169話
カクヨム版169話を改稿。
「『国王になるのが、決定的な状況になってしまった』だと?」
シス家の前当主は、神妙な面持ちで隠し部屋に来て座っている娘婿の発言に驚いていた。
まさに、『あれよあれよ』という間の話の進展速度だった。
勿論、シス家の相談役を務める老人は、フォウルが戴冠したことを知っている。
けれども、『少年王』と言って良い若き王が、すぐに王位をラックに譲り渡そうとする計画があったとは、想像の範囲外も良いところなのであった。
「こんなことを言うのはアレなのですが。今の決定的な状況がうやむやになるような、何か大きな事件が起こることを期待しているのですけれど。何かありませんかね?」
「それはそれで、また物騒な考えだな。しかし、困るな。婿殿とのこうした楽しい時間が激減しそうではないか。密かにルイザの顔を見に行くのも難しくなるであろうし」
シス家の相談役は、自身によく懐いているフランの産んだ娘のことを想い、目を細めた。
ただし、相談役の孫は複数存在するはずなのだ。
けれども、彼の中で一番なのは自身の血を引いていないルイザだったりする。
こうした感情の問題は、理屈ではないだけに始末が悪い。
まぁ、彼のそんな感傷的な想いを無自覚に根底から覆す、ぶっ壊しに来るのが、超能力者の持ち味であるのだけれども。
「えっ? ほとんど何も変わりませんよ? 『仮に』王座に就かされるとしても、トランザ村から住居を移す気はありませんし」
「はっ?」
驚き過ぎて、先代の北部辺境伯は、ごく自然に身に纏っている威厳に似合わない、間抜けな感じの声を出してしまった。
王宮を住居としない国王。
そんなものは前代未聞であるのだから、相談役の老人が衝撃を受けるのは当然であろう。
それはそれとして、義父のそんな声を聞かされた側のラックは、己の説明不足を悟る。
加えて、己の至らなさに気づいてしまえば、義父に向かって更に言葉を尽くすことに否はない。
そもそも、こうしたうっかりは残念なことに、超能力者にとって日常の出来事でもあるのだから。
「えっとですね。王としての執務は、基本的に文書で持ち込まれる案件についての決裁です。大幅な時間の遅れなしにそうした文書を受け取れる仕組みならば、国王が王宮にいなくても済むのですよ」
「しかし、それでも、婿殿の仕事量が膨大に膨れ上がることには変わりがない。それにだ、王家の魔道具はどうする? てっきり、『婿殿の第五夫人のアスラ殿か、第六夫人のミゲラ殿のどちらかを王宮に常駐させて、それを任せるのだろう』と考えていたのだが。違うのか?」
ラックの説明に、かつては『北部辺境伯家の当主』という重責を担ってきた老人は、状況を頭の中で懸命に整理しつつ問うた。
相談役が持つ常識からすれば、だ。
娘婿が国王と成ってから、城を常時不在とするならば、上級貴族が持つファーミルス王国の最高権力者と直接会う権利を行使しようとした時に、問題が生じるはず。
それだけではない。
発生頻度はともかくとして、普通に『なにがしかの緊急性がある、重大な案件を王宮に持ち込んで来た者と、直接会う』という手段でしか処理できないケースも必ずあるはずだった。
しかしながら、そうした部分は重々承知で、シス家の相談役はそれでも、この際それらを一旦脇に置いてしまう。
そうして、王家の魔道具関連の稼働についてで、手法の中身を優先して問うたのである。
第一線からは身を引いた老人が、そこに重点を置いた理由。
それは、王家の魔道具を稼働させねば、ファーミルス王国の統治システムの根幹が揺らぐから。
また、説明を鵜呑みにするなら『文書を王宮に取りに行って、国王の執務を処理する仕組み』となる。
そうである以上、娘婿がテレポートや千里眼を行使しまくる気なのは明白であるからだ。
「王家の炉と、魔石の固定化工程については、フォウル陛下が元国王代理へ、稼働に携わることを命じました。これは、上位者から任を解かれない限り、ずっとですね。王宮から回されてくる文書。所謂、国王の執務。これは、実態として私に処理できるはずがないことを、お義父さんならご理解いただけますよね? そんなモノは、ゴーズ家の頭脳に丸投げしますよ。あ、困った時はこちらにも相談に飛んできますので、よろしくお願いします」
いっそ清々しくなる。
それほどに、ラックが王として行うことが少なく聞こえてしまう。
むろん、何もしないわけではない。
王としての執務。
それを処理できる人材の元へ、必要な文書を運び、そこで処理された内容を承認するのが、ラックの仕事となろう。
そして、確かに普通なら移動に必要であるはずの、時間と距離をすっ飛ばして、娘婿は緊急時にはここへも跳んでくるのだろう。
相談役がラックの発言内容の内ですんなりと受け入れられたのは、『緊急時にはここへも跳んでくる』の部分だけであった。
「頭が痛いな。婿殿が相談を持ち込むのは構わない。内容が何であれ、な。だが、それはそれとして、今の話には気になる部分が複数ある。順に行こう。まず、『元国王代理』というのは何だ?」
眉間にしわを寄せて、こめかみをグリグリと指で押さえる。
そうした仕種をしつつも、シス家の相談役はラックに向かって尋ねた。
ちなみに、超能力者はこの日、フォウルに昼食をテレポートで運んだ際に、午前中の王宮での出来事を、報告書として受け取っている。
報告書の記載内容の内、少年王が『朝の段階で、生物学的には自分の父親に当たる男の役職であった、国王代理の任を解いた』という部分を、口頭でも聞いていた。
北部辺境伯の館をラックが訪れたのは、そこから数時間の時間を経てからの話であった。
王都から遠く離れた北部辺境伯領のシス家に、そうした最新情報が届くのには、まだ幾ばくかの時を必要とされる。
要するに、それは最速でも今夜なのである。
「ああ、うっかりしていました。時間的に考えると、こちらにはまだその情報が届いているはずがないのでしたね。実は、今朝の段階でフォウル陛下が国王代理を解任しています。よって、元第二王子の彼は、陛下に『王族としての権利と義務だけ』を保証されて、単なる王族の一員に戻りました。なので、『元国王代理』という呼称で当面は呼ばれるかと」
「なるほど。そういうことか。フォウル陛下は、彼を父親とは認めないことを、再度公にされたも同然の措置を合わせて行ったか。だが、そうなると、いくら『王命』とは言え真面目にきっちりと仕事をさせられるのか?」
相談役の疑念はもっともだった。
さすがに、完全にサボタージュを決め込んで、全く仕事をしないことは考えられない。
けれども、処理速度を大幅に低下させるような事態は十分に想定されるのだから。
「王家の魔道具については、元国王代理からフォウル陛下へ、稼働方法の知識の引継ぎが既に終わっています。なので、いざとなれば、陛下が別の人間に教えることは可能。ですから、その心配は不要でしょう」
「そうか。もし、その情報を知れば、真っ先に『それを行いたい!』と立候補しそうな、王族級の魔力量の持ち主に心当たりがあるな。彼女もそれなりに高齢ではあるが」
「その通りです。ですので、王家の魔道具の稼働に不安はありません」
ラックは言い切った。
けれど、二人が名前を出さない『狂気の研究者にして技術者』という、別方向の不安がしっかりと存在する。
その点が阿吽の呼吸で、『暗黙の共通認識』となっていたのは、些細なことなのだった。
「ま、その部分はそれで良しとするとしてだ。国王としての執務を『そんなモノ』扱いされるとな。非常に不味いのだが?」
「あはは。つい本音が出てしまいました。大丈夫です。ちゃんと真面目に処理しますよ。『ゴーズ家の頭脳を担う女性陣が』ですけれどね」
「そうか。ゴーズ家での実態がどうであれ、形式上は王が決裁したことになる。王に成れば、責任逃れはできん。婿殿がそれを承知ならば。まぁそれでも『良い』とは言えないが、黙認はする」
「ありがとうございます。ま、そもそも、実態を明かす相手は、そんなにいませんけどね」
予定している手法を公言すれば、多方面で問題視されることは確実だろう。
だが、それについての情報を黙っていれば、平穏無事で済む話でもある。
そもそも、歴代のファーミルス王国の国王は、凡庸な能力しか持っていない人物が多い。
保有魔力量の多さと、王位に就いた人間の知能や判断力の高さには、因果関係が全くないのだから、それは当然であるのだ。
ついでに付け加えると、国王が持っている知識量も、当人の勉強量と暗記能力の結果でしかなく、魔力量が多いことは微塵も関係がない。
国王の人格、所謂、人間性に至っては、もう言うまでもない。
それでもこれまで大過なくファーミルス王国が治まっているのは、『支える体制、周囲がしっかりしているから』という面もある。
通常は、宰相と王宮の上級文官たちが、その『周囲』という言葉の意味するところになるのだが、それは絶対的なルールではない。
極まれに現れる、『優秀な王』や、『非凡な才を持つ妃』が主導権を握って、特別な成果を上げる例も過去には存在しているのだから。
「しかしな。婿殿。自分の判断力、思考能力をそれほど卑下する必要はないのではないか? 『すごく優秀だ』という評価はさすがにしかねるが、お世辞抜きで『人並み以上のモノは持っている』と思う。常に、ゴーズ家の女性陣に全ての判断を委ねているわけでもなかろう?」
「えっと。そのあたりの実力がどの程度かはさておき、妻たちの方が勝っているのは事実ですから。それと、『自分にしか不可能なことを優先して、そちらに注力したい』という面もあるのです」
ラックは胸の内を正直に語った。
「(任せられるモノは全てミシュラに振って、彼女の差配に任せたい)」
それが、超能力者の偽らざる本音なのである。
第一、『苦手なことを頑張るより、得意分野で成果を出すほうが楽』なのも事実以外のナニモノでもない。
領地全体にもプラスが大きいのだから、現状ではその選択以外は実質できなかったりもする。
それが、ゴーズ家の現実なのだけれど。
まぁそうした部分は『言わぬが花』と言うものであろう。
「なるほどな。確かに婿殿にしかできないことは多いのだろう。ただな、今はそれで良いかもしれない。が、永遠に婿殿の持つ特殊な力に、依存し続けるわけにも行くまい。先のことを考えているのか?」
「生きているうちに、当家の支配下地域の基礎整備だけは、極力終わらせるつもりです。そこから先は、幸い当家には豊富な魔力量を持つ人材が揃っていますし、『機動騎士の保有数』という物理的戦力の当てもある。基礎整備で魔獣の脅威さえ排除できれば、通常の領地として、クーガが切り盛りできると信じたいですね」
どこかしらから唐突にやって来る災害級魔獣については、特別扱いせざるを得ない。
けれども、ラックは少なくとも自領付近に『大型の魔獣がそこそこの頻度で、出現するようなケース』はまずないレベルまで整備を進めるつもりだ。
但し、魔獣から得られる魔石は、北部地域全般の重要な資源となっている。
売れば収入原にもなり得る。
食用に回す肉も含めて、副産物の魔獣素材も然り。
故に、『さじ加減は難しい』と言えるだろう。
だが、ミゲラからの報告で『進化した魔鳥は飼い馴らすことが可能』という新たな希望も見えて来た。
勿論、狭い範囲の土地で集中的に魔鳥を飼育するのは、禁止されている蟲毒になりかねないので危険だ。
しかしながら、少数の個体を分散して家畜化するのは、少なくとも今のゴーズ家的にはアリなのである。
魔鳥からは魔石以外にも、肉などが得られる。
だから、それが上手く行けば『ゴーズ家としては』魔獣の領域を完全に掃滅させても良い。
「北東大陸はどうするのだ?」
「あそこも、当家の支配下地域に組み込みます。幸い、魔獣の領域と接続していますから、切り取り自由ですよね?」
「この大陸に匹敵する巨大な大陸を、ファーミルス王国に所属する貴族の立場で自領として抱えるか。なんとも豪気なことだ」
「当家にはまだこれから子が生まれますからね。『たわけ』と馬鹿にされない程度に、子供に家を興させて分割統治させますよ。まぁそのあたりの差配は、クーガの仕事になるかもしれませんが」
そんなこんなのなんやかんやで、ラックとシス家の相談役の密談はつつがなく終了した。
超能力者の次代の王は、ライガを立太子する方向で調整し、婚約者はシス家の現当主であるルウィンの娘のままにしたのは些細なことであろう。
その話の流れだと、そう遠くない時期に、ルウィンの娘へは王太子妃教育が開始される。
そのため、相談役の孫娘の一人は、王都に居を移させる手配も含めて、いろいろと環境が激変することになってしまうのだった。
その点の連絡を、ラックが直接ルウィンと会って話をしなかったのは、もっと些細なことであろう。
実はこの部分は、ルウィンの実父が彼にお灸をすえる意味合いで、娘婿に提案した経緯もあったりするのだけれど。
シス家の現当主は、ゴーズ家との関係をより強固で親密なモノにせねばならない。
しかも、それは急務となる。
だがしかし、だ。
ルウィンには、未だその意識が薄い。
紆余曲折があって、自身の娘をライガに嫁がせる婚約を決めたは良いが、それ以降は特に何もしていないのがその証拠である。
ルウィンの中では、『自身がサエバ領の代官を務めていた時代に、ラックと仲良くやっていた』という認識だからだ。
ゴーズ家が上級侯爵の爵位を賜ったことで、上下関係の立場はとうの昔に逆転している。
しかしながら、彼の家には義妹のフランが嫁いでいて、己は上級侯爵の義兄であると彼は考えている。
つまるところ、ルウィンは心のどこかで、義弟を『まだ格下』と見る感覚が抜けていないのである。
そこには当然、『ラックが魔力を全く持たない、平民にすら劣る欠陥貴族で、運に恵まれて成り上がっただけの人物だ』と思っている点も影響していた。
そうした嫡男の愚かな部分に気づくのが遅れたのは、相談役が当主だった時の失敗なのだろう。
だが、相談役も完璧な人間ではないので、たまにはミスも犯す。
但し、気づいたからには矯正を試みるし、どうしても矯正が叶わなければ別の手段を講じる覚悟もある。
今回の件でラックがルウィンに直接話をするのを相談役が止めたのは、息子に自省と成長を促す教育の一環でもあるのだった。
こうして、ラックは頼りになるお義父さんといつものように胸襟を開く話し合いを終え、成りたくない国王に成って以降のことを考えての行動を開始した。
超能力者にのしかかる周囲の期待は重く、これまでにない大きな精神的重圧を自覚することで精神力が更に鍛えられる。
その影響で、ラックの『超能力を行使できる上限値的なモノ』が、ほんの数日で飛躍的に向上しているのを、本人も含めてまだ誰も気づいていない。
王位継承問題発生の事態。
その一連の流れの中で、ラックの心の安寧を頭に置いているのは、正妻のミシュラただ一人だったりするのである。
この期に及んでも、『お義父さんに尋ねれば、僕が王位に就くのを回避できる知恵があるかも!』と、内心では期待していたゴーズ領の領主様。義父の、『婿殿の言外のそれを悟っているが、それでも何の助言もしない』という行動に、『諦めてさっさと王位に就き、この国をより良く導いてくれ』と、暗に言われた気分になった超能力者。背中に哀愁を漂わせ、諦めの境地に半分足を突っ込みながらも、『何か。まだ何かがきっと!』と、どこまでも諦めきれない呟きを繰りかえすラックなのであった。
次回は4月30日の投稿を予定しています。




