168話
カクヨム版168話を改稿。
「『国王代理の肩書を剥奪する』ですって?」
フォウルは実父に決定事項を告げる。
告げられた張本人である国王代理は、予想外過ぎる事態に驚くしかなかった。
彼は、息子のフォウルからゴーズ上級侯爵へと、王位が譲られる話を既に知っている。
だがしかし、だ。
それでも国王代理自身は、『少なくとも数年の間は現在の地位のままか、それに準じる形の権限を持ったままでいられる』と考えていたが故に、冒頭の発言は飛び出したのだった。
元義兄は、魔力を全く持っていない欠陥貴族で、王子でも王太子でもなかった。
一応、ゴーズ上級侯爵が王位継承権の順位に名を連ねていたのは事実。
ラックはテニューズ家に嫁いだ王妹と、高い魔力を誇る彼の家の当主との間にできた息子なのだから、血筋自体は悪くないのだ。
血統だけに着目すれば、超がつくサラブレッドである。
しかしながら、継承権の順位を決定するのに、ラックの魔力量がゼロである点は、軽視されるはずもない。
結局のところ、ラックに与えられた継承権の順位は最下位に近く、王位を継ぐ可能性は『絶無』と言って良いレベルの極小のはずだった。
「(王座に就くことに向けた心構えなどを、ラックに授ける必要がある)」
成人する前までのラックの周囲には、前述のような考えを持つ者が、当然の如く存在しなかった。
そのため、国王代理の元義兄が急な話で戴冠しても、国王に必要な知識も経験も覚悟もないのは明白となる。
そのような状況から、フォウルの父親が『国王代理としての、自分の存在が必要である』と考えていたのは、そうおかしな話ではない。
まぁ、国王代理の身分を剥奪される本人はまだ知らないが、王家の炉や魔石の固定化など、彼が持つ魔力量を必要とする仕事に専属させられて、使い倒される予定ではある。
よって、『自分の存在が必要である』という彼の考え自体は、ある意味間違っていないのだが。
但し、それですらも『不都合がある』と判断されれば、即時排除となる。
そのあたりの事情は、知らない方が幸せであるかもしれない。
「ええ。身分だけではなく権限も全てです。但し、王族としての権利までは剥奪しませんのでご安心を。ま、そちらは相応の義務もセットですけれどね」
「全く安心できる話とは思えません」
少年王の浴びせた、感情が抜け落ちたような冷徹な言葉。
それに対し、元国王代理は不満を口にした。
「そうですか。ですが、決定は決定です。貴方に拒否権はありません」
「ひとつ確認させていただきたいことがございます」
フォウルの実父は、息子から出た『拒否権がない』という言葉に反応して、瞬時に纏めた考えを確認という体で願い出た。
彼には、『フォウルの後釜で国王になる男から、しっかり、たっぷり恨まれている』という自覚があるのだから。
そうである以上、彼が考えることは単純な逃亡の一手であるのは自明であった。
但し、それには当然大きな代償が伴う。
そのはずなのだが、動転している彼の頭脳だと、考えはそこまで深く至らない。
この時の愚者の思考は、代償の部分を甘く見積もっていたのだから、救いようがない話であろう。
「何でしょうか? 答えられることならば即答します。仮に即答が無理でも、持ち帰り案件にし、時間をおいて答えることはできますよ」
「そのお言葉に感謝します。では。私が王族の権利を放棄して、市井に下った場合はどうなるのでしょうか?」
通常の頭脳の持ち主ならば、絶対に口に出すことのない発言。
それほどのモノを、このような場で平然と口にした男の掴み取れる未来とはどのようなモノだろうか?
その問いに対する答えは、『自業自得以外の何物でもない』のであろう。
王族を辞めようとしている男はこの時、己のことだけしか頭になく、自身の正妃のシーラのことを何も考慮していないのが明白であるのだから。
「つまり、一般国民になると?」
「そうです」
「構いませんよ。王族籍を捨て、新たに貴族籍を得ることもなく一般国民になれば、国王として、王族や貴族に命じるような通常の王命は出せなくなります。ですから、それもひとつの選択でしょう」
「ならば、選択肢にはなり得るか」
「ですが、それだと貴族年金は当然ですが出ませんよ。それに、五百以上の魔力量を必要とする魔道具の使用許可が出ないですね。そのことを承知の上での発言ですか?」
フォウルは実の父に、通常であれば向けるべきではないであろう『愚か者を見るような侮蔑の感情がこもった視線』を平然と向けた。
そして、冷笑しつつ返答したのだった。
この時の少年王は、シーラと実父との関係の部分にも気づいたが、あえてそこには触れない。
吐いた唾は飲めぬ。
いや、シーラとの今後を考慮すれば、『覆水盆に返らず』と表現する方が適当であろうか。
むろん、フォウルがあえて触れない理由はちゃんとあるけれど。
未だ伏せったままの義母に課す予定の、今後の役割を考えると、利用できる材料が多いに越したことはないのだ。
フォウルは、歳に似合わず、それなりに頭が回っていた。
このあたりは、母親であるリムルの才を受け継いでいるのかもしれない。
勿論、双子姉妹から受けて来た英才(?)教育の影響もあるわけだが。
フォウルの眼前の男が、王族籍を抜けて貴族でもなくなれば、そちらの関連の義務はなくなるが年金も出ない。
魔道大学校を卒業した魔力持ち女性か、貴族籍にいる魔力持ち女性ならば、全員一律に年額で金貨十枚が支給される。
しかしながら、男性向けには、ファーミルス王国にそのような制度はない。
また、それに加えて、五百以上の魔力量を必要とする魔道具の使用が禁じられる。
そうなると、考えなしの発言をしてしまった男は、現在使用中の特注のスーツを手放さなければならない。
ついでに言えば、『それはフォウルの実父、個人の所有物ではなく、王国の財産』だったりする。
それ故に、だ。
愚者の発言が実現した場合、彼は私有財産としての現金以外だと、王城から持ち出せるモノは、非常に少ないのが現実なのである。
要するに、王族の権利を放棄して市井に下った時点で、そこそこの額の金子と、小旅行ができる程度の分量の下着を含む簡素な衣類のみを手荷物とされて、即座に王宮外へ放り出される。
歩くために必要な特注のスーツはなし。
スーツに代わる、車椅子だってあろうはずもない。
そんな状態では、出て行く以前に文字通り『一歩も動けなくなる』わけだが。
「そうでした。それを失念しておりました。私にはどうやらその道を選べないようです」
息子からの遠慮の欠片もない発言にタジタジになりながらも、フォウルの父はなんとか撤回の言葉を紡ぎ出した。
撤回しても手遅れなのを気づいていないのは、フォウル視点だと哀れでしかないけれども。
「でしょうね。さて、今後会うことも、話をする機会もないでしょうから、最後に念を押しておきましょうか。貴方の役割は命令権者から新たな命が下るまで、王家の炉の稼働と、運び込まれる魔石の固定化処理の工程をつつがなく、粛々と続けることです」
「それは、まるで奴隷ではありませんか!」
「それがどうしました? もう下がりなさい。未来の義父に、理不尽な王命をファーミルス王国はこれまで何度強いて来たのだ? それを考えてからモノを言え。この愚か者!」
フォウルは、最後に生物学上の父親を一喝して締めくくった。
実はこの親子間の会話は、二人だけの場で行われていたわけではない。
一切発言をすることなく、宰相親子はまるで置物のようにフォウルの脇に控え、当然の仕事として行われた会話内容の記録をつけている。
これは、必ずしも彼らが熟す必要がある仕事ではなく、他の文官に任されるケースもむろんある。
だが、今回は少年王の会話の相手が相手なだけに、彼らは通常の執務を放り出してこの場へはせ参じていたのであった。
結果として、宰相親子の判断は正解であろう。
国王代理の地位を今日を以て剥奪された男は、『正妃のシーラのことをどう考えているか?』が、判明してしまったからだ。
足が不自由な元宰相は、喚き散らす哀れな男を自身の息子が少年王のいる室内から排除するのを黙って眺めていた。
ちなみに、元宰相には『それを手伝いたい意思』はちゃんとあったのだ。
けれど、身体事情がそれを許さない。
その状況をより正確に言葉で表現するのであれば、『黙って眺めていることしかできなかった』と、なるのだった。
「陛下。軟禁中の前王妃様と、療養中のシーラ様の件ですが」
この場にいる資格がない、いやその資格を失った男を追い出してから、宰相は話題の件についての書面を少年王に差し出しつつ言葉を紡いだ。
「『療養中』とは。実に便利な言葉ですね。『身体の方は、もう健康で何処にも異常はない』と報告書が来ているけれども」
フォウルはシーラに対して良い感情を一切持っていない。
それ故に、向けられる言葉の内容は冷淡となる。
「精神的なものは本人にしかわからないですから。それはそれとして、先日の王命の一環で、前王妃様には軟禁状態でも可能な、王妃の執務を全て割り振っております。当人は、罪人として裁かれたくはないのでしょう。『任される仕事はきっちり行いますし、次代の王妃候補への教育も担当するので、助命と処罰の軽減を確約する証拠を書面でいただきたい』とのことです」
「お婆様ですか。結果は最悪の事態を招いたけれど。やったことだけを冷静に評価すれば、今もなお伏せっている義母に暴言を吐いただけです。報告書からはそうとしか読み取れないですね。しかも、立場はお婆様の方が義母より上位であってのこと。であれば、死罪はさすがに重過ぎるでしょう。どうなのですか?」
宰相の言葉を受けて、フォウルは一日の長がある元宰相へと話を振る。
要らぬ負担を自身がする羽目になった原因に対する、責任の一部は間違いなくフォウルの祖母にある。
だが、今の彼の状況が、近い将来ゴーズ家の爵位を公爵に押し上げる理由になるのは『利』であるのも確かだ。
少年王が国王の立場から降りて、入り婿としてゴーズ家に入ること。
元王族が入り婿の当主になることが、陞爵の理由に使われる。
それは結果的に『悪くない状況』を生み出す。
それだけに、現在のフォウルとしては『父方の祖母を、シーラほどに憎む対象』とは考えていない。
宰相への問いは、そうした前提から出たモノとなる。
「『流れてしまった胎児の件が絡まなければ』という前提だと、通常なら精々『口頭での厳重注意』と、『謹慎三日から十日』といったところでしょう。ですが、この案件では『軟禁』とは言え、行動制限の期間が既に長く、しかも現在もそれは続いています。『ヤルホス公が納得するか?』は別に問題とはなりますが、『罰としてはもうそれなりに受けている』と言えます。今後王宮から外に出ることを禁じる王命は有効ですから、それも罰と考えて良いでしょう」
「なるほど」
「結論としましては、軟禁を解いて、王宮内での行動の自由を認めるべきかと」
この手の話への処理能力は、現役の若い宰相よりも、経験豊富な元宰相の方が遥かに高い。
実際、彼の息子で今代の宰相は、この時具体的な良案を持っていなかった。
喫緊の問題にはならないが、将来的には不安要素満載な事柄である。
「わかりました。では、『割り振られた仕事を確実に熟す』という条件付きで、お婆様の軟禁を解き、王宮内での行動の自由を認めましょう。但し、付けた条件が破られる、若しくは、許可を得ることなく王宮の敷地外に出た場合は、『王命に背いた』ということで、問答無用の厳罰に処します。ヤルホス公への対処については、何か良い案がありますか?」
「別の利で相殺して納得させるしかありません。最も効果的なのは、シーラ様を新たな国王陛下の妃として押し込むことなのですが、それはさすがに無理筋です。ですので、今も伏せっていて義務を果たしていない部分を咎めることにしてはどうかと」
「咎めることは簡単ですが、それでどうするのですか?」
「その分を前王妃様が肩代わりしていたので、要は『借りがあるだろう?』として、黙らせる形ですな」
元宰相とフォウルでの間で、話は纏まった。
残るは、具体的な王命が宰相へ出されるのを待つばかりとなる。
「では、ヤルホス公へは、『義母の職務怠慢の部分を、これまでお婆様が全て負担していた』という事実を以て、納得させてください。その交渉は、宰相に任せますよ。できますよね? 先延ばししても良いことが何ひとつない案件。そうである以上、早急に着手してください」
「はい。陛下。承りました」
そんなこんなのなんやかんやで、細かな話を詰めてから、ヤルホス公宛てに少年王からの書簡を預かった宰相は、退出を許可されて駆けだして行く。
しかしながら、元宰相にはフォウルからの退出を促す言葉が掛けられない。
それはつまり、『まだ話がある』ということであった。
勿論、ここまでの言葉のやり取りを、書面に起こす必要もあってのことでもあるのだろうが。
「ところで、其方にひとつ聞きたいことがあります」
「何でございましょうか?」
「あの男と其方は『病状』と言うか、『身体状況』が似ているので事情を確認したいのです。単刀直入に聞きますが、その身体で、子は望めますか?」
「いえ。無理です。下の方は意識的に制御できず、垂れ流し状態でして」
宰相は、男性機能の喪失を伝えた。
具体的に例を挙げた部分は、直接的表現ではない。
それでも、状況は理解されるはずなのだった。
「なるほど。では、『あの男の、子が今後生まれて来ることはない』と考えて良いのですね?」
「『絶対』と言い切ることはできませぬ。が、自分自身の状況から類推するとそうなりますな。もしよろしければ、シーラ様に確認を取るのも手ですが」
シーラは『妊娠中であった』とは言え、出産後のことを考え、自身の夫である国王代理に対して、『男性としてまた子を成せる能力があるのか?』を確認していないはずはない。
特に王太子であった息子を失った時点で、お腹の中の子が男子かどうかわからない以上、彼女にとって、それは非常に重要な事柄であったはずだからだ。
「その手がありましたね。頼めますか?」
「はい。ではお見舞いがてら、確認して参りましょう」
そんな感じで、王都側の事情は流れて行った。
ラックが国王になるのが決定事項として扱われ出した以降にも、やるべきことや決めておかねばならないこと、確認事項は山積みだったのである。
まぁ、そうした様々な案件は、物量自体は大量にあれども、だ。
どれもそう揉めることもなく、順に片付けられて行ったのは些細な話であろう。
こうして、ラックの手元には、王都からの嬉しくない内容が記された書簡が次々に届くようになった。
ゴーズ上級侯爵が国王になることは決定している旨が記された書簡を皮切りに、王都側で決まった事柄の続報が随時届けられたのである。
もっとも、超能力者はそれらが届けられる前の段階で、『フォウルから報告書の形で、直接情報を得ていた』のは言うまでもない。
通信手段が貧弱なこの世界において、ラックだけが持つテレポートや千里眼などの異能の力は、やはり突出して利便性が高い。
それがこんなところでも、証明される結果に終わったのであった。
背中に哀愁を漂わせるのを、全く隠そうともしなくなったゴーズ領の領主様。エルガイ村で、羽が退化して飛べない鳥として生まれて来た魔鳥の雛鳥を眺めつつ、『まだ僕は即位していない。まだ時間はある。まだ何か起こるよね?』と、呟く超能力者。その横に控えていた彼の妻になってまだ日が浅いミゲラからは、『こんなことをブツブツと呟く人を国王に据えて、この国は大丈夫なのか?』と、思われているのには、少しも気づかないラックなのであった。
次回は4月22日の投稿を予定しています。




