第132話 過去:偽曲真相②
「天陽結って……あの天陽結ですか? でも確かに、髪型で随分印象変わったけど面影はある……」
「知ってますか?」
「そりゃあ……かなり話題になってましたから。天才子役と持て囃されてた頃に突然業界から姿を消したって」
間宵解斗の口から出てきた名前に四条彰は驚いた。
自分でも知っている子役の芸名、それが自分の担当タレントの過去だなんて。
「その天陽結で間違いありませんね。引退理由は……いずれにしても話すことになりそうです。続きを話しても?」
「あ、話の腰折ってすみません。続き、お願いします」
尊ぶように家族のことを語る男。
既に『間宵結』の異質さを感じながらも、まだまだ話は序盤らしい。
手元のコーヒーを呷りながら、男の話に耳を傾け集中する。
◇
◆
天陽結は順調に知名度を上げた。
年を重ね、学校に通いながら芸能活動。
母は仕事を辞めて、天陽結のマネージャー業に専念することになった。
それでも収入は以前より格段に増え、貧乏生活とは無縁になった。
母と姉はずっと一緒に居る。
それを兄と妹は遠くから見守っていた。
「むぅ……」
「不貞腐れてるな」
「だってぇ。お母さんもお姉ちゃんも構ってくれない……これなら貧乏なままの方が良かったなぁ……」
小学2年生になった紬、昔から姉にべったりだったこともあって、その寂しさに愚痴をこぼすことも増えた。
「紬は何かやりたいことないのか? お姉ちゃんみたいに」
「私はぁ……俳優さんよりアイドルがいいなぁ」
結に芸能界デビューを勧めた身としては少々申し訳ない。
二人の可愛い妹、どちらも同じだけ愛しているのだから、紬にも何かしてあげたいと思ってしまう。
「わかった。兄ちゃんが紬をプロデュースしよう。母さんみたいに」
「ほんとに? アイドルなれる?」
「もちろん」
おままごとに付き合うようなノリで言ったが、内心解斗は大真面目だった。
「けどすぐには無理だ。アイドルで人気になるならそれなりの事務所に入るべきだし、何より君自身が魅力を磨かなきゃいけない」
「んー……?」
「はは……小難しいことはやっておくから、その間紬は歌とダンスの練習でもして待っててくれないか?」
「はぁい」
紬からしたら子供が抱くような漠然とした夢だったのかもしれない。
しかし自分は高校3年生、進路を考える時期だった。
その夜、己の決心を母に語った。
「母さん。俺、やっぱり大学行くのやめるよ。やりたいこと見つけたから」
家計が安定したことで、母からは大学に行かせてあげられると嬉しそうに言われた。
その気持ちは嬉しかったけど、ずっと家族のために生きてきたから、今更自分自身の夢なんて思いつかなかった。
だからこそ、妹の夢の助けになれるのなら、それが今の自分にとって一番の夢かもしれない。
「そう。解斗はしっかりしてるから心配してないわ。好きなように生きなさい」
「うん」
「でも、キツくなったらいつでも相談してね。相変わらず家空けることは多いけど……私は居なくなったりしないから」
「……うん。ありがとう」
母の優しさが胸に響き、涙を飲む。
『私は』なんて、誰と比較した言葉なのか……いや、考えるまでもない。
あれから8年、自分達を捨てた男が今何をしているのか、母はまだ知らない。
(やっぱり母さんには話せないな……あいつと会うつもりだ、なんて)
密かに元父親の居場所を調べていた。
そして見つけた。今何しているのかもわかっている。
別に自分の人生に後悔はないけれど、奴に狂わされたと言っても過言ではない。
なら今度は、自分の夢のために利用したってバチは当たらないだろう?
◆
「解斗……すまなかった」
「――――お久しぶりです。父さん」
出会って開口一番、謝罪する元父親。
訴えられてもおかしくない立場だと理解しているのだろう。
対して自分は、極力他人行儀を装った。
「お前達が望むなら……俺は家に戻る覚悟も……」
「っっ…………はぁ……結構です」
激昂しそうな感情を無理やり落ち着かせる。
今日は怒鳴り散らすために呼んだわけではないのだから。
「貴方は確かに俺の父親です。10年育ててくれた事実は消えない。でも……俺の妹達は貴方の娘じゃない。血の繋がりがあろうと、俺は絶対に認めない」
「そう……だな。関わるべきじゃないよな……」
関係修復も望んでない。
そんなことしたって妹達は戸惑い、母が苦しむだけだってわかってる。
要求事項は他にあるが、まずは交渉を有利にするために立場を明確にする。
「随分昇進したみたいですね。今の会社、業界最大手のイベント運営会社でしたっけ?」
「……? あ、ああ」
「昔、10歳の息子と身重の妻を捨てて夜逃げした過去がある。なんて知ったら会社はどう評価するのでしょうね?」
「!? っ……何が望みなんだ。金か?」
脅迫されていることに気づいた父は顔を強張らせる。
罪悪感がないことに気づき、本当に自分はこの男になんの情もないのだなと自覚する。
「まあ、養育費を支払うのは当然ですよね。それはそれとして……一つ、仕事のつてを紹介して欲しい」
「仕事のつて?」
妹の夢を助けたいと思ったとき、真っ先に思い浮かんだのが悔しいことに父の立場だった。
イベント運営会社の重役、ライブイベントなんかも手掛けているらしい。
それならきっと横の繋がりがあるはずだと。
「御社では懇意にしているアイドル事務所があるとか。そこに就職できるよう紹介してもらえますか?」
少しでも早く夢を叶えるために、利用できるものはコネでもなんでも利用する。
父親だろうと踏み台に使ってやる。
◆
間宵解斗18歳、アイドル事務所に就職。
主な業務は関係会社とのやり取りやイベント設営など。
まずは業界を知るためにも裏方の仕事は望むところだった。
間宵解斗19歳、上司に掛け合って小規模なプロジェクトを立ち上げた。
きっかけは一人の少女から会いたいと頼まれたこと。
その少女の名は灰羽メイ、彼女もまたアイドルを夢見ていた。
その頃自分はアイドルの可能性を広げるため、VTuberに興味を持っていた。
妹にアイドルの適性がなかったとしても、VTuberならできるかもしれない。
夢を叶える手段の一つとして、知見を得るためにも灰羽メイに協力してもらった。
彼女の活動を全面的にサポートする代わりに利益の一部を還元してもらう契約。
そんなVTuberプロジェクト『雪車引グレイ』は2年ほどで終了した。
悔いの残る結果だった。彼女の身に起きたことを思えばなおさら……。
しかしプロジェクトの終了は、新たなプロジェクト始動のきっかけになった。
間宵解斗21歳、株式会社レプリカの立ち上げサポート。
導化師アルマを始めとするVTuberプロジェクト『ブイアクト』。
雪車引グレイをサポートした頃のノウハウを活かし、協力会社として利益を得た。
結果ブイアクトは短期間で大きく成長し、その協賛企業として会社の名を上げたことが大きく評価された。
ようやく地位を確立し、新たなアイドルプロジェクトのプロデューサーになった。
間宵解斗23歳、その頃妹達は12歳。
間宵結の『天陽結』としての活動は既に安定。レギュラー番組も数本あり、学業に専念するため仕事を絞っているのだとか。
そして間宵紬はというと……。
「アイドル? へっ……どうせ私なんかじゃ無理だしぃ。ムリムリぃ……」
一言で言えば……ダメになっていた。
本人曰く、最初は前向きに歌もダンスも練習してくれていた。
しかしその道は障害ばかりだった。
同年代の子に歌声が変だと揶揄われ、運動神経も中の下、学業も上手く行かず……。
自分の能力の低さに気づいて萎えてしまったのだと。
極めつけは天才子役と呼ばれる姉の存在。
比較され、全てにおいて劣る存在だと言われ続けて。
紬自身、 姉に憧れていたこともあってショックが大きかったのだろう。
完全に自己肯定感を失った結果が今の彼女を形成している。
一応学校には通ってくれているが、自分も仕事をしながらずっと心配していた。
「そっか……やっと約束果たせると思ったんだけどな……」
「えっあっその……ごめんなさぃ……。でも私がアイドルなんてぇ……」
罪悪感を煽ってみても難色を示す。
それでも根は優しい愛すべき妹、なんとか助けてあげたいと思うのが兄心というもの。
「紬は今もアイドル好きか?」
「え? まあ好きだけどぉ。でも本気で推し活してる人ほどじゃあ……現地参戦もしたことないからぁ」
昔からアイドルが好きとは言っていたが、テレビで追う程度のライトなオタクだった。
つまり、素質はあるけどまだ開花していない。
「じゃあ行ってみないか? ライブ」
「あ、はい……はい?」
せめてアイドルにならなくても、人生を楽しむための趣味を見つけて欲しい。
そんな気持ちで、アイドル業界の人間として声をかけてみた。
そうして休日、紬と一緒にアイドルのライブを観に行った。
グッズを買って、観客席の空気に飲まれながらペンライトを振って。
「すごい……いいなぁ……」
目を輝かせる妹を見て、安心した。
この子のアイドルが好きな気持ちは本物だと確信できたから。
「最っっ……高だったぁ! なんで今まで行かなかったんだろう!」
「そんなに喜んでくれるなら誘って良かったよ」
ライブを終えた帰り道も終始楽しそうに語り続けていた。
ここ最近で一番の笑顔を見れただけでも意味はあった。
けどどうせなら、もう一歩先に進んで欲しい。
「ちなみにまたライブがあるって言ったらチケットは……」
「欲しい! いくらでも払うからぁ!」
「あ、ああ。けどウチの事務所の子でまだ知名度の低い、いわゆる地下アイドルってヤツなんだけど」
「なるほどぉ……それはそれで推し甲斐がありそう……」
沼にハマって早くも有望そうな答えが返ってくる。
回りが見えなくなるくらいテンションが上がっているようだ。
「よし。じゃあまずここにサインしてくれるか?」
「はぁい!」
「あとはこれにプロフィール書いて、証明写真も撮ってきてくれるか?」
「もちろん! ……うん? ライブ見るのにそんなのいるぅ……?」
「ああ。そういうものなんだ」
「そういうものなんだぁ! わかったぁ!」
一瞬疑われかけたが快諾してくれた。
我が妹ながら容易すぎて心配になる……。
そうして妹に資料を提出してもらって1週間後。
「書類選考通過おめでとう。これで紬はウチの事務所所属のアイドルだ」
「選、考……? え!? どどどどどどぅ、どういうことぉ!?!?」
リアクション芸人顔負けの反応をくれた。
とはいえ了承を得ずに行動してしまったのでそこは謝る。
「騙してごめん。けどホントはやりたいんじゃないか? アイドル」
「うっ……でも私なんかじゃぁ……」
「できるできないじゃない。やりたいかやりたくないか、それだけ教えてくれ」
「えぇ……ぅぅ……」
素直な気持ちを教えて欲しいだけなのだが、それでも紬は戸惑っている様子。
なんとか背中を押せないものか……。
「紬。お姉ちゃんのこと好きか?」
「それはもちろん! カッコよくてなんでもできる……自慢のお姉ちゃんだからぁ」
「お姉ちゃんみたいになりたいって、思わないか?」
そう聞くと紬の表情が変わった。
きっとそれが長年の悩みの根幹なのだろう。
「……なりたい。なれるならだけどぉ……」
「なれる。兄ちゃんが絶対になんとかしてやる」
「歌もダンスも下手だけどぉ……」
「練習ならいくらでも付き合う。たとえ何年かかっても、紬が諦めない限りはずっと」
最後の一押しと思って力強く説得する。
そしてようやく……。
「じゃあ……がんばる」
その一言を聞けて脱力する。
昔の無邪気な子供の夢とは違う。
悩み抜いた結果の選択、その決意はきっと固いはず。
「ふー……改めまして、間宵紬さん。これからはプロデューサーと一人のアイドルとして接することにします。よろしくお願いします」
「あっこちらこそぉ……えと、よろしくお願いしますぅ」
口調を矯正する意味も込めて、妹相手に敬語を使う。
これからは家族である前に事務所の人間、一人のビジネスパートナーとして、共に道を歩むのだから。
……………………。
…………。
……。
順調だった。
有名人になった姉と、それを追いかける妹。
二人が前を向いて、良い方向に向かっていると思っていた。
けどやっぱり、悪いことは突然やってくるもので。
目を話した隙に助けを求められても間に合うはずもなく。
私はいつも肝心なときに、大切な人を守れない。
………………。
間宵解斗24歳、家族を一人失った。




