくばかり。
離せば彼女は落ちる。私が落としたことになるのか?
怖い、怖い、怖い。でも……もう……。
「結!!」
手を離しかけたそのとき、背後から勢いよく迫ってきた大人の女性。
必死の叫び、宙にぶら下がる少女の腕を掴み、勢いのまま引き上げる。
「……え?」
次の瞬間、屋上から落ちる人影が目に映った。
天陽結ではない。彼女は駆けつけた女性によって、屋上に投げ捨てられ助かった。
しかし助けてくれた女性は駆けつけた勢いを殺しきれず……。
下を見るのが怖い。
助けられた少女の方を見る。
彼女は呆然と、目を丸くして呟いた。
「……お母……さん?」
◆
母が死んだ。
撮影中の不幸な事故により、屋上から飛び降りてしまったと。
関係者の女優二名、一人の少女は事情聴取で細かく説明してくれたらしい。
「私は悪くない。あの子が扉を開かなければ……」そう何度も繰り返したらしい。
そしてもう一名、女優の名は天陽結……僕の妹。
彼女の答えはただ一言、「わからない」とだけ。
天陽結は引退した。
撮影場所で起こった事故、当然業界ではすぐに知れ渡った。
事務所に所属せず、窓口だった母が居なくなった。
スカウトもあったけれど、結の様子を見て代わりに断った。
そうしてただの間宵結に戻った少女は……引きこもった。
学校にも行かず、部屋でずっとテレビを眺めてるだけ。
声をかけても生返事しか返ってこない。
まるで中身が空っぽになったかのようで、どう声をかければ良いものか。
そんな悲劇の末路。
そして当然のことだが、母の家族は結だけではない。
私、間宵解斗は悲しむ暇もないほど忙しい日々を送ることになった。
母の葬儀、天陽結引退に関わるやり取り、全てを請け負った。
とにかく妹達に余計な負担がかからないように、それしか頭になかった。
それらの手続きに約2週間、全てやり終えた頃にようやく母の死を実感した。
ずっと母の助けになりたいと願って生きてきた。
その生きる目的の1つを失った。
心にぽっかりと空いた穴、そこから溢れた液体は誰にも見せないよう一人で枯れさせた。
まだ未成年の妹達を守れるのは自分しか居ない。
正真正銘の親代わりになることを覚悟し、弱さは全て胸の内に包み隠した。
そして最後にもう一人、間宵紬は……。
「……また学校休んで自主練ですか。紬さん」
「あっお兄……プロデューサーさぁん」
事務所のレッスン室を使って一人で練習する紬。
まだアイドルとしてデビューはできていないが、お互いビジネスパートナーとして敬語で話すようにしていた。
「その向上心は立派ですが、学生の本分は勉強です」
「でもぉ……私要領悪いからぁ、たくさん練習しないと皆に追いつけないですしぃ。それに学校ならお姉ちゃんも行ってないじゃないですかぁ」
「それは……」
結の現状を引き合いに出されると強く言いにくい。
表には出さないが、彼女も同じ娘として母の死を悲しんでいるはず。
しかし結と違うのは、紬は明確な目的意識を持って行動を起こしていること。
「……何に焦っているのですか? 今まではレッスンもサボりガチだったのに急にやる気を出して」
「あはは……そうですよねぇ。でも今は早くアイドルになりたくってぇ」
愛想笑いをしながらも、目だけは本気だった。
「アイドルは元気をくれるからぁ……お姉ちゃんに元気をあげられたらなぁ、なんてぇ」
姉の心配、それが紬の原動力だった。
その気持ちは二人の兄としても嬉しい。
しかしがむしゃらに練習することはプロデューサーとしても看過できない。
「ハードワークで怪我でもしたら元も子もありませんよ。体を休める時間も必要ですし、学校には通うべきです」
「うっ……」
「それに、まだアイドルになれてない今でも元気づける方法はありますよ」
「ぇ? どういうことですかぁ?」
指摘に顔を引き攣らせながら、紬は言葉の意味を問う。
それを彼女にも共感しやすいように例えてやった。
「アイドルが夢を追う姿って、素敵だと思いませんか?」
「それはもちろん。激しく同意しますぅ」
「じゃあアイドルを目指して頑張ってる女の子も素敵だと思いませんか?」
「それも当然……あ……」
紬の目的が姉を元気づけることならば、アイドルになるだけでは足りない。
むしろその過程、今の彼女の姿こそ見せるべきだ。
「……兄ちゃんからも頼む。結の話し相手になってやって欲しい。今頑張ってることとか、一方的に話すだけでもいいから。気持ちが届いてくれるかは分からないけど……孤独な今よりずっといいと思うから」
今だけはプロデューサーとしてでなく、兄として妹にお願いをする。
「そうですねぇ。私もお姉ちゃんとお話したいですぅ。昔みたいにぃ……」
それから紬は毎日結の部屋に通うようになった。
部屋から聞こえるのはいつも紬の声だけ。
それでも追い出されることはなく、結も話に耳を傾けてくれているらしい。
いつか結の心に届くようにと祈りながら、こちらもできることを考える。
「早くアイドルになりたい、か」
紬の願いに対し、少しネガティブな考えがよぎった。
歌とダンスのレッスン、ここ2年ほど頑張ってくれているが……成長速度は芳しくない。
うちの事務所の方針で最初はチームを組ませることになるが、最低限の能力がなければ本人が辛くなるだけ。
もしもこのまま努力が実らなかったら……そんな最悪を想定したら、次善策を用意しないわけにはいかなかった。
そんな想いでとある人に連絡する。
「――――お久しぶりです灰羽社長。少しご相談がありまして……ええ。ブイアクトの新人デビューについて」
杞憂に終わるならそれで良い。
妹達の幸せのために、利用できるものはコネでもなんでも利用する。




