167話
カクヨム版167話を改稿。
「『後見人に指名しない』だと?」
戴冠式を終えて王位に就いたフォウル。
しかしながらその本人は、魔道大学校に通う前の未成年者、少年でしかない。
そのため、後見人は必須となる。
けれど、その後見人を選ぶ権利はフォウルにあった。
国王代理兼元第二王子は、『父である自分が、当然その座に就くであろう』という予想を覆され、驚きから自然に問い直してしまう。
それが、冒頭の発言なのである。
「ええ、勿論。貴方の当面の仕事は、これまで通りの国王代理としての執務。それに加えて、亡くなられたお爺様が行っていた王家の炉の稼働及び、魔石の固定化工程の王家の担当部分の適切な処理。最重要な案件は、それら全てをひっくるめた知識の引継ぎです。王家は立て続けに人を失い過ぎました。貴方がそこに加わらない保証は何処にもありません。事実、病で歩けなくなっていますよね? 知識の継承が途絶えれば、ファーミルス王国の根幹が崩れますから。あとはまぁ注意事項。余人がいないので今回は大目に見ますが、その言葉遣いには問題がある。国王代理は国王の下だ!」
フォウルは自分が未成年の子供であることを自覚している。
故に、王城の年上の人間には、なるべく丁寧な言葉で話すことを心掛けていた。
だがそれでも、だ。
自身に向けられる言葉は、下に見たそれを許すわけにはいかない。
フォウルの中でそれが許されるのは、私的な場に限定されるものの、数名だけなのだから。
具体的に言えば、母親、伯父、伯母、婚約者のミリザとリリザ、クーガの六人だけである。
勿論、現在の立場にあるうちは、その六人でも他者がいる公の場だと、そうした言葉使いでの発言は許されない。
まぁ、『僅かな期間』と割り切るだけの判断力を少年王は持っているので、特に問題はないのだけれども。
「それは。いえ、失礼いたしました。以後気をつけるように致します。ですが、『私が父親である事実は動かない』と考えますが?」
「貴方が母と離縁した時点で実質喪失している続き柄を、今更主張するとはな。驚きだ。『父親だ』と主張したいのであれば、長子の長男をないがしろにするべきではなかった。継子を見事に出産された、正妃を大切にするべきだった。現在の状況は、自らの選択の結果でしかないだろうが!」
フォウルの怒りが滲み出ている冷徹な言葉に、彼の父親だったはずの男はぐうの音も出なかった。
そもそも、リムルに連れられて行ったフォウルがゴーズ領に滞在し、将来入り婿としてゴーズ家の一員になる婚約が成立していた以上、離脱するはずだった王族籍など彼の中では無価値である。
そうなる原因を作り出した、生物学的な定義上での実父や、祖父に好意を持てるはずもない。
いや、ある意味、結果的に得られた『本来であれば得難い縁』を鑑みると、感謝している部分もなくはないのだが。
過去の彼らの行為自体は最低であり、フォウルが嫌悪するのは当然であろうけれど。
ちなみに、国王でないほうの祖父であるテニューズ公に対しても、フォウルのスタンスは同じだ。
ついでに言えば、『次期テニューズ公へも同様』となる。
「母に対して絶縁を突き付けたのと同じ。それを阻止しなかった次期テニューズ公も同じ穴の狢」
母の後ろ盾から降りた母方の祖父やその嫡男のことを、フォウルはそのように考えていたのだから。
勿論、これらは『フォウルの視点だとそうなる』というだけの話であって、当事者には当事者なりの『そう判断して実行するに足る理由』というモノが存在している。
全てを掴み取ることが不可能な状況であるなら、取捨選択は必要なのだ。
しかしながら、『そうした取捨選択の結果、切り捨てられた側がそれに納得するかどうか?』は、『完全に別の話』であるだけなのであった。
それはさておき、だ。
そんな流れで、厳かに行われたフォウルの祖父を弔う国葬と、盛大な戴冠式を終えたファーミルス王国は、新たな体制で出発した。
結果として、王国の歴史上最短の在位記録を樹立するフォウルに、ほんの一時とはいえ国の舵取りを委ねたのを、王宮を職場とする人間の誰もが気づかなかったのは幸せなことであったのだろう。
但し、後日その幸せを感じたのは、王国の腐った部分の被害を受けていた人々が主体であって、王宮の人間や王都の役人、あるいは軍部の人間ではなかったけれども。
「陛下。そろそろ、王位継承権の順位に手を入れていただきたいのですが」
新宰相はフォウルの前に元宰相を伴って現れ、発言内容と同様の内容が記載された書面を差し出した。
これは、若過ぎる新たな国王が、真っ先に決定したルールに従っての行動である。
ラックに王権を譲る気満々の年少者は、自身に持ち込まれる全ての報告や相談に対して、伯父の治世時に向けた地ならしとなる書面での提出に拘ったのであった。
しかしながら、その場での返答に対して、報告者が考えを述べるようなケースはどうしても発生してしまう。
けれども、そこの部分は『後追いで書面に起こされる方式』が採用されたのだった。
ちなみに、宰相親子が『そろそろ良いころ合いだ』と判断して、この日に王位継承権の順位を再設定する案件を持ち込んだのは、フォウルが実父からの知識の継承を済ませた翌日だったからである。
時系列的には、フォウルの戴冠式が終了して十四日が経過した日でもあった。
確かに、『ころ合い』としては『妥当』の範疇であったのかもしれない。
但し、それに対する必要性への判断が、乖離しまくっているけれども。
そして、フォウルは『必要性がない』と判断している側だ。
それ故に、答えはハッキリしたモノになる。
「それは必要ない。王位継承権の順位には意味がない。次の国王はもう決めているから」
「いえ、あの。いきなり『決めている』と仰られても。陛下はまだ未婚の未成年であられる。子をなしておられませんから、周囲の誰もがほぼ無条件で納得するような王太子を定めるのには、時期尚早かと考えますが」
足が不自由な老人は、申し訳なさそうに発言した。
フォウルの言葉に不穏なものを感じ取った元宰相。
さすがの『危機察知能力』と言うべきであろう。
「(陛下はまだ子供なだけに、このような物事への理解が足りない部分は仕方がないか?)」
この時の元宰相は、内心で少々侮った考えをしつつ、少年王を諫めた形だ。
元宰相の文官としての知識から来る、今の時期に必要で常識的な対応とは何であろうか?
それは、国王の実子が生まれて、その中から王太子を選出するまでの繋ぎの期間だけ有効な、暫定の王位継承権の順位を定めることなのだ。
それ故に、フォウルの直系ではない王太子を現時点で定める事態の発生は、元宰相の想定外となる。
尚、国王に至っては『何をか言わんや』の話であるため、元宰相は無意識に脳内でフォウルの発言の『国王』の部分を『王太子』に変換していたりもした。
言うまでもなく、それは『大きな間違い』である。
「そうですね。先ほど提出した書面にもありますが、ミリザ様への王妃教育の開始についてもそろそろ着手しなくてはなりません」
新宰相も、フォウルの発言の意味に気づくことはなく、自身を補完してくれる元宰相の発言に追随して無様を晒す。
「国王がその座を伯父に譲り渡す気なのを察しろ」
はっきり言えば、『フォウルの直接言葉にしない本音』はそうなる。
しかしながら、ファーミルス王国の文官としての常識でしか物事を判断できない親子に、前述のそれを求めるのは酷でもあろう。
要は、いろんな意味で『無理、無茶、無謀』と、三拍子揃ってしまう案件なだけなのだ。
ただ、このままでは話が進まず、終わりもしない。
だからこそ、フォウルは自ら動く。
「宰相、仕事を頼みたい」
「何でございましょうか?」
「内容はこれだ。受け取ってくれ。王命として、完遂するように」
フォウルは、ラックが届けた書簡を宰相に渡した。
その書簡に書かれている内容は、フォウルが自分の希望を主張した上で、ゴーズ家の面々によって練られたものであり、何度も言葉のやり取りをした末に完成したもの。
まぁ、最終的には、要約すると記載されている内容が乏しかったりするのは、些細なことなのである。
「ゴーズ上級侯爵に王位を譲る。国王代理陛下に、王家の魔道具へ専属従事をさせる。国王の執務は、全て文書でやり取りし、口頭でのやり取りは基本的に取り止める。祖母と義母には、王宮内で王妃教育と関連執務の補助に専念させる。陛下! これは一体?」
冷静沈着が必須技能でなければならないはずの、元宰相に比べれば『若い』と言える宰相。
彼は、自身の言葉に驚きの感情がしっかりと含まれてしまっているのを、全く隠せていなかった。
「王命だよ。おそらく、今代の国王として最後のね」
フォウルは、あっさりと答える。
少年王には、身内と相談して定めた未来へ向かって、ただひたむきに走る以外の選択肢など、存在していないから。
「しかし、これは!」
「伯父様に国王をやってもらう。で、足りないところは実父である国王代理に補ってもらう。但し、王としての権限を実父からは剥奪するけれど。王妃教育ができる二人には、相応に働いてもらう。何か問題があるのか?」
「いえその、魔力が全くないのに王位へと就くのは、国内の貴族たちの同意が得られないかと」
この部分の宰相の推測は、各々の貴族の内心だけに限定すれば正しい。
但し、反対の意見を王宮で述べる、あるいは自領にてその立場を明確にしたとして、王権の領域にある決定事項を覆すことがはたしてできるのか?
そんなことは不可能なのである。
少なくとも、ゴーズ家が物理的戦力として背後に存在しているフォウルに逆らえば、伯爵家以下の貴族家などすぐに取り潰される未来しかない。
爵位が辺境伯や侯爵、公爵まで行くと簡単に済む話ではなくなるが、それを承知で強権発動を行っているのを鑑みれば、フォウルが実力行使も辞さない姿勢なのは明白であろう。
上級貴族家の当主ともなれば、『自信があると見られる国王の決定に、逆らうのは危険』と判断するのが多数派になる。
この段階で、すでにそれが明白なのだった。
しかも、宰相の発言を受けても、フォウルは強気の姿勢を崩さない。
「そうなのか? 伯父様には『ファーミルス王国の内の誰よりも凄い実績がある』と聞いている。伯父様が王位に就けば、その実績に対する報酬の支払いを一部を免除してくれるだろう。それとも、国が傾くような、正当で莫大な報酬を伯父様が王位に就くのに反対する貴族たちとやらが負担するのか? そもそも、だ。『国王が次代の王を任命する権利と、それに従う王国貴族の義務』についてをどう考えている? 不満があるなら王国への離反とか独立とか。好きなだけやれば良い。伯父様はその全てを、笑って『独りで』鎮圧されると思うがな」
「三大公爵家が、素直に従いますかな?」
元宰相は、『翻意してもらいたい』という感情での発言をする。
「(おそらく、三大公爵家の話をしても無駄だろう)」
一応言ってはみたものの、内心ではそう考えていた。
だが、それでも元宰相は、フォウルの万一の変節に賭けて、問いかけをするのを止められなかった。
この場には、それが可能な人間は、彼自身と頼りない息子しかいないのだから。
「それも彼らに選択の自由がある。だが、彼らは果たして、自家の圧倒的優位性を全て捨てて一貴族に成り下がる道を選ぶのか? なんなら、一貴族ですらいられなくなるかもしれないぞ」
ここまでの少年王との言葉のやり取りに、宰相らはさすがに違和感を覚えざるを得ない。
フォウルの言動や考えが、いくら『それなりの教育を受けているはず』とはいえ、あまりにも理路整然とし過ぎているからだ。
そこに気づいてしまうと、二人は悟る。
リムルやゴーズ家の人間による、入れ知恵がガッツリあることを。
そんなこんなのなんやかんやで、宰相親子は王命の書簡を手に、悲壮な面持ちで王宮の文官が集まる職場へと戻った。
彼らがまずやるべきことは、三大公爵家への根回しだった。
そこをクリアせねば、話は始まらないのである。
宰相はあえて、王宮への呼び出しではなく、各公爵家に自らが出向いて個別に話をする選択をした。
三公を集めて同時に話を詰めると、その場で結託して反対された場合に厄介なことになってしまう。
それが、その選択の理由であった。
もっとも、『現状ならば『反対するなら、お宅の嫡男に王位を譲る』という切り札を出される可能性を想像できない愚か者はいない』とも思われるのだが。
そして、結果だけを言えば、『思惑はそれぞれあれど、三つの公爵家はラックが王位に就くのに同意した』のである。
「えー、ほんっとうに遺憾ではございますが、フォウル陛下からの書簡がここにあります。内容は、もう言わなくても皆わかってるだろうけど、僕がファーミルス王国の国王にされます。始まりは辺境のしがない、せせこましい騎士爵だったはずなのに、どうしてこうなった?」
ラックは仏頂面のまま、夕食会で一連の事態の結果を告げた。
王都側の話はとんとん拍子で進み、ゴーズ家には未だ正式な通達は届いていない。
だが、明日中には、王都からの使者が到着する予定であったりする。
付け加えると、戴冠式が行われる日程も既に十日後と決まっていた。
つまり、フォウルの在位期間は三十日に満たずに終わる予定なのである。
尚、フォウル的には、もっと在位期間を短くするつもりだったのを、超能力者は知っている。
だからと言って、『なにがどうこう』という話でもないのだけれど。
まぁ、そんなことはこの期に及ぶと『些細な話』でしかないのであろう。
「成り行きですから、『仕方がない』と諦めてくださいね。クーガは『酷王に興味がないので、父上の次代はライガに任せる』と、言っていましたし、教育面でもそちらの方が無難でしょう」
ミシュラは愛息の言葉に含まれている、微妙な意味合いをきちんと感じ取っていたため、それを発言時に正確に表現している。
但し、『言葉の微妙な意味合いが、夕食会の参加者へ正確に伝わるかどうか?』は、接触テレパスを行使するラック以外だと、難しいのが現実なのだけれども。
「食事の差し入れも、もうじき終わりか。『王宮内で毒殺を警戒するとか、異常な判断だ』と最初は考えたけれど、リムルやアスラの意見の採用は正解だったな」
第四夫人は、超能力者がテレポートを駆使してフォウルへ運ぶための食事の用意と、毒見役を任されていた。
ティアン領の取り仕切りを主な仕事にしている彼女は、ラックの古参の妻たちの中で比較すると、仕事量が最も少ない。
そのため、ミシュラからその仕事を振られていたのである。
尚、一日の予定に余裕のあるアスラやミゲラは、その方面を任せられるだけの経験も知識もないため、最初から対象として考えられていなかった。
付け加え得ると、妻枠ではないリムルも、彼女の付き人状態の女性も、そのあたりの事情が同様であったのは些細なことだ。
ちなみに、王宮でフォウルに出された食事はラックが全て回収している。
それらからは、微量の遅効性の毒物がしっかりと検出されていた。
混入されていたのは、体内に一定量が蓄積されると、死に至るタイプの毒物。
暗部が『ここぞ』という時だけに使う、マイナーな毒であった。
この不穏な話は、『おそらくは、国王代理の暗躍なのだろう』と、推測だけはされている。
けれども、未だに確証を得るまでには至っていない。
また、『容疑者』と言うだけなら、フォウルの祖母や義母も可能性はある。
だが、ゴーズ家の女性陣はその部分について、何ら心配することはなかった。
何故なら、彼女たちは『十日後には国王になる男が本気で調べ上げれば、すぐに真実に至れる』と、理解しているから。
そして、容疑者たちは、使い道がまだあるのである。
こうして、ラックはファーミルス王国の至尊の座に就くことが決定となった。
さっさと王位を譲り渡す最有力候補のクーガは、『国』を『酷』と言い換えてミシュラとの間で話を付けてしまい、既に逃亡を決め込んでいる。
その結果、後手に回った父親は、大人しく諦めの境地に至っていた。
北部辺境伯領に居る相談役に、『ライガが自分の次代の国王になることをどう告げたものか?』と頭を悩ませる羽目に陥ったゴーズ領の領主様。自分だけが苦労をするのは嫌なので、『クーガかフォウルのどちらかに、北東大陸の統治を押し付けてやる!』と、勝手に決意した超能力者。この日の夕食会の終盤で、ミゲラから告げられた魔鳥関連の朗報に、ささくれ立った心がほっこりして、少しばかり安らいだ気分に変化したラックなのであった。
次回は4月15日の投稿を予定しています。




